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第2章 幽霊先輩(2-1)

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 ベタな話が一番怖い。
 怪談は振り向けば必ず何かいるって分かってるのに振り向くし、ドラマだって、難病の主人公が青汁のおかげで元気になるハッピーエンドなんてない。分かっているのに必ず最後は泣くはめになる。「もう恋なんてしない」ってつぶやいて空を見上げるんだ。
 ラストシーンの手前あたりで手紙なんか読み始めると、絶対に泣かないぞなんて構えちゃう。でも、読み終わって大丈夫だなんて油断したらダメだ。こらえた分だけ、余計にどうでもいいところでボロボロ涙が止まらなくなる。
「このおまんじゅうおいしいね」とか、そんなありきたりなセリフが一番危ない。
 でもさすがに、角で人にぶつかるなんて、そんなベタすぎる出会い、あるわけないと思ってた。ただ、それは僕ではなかった。
「うわっ」
 二時限目が終わって三人並んで化学実験室に移動しているとき、凛が廊下の角で人にぶつかった。ノートとペンケースが落ちて中身が散乱する。僕の上履きに消しゴムがぶつかった。かがんでせっかく拾ってやったのに、凛が僕の手から鮭を捕る熊みたいに奪い取った。
「何も見てないよ。タカシなんて書いてないんだろ」
「ハア? あるわけないじゃん。中学生か」
 残りのペンを拾い集めていると、ぶつかった女子が立ち去ろうとした。高志が相手に怒鳴った。
「ちょっと、おい」
 相手は上履きのラインが青、三年生の女子だ。
「人にぶつかっておいて何も言わないで行っちまうのかよ」
 凛のことになるとすぐに熱くなるのが高志の悪い癖だ。よせよ、先輩だぞ。
 呼び止められた先輩は振り向いて僕らを黙ったまま見おろした。一重まぶただけど大きな瞳が印象的な目だ。でもその目にはあたたかさがない。外の空気が転移しているかのような冷たく深い瞳だった。
「なあ、こういうときに言う言葉ってもんがあるだろ」
 高志の剣幕にも先輩は表情を変えず僕たちを眺めているだけだ。何も言わない。
 何か変だ。
 というよりも、僕たちのことなど見えていないかのようだった。
 ついに高志がキレて立ち上がった。
「なあ、あんたのせいだろ。先輩だからって一年を馬鹿にしてるんすか」
「いいよ、高志、やめなよ」
 凛も立ち上がって高志の学生服の袖を引っ張った。
「あたしらも三人広がって歩いてたんだからさ」
「でもよ……」
 高志の抗議を無視したかのように先輩はいつのまにか歩いていってしまっていた。
「なんだよ、あれ。気味悪いぜ。まるで幽霊じゃねえか」
「ほら、授業始まるよ。行こう」
 凛が小走りに駆けていく。
「おい、待てよ。またぶつかるぞ」
 高志も駆けだす。僕は振り向いて廊下を見たけど、もうさっきの先輩はいなかった。
「朋樹、先行くぞ」
 チャイムが鳴り出した。やばい。化学の吉崎先生は厳しいんだ。僕もあわてて二人を追いかけた。
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