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姉上は美しい人だった。
純粋で人を疑うことを知らず、華族だから家柄も良い。妻にするにはぴったりの女性。
そんな姉上が女学校在学中に、婚約が決まらないはずがない。
式を間近に控えたある日、姉上は懇意にしていたメイドと出奔した。そそのかしたのは僕だ。
僕は彼女が嫌いで、彼女も僕が嫌いだった。だけれど、姉上を第一に考えている。そこだけは利害が一致していた。
姉上の婚約が進んでいたある日、僕は親しくしている女友だちから、正人から恋文をもらったことを聞いた。聞き込みをしてみると、一人や二人ではなかった。それだけでなく、不貞を働いたことまで分かった。
ちょっと優しい顔をして、甘い言葉をささやけば、彼女たちは素直に話してくれたし、証拠の提供まで協力してくれた。
姉上に正人は相応しくない。不埒な彼が姉上を幸せにできるとは思えなかった。潔癖な姉上が婚約者の不貞を許せるはずがない。
そうそう離縁するなどできないだろうから、きっと姉上は陰で泣くだろうと思ったから。
二人がいなくなったことが分かった翌朝、当然屋敷中混乱した。
婚約相手に婚約破棄を伝えに、僕が名乗りを上げた。当主である父上が行くのが筋だが、僕はこちらが有利にたつための材料を持っていたからだ。
(思った通り、上手くいった)
いや、思った以上だ。正人が挑発されて、あんな痴態を晒すだなんて思ってもみなかった。帰路を辿る車の中で、僕は一人くすくす笑った。
「大丈夫。上手くいくよ。姉さん、真里亜」
上手くいったら、二人に手紙を書こう。生真面目な二人のことだ。きっと気に病んでいる。
「で、どうしてお前と活動写真を見に行く必要があるんだ」
自分でも、額に青筋が立つのが分かった。
「婚約者なんですから、親交を深めるのは当然じゃないですか?」
隣で飄々としているのは、元婚約者の弟で、現婚約者の修二。
「本当だったら俺は今頃……!」
やっと口説き落としたカフェーの女給の珠緒ちゃんと、レストランに行くはずだったのに!
あたらしく仕立てたスーツを着込み、意気揚々と屋敷を出たところで、待ち構えていた修二に捕まったのだ。
修二の車に乗せられ、劇場に引っ張り込まれ、椅子に座らされた。
今日から見たかったものが始まるとか言っていたが、なぜ俺をつきあわせるのだろう。
こいつの顔面と家柄なら、いくらでも付き合ってくれる女性がいそうなものだが。
「婚約者がいる身で浮気はいけませんよ。凝りてないですね」
こうして修二のいいようにされているのは、元婚約者との婚約中に俺の不貞の証拠が握られているためだ。
「でもお前……」
男同士の婚約など成立しない。そんなこと、こいつだって分かっているはずだ。だから、この婚約はお遊びのようなもの。
お互いの両親に婚約解消の話をつけたのは修二だが、どういう話をしたのかは分からない。
……深く聞きたくない。
「あ、正人さん。もう始まりますよ。上映中の会話はいけませんよ。終わってからゆっくり話をしましょう」
「ぐ……!」
修二に言われて口を紡ぐのもしゃくだが、こいつの言った通りだからおとなしく俺は黙った。
このお遊びも、お前の持っている証拠を取り戻すまでだからな!
純粋で人を疑うことを知らず、華族だから家柄も良い。妻にするにはぴったりの女性。
そんな姉上が女学校在学中に、婚約が決まらないはずがない。
式を間近に控えたある日、姉上は懇意にしていたメイドと出奔した。そそのかしたのは僕だ。
僕は彼女が嫌いで、彼女も僕が嫌いだった。だけれど、姉上を第一に考えている。そこだけは利害が一致していた。
姉上の婚約が進んでいたある日、僕は親しくしている女友だちから、正人から恋文をもらったことを聞いた。聞き込みをしてみると、一人や二人ではなかった。それだけでなく、不貞を働いたことまで分かった。
ちょっと優しい顔をして、甘い言葉をささやけば、彼女たちは素直に話してくれたし、証拠の提供まで協力してくれた。
姉上に正人は相応しくない。不埒な彼が姉上を幸せにできるとは思えなかった。潔癖な姉上が婚約者の不貞を許せるはずがない。
そうそう離縁するなどできないだろうから、きっと姉上は陰で泣くだろうと思ったから。
二人がいなくなったことが分かった翌朝、当然屋敷中混乱した。
婚約相手に婚約破棄を伝えに、僕が名乗りを上げた。当主である父上が行くのが筋だが、僕はこちらが有利にたつための材料を持っていたからだ。
(思った通り、上手くいった)
いや、思った以上だ。正人が挑発されて、あんな痴態を晒すだなんて思ってもみなかった。帰路を辿る車の中で、僕は一人くすくす笑った。
「大丈夫。上手くいくよ。姉さん、真里亜」
上手くいったら、二人に手紙を書こう。生真面目な二人のことだ。きっと気に病んでいる。
「で、どうしてお前と活動写真を見に行く必要があるんだ」
自分でも、額に青筋が立つのが分かった。
「婚約者なんですから、親交を深めるのは当然じゃないですか?」
隣で飄々としているのは、元婚約者の弟で、現婚約者の修二。
「本当だったら俺は今頃……!」
やっと口説き落としたカフェーの女給の珠緒ちゃんと、レストランに行くはずだったのに!
あたらしく仕立てたスーツを着込み、意気揚々と屋敷を出たところで、待ち構えていた修二に捕まったのだ。
修二の車に乗せられ、劇場に引っ張り込まれ、椅子に座らされた。
今日から見たかったものが始まるとか言っていたが、なぜ俺をつきあわせるのだろう。
こいつの顔面と家柄なら、いくらでも付き合ってくれる女性がいそうなものだが。
「婚約者がいる身で浮気はいけませんよ。凝りてないですね」
こうして修二のいいようにされているのは、元婚約者との婚約中に俺の不貞の証拠が握られているためだ。
「でもお前……」
男同士の婚約など成立しない。そんなこと、こいつだって分かっているはずだ。だから、この婚約はお遊びのようなもの。
お互いの両親に婚約解消の話をつけたのは修二だが、どういう話をしたのかは分からない。
……深く聞きたくない。
「あ、正人さん。もう始まりますよ。上映中の会話はいけませんよ。終わってからゆっくり話をしましょう」
「ぐ……!」
修二に言われて口を紡ぐのもしゃくだが、こいつの言った通りだからおとなしく俺は黙った。
このお遊びも、お前の持っている証拠を取り戻すまでだからな!
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