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あれ、康輔……じゃない。
え?
……誰?
背丈は康輔と同じくらいだけど、背筋がぴしっと伸びてすらりとした体型だ。
なにより、顔が全然違う。
二重まぶたで鼻筋の通った彫りの深い顔。
斜光に照らされたせいで髪も明るい栗色に輝いていて、ハーフタレントみたいだ。
なんだ……。
やっぱり、そうだよね。
どこから見ても康輔じゃない。
期待からの落差が激しすぎて、全身の力が抜けてしまう。
どなたですか?
ていうか、なんであたしのことを『かさね』なんて呼ぶの?
「かさね」
間違いない。
あたしのことを見て、あたしの名前を呼んでいる。
「あの、ごめんなさい。誰ですか?」
男子生徒は自信満々に微笑みを浮かべながら自分を指さした。
「なんだよ、俺だよ、俺」
詐欺の人だ。
「俺だよ、康輔だよ」
オレダヨコウスケダヨ。
日本語に聞こえない。
オレダヨコウスケダヨ。
頭の中で同じ言葉がぐるぐると渦を巻いて、底なしのらせん階段にあたしを引きずり込んでいく。
「俺だよ、康輔だよ」
何よ、この人。
どうしてこんなイタズラするの。
あたしをからかって何が楽しいの。
怒りというよりも、悲しみしかわいてこない。
でも、涙も出てこない。
なんだかとても虚しい気持ちに包まれる。
「なあ、かさね。俺だよ、康輔だよ」
うん、分かったよ。
もういいよ。
からかってるなら、やめてくださいよ。
「なあ、俺だってば」
目の前にいる人はあたしのことをじっと見つめながら同じ言葉を繰り返している。
俺だよ、俺。
康輔だよ。
必死さだけは伝わるけど、からかわれてうれしいわけがない。
あたしの心の中に刺さっていたトゲがうずく。
「あの、ごめんなさい」
あたしは頭を下げた。
顔を上げたとき、思わず言葉がこぼれ出た。
「誰かは知りませんけど、どうしてコースケのことを知っているのか分かりませんけど、あんまりじゃないですか」
淡い夕日に照らされた相手の表情がこわばる。
「あたしだってつらいんですよ。どういうつもりなのか知りませんけど、そんなにからかっておもしろいですか」
こんな相手に言っても仕方がないのに、もう言葉が止まらない。
「あたしだってね、たしかにコースケに会いたいんですよ。ずっとずっと会いたいって願ってましたよ。でも、誰もコースケのことを覚えていないし、あたしが探そうとすればするほど、どんどんコースケに関係のあったことが消えていっちゃったんですよ。だからもう、いいんです。あきらめます。忘れたいんですから、思い出させないでくださいよ。あなたは一体誰なんですか!」
語気を強めてしまって、後悔する。
「ごめんなさい」
もう一度頭を下げて、この場を立ち去ろうとしたとき、相手があたしの腕をつかんだ。
「なあ、かさね。おまえ、どうして怒ってるんだ?」
はあ?
まだ絡む気ですか?
振りほどこうとしても、がっちり捕まれていて逃げられない。
「なあ、どうして俺だって分からないんだよ。俺だよ、康輔だよ。もしかして、俺のことが見えないのか?」
見えないって、あたしの腕までつかんでるくせに、見えないわけないじゃん。
ていうか、めちゃくちゃ迷惑なんですけど。
……でも……。
もしかして……。
「コースケ……なの?」
相手が力をゆるめた隙に腕を離す。
でも、あたしはその場から逃げる気にはならなかった。
あたしが名前を呼んだからか、相手が笑みを浮かべていた。
全然違う顔なのに、あたしはその笑顔に懐かしさを感じていた。
「コースケ……なの?」
見知らぬ男子生徒はうなずいた。
「だから、さっきからそう言ってるじゃんよ」
「でも、どうしてそんな顔してるの?」
「顔?」と、相手は首をかしげた。「顔がどうかしたのか? ブサイクなのはいまさらだろ」
ブサイクじゃないよ。
イケメンだよ。
もしかして、分かってないの?
自分の顔だから見えないってこと?
写真に撮って見せてあげるよ。
あたしはスマホを取り出して相手に向けた。
あれ?
康輔は?
スマホの画面には狛犬が映るだけだ。
目の前にいるはずの男子生徒の顔はどこにもない。
いくら画面をずらしても、縦にしても横にしても、狛犬しか映らない。
しかも、あたしは参道の左側を向いているはずなのに、イケメン顔の狛犬ではない。
フレンチブルドッグみたいに鼻のつぶれた右側の狛犬そっくりの顔が映っているのだ。
人間の顔はイケメンなのに、スマホの画面にはブサイク顔の狛犬が表示される。
アプリで九十九%そっくりと表示されて康輔が文句を言っていたあの狛犬だ。
スマホをどけると、そこにはやっぱりイケメン男子が微笑んでいる。
もう一度スマホをかざすと狛犬になる。
心臓がトクンと跳ねた。
そうか。
康輔なんだ。
やっぱり康輔なんだ。
どうしても埋まらなかった最後のピースがカチリとはまる。
その瞬間、あたしは逆に納得してしまったのだ。
スマホの画面に映らない、この男子生徒が康輔だということを。
それはつまり、この世の存在ではないということだ。
その事実を、あたしはすんなりと受け入れてしまったのだ。
苦い薬をゼリーに混ぜて飲みこんでしまうように。
なんの抵抗もなく、ごくりと一息に飲み込んでしまったのだ。
できあがったパズルは受け入れがたい真実をさらけだしていた。
なのにあたしは、それに疑問を感じることがなかった。
そうだね。
康輔なんだ。
やっぱり康輔なんだね。
康輔の死をあたしに伝えに来たのは康輔自身なのだった。
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