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第29話 正義のヒーロー鬼を討つ

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 ピーチエールが悲惨な目に会い恐怖に怯えていた頃……

 正秀はようやく焙煎の終わったコーヒーを両手に持ちながら戻って来た。
 常夏の国は暑いので当然アイスコーヒーだ。

 「あれ? モモちゃんは……」

 待っている筈のベンチにモモの姿が見当たらない。
 辺りをキョロキョロすると先程からやかましい方に青鬼が暴れているのが見える。

 「変な鬼が暴れてるんだぜ」

 仁王立ちで立つ鬼の傍らには見覚えのあるピンクのコスチュームを身に纏った少女が倒れていた。

 「ええっ!? あれって…… まさかモモちゃんなのか?(しかし、あの鬼はなんだ? 為次の奴、新しい怪人をもう造って出撃させたのか?)」

 一瞬、ピーチエールだとは気が付かなかった。
 お漏らしをしながら血みどろで泣き叫ぶ姿は正義のヒロインとは程遠い。
 頭では変身したモモだと分かっているが信じられなかった。

 「うぉぃ為次! 返事しろ!」

 正秀はA.A.S.の通信機を使い、急いで為次をコールした。

 『もしもしぃ、マサぁ? どかしたん?」

 「おう、為次。お前、鬼の怪人を造ってモモちゃんを襲ってるのか?」

 『もしもしぃ、ちょっと何言ってるのか分かんない』

 「あー…… アレだ。お前、鬼の怪人造ったか?」

 『もしもしぃ、造らないよ。爺さんは……? 造ってないって』

 「了解だぜ。ならあの鬼をぶっ倒してもいいよな」

 『もしもしぃ、いいんじゃない? 知らんけど』

 「おう、それと悪いがすぐにヒールポーションを持って来てくれ。モモちゃんが危ないんだ」

 『んー…… 行くの面倒だから座標だけ教えて』

 「おう、すぐ送るぜ」

 『もしもしぃ、もし移動したら更新も忘れないでね』

 「分かったぜ。ま、動けなさそうだから大丈夫だとは思うけどな」

 『んじゃ、送るは』

 「なるべく早くな。じゃ、また後で会おうぜ」

 『ああ、ちょ待って』

 「なんだよ」

 『モモが居るなら明日のアポ取っといてよ』

 「はぁ? 馬鹿かお前は」

 『もしもしぃ、よろしくね』

 「ったく、一応は聞いといてやるぜ。もう切るからな」

 『うい』

 通信を終えた正秀はピーチエールの元へと駆け寄る。

 「おーい、モモちゃーん。コーヒー買って来たぜー」

 近くで見ると想像以上に酷い有様だ。
 潰れた足に千切れて骨を覗かす右腕、生きているのが不思議なくらいであった。
 とてもじゃないがコーヒーどころではない。

 「あ…… あぐぅ…… マサヒデさん……? 逃げ、て……」

 「逃げるってコイツからか?」

 と、後ろに居る鬼を親指で指した。

 「その鬼は…… がはっ、怪人とは違い…… ます。うっくはぁ」

 「らしいな。さっき為次に聞いたら鬼怪人なんて造ってないって言ってたからな」

 「私は…… もう…… 最後の魔法で…… だから逃げ……」

 ピーチエールは自爆魔法を使おうとしていた。
 この怪我では耐えることはできないが、今のままでも助からないのも分かっていた。
 迫りくる死の恐怖に屈し無様な姿を見せたが、僅かに残った正義感を奮い立たせようとしているのだ。

 「ピーチちゃん言っただろ? 俺は正義のヒーローだぜ」

 「馬鹿を言ってないで逃げて…… お願い……」

 と、そこへ無視されていた鬼が正秀の肩に手を掛けた。
 いきなりやって来て自分のことは気にもせずピーチエールと仲良く話す男に苛立っている様子だ。

 「おいおい、なんだぁ貴様はぁ? ぶっ殺されにでも来たのか?」

 「なぁ、お前誰だ?」

 「あ? へへっ、聞いて驚け! 俺様の名は鬼神きしん…… この世界の王者となる者だ!!」

 「なんだ、頭のおかしな奴か」

 「ざけんなぁっ!」

 鬼は叫ぶと正秀に向かってパンチを繰り出した!

 パシン

 「いきなり殴るなよ」

 「なっ!?」

 なんとコーヒーを片手で2つ持つと鬼の巨大なこぶしをもう一方の手で受け止めた。
 戦士の能力を得ている正秀にとって造作もないことだ。
 それに、この程度の鬼など敵ですらもない。

 だが正秀はいきなり変なポーズを取り叫ぶ!!

 「ジャスティス! セットアァァァァァップッ!!」

 光と共に全身が真紅のタイツに包まれ、頭部にはジェットヘルメットを装着する。
 足や背部からは鋭いウイングが展開し正義のヒーローへと変身するのだ。

 「んだぁ? こいつはっ!?」

 「ま、マサヒデ…… さん?」

 驚く鬼とピーチエールを前に決めポーズをするが、手にアイスコーヒーを持ったままなのでコスプレしてたら喉が渇いた人みたいだ。

 「大剣マスター水谷マン! 参上ッ!!」

 ドヤ顔で決め台詞を言う姿が痛すぎる。
 バイザーで顔が隠れているだけ幾分マシである。
 はっきり言って変身する必要など全く無いが、どうしてもヒーローの姿をピーチエールに見せたかった。
 同じ正義を愛する者同士きっと分かってくれると……

 ただ単に自慢したかったのだ!!

 「ゴクゴクゴク、プハー!」

 アイスコーヒーを飲み干すともう1つをピーチエールに差し出す。

 「ピーチちゃん、君のぶんだぜっ」

 「え? あ、はい?」

 と、そこへ……

 ひゅるるるー

 空から何か降って来る。
 見上げると円柱状の筒であった。

 「空から…… あれは?」

 「やっと来たか」

 「ああん? なんだぁ?」

 筒はピーチエールの真上まで飛んで来ると突然ポコンと破裂し中から大量の水がでてきた。

 バシャ バシャ バシャ スコーンッ

 「きゃぁ!? 冷た…… 痛ぁっ!?」

 溺れそうなまでの水を被り、おまけと云わんばかりに筒が頭にヒットした。
 水谷マンは納得したように頷いているが、鬼は何が起こったのかさっぱり分からない。

 「てめぇら、ふざけてんじゃねーぞ、コラァッ!」

 「よう鬼神さん。1つ聞きたいんだが、ピーチちゃんを傷めつけたのはお前か?」

 「ったりめーだろぉ!! 俺様の恐ろしさテメェにも……」

 鬼のセリフはそれ以上聞き取れなかった。
 水谷マンの叫ぶ必殺技名と爆音が遮ったから……

 「必殺! 滅殺! 撲殺っ斬ァァァァァン!!」

 片腕で背中の大剣を抜きつつ鬼と地面を叩き付ける。

 バッコーンッッッ!!

 水谷マンの前方には爆轟の川が流れ全てをなぎ倒し粉砕する。
 地面は抉れ木々は燃え上がり一瞬で灰へと姿を変え消滅する。
 先にある建物にも大きな穴を開け、その威力を物語っているのだった。

 「キマったぜ」

 水谷マンは大剣を掲げるとブォンと宙を一振り。
 舞っていた土埃が吹き飛んだ。
 跡には鬼の姿は無く、ただ鬼であったであろうチリが風に流されてゆくだけであった。

 「ま、マサヒデさん…… いったい何をして……」

 変わり果ててしまった街並みを前にピーチエールはあ然とするしかなかった。
 地面は荒れ、建物は崩壊し、張り巡らされた架線はズタズタに切られ垂れ下がった電線は火花を散らしている。
 まるで爆弾でも落ちたかのような有様だ。

 しかし、水谷マンは全く気にしていない。

 「さっ、ピーチちゃん」

 と、手を差し伸べる。
 戸惑うびしょ濡れのピーチエールだが、残った左手で水谷マンの手を取ると立ち上がった。

 「はい……」

 「ほら、アイスコーヒーだぜ。少しぬるくなったけどな」

 と、今度こそコーヒーを渡した。

 「あ、ありがとう」

 「おう。もう立てるみたいだな」

 「あ……」

 言われて気が付いた。
 筒から浴びた水がヒールポーションであったことを。
 骨を砕かれ潰された両足が痛みも無く自由に動く。
 右腕こそ無いままだが、他の傷はすっかり癒えていた。

 「さすがレオだぜ、百発百中だな」

 「れお?」

 あの筒はレオパルト2のシールドディスチャージャーから為次が撃ち出した物だがピーチエールは知る由もない。
 尚、シールドディスチャージャーとはスモークディスチャージャーを改造した物で、中身を変えることによって様々な撹乱幕やシールドなどを発射可能な装置だ。
 当然、スモークも発射可能で今回は中身を水にしておいた。
 そこへスイの付与魔法によって大量のヒールポーションと化しておいた次第である。

 「腕は一晩寝りゃ生えてくるから心配いらないぜ。あ、でも飯を食わないとダメだぜ」

 「はぃ」

 「じゃ行こうぜ」

 「行くって? 何処にですか?」

 「さぁ? この星のことはよく知らないからなぁ。適当でいいだろ…… それに、いつまでもここに居ちゃぁ」

 周囲は大騒動となっており警備隊が規制線を張りなが怪我人の救出を始めようとしている。
 水谷マンはピーチエールをお姫様抱っこすると重力スラスターを吹かし飛び上がった。

 「へひぃきゃぁぁぁっひぃ!?」

 飛び上がる凄まじい勢いと抱っこされる恥ずかしさが相まって変な悲鳴を上げるピーチエール。
 それでも少女らしい可愛さが伺える声だ。

 「ピーチちゃん、いい眺めだぜ」

 「え……?」

 一瞬で上空まで飛び上がった2人の前には、遠く水平線が広がり日の光を受けて海がきらめいている。
 眼下には蜘蛛の巣のような街で人々が生活を営んでいる。
 少女の瞳にはとても新鮮に映った。

 「なぁ、どうしてピーチちゃんはそこまでしてみんなを守りたいんだ?」

 「私…… ですか?」

 「おう」

 「……別に大した理由はありませんが」

 ピーチエールの話によると、あれはまだ幼い頃であった。
 父と母に連れられてショッピングモールへと遊びに行った時……
 突然、現れた2人組の強盗に両親は命を奪われた。
 強盗は刃物で襲い、目の前で惨殺されてしまったのだ。
 僅かな金品を奪うだけの為にモモは幸せな生活を失い人生を狂わされた。

 「今でもあいつらの顔は忘れません…… 必ず見つけ出して…… 悪は許さない!」

 「モモちゃん……」

 「分かっています、個人的な理由だとは…… それでも…… 同じ悲劇を繰り返させる分けにはいきません」

 「じゅうぶん立派だぜ。俺なんて只の趣味だからな。ははっ」

 「趣味ですか……」

 「すまなかったな、嫌なことを思い出させちまって」

 「いえ、忘れるつもりはありませんから」

 「ああ、それから為次からの伝言があるんだが……」

 「タメツグさん? 触手怪人ですか」

 「お、おう。ちょっと言い辛いんだが新しい怪人を造ったみたいでな、明日のアポ取っといてくれって……」

 「はぁ? なんですかそれ?」

 「あ、別に嫌ならいいんだぜ」

 「……いえ、行きましょう。行かなければどうせ悪さをするのでしょう? それに触手怪人は倒さないといけませんから」

 「無理はしないでくれよ……」

 モモは怪人から事前予約を受けるなどおかしな話だと思った。
 しかし、何故か憎めない連中であり今日は助けてまでくれた。
 だから罠だとしても行くのを躊躇わなかった。

 それに……

 触手の凌辱が忘れられない……
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