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第21章 映画「冬至りなば春遠からじ」(21-1)

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 糸原の街には映画館がない。
 だから糸原市出身の糸原奈津美主演映画『冬来たりなば春遠からじ』はこの街では見ることができない。
 春休みに僕は一人で電車に乗ってわざわざ博多まで見に行った。
 誰かと見に行く約束をしていたような気がしたからだ。
 難病の美少女が主人公の恋愛映画なんて見に行く前からストーリーが全部分かっちゃうし、最後のセリフまで予想できちゃうよね。男一人で見に行くものではないと思ったけど、他に誘う人もいなかった。やっぱり誰とも約束なんてしてないんだよな。
 僕が乗った電車は糸原駅を出発して若松神社そばの歩行者用踏切を通過した。いつもは歩行者として渡る踏切を電車の中から見るのは不思議な気分だった。
 電車の中で退屈しのぎにスマホをいじっていたら、僕と凛の二人で撮った写真が出てきた。
 凛はアメリカ国旗柄のマフラーをして画面におさまっている。
 ああ、そういえばそんなマフラーをしていたっけ。
 センス悪すぎだろ。
 その次はブランコの写真だ。どうして僕は若松神社のブランコの写真なんて撮ったんだろう。誰かが座っていたならともかく、無駄な写真だ。
 消去っと。
 天神の駅で降りて中洲を歩く。石灯籠に腰掛けて那珂川を眺める。ここに来たことがあるのは思い出すけど、何だったかは思い出せない。キャナルシティの色鮮やかな壁にも見覚えがある。親と来たんだったかな。小学生の頃かな。
 映画が始まるまで時間があったので、僕はピスタチオのジェラートを食べた。初めて食べる都会の味なのに何だか懐かしい気がした。
 スプーンが二つ刺さっていた。
 一つでいいのに。
 ああそうか、一人で食べる人なんていないのか。おしゃれな店内にいるのは写真を撮り合う女子グループや、恋人達ばかりだった。僕はみんなに背を向けて窓際のカウンター席に座った。円錐形が二つ立っているサグラダファミリアみたいなジェラートを一本のスプーンで崩していった。
 映画館は平日の昼だからか、春休みなのに観客はまばらだった。
 地元なのに興行二週目でこれじゃあ、早くも赤信号だろう。
 僕は一番後ろの列に座った。男一人で来ているのは僕以外にはスーツ姿のサラリーマンだけだった。おじさんは暗くなって予告編が始まるといびきをかいて寝始めた。
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