俺の婚約者は普通じゃない

水無瀬雨音

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「ようこそ」

 修二の屋敷を訪れるのは、久しぶりだ。以前修二の姉と婚約していたときは、時折訪れていたが。
 古いが、手入れが行き届いていて、広い家。
 修二に出迎えられた俺は、長い廊下を通って、彼の部屋に通された。
 
「片付いてますね」
「そうですか? ありがとうございます」

 片付いている、というか何もなくて殺風景。
 デスクにソファーとテーブル、ベッドにクローゼット。それだけだ。
 修二らしい。

「お茶を頼んできますので、お待ちください」
「はい」

 よっしゃ、チャンスだ!
 俺は内心ガッツポーズをしながら、修二を見送った。
 ドアに耳をつけて、修二の足音が遠ざかるのを確認すると、捜索を開始した。
 と言っても、隠す場所は限られているのですぐ見つかるだろう。

「まずは机、と」

 俺はデスクの引き出しを開けてみることにした。
 鍵付きの引き出しは一つもない。
 一つ一つ確認するが、大したものは入っていない。
 文房具、重要度の低い書類、新聞……。

「ない。ええい、次だ!」

 引き出しを元通り閉めると、次はクローゼットに向かう。
 観音開きのそれを開けると、ずらりと仕立てのよい服が並んでいた。
 
「うわ、これめちゃくちゃいいスーツだな。生意気。この着物も生地がいいなー」

 さすが華族。
 ぶつぶつ修二の服を評しながら、一つ一つポケットを確認する。
 ……ない。
 なんでここにもないんだよ。じゃあどこに。

「はぁ? あ、もしかして引き出しが二重底になってたりする?」

 思い当たった俺は、デスクに舞い戻った。
 引き出しに再び手をかけようとしたそのとき……。

 ドアがノックされた。
 はっとして顔を上げる俺。
 開いたドアを背に、にやけた顔で腕組みしている修二が立っていた。
 はぁ?
 すでにドアが開いている? 
 どうやらドアを開ける前にノックしたのではなく、開けたドアをわざわざノックしたようだ。

「探し物は見つかりましたか?」
「お前……」

 そうだ。お茶なら使用人を呼べばいい。わざわざ修二がもらいに行かなくても。
 探させるために、俺を一人にしたのだ。

「ドアの開く音にも気がつかないほど熱中していましたね。だめですよ、正人さん。ちゃんと俺が戻ってこないか気を配らないと」
「ぐぬぬ……」
 
 俺はぎりぎりと歯をかみしめた。
 こいつを出し抜こうかと思っていたのに、手のひらで踊らされていたのかと思うと、腹が立つ。

「可愛い正人さん。切り札をそこら辺に置いてあるはずがないでしょう? ちゃんと大事にしまっていますよ。あなたには絶対に見つからないところに」

 当然といえば当然のことだ。俺がすぐ見つけられるところに隠しているはずがない。部屋の中に隠しているのなら、俺を呼ぶはずもない。
 俺には絶対見つけられない場所、とこいつが言うのなら、そうなのだろう。
 ならば、あえて真正面からぶつかってみるしかない。

「もう十分あなたのお遊びにはつきあったでしょう? そろそろ返してください!」
「返しませんよ、絶対に」

 修二はつかつかと俺の正面に歩み寄った。くいっと俺の顎を持ち上げる。

「初めて見たときから、あなたが気になっていました」
「……はぁ?」
(は? え?)

 突然の告白に、俺はまぬけにぽかんと口を開けた。
 理解が追い付かず、頭が真っ白になる。

(こいつ何を……?)
「じ、冗談にしては笑えないですけど? はは……」

 乾いた笑いをもらしたけれど、修二はいたって真面目な顔をしていた。

「俺はこんな冗談は言いませんよ」
「で、でも。俺が遊んでた女の子と、あなたも遊んでましたよね? 男が好きなわけじゃないんでしょう? じゃあ俺のこと気になるなんておかしいじゃないですか」

 俺はそろそろと後ろに後ずさった。
 修二がその分前につめてくる。

「ええ。おかしいですね。確かに俺は普通に女性が好きだったので。でも、なぜだかあなただけは別だった」
「はぁ……」
(男に特別扱いされても全く嬉しくないけれども!)

 また後ずさって、修二が詰めてくる、と言うのを繰り返す。
 
「女好きで、自分が抱かれるなんて思ってもみない顔。ぐちゃぐちゃに犯して泣かせたいって思ってました」
「あ……」
 
 背中に壁がぶつかる。
 やべぇ、もう後がない。

(こいつの嗜好がやばすぎる! ぐちゃぐちゃにされたくねーし、泣かされたくねぇ!)
「姉の婚約者なので諦めるつもりだったんですがね。姉が自分の幸せを選んだので、遠慮なくあなたをもらうことにしたんです。……いただきます」

 修二が自分の手で、俺のそれを顔を挟むように壁に縫い留めた。

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