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第6章 伝わる気持ち(6-1)

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 彼に励まされた次の日、私は駅でマユとミサキを待っていた。
 空は晴れているけど、湿り気を帯びた風が少し強い朝だった。
 改札口前は蒸し暑くて、前髪が額に張りつきそうだったけど、私は生まれ変わったようなすがすがしい気分で二人を待っていた。
 下り線の電車が到着して、改札口からうちの高校の生徒が続々と吐き出されてくる。 その中から二人の姿を見つけて、私は自分から手を振って声をかけた。
「二人とも、おはよう」
「あれ、どうしたの?」と、マユが人の流れに合わせながらこちらに来る。
「おはよう。めずらしいね」と、ミサキも手を振ってくれる。
 私は二人の歩調に合わせて並んで歩き出した。
「試験対策どう?」と、ミサキがため息交じりにたずねる。「今日の数学やばいわ」
「私、前回がひどかったから今回は頑張ったよ」と、マユは笑っている。「ま、私なりにだけどね」
 マユもミサキも成績は私より良い。
 二人の隣で肩身が狭いけど、なりふり構ってなんかいられない。
 私には彼と約束した宿題があるんだから。
「あ、あのね、マユ」
 駅前のロータリーで信号待ちになったタイミングがチャンスだった。
「マユ、昨日はごめん」と、私は頭を下げた。「何がどうとか、うまく説明できないんだけど、ちゃんと伝えなきゃって思って。とにかく、ごめん」
「いいって」と、マユは困惑の表情で両手を振る。「悪いのは私の方だよ。全部いきなりぶちまけちゃってさ。びっくりしたでしょ」
 街中で、まわりの目もあって、二人とも気まずそうな表情で私を見ている。
「あの……あのね。えっと……」
 いつものように喉が締めつけられて声がかすれそうになる。
 だけど……、だけど……。
 ――いいじゃない。
 かすれたっていい。
 裏返ってもいい。
 大切なのは伝えること。
 恥ずかしくなんかないし、なりふり構ってなんかいちゃだめ。
 とにかく、伝えなくちゃ。
 約束なんだから。
「私もボランティアに参加させてよ」
 言えた。
 ほっとして思わず肩ががくりと下がる。
 だけど、マユが即座に手を突き出してぶんぶんと振った。
「いいよ、無理して来なくても」
 いつもの私ならそんなふうに断られたら走って逃げていただろうけど、今日の私は地に足をつけて踏みとどまれる。
「無理じゃないよ。やりたくて行くの」
「でも……」と、横で見ているミサキも眉を八の字に寄せて口を真一文字に引き結んでいる。
「お願い」と、なぜか私は横断歩道の小学生みたいに手を挙げていた。「私も行きたいから、連れて行って」
「なによ、どうしたのよ。めずらしく頑固だね」と、ミサキが笑い出す。
「選手宣誓じゃないんだから」と、マユも空高く手を突き上げて私の手にハイタッチ。
 パチンと澄んだいい音が湿った空に舞い上がる。
「強がり言って、後悔しても知らないよ」と、ミサキともハイタッチ。
「大丈夫。そのときは甘えん坊になって愚痴を言いまくるから」
「えー、それじゃ、お荷物じゃん」と、ミサキが笑顔で嫌味を言う。
「さすがにそれは言い過ぎでしょ」と、マユがミサキの腕をつつく。「私は来てくれるのうれしいよ」
 良かった。
 ありがとう、二人とも。
 約束が果たせてほっとしたし、もう一つ、私の居場所ができたような気がした。
 信号が青になって集団が一斉に動き出す。
「でもね、チホ」と、並んで歩くマユが真顔で私を見つめた。「大事なこと、忘れてない?」
 え、なんだろう。
 他にも何かまずいことをしちゃってたかな。
 謝らなければいけないことなら、素直に言いたいけど、何も思い出せない。
「赤点の人は、補習と課題があるから、ボランティアには行けないんだよ」
 あ、そっちか。
「あ、ああ……」
「看護科の課題って、普段のだけでも多いのに、追加だと地獄だって。毎年『#看護科なめんな』ってタグが立つってよ」
 今度は私が困惑する番だ。
「だ、大丈夫……だから。頑張るから。なんとかするから。だから……ええと……大丈夫だよね」
 アハハ、とミサキが笑い出す。
「動揺しすぎでしょうよ、チホ。そんなにやばいわけ?」
「いちおう、ちゃんと、プリントとか、見た、つもり、だけど」
 言い訳をすればするほどしどろもどろになってしまう。
 全部ウソだし。
 昨日の夜はマユに謝ることばかり考えていて、試験勉強なんかやってない。
 ――だって、それが私と彼との宿題だったんだもん。
「しょうがないなあ」と、マユが私の手をつかんで走り出す。「ほら、早く教室行って少しでも復習しようよ」
「あ、うん」
 あまりにも突然すぎて靴が脱げそうだったけど、必死になってついていく。
「ちょっと待ってよ」と、ミサキが後ろから追いかけてくるけど、マユは止まらない。
「私たち、先行ってるから」
「ずるいよ、二人とも」と、ミサキが叫ぶ。「今日は試験だよ。マラソン大会じゃないんだから!」
 いつの間にか三人とも笑い出していた。
 他の生徒たちが変な目で見てるけど、そんなこと全然気にならない。
 息が苦しいけど、笑いが止まらない。
 いいんだ。
 これでいいんだ。
 前髪がなびいておでこに風が当たる。
 私が、笑ってる。
 友達と手を握り合って叫んでいる。
 ――大丈夫。
 間違ってなんかいない。
 誰がなんと言おうと、これが私が選んだ道なんだから。
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