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第3章 交差する二人(3-1)

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 不思議な魔法――に見せかけた手品?――を使う彼女と出会った翌日は朝から頭を押さえつけられるような土砂降りの雨だった。
 おまけに傘なんか役に立たない横風まで吹いていて、汗だか雨だか両方なんだか、滝壺にでも突き落とされたんじゃないかというくらいびしょ濡れでオレは登校した。
 教室で湯気が立って、女子たちに大笑いされたけど、まあ、ネタとして笑ってもらえた分、おいしいと受け止めた方が良いんだろう。
 それ以外特に何事もなくいつもの日常が終わり、放課後、また土砂降りの雨の中を駅へ向かった。
 今日も時間がギリギリだったけど、オレが駅前のロータリーに着いたタイミングで、定刻通り各駅停車がホームに停車したところだった。
 慌てることなく改札を通り、ホームへの階段を下りる。
 正直、オレは期待していた。
 昨日の彼女に会えるんじゃないかと。
 いつもの三つ目のドアから乗り込んだ時、オレは思わず、「あっ」と、声を上げてしまった。
 同じ学校の制服を着た女子高生が反対側のドアのところに立っていたのだ。
 しかも臙脂色のリボンタイだ。
 だが、それは全くの別人だった。
 ゆるふわどころか、刺さりそうな黒髪を暗幕のように垂らした眼鏡女子だった。
 思わずオレはあからさまにがっかりした表情を見せてしまった。
 英単語帳で口元を隠すようにしてオレを見た眼鏡女子は、怪訝そうに眉間に皺を寄せるとくるりと背を向けた。
 その瞬間、オレの背中を殴りつけるような風圧と共に、特急列車が通過した。
「各駅停車発車します。ご利用のお客様はご乗車になってお待ちください」
 見知らぬ相手にずいぶんと失礼な態度を取ってしまって、昨日とは別の意味で気まずかったけど、相手も背中を向けて無視してくれたんだからまあいいだろう。
 ドアが閉まって電車が動き出す。
 窓に激しく打ちつける雨の音に包まれて、車内はしんとしていた。
 外が薄暗いせいで、窓に反対側の眼鏡女子の後ろ姿が映っている。
 ふとそちらを見ると、彼女も単語帳から顔を上げてチラリとこちらを向いた。
 オレは慌てて車内へと視線をそらした。
 だが、そんな気まずい状況も、すぐに終わってくれた。
 気がつくともうオレの地元駅に着いていた。
 今日はあっという間だったな。
 たった一駅三分、当たり前だ。
 やっぱり、昨日の麻痺したような時間感覚は魔法だったのかもしれない。
 降りるドアは反対側だ。
 振り返った俺はそのまままっすぐ歩こうとして、ドア前に立っていた眼鏡女子とぶつかりそうになってしまった。
「あ、すみません……」
 胸元に英単語帳を引き寄せた彼女がかすれるような声を絞り出しながら慌てて退く。
「いや、ども……」
 オレも動揺しすぎて転げ落ちるように土砂降りのホームに降り立ち、胸ポケットから交通カードを取り出すと、改札機に腰をぶつけながら駅を出た。
 ちゃんと『すみません』と言えたかどうかも覚えていない。
 しばらくして、ようやく傘も差していないことに気づいた時にはもう電車は水煙の向こうに見えなくなっていた。
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