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お墓参りに行こう
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一方、真柄雪秀たち四人は浜松城を出て半月後、京の都に着いていた。
半月もあれば大坂城に辿り着くはずだが、一行がどうして京から動かなかったのかというと、征夷大将軍、豊臣秀勝が上洛するとの情報が先行している風魔衆の忍びから得られたからだ。
大坂に向かう途中で行き違いになること、黒脛巾組に狙われている状況で下手に動かないほうがいいことを理由に、彼らは京に滞在していた。そして将軍が上洛する日の三日前、雪秀が「雨竜雲之介秀昭様のお墓参りに行きましょう」と提案した。
「はあ? なんでお祖父さんの墓参りなんかせなあかんねん」
「いよいよ将軍様とのお目見えなのです。上手くいくよう祈願するのも悪くありません」
反対する浅井霧政に対し、猿の内政官の信奉者である雪秀がもっともらしいことを述べる。
実際は、未だ行ったことのない尊敬する人物のお墓に是非行きたいという雪秀の希望だったのだ。
「若様の命なら従わぬわけにはいきません」
「わ、私も行ってみたいかも」
凜と光も少なからず興味があったため賛同した。
単純に伝説の男の墓を見たかったのだ。
「行っても面白くないでえ? ま、光が行くなら護衛として行かなあかんけど」
仕方がないと言わんばかりの態度な霧政。
彼が自身の祖父を好ましく思っていないのは半月の旅の間で皆に知れ渡っていた。
そういうわけで、一行は猿の内政官が眠っている『浄雲寺』へと向かった。
しかしどうして彼らがこんなにも余裕なのかと言えば、黒脛巾組の襲撃がぴたりと止んだからだ。こちらの油断を誘っている――とは考えづらい。おそらく天下無双と名高い浅井霧政がいるからだというのが、彼らの結論だった。
浄雲寺に着くと霧政は「黒雲さんおるやろ」と勝手知ったる我が家のように、本堂へと足を運んだ。そして寺の者と話すと雪秀たちの元へ戻り「お祖父さんの墓にいるみたいや」と言う。
「あん人、目立つから墓の場所分かるな。行こか」
「霧政様は墓の場所を知らないんですか?」
「ずいぶん前に行ったきりや。覚えとらん」
すると光が「黒雲さんって誰?」と訊ねた。
「えっと、ここの住職やな。でかくて黒い人や」
「でかくて黒い人? なによそれ」
「お祖父さんの家臣で下総の大名やった人や。ま、会えばわかるやろ」
雪秀も「確かに会えば分かりますね」とだけ言う。
光が凜の顔を見ると「私もよく知らない」と首を振った。
少々疑問に思いながら光は三人の後を歩く。
そして、墓場の奥にある一番大きくて立派な墓の前に二人の男女がいるのが見えた。
一人は妙齢の尼僧だった。気の強い美人という感じだがどこか親しみを湧くような優しげな雰囲気を持っていた。
もう一人は明らかに日の本の男ではなかった。まるで墨を塗りたくったように黒々としている肌に、大きすぎる体格。しかしどことなく愛嬌のある顔つきをしていた。そんな男は僧衣を纏っている。
「な、なに、あの人……?」
「あ、ああ。あれが、黒雲、殿なのか?」
光と凜は見たことのない人間を見て驚愕している。
そんな彼女らを余所に「なんや。お祖母さんもおったんか」と霧政が親しげに声をかける。雪秀は深く頭を下げた。
「うん? ……ああ、霧政か。大きくなったものだな」
尼僧は少しだけ驚いて、すぐに笑顔となった。
光は「お祖母さんって、あなたの?」と霧政に訊ねた。
「せやで。とは言っても血はつながっておらん。義理のや」
「この方は伝説の内政官の奥方、春琴尼様だ」
雪秀の紹介に春琴尼は「そちらの二人は初めましてだな」とたおやかに笑った。
「ひ、光といいます」
「凜と申します」
「ふふふ。あなたたちを見ると若い頃を思い出すよ。よろしくな」
霧政は「お祖母さんはまだまだ若いでえ」と軽口を叩いた。
「まだ四十手前やろ。それなのに出家してもうて」
「あの人が亡くなって、他に嫁ぐなんて考えられないよ。それに私の血筋もある」
「血筋? どういうことですか?」
血筋という言葉に反応してしまった光。
春琴尼は「私は織田信長の娘なのだよ」と軽く答えた。
「ええええ!? あの織田信長公の!?」
「信じられん……失礼だが、信長公がご存命のときは、雨竜家は陪臣だったと聞きます」
凜の疑問に「いろいろあったんだよ」と楽しそうに笑う春琴尼。
そしてそれまで黙っていた黒い僧が「信長様。懐かしいな」と口を開いた。
「最後まで守れなかったのが悔やまれる」
「あ、あなた、本当に、その……」
「ああ。人間だよ。というより南蛮人と言えば伝わるかな」
流暢な日の本言葉を操る黒人――黒雲。
霧政は「織田家の家臣やったんや」と説明する。
「本能寺の変も居合わせたんやったっけ」
「まあな。それよりせっかく墓参りに来たんだ。手を合わせてくれ」
四人は促されて猿の内政官の墓に手を合わせる。
彼らは思い思いに祈っていた。
「ところでなんでお祖母さんがおるんや?」
「月命日だよ。知らなかったのか?」
「あ。雪秀くん。君は知っとったな?」
「当然です。しかしまさか、春琴尼様がいらっしゃるとは思いませんでした」
春琴尼は「娘が丹波織田家で頑張っているんだ」と感慨深く言う。
「その祈願のために祈っているんだ。極楽浄土で手を貸してあげてほしいって」
「ふうん。あんたはお祖父さんが極楽に行ったと思うんか?」
「あんなに優しい人が地獄に落ちるわけないだろう?」
春琴尼が当たり前のように言ったので、霧政はそれ以上何も言えなかった。
光と凜は黒雲にどういう経緯で日の本に来たのかと訊ねていた。興味があったのだろう。
「私は宣教師の奴隷としてやってきたんだ」
「奴隷……つらくなかったんですか?」
「奴隷と行っても下男と変わりないよ。信長様に贈答品として贈られて、その後雲之介に仕えるようになった」
黒雲が壮絶な人生を歩んでいると知って、光は自分だけが不幸だと思っていたけど、そんなことは思い上がりだったのねと思った。
そんな光を凜は黙って見守った。
皆は本堂へ向かい、黒雲と春琴尼の話を聞くことになった。
主に猿の内政官の武勇伝だ。
霧政以外興味津々で聞いていて、黒雲の語り口も熱を帯びた。
「最期は家族に見守られて穏やかに亡くなったよ。あの人の死に顔は笑顔だった」
「私は立ち会えなかったよ。あの雲之介が死ぬなんて耐えられなかった」
春琴尼は最後に「どんなにつらい目にあっても、生きてほしい」と全員に言った。
「あの人の幼少期は悲惨なものだった。言葉にするのもはばかれるくらいに。だけど、それでもあの人は最後まで生きてくれた。私や家族のために生き続けてくれたんだ」
「春琴尼様……」
「光さん。なんとなくだけど、あなたにはつらいことがあったのかな」
思わず雪秀が「どうしてそれを?」と言ってしまった。
霧政が「雪秀くん。言ったらあかんやろ」と呆れてしまう。
「あっ。す、すみません」
「ふふふ。素直なのはあなたの美徳ですよ、雪秀」
光は「どうすればつらい思いを消せますか?」と訊ねた。
「押し潰されそうなくらい、つらい目にあったら、どうすれば――」
「私はあなたではないから分からない。下手に気休めなんて言えない」
光が期待した言葉ではなかった。
しかし春琴尼は続けて「明日を思いなさい」と言う。
「今日がつらくても、明日がいい日になると考えるんだ」
「…………」
「明日は明るい日と書くだろう? そういうことだよ」
不安な心に日が差した気分だった。
それにどこか雷次郎を思い出す言葉だった。
光はぼんやりと雷次郎に会いたいなと思った。
◆◇◆◇
そして三日後。
将軍が入城する二条城にて。
雪秀たちは城内にいた。
豊臣秀勝が直々に会うと言ってくれたのだ。
しかし――
「い、今なんと……?」
雪秀は将軍の口から出た言葉が信じられなかった。
光も凜も、霧政も同様だった。
「伊達家には不介入とする。これは豊臣家の決定だ――」
半月もあれば大坂城に辿り着くはずだが、一行がどうして京から動かなかったのかというと、征夷大将軍、豊臣秀勝が上洛するとの情報が先行している風魔衆の忍びから得られたからだ。
大坂に向かう途中で行き違いになること、黒脛巾組に狙われている状況で下手に動かないほうがいいことを理由に、彼らは京に滞在していた。そして将軍が上洛する日の三日前、雪秀が「雨竜雲之介秀昭様のお墓参りに行きましょう」と提案した。
「はあ? なんでお祖父さんの墓参りなんかせなあかんねん」
「いよいよ将軍様とのお目見えなのです。上手くいくよう祈願するのも悪くありません」
反対する浅井霧政に対し、猿の内政官の信奉者である雪秀がもっともらしいことを述べる。
実際は、未だ行ったことのない尊敬する人物のお墓に是非行きたいという雪秀の希望だったのだ。
「若様の命なら従わぬわけにはいきません」
「わ、私も行ってみたいかも」
凜と光も少なからず興味があったため賛同した。
単純に伝説の男の墓を見たかったのだ。
「行っても面白くないでえ? ま、光が行くなら護衛として行かなあかんけど」
仕方がないと言わんばかりの態度な霧政。
彼が自身の祖父を好ましく思っていないのは半月の旅の間で皆に知れ渡っていた。
そういうわけで、一行は猿の内政官が眠っている『浄雲寺』へと向かった。
しかしどうして彼らがこんなにも余裕なのかと言えば、黒脛巾組の襲撃がぴたりと止んだからだ。こちらの油断を誘っている――とは考えづらい。おそらく天下無双と名高い浅井霧政がいるからだというのが、彼らの結論だった。
浄雲寺に着くと霧政は「黒雲さんおるやろ」と勝手知ったる我が家のように、本堂へと足を運んだ。そして寺の者と話すと雪秀たちの元へ戻り「お祖父さんの墓にいるみたいや」と言う。
「あん人、目立つから墓の場所分かるな。行こか」
「霧政様は墓の場所を知らないんですか?」
「ずいぶん前に行ったきりや。覚えとらん」
すると光が「黒雲さんって誰?」と訊ねた。
「えっと、ここの住職やな。でかくて黒い人や」
「でかくて黒い人? なによそれ」
「お祖父さんの家臣で下総の大名やった人や。ま、会えばわかるやろ」
雪秀も「確かに会えば分かりますね」とだけ言う。
光が凜の顔を見ると「私もよく知らない」と首を振った。
少々疑問に思いながら光は三人の後を歩く。
そして、墓場の奥にある一番大きくて立派な墓の前に二人の男女がいるのが見えた。
一人は妙齢の尼僧だった。気の強い美人という感じだがどこか親しみを湧くような優しげな雰囲気を持っていた。
もう一人は明らかに日の本の男ではなかった。まるで墨を塗りたくったように黒々としている肌に、大きすぎる体格。しかしどことなく愛嬌のある顔つきをしていた。そんな男は僧衣を纏っている。
「な、なに、あの人……?」
「あ、ああ。あれが、黒雲、殿なのか?」
光と凜は見たことのない人間を見て驚愕している。
そんな彼女らを余所に「なんや。お祖母さんもおったんか」と霧政が親しげに声をかける。雪秀は深く頭を下げた。
「うん? ……ああ、霧政か。大きくなったものだな」
尼僧は少しだけ驚いて、すぐに笑顔となった。
光は「お祖母さんって、あなたの?」と霧政に訊ねた。
「せやで。とは言っても血はつながっておらん。義理のや」
「この方は伝説の内政官の奥方、春琴尼様だ」
雪秀の紹介に春琴尼は「そちらの二人は初めましてだな」とたおやかに笑った。
「ひ、光といいます」
「凜と申します」
「ふふふ。あなたたちを見ると若い頃を思い出すよ。よろしくな」
霧政は「お祖母さんはまだまだ若いでえ」と軽口を叩いた。
「まだ四十手前やろ。それなのに出家してもうて」
「あの人が亡くなって、他に嫁ぐなんて考えられないよ。それに私の血筋もある」
「血筋? どういうことですか?」
血筋という言葉に反応してしまった光。
春琴尼は「私は織田信長の娘なのだよ」と軽く答えた。
「ええええ!? あの織田信長公の!?」
「信じられん……失礼だが、信長公がご存命のときは、雨竜家は陪臣だったと聞きます」
凜の疑問に「いろいろあったんだよ」と楽しそうに笑う春琴尼。
そしてそれまで黙っていた黒い僧が「信長様。懐かしいな」と口を開いた。
「最後まで守れなかったのが悔やまれる」
「あ、あなた、本当に、その……」
「ああ。人間だよ。というより南蛮人と言えば伝わるかな」
流暢な日の本言葉を操る黒人――黒雲。
霧政は「織田家の家臣やったんや」と説明する。
「本能寺の変も居合わせたんやったっけ」
「まあな。それよりせっかく墓参りに来たんだ。手を合わせてくれ」
四人は促されて猿の内政官の墓に手を合わせる。
彼らは思い思いに祈っていた。
「ところでなんでお祖母さんがおるんや?」
「月命日だよ。知らなかったのか?」
「あ。雪秀くん。君は知っとったな?」
「当然です。しかしまさか、春琴尼様がいらっしゃるとは思いませんでした」
春琴尼は「娘が丹波織田家で頑張っているんだ」と感慨深く言う。
「その祈願のために祈っているんだ。極楽浄土で手を貸してあげてほしいって」
「ふうん。あんたはお祖父さんが極楽に行ったと思うんか?」
「あんなに優しい人が地獄に落ちるわけないだろう?」
春琴尼が当たり前のように言ったので、霧政はそれ以上何も言えなかった。
光と凜は黒雲にどういう経緯で日の本に来たのかと訊ねていた。興味があったのだろう。
「私は宣教師の奴隷としてやってきたんだ」
「奴隷……つらくなかったんですか?」
「奴隷と行っても下男と変わりないよ。信長様に贈答品として贈られて、その後雲之介に仕えるようになった」
黒雲が壮絶な人生を歩んでいると知って、光は自分だけが不幸だと思っていたけど、そんなことは思い上がりだったのねと思った。
そんな光を凜は黙って見守った。
皆は本堂へ向かい、黒雲と春琴尼の話を聞くことになった。
主に猿の内政官の武勇伝だ。
霧政以外興味津々で聞いていて、黒雲の語り口も熱を帯びた。
「最期は家族に見守られて穏やかに亡くなったよ。あの人の死に顔は笑顔だった」
「私は立ち会えなかったよ。あの雲之介が死ぬなんて耐えられなかった」
春琴尼は最後に「どんなにつらい目にあっても、生きてほしい」と全員に言った。
「あの人の幼少期は悲惨なものだった。言葉にするのもはばかれるくらいに。だけど、それでもあの人は最後まで生きてくれた。私や家族のために生き続けてくれたんだ」
「春琴尼様……」
「光さん。なんとなくだけど、あなたにはつらいことがあったのかな」
思わず雪秀が「どうしてそれを?」と言ってしまった。
霧政が「雪秀くん。言ったらあかんやろ」と呆れてしまう。
「あっ。す、すみません」
「ふふふ。素直なのはあなたの美徳ですよ、雪秀」
光は「どうすればつらい思いを消せますか?」と訊ねた。
「押し潰されそうなくらい、つらい目にあったら、どうすれば――」
「私はあなたではないから分からない。下手に気休めなんて言えない」
光が期待した言葉ではなかった。
しかし春琴尼は続けて「明日を思いなさい」と言う。
「今日がつらくても、明日がいい日になると考えるんだ」
「…………」
「明日は明るい日と書くだろう? そういうことだよ」
不安な心に日が差した気分だった。
それにどこか雷次郎を思い出す言葉だった。
光はぼんやりと雷次郎に会いたいなと思った。
◆◇◆◇
そして三日後。
将軍が入城する二条城にて。
雪秀たちは城内にいた。
豊臣秀勝が直々に会うと言ってくれたのだ。
しかし――
「い、今なんと……?」
雪秀は将軍の口から出た言葉が信じられなかった。
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