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プレーケストーレン
しおりを挟むリーセフィヨルドから、ぐいと突き出た一枚岩の展望台。
その名をプレーケストーレンという。海面からの高さは600mを超える。
柵のない危険な展望台・プレーケストーレンに立つには、麓から2時間のトレッキングを要する。ケーブルカーもロープウェイもない。僅か25m四方の平らな展望台は人の手が全く加えられていない。資産家や権力者が楽をして空から、その場所に降りようとしてもフィヨルドに吹く強い風が許さない。感動の眺望を味わうには、険しい山道を自分の足で登るより他に方法はないのだ。
プレーケストーレンとは【教会の説教壇】を意味する。その形が教会で神父の使う台を連想させるからだ。
夕陽が沈みかけ、西の空が赤く染まると展望台に強い風が吹き始めた。
幣原準造(しではらじゅんぞう)は、思わず身をかがめ、様子を窺った。周囲に人影はない。登って来る時に、降りて来た人々から声をかけられた。展望台に登るには遅い時間だが、大丈夫か? という意味だろう。
やがて彼は、じわりじわりと地面を這うように断崖の淵へにじり寄った。
準造は息を呑んだ。
何という絶景だろう! 青い峡谷が幾重にも連なり大きく蛇行して遥かに海へ繋がっている。その形は氷河期の終わりに造られたという。他に譬えようのない自然の造形美だ。
ノルウェー屈指のフィヨルドに在り海抜600mの断崖からの眺望は文字通り言葉を絶する景観だが、強風の中、その場に長居するのは危険であった。
準造は、横になったまま胸ポケットから写真を取り出した。妻の遺影である。
「咲恵……やっと辿り着いたぞ。お前が若い頃に感動したという景色は、ここに間違いないか?」
その時、びゅうと風が鳴って、準造の手から写真が離れた。
「あっ!」
それは、あっという間の出来事で、写真は旋回しながら飛んで行ってしまった。
「ふふん。いいさ。あれはコピーだ。本物は、ここにある」
準造は胸のあたりを押さえた。彼はストラップを首から提げてパスケースの中に妻の写真を入れていた。
彼は、パスケースを、そろそろと取り出して断崖の淵でかざした。
その刹那、風が止み、夕闇を切り裂くように一条の光が準造を照らした。
咲恵との思い出が準造の脳裏を駆け巡る。
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