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異世界編 1章
第54話 肉屋
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今日は朝から雨が降っている……
それは、正秀と為次がこの異世界に来てから12日目、初めての雨であった。
その日、為次はようやく目を覚ました。
正秀とマヨーラは起きた為次を宿屋の2階へと呼びに行き、先に1階へと降りて行ったのだが……
ガシャーン!!
上の階でガラスの割れる大きな音が聞こえた。
「なんだ!?」
正秀は音のした方を見るが壁が邪魔で見えない。
スレイブとターナも少し驚いた様子だ。
「あっ? なんだ?」
「あらあら、何かありまして?」
「2階みたいね。あのバカ、また何かしでかしたのかしら?」
どうせ為次だろうとマヨーラが興味なさそうに言うと、スレイブもしょうがない奴だなと思う。
「タメツグなのか? 起きて早々騒がしい奴だぜ、ったく」
「ちょっと、行ってみるぜ」
「あたしも行くわ」
正秀とマヨーラは階段を上がると、すぐ先にある大きなガラス窓が粉砕していた。
「……まさかとは思うが」
割れた窓から外を覗くと、血まみれになっている為次を必死にスイが揺さぶっているのが見える。
その手前には無残な姿となったテントの周りに肉が散乱しており、近くでは店員らしき人物が何やら喚いている様子だ。
「……はぁ。ほんと、騒ぎを起こしてばかりね、いい加減呆れるわ」
「生きてるかな?」
「一度死んだ方がいいわね、そうしたらバカが治るかもしれないわ」
「まあ、そう言ってやるなよ。とりあえず降りてみようぜ」
「仕方ないわねぇ……」
2人は上がったばかりの2階から、呆れながらまた降りて行く。
そして、宿屋の玄関を出ると雨にも拘わらず為次の周りに人だかりができていた。
「悪りぃな、ちょっと通してもらうぜ」
正秀はそう言いながら、人だかりを掻き分け為次に近寄る。
そんな人混みの中、一人興奮したおっさんが居る……
「なんだこいつは!? イキナリ俺の屋台に落ちてきやがった! 肉たらしい奴だぞ」
屋台を破壊されて怒っている人物は、この世界では珍しくおっさんであった。
「悪りぃな、おっさん。俺の仲間がまたやっちまったようだぜ」
「なんだお前は? こいつの仲間だって?」
「ああ、そうだぜ」
「あたしは違うわよ」
「うるせー! そこのちっこい肉には聞いてないぞ」
「えっ? ちっこい肉って……」
「ま、待てマヨーラ。とにかく為次を宿に運ぼうぜ」
「お肉ら、ちょっと待たんかーい!」
「なによっ。イチイチうるさいおっさんね、まったく」
「なんだと! この小肉たらしいガキがぁっ!」
「なんですってー!」
「お、おい、マヨーラ……」
マヨーラと肉屋のおっさんが喧嘩しそうな勢いに、正秀はどうしていいのか分からない。
しかし、そんな喧騒をよそにスイは言う。
「マサヒデ様ぁ。そんなことより、ご主人様を起こして欲しいのです」
「お、おう、スイちゃん。ちょっと待ってくれ」
「そんなこととはなんぞ、肉たらしい肉らめ! 許さんぞっ」
「むさ苦しいおっさんは黙ってなさいよ!」
「ご主人様ぁ…… 起きて下さい、うぇーん」
「誰がむさ苦しい肉だ! 俺は激しく怒ったぞ!」
「勝手に怒ってなさいよ! うっさいわね!」
「ご主人様ーーー!」
「肉たらしいぞーーー!」
「黙りなさいよーーー!」
なんだか収集のつかなくなってきた状況に、正秀は途方に暮れる。
「うーん…… どうしたものかな」
仕方ないので、正秀は為次を拾い上げると宿に運び込もうとするのだ。
スイがくっ付いて離れようとしないのが邪魔だが、とりあえず持ち上げると……
「お肉待てぇーい! 何を勝手に持って行こうとするんだぞ!」
肉屋のおっさんに引き止められてしまった。
「何と言われてもなぁ…… 雨も降ってるし、とりあえず宿屋に運ぼうかと」
「そんなことは関係ないぞ! この散乱した肉を見てみるんだぞ!」
「ああ、肉が散らばってるな…… それは弁償してやるから」
「違うんだぞ! そうじゃないぞ! 神聖な肉を無駄にして肉神様に失礼だぞ!」
「お、おう……」
「肉神って何よ……」
「肉神様のお作りになった、この素晴らしい肉を無駄にしたんだぞ!」
屋台の周りには肉が散乱している。
良く見ると、その肉の殆どが為次の作ったパーフェクトステーキだった。
「ああ、あのステーキか…… また作ればいいだろ」
「そうよ、そうよ、マサヒデの言う通りよ。バカの作った肉なんてどうでもいいわっ」
「ぐぐぐ…… お肉らっ! 新しく生み出されたパーフェクトステーキを愚弄するのは許さんぞ!」
「俺は別に愚弄してないが……」
「このパーフェクトステーキを作られた肉神様に申し訳ないと思わないのか?」
「でもなぁ…… その肉を作ったのはコイツだぜ?」
正秀はそう言いながら、為次を肉屋のおっさんに突き出した。
「む? 今なんと言ったんだぞ?」
「だから、パーフェクトステーキを作ったのはコイツなんだぜ」
「っ!? な、な、なんだと! まさか…… そんな……」
「嘘だと思うなら、為次を起こして聞いてみたらどうだ?」
「ふぉぉぉぉぉ! お肉ぅぅぅーーー!!」
「なんなのよ……」
そんなこんなで、皆は宿屋の1階にある食堂へと移動することになった。
※ ※ ※ ※ ※
肉屋のおっさんを連れて食堂へ入るとターナとスレイブも何事かと振り向く。
為次が運び込まれると近づいて汚物を見るような目で眺めていた。
テーブル席が殆どではあるがソファーも置いてあったので、そこへ為次を寝かせるとスイは膝枕をして為次の顔をペチペチ叩き始める。
「やっぱり起きないのです」
「叩いても起きないですわ」
「はぅぅ…… ターナ様ぁ、どうやったら起きるですか?」
「まずはケガを治しましょう」
「ではヒールポーションを作るです」
「スイちゃん、ターナが居るからそっちが早いぜ」
「はいです」
「頼むぜターナ」
「分かりましてよ」
ターナは呪文を唱える。
「ヒールですわ!」
為次にヒールをかけると傷は直ぐに治った。
しかし、起きる気配が無い……
「起きないのです」
「しばらくすれば起きると思いますわ。それよりタメツグは何も食べていないのでは?」
「食べてないのです」
「あらー、食べてないと加護を受けていても回復しわせんわ……」
「そうなのか?」
と、正秀は訊いた。
「そうですのよ、だから食事はきちんと摂らないといけませんわ」
「なるほどなー」
「それなら、このパーフェクトステーキを食わせるんだぞ」
そう言いながら、なぜかポケットから肉を取り出したおっさん。
「分かったのです。肉を食べさせるのです」
スイは肉を受け取ると、握って丸め始めた。
そして、為次の口の中に押し込み始める。
「ささ、ご主人様の作ったお肉です。食べるのです」
「起きないと食べれないような気がするぜ、スイちゃん」
それでも、スイは必死に咽の奥まで丸めた肉を押し込んでいく。
「おっ…… ぐおっ…… ごぉ……」
「喋ったのです!」
為次が無意識にもがいているのをスイは喜んでいるが、マヨーラは冷静にツッ込む。
「喋るってより、窒息しそうなんじゃないの?」
「どうだろうな?」
正秀が訊くと、スレイブは答える。
「どう見ても、殺そうとしてるようにしか見えないが……」
次第に為次の顔色が紫色になってきた……
そして……
「げはぁーーー!」
肉を吐き出すと同時に為次はようやく起きた。
「なんなんだ! 殺す気か!」
「ご、ご主人様ぁ! 起きたです! うわぁーん」
スイはあまりの嬉しさに泣きながら為次に抱き付いた。
「やっと起きたか……」
正秀も一応は安心した様子だ。
もっとも為次は状況が理解できない。
「え? どうかしたの?」
「2階から落ちて気を失ってたんだぜ」
「ああ、そう言えば……」
「体は大丈夫か?」
「うーん、ちょっとダルイかも」
「何か食べた方がいいらしいぜ」
「うん」
それを聞いたマヨーラは、為次が吐き出して床に落ちた肉を拾って為次に渡そうとする。
「ほら、食べなさい」
「なんだそれは?」
「あんたの吐き出した肉よ」
「生じゃねーか! 変な物食わせようとすんなし!」
そう…… 肉屋のおっさんがポケットから取り出した肉は生だったのだ!
「変な物とはなんぞ! それはパーフェクトステーキなる素晴らしい肉ぞ!」
「なんだ、このおっさんは?」
「肉屋のおっさんだぜ」
「肉屋? 肉屋なのにステーキも知らないの?」
「お肉は何を言っている? パーフェクトステーキは肉神様のお作りになった神聖なる肉ぞ」
「焼いてから言え」
「うむむ肉?」
「それは、ステーキではない。熟成霜降り知多牛肉だ」
「……熟成 ……霜降り?」
どうやら肉屋のくせに肉のことをあまり知らないらしい。
仕方ないので何も知らない肉屋のおっさんに、為次は肉についての講釈を垂れ始めたのでした。
肉の部位についての説明や、焼き方…… サイコロステーキの調理方法や網焼きと鉄板焼きの違いまで。
その為次の話に、肉屋のおっさんは目から鱗と言わんばかりに感動してしまい、涙を流し始めた。
「うおぉぉぉん…… 俺は感動したぞ、あなたこそ正に肉神様だぞ! うぉーん、おんおん」
「分かればよろし」
「肉神様は無知な俺に神罰を与える為に、体を張って示して下さったんだぞ!」
「うむ」
そんな肉屋と為次を見る正秀も感動のあまり目を潤わせながら言う。
「感動的だぜ」
「うむ」
「さすがご主人様ですぅ」
「うむ」
しかし、マヨーラとスレイブは呆れて見ている。
「……なんなの」
「なんなんだ、こいつらは一体……」
「と、とにかく無事に解決したようで良かったですわ……」
なんだかよく分からないが一件落着の様子であった。
……………
………
…
結局、屋台と肉を弁償することでケリが付いた。
肉屋のおっさんは弁償などしなくていいと言っていたが、それでは申し訳ないと正秀が金貨を渡しておいた。
その後、肉屋のおっさんは屋台を片付けるからと、直ぐに宿屋を出て行ってしまった……
人とはこだわりを持った生き物である。
そのこだわりを追及してこそ一人前の職人となることができる。
あなたは、どんなこだわりを持っているのだろうか?
例え、そのこだわりが他人から見れば下らないことであろうとも、その極に達した時……
人々のあなたを見る目は変わってくるであろう。
それは、間違いのないことなのだ。
だから、今日も人々はそのこだわりを求めて生きて行く……
肉屋のおっさんは宿屋の外へ出ると、雨は上がり雲の隙間から太陽の光が差し込んでいた。
空を見上げる肉屋のおっさんの目は、昨日よりも一段と輝いているのであった……
それは、正秀と為次がこの異世界に来てから12日目、初めての雨であった。
その日、為次はようやく目を覚ました。
正秀とマヨーラは起きた為次を宿屋の2階へと呼びに行き、先に1階へと降りて行ったのだが……
ガシャーン!!
上の階でガラスの割れる大きな音が聞こえた。
「なんだ!?」
正秀は音のした方を見るが壁が邪魔で見えない。
スレイブとターナも少し驚いた様子だ。
「あっ? なんだ?」
「あらあら、何かありまして?」
「2階みたいね。あのバカ、また何かしでかしたのかしら?」
どうせ為次だろうとマヨーラが興味なさそうに言うと、スレイブもしょうがない奴だなと思う。
「タメツグなのか? 起きて早々騒がしい奴だぜ、ったく」
「ちょっと、行ってみるぜ」
「あたしも行くわ」
正秀とマヨーラは階段を上がると、すぐ先にある大きなガラス窓が粉砕していた。
「……まさかとは思うが」
割れた窓から外を覗くと、血まみれになっている為次を必死にスイが揺さぶっているのが見える。
その手前には無残な姿となったテントの周りに肉が散乱しており、近くでは店員らしき人物が何やら喚いている様子だ。
「……はぁ。ほんと、騒ぎを起こしてばかりね、いい加減呆れるわ」
「生きてるかな?」
「一度死んだ方がいいわね、そうしたらバカが治るかもしれないわ」
「まあ、そう言ってやるなよ。とりあえず降りてみようぜ」
「仕方ないわねぇ……」
2人は上がったばかりの2階から、呆れながらまた降りて行く。
そして、宿屋の玄関を出ると雨にも拘わらず為次の周りに人だかりができていた。
「悪りぃな、ちょっと通してもらうぜ」
正秀はそう言いながら、人だかりを掻き分け為次に近寄る。
そんな人混みの中、一人興奮したおっさんが居る……
「なんだこいつは!? イキナリ俺の屋台に落ちてきやがった! 肉たらしい奴だぞ」
屋台を破壊されて怒っている人物は、この世界では珍しくおっさんであった。
「悪りぃな、おっさん。俺の仲間がまたやっちまったようだぜ」
「なんだお前は? こいつの仲間だって?」
「ああ、そうだぜ」
「あたしは違うわよ」
「うるせー! そこのちっこい肉には聞いてないぞ」
「えっ? ちっこい肉って……」
「ま、待てマヨーラ。とにかく為次を宿に運ぼうぜ」
「お肉ら、ちょっと待たんかーい!」
「なによっ。イチイチうるさいおっさんね、まったく」
「なんだと! この小肉たらしいガキがぁっ!」
「なんですってー!」
「お、おい、マヨーラ……」
マヨーラと肉屋のおっさんが喧嘩しそうな勢いに、正秀はどうしていいのか分からない。
しかし、そんな喧騒をよそにスイは言う。
「マサヒデ様ぁ。そんなことより、ご主人様を起こして欲しいのです」
「お、おう、スイちゃん。ちょっと待ってくれ」
「そんなこととはなんぞ、肉たらしい肉らめ! 許さんぞっ」
「むさ苦しいおっさんは黙ってなさいよ!」
「ご主人様ぁ…… 起きて下さい、うぇーん」
「誰がむさ苦しい肉だ! 俺は激しく怒ったぞ!」
「勝手に怒ってなさいよ! うっさいわね!」
「ご主人様ーーー!」
「肉たらしいぞーーー!」
「黙りなさいよーーー!」
なんだか収集のつかなくなってきた状況に、正秀は途方に暮れる。
「うーん…… どうしたものかな」
仕方ないので、正秀は為次を拾い上げると宿に運び込もうとするのだ。
スイがくっ付いて離れようとしないのが邪魔だが、とりあえず持ち上げると……
「お肉待てぇーい! 何を勝手に持って行こうとするんだぞ!」
肉屋のおっさんに引き止められてしまった。
「何と言われてもなぁ…… 雨も降ってるし、とりあえず宿屋に運ぼうかと」
「そんなことは関係ないぞ! この散乱した肉を見てみるんだぞ!」
「ああ、肉が散らばってるな…… それは弁償してやるから」
「違うんだぞ! そうじゃないぞ! 神聖な肉を無駄にして肉神様に失礼だぞ!」
「お、おう……」
「肉神って何よ……」
「肉神様のお作りになった、この素晴らしい肉を無駄にしたんだぞ!」
屋台の周りには肉が散乱している。
良く見ると、その肉の殆どが為次の作ったパーフェクトステーキだった。
「ああ、あのステーキか…… また作ればいいだろ」
「そうよ、そうよ、マサヒデの言う通りよ。バカの作った肉なんてどうでもいいわっ」
「ぐぐぐ…… お肉らっ! 新しく生み出されたパーフェクトステーキを愚弄するのは許さんぞ!」
「俺は別に愚弄してないが……」
「このパーフェクトステーキを作られた肉神様に申し訳ないと思わないのか?」
「でもなぁ…… その肉を作ったのはコイツだぜ?」
正秀はそう言いながら、為次を肉屋のおっさんに突き出した。
「む? 今なんと言ったんだぞ?」
「だから、パーフェクトステーキを作ったのはコイツなんだぜ」
「っ!? な、な、なんだと! まさか…… そんな……」
「嘘だと思うなら、為次を起こして聞いてみたらどうだ?」
「ふぉぉぉぉぉ! お肉ぅぅぅーーー!!」
「なんなのよ……」
そんなこんなで、皆は宿屋の1階にある食堂へと移動することになった。
※ ※ ※ ※ ※
肉屋のおっさんを連れて食堂へ入るとターナとスレイブも何事かと振り向く。
為次が運び込まれると近づいて汚物を見るような目で眺めていた。
テーブル席が殆どではあるがソファーも置いてあったので、そこへ為次を寝かせるとスイは膝枕をして為次の顔をペチペチ叩き始める。
「やっぱり起きないのです」
「叩いても起きないですわ」
「はぅぅ…… ターナ様ぁ、どうやったら起きるですか?」
「まずはケガを治しましょう」
「ではヒールポーションを作るです」
「スイちゃん、ターナが居るからそっちが早いぜ」
「はいです」
「頼むぜターナ」
「分かりましてよ」
ターナは呪文を唱える。
「ヒールですわ!」
為次にヒールをかけると傷は直ぐに治った。
しかし、起きる気配が無い……
「起きないのです」
「しばらくすれば起きると思いますわ。それよりタメツグは何も食べていないのでは?」
「食べてないのです」
「あらー、食べてないと加護を受けていても回復しわせんわ……」
「そうなのか?」
と、正秀は訊いた。
「そうですのよ、だから食事はきちんと摂らないといけませんわ」
「なるほどなー」
「それなら、このパーフェクトステーキを食わせるんだぞ」
そう言いながら、なぜかポケットから肉を取り出したおっさん。
「分かったのです。肉を食べさせるのです」
スイは肉を受け取ると、握って丸め始めた。
そして、為次の口の中に押し込み始める。
「ささ、ご主人様の作ったお肉です。食べるのです」
「起きないと食べれないような気がするぜ、スイちゃん」
それでも、スイは必死に咽の奥まで丸めた肉を押し込んでいく。
「おっ…… ぐおっ…… ごぉ……」
「喋ったのです!」
為次が無意識にもがいているのをスイは喜んでいるが、マヨーラは冷静にツッ込む。
「喋るってより、窒息しそうなんじゃないの?」
「どうだろうな?」
正秀が訊くと、スレイブは答える。
「どう見ても、殺そうとしてるようにしか見えないが……」
次第に為次の顔色が紫色になってきた……
そして……
「げはぁーーー!」
肉を吐き出すと同時に為次はようやく起きた。
「なんなんだ! 殺す気か!」
「ご、ご主人様ぁ! 起きたです! うわぁーん」
スイはあまりの嬉しさに泣きながら為次に抱き付いた。
「やっと起きたか……」
正秀も一応は安心した様子だ。
もっとも為次は状況が理解できない。
「え? どうかしたの?」
「2階から落ちて気を失ってたんだぜ」
「ああ、そう言えば……」
「体は大丈夫か?」
「うーん、ちょっとダルイかも」
「何か食べた方がいいらしいぜ」
「うん」
それを聞いたマヨーラは、為次が吐き出して床に落ちた肉を拾って為次に渡そうとする。
「ほら、食べなさい」
「なんだそれは?」
「あんたの吐き出した肉よ」
「生じゃねーか! 変な物食わせようとすんなし!」
そう…… 肉屋のおっさんがポケットから取り出した肉は生だったのだ!
「変な物とはなんぞ! それはパーフェクトステーキなる素晴らしい肉ぞ!」
「なんだ、このおっさんは?」
「肉屋のおっさんだぜ」
「肉屋? 肉屋なのにステーキも知らないの?」
「お肉は何を言っている? パーフェクトステーキは肉神様のお作りになった神聖なる肉ぞ」
「焼いてから言え」
「うむむ肉?」
「それは、ステーキではない。熟成霜降り知多牛肉だ」
「……熟成 ……霜降り?」
どうやら肉屋のくせに肉のことをあまり知らないらしい。
仕方ないので何も知らない肉屋のおっさんに、為次は肉についての講釈を垂れ始めたのでした。
肉の部位についての説明や、焼き方…… サイコロステーキの調理方法や網焼きと鉄板焼きの違いまで。
その為次の話に、肉屋のおっさんは目から鱗と言わんばかりに感動してしまい、涙を流し始めた。
「うおぉぉぉん…… 俺は感動したぞ、あなたこそ正に肉神様だぞ! うぉーん、おんおん」
「分かればよろし」
「肉神様は無知な俺に神罰を与える為に、体を張って示して下さったんだぞ!」
「うむ」
そんな肉屋と為次を見る正秀も感動のあまり目を潤わせながら言う。
「感動的だぜ」
「うむ」
「さすがご主人様ですぅ」
「うむ」
しかし、マヨーラとスレイブは呆れて見ている。
「……なんなの」
「なんなんだ、こいつらは一体……」
「と、とにかく無事に解決したようで良かったですわ……」
なんだかよく分からないが一件落着の様子であった。
……………
………
…
結局、屋台と肉を弁償することでケリが付いた。
肉屋のおっさんは弁償などしなくていいと言っていたが、それでは申し訳ないと正秀が金貨を渡しておいた。
その後、肉屋のおっさんは屋台を片付けるからと、直ぐに宿屋を出て行ってしまった……
人とはこだわりを持った生き物である。
そのこだわりを追及してこそ一人前の職人となることができる。
あなたは、どんなこだわりを持っているのだろうか?
例え、そのこだわりが他人から見れば下らないことであろうとも、その極に達した時……
人々のあなたを見る目は変わってくるであろう。
それは、間違いのないことなのだ。
だから、今日も人々はそのこだわりを求めて生きて行く……
肉屋のおっさんは宿屋の外へ出ると、雨は上がり雲の隙間から太陽の光が差し込んでいた。
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【神】=【『人』】=【魔】 の複雑に絡み合う壮大なるギャラクシーファンタジーです
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