柳友哉のあやかし交幽録

橋本洋一

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海坊主

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 いずれ来る、黄昏の日に。

 高校時代の友人と再会した。彼は卒業してすぐに東京で就職したと聞いていた。
 店に訪れた彼に、どうしたんだと聞くと休暇で帰省したんだと言われた。そういえば世間は夏休みだった。

「どうだ柳。久しぶりに釣りでもしないか」

 私は読書の他に釣りが趣味だったりする。そして友人も結構な太公望だった。
 母が亡くなってから一度も釣りをしていなかった。和菓子屋の仕事に夢中になっていたからだ。朝早く起きて餡子や生地の仕込みをして、十時には開店している。最近では大学の教授の宣伝のおかげで、顧客が増えていた。
 しかしたまには休暇も必要だろう。二つ返事で友人の誘いに乗った。

 そして翌日。釣り道具を持って指定された海岸へと向かう。自分では早く着いたつもりが、友人は既に準備を整えていた。

「思い出すなあ。まるで高校生に戻った気分だ」

 感慨深そうに言う友人。そして近況を話し出す。なんと職場の同僚と結婚する予定らしい。式には呼ぶから来てくれと言われた。私は頷いた。

 しかし始めたものの、釣果は芳しくなかった。私も友人も一匹たりとも釣れなかった。場所が悪いのか日が悪いのか分からないが、こういうときは待つしかない。

「柳、ちょっとトイレ行ってくる」
「この辺、コンビニはないだろう」
「来る途中に見かけた。少し歩くけどな」

 私が漏らすなよと言うと、馬鹿にするなと返事しながら駆けていく。

 私はぼうっとしながらウキを見ていると、唐突に「釣れますかな?」と声をかけられた。
 振り向くと坊主頭の中年が立っていた。
 かなり背が高い。黒いひげをたくわえていて、ぎょろ目でこちらを見ていた。服装は私と同じく釣り人らしい姿だった。

「いえ。なかなか釣れませんね」
「釣れるようにしましょうか?」

 不思議なことを言う。からかっているのかと思ったが、よくよく見るとどこか人間っぽくない。
 まさか――

「あなたも妖怪か?」
「いかにも。海坊主うみぼうずである」

 腕組みをして名乗ってきた。この妖怪も変化をしているのだろうか。そうでないと海坊主にしては小さすぎる。
 妖怪が訪れるようになってから、積極的に調べるようにしていて、だいたい分かるようになった。
 海坊主は船を沈めたり嵐を呼んだりする妖怪だと記憶している。

「そのようなことはしない」

 微笑みながら言うが、目が笑っていないのであまり信用できない。

「お主もすみれ殿と同じ、釣りが好きなのか」

 そう言われて思い出す。和菓子作りに夢中だったインドアな父と違って、釣りやアウトドアが好きだった母。
 私の釣り好きは母から受け継いだのだ。

「よくすみれ殿と釣りをした。いずれお主とも釣りがしたいものだ」

 では今一緒にやらないかと誘うと首を横に振った。

友垣ともがきとの時間を邪魔するほど、野暮ではない」

 そう言って海に近づく海坊主。

「友を大事にせよ。生は短く、終わりは早い」

 そのまま海に飛び込んでしまう。慌てて海を見ると、飛び込んだ音がしなかったのに、波紋だけが残っていた。

 その後、戻ってきた友人と釣りを再開すると、嘘みたいに魚が釣れた。

「あはは。ボウズにならずに済んだな!」

 まったくだと言いつつ、海坊主がやったのだと確信した。
 流石に妖怪のおかげだとは友人には言えなかった。

 そして陽が落ちかけてきたので、その時点で帰ることにした。
 私は夕日を見ながら、重くなったクーラーボックスを背負って思う。
 いつの日か、友人と見たこの光景を思い出すのだろうか、と。
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