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お姉ちゃん
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物心ついたときには、樹はほぼ今のような人格になっていた。
「千堂君は悲しいくらい偽物ね」
大学生の時に付き合っていた彼女が、別れるときに言ってきた言葉だ。
これ以上ないほど的確に樹を言い当てた言葉だと自嘲気味に思う。
樹は人に好まれるように演じている、仮面をかぶっている自分。それはすなわち人から作られたもの。そんな自分が本物であるはずがない。
幼いころ「あのおもちゃがほしい」とか、「おやつが食べたい」などこどもらしいわがままを言うと父が不機嫌になるので、次第に周りの人の表情を読み、望まれている行動をとるようになった。そうすることで物事が円滑に進んだ。
あえていえば父のせいで欲求が抑制された、ということになるのだが父のことは別に恨んでいない。本来の性格がどうかなんていまとなってはわからないし、この性格は世の中を渡りやすいからだ。
共働きの両親に代わって隣に住んでいる高校生の少女が樹とあゆはの世話をしてくれた。少女は樹とあゆはに優しく、料理を作ってくれ、時には勉強も見てくれて樹もあゆはも本当の姉のように慕っていた。
大好きだった。
そんな平凡で幸せな生活が一変し、樹のひねくれた性格が確立したのは樹が8歳のある夜のことだった。
あゆはが先にあゆはの寝室で眠りにつき、樹は樹の部屋で少女に宿題を見てもらっていた。
「……ねえ樹君」
「なあに?」
「私、樹君とあゆはちゃんのために色々してあげたよね?」
「うん。お姉ちゃんいつもありがとう」
「だから私に対価を頂戴」
「……対価?」
「そう。仕事したらお金をもらえるでしょ?何かをする代わりに何かをもらうのは当然なの。
だから、樹君を頂戴?……」
それからのことははっきり覚えていない。
というよりは、覚えていたくなくて記憶の奥底に沈めてしまったのだと思う。
「樹君は本当に可愛い。私ずっとこうしたかったの」
ただ覚えているのは男と女であっても小学生である自分と高校生である少女には、圧倒的な力の差があるということ。その力の前では抵抗など無意味で、むしろ相手を喜ばせるということ。
ずっと感じていたのは今まで感じたことのない言い知れない恐怖。
地獄のような時間がいつまで続くのかという絶望。
樹にとって幸いだったのは、起き出したあゆはが樹や少女を探して部屋から出てしまったことだった。
「にーに。ねぇね……」
泣いているあゆはの声に、少女は名残惜しそうな様子を見せながらも、はだけた服を整え部屋を出て行った。
そのあと樹はしばらく放心状態だったが、少女が戻ってきたらまた先ほどのことをされるだろう、と思い部屋の鍵をかけて乱された服を整え、ベッドにもぐりこんだ。
その日は結局少女は戻ってこなかったが、恐怖で一晩中眠れなかった。
絶対に両親にバレてはいけないと樹は思った。
だがこのままではまた同じことをされるだろう。
樹は両親に自分だけでもあゆはの世話はできること、少女は来年は受験なので勉強に専念させてあげてほしいと申し出ると、少女に甘えすぎている負い目もあったのだろう。樹の要望はあっさり受け入れられた。
少女とはたまに家の外で会うことはあったが、人目のあるところで手を出したりすることはなく、その後はほぼ平穏に過ごせた。
「千堂君は悲しいくらい偽物ね」
大学生の時に付き合っていた彼女が、別れるときに言ってきた言葉だ。
これ以上ないほど的確に樹を言い当てた言葉だと自嘲気味に思う。
樹は人に好まれるように演じている、仮面をかぶっている自分。それはすなわち人から作られたもの。そんな自分が本物であるはずがない。
幼いころ「あのおもちゃがほしい」とか、「おやつが食べたい」などこどもらしいわがままを言うと父が不機嫌になるので、次第に周りの人の表情を読み、望まれている行動をとるようになった。そうすることで物事が円滑に進んだ。
あえていえば父のせいで欲求が抑制された、ということになるのだが父のことは別に恨んでいない。本来の性格がどうかなんていまとなってはわからないし、この性格は世の中を渡りやすいからだ。
共働きの両親に代わって隣に住んでいる高校生の少女が樹とあゆはの世話をしてくれた。少女は樹とあゆはに優しく、料理を作ってくれ、時には勉強も見てくれて樹もあゆはも本当の姉のように慕っていた。
大好きだった。
そんな平凡で幸せな生活が一変し、樹のひねくれた性格が確立したのは樹が8歳のある夜のことだった。
あゆはが先にあゆはの寝室で眠りにつき、樹は樹の部屋で少女に宿題を見てもらっていた。
「……ねえ樹君」
「なあに?」
「私、樹君とあゆはちゃんのために色々してあげたよね?」
「うん。お姉ちゃんいつもありがとう」
「だから私に対価を頂戴」
「……対価?」
「そう。仕事したらお金をもらえるでしょ?何かをする代わりに何かをもらうのは当然なの。
だから、樹君を頂戴?……」
それからのことははっきり覚えていない。
というよりは、覚えていたくなくて記憶の奥底に沈めてしまったのだと思う。
「樹君は本当に可愛い。私ずっとこうしたかったの」
ただ覚えているのは男と女であっても小学生である自分と高校生である少女には、圧倒的な力の差があるということ。その力の前では抵抗など無意味で、むしろ相手を喜ばせるということ。
ずっと感じていたのは今まで感じたことのない言い知れない恐怖。
地獄のような時間がいつまで続くのかという絶望。
樹にとって幸いだったのは、起き出したあゆはが樹や少女を探して部屋から出てしまったことだった。
「にーに。ねぇね……」
泣いているあゆはの声に、少女は名残惜しそうな様子を見せながらも、はだけた服を整え部屋を出て行った。
そのあと樹はしばらく放心状態だったが、少女が戻ってきたらまた先ほどのことをされるだろう、と思い部屋の鍵をかけて乱された服を整え、ベッドにもぐりこんだ。
その日は結局少女は戻ってこなかったが、恐怖で一晩中眠れなかった。
絶対に両親にバレてはいけないと樹は思った。
だがこのままではまた同じことをされるだろう。
樹は両親に自分だけでもあゆはの世話はできること、少女は来年は受験なので勉強に専念させてあげてほしいと申し出ると、少女に甘えすぎている負い目もあったのだろう。樹の要望はあっさり受け入れられた。
少女とはたまに家の外で会うことはあったが、人目のあるところで手を出したりすることはなく、その後はほぼ平穏に過ごせた。
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