年下彼氏の策略

水無瀬雨音

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風邪6

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 ふと目が覚めると夜中だった。佑も眠ってしまっただろう。
 さすがに風邪をひいている樹と同室で眠ると佑にも移ってしまうため、佑の布団をネット通販の最速便で注文し、リビングで眠ることにした。
 樹のベッドはリビングに面した壁にくっつけて設置してある。
 恐らく家具の配置的に佑もこの壁に面した向こう側に布団を敷いているはず。
 たかだか風邪とはいえ、病気になった時はなぜこんなに無性にもの寂しさを感じるのだろう。佑が壁を挟んだすぐ隣にいるはずなのに、一人になったような寂しさを感じる。

トントン

 ためらいがちに小さく壁をたたいてみた。
 ……もう寝たよな。寝よう。
 佑も普通に仕事をした後で樹の世話をしてくれて疲れただろう。起こしてしまっては申し訳ない。
 
 トントン

 ややあって向こう側から小さいノックが返ってきた。
 当たり前だが、ちゃんと佑が向こうの部屋にいるということに安心する。と同時に起こしてしまったことを申し訳なく思う。
 これ以上佑の睡眠を妨害しては悪いし寝よう。
 布団に潜り込み目をつぶっていると、また小さいノックが聞こえた。ただし今度は壁ではなくドアだ。
「眠れないの?」
 眠たげな眼をした佑がトレーにカップを二つのせて入ってきた。
 「カフェインレスだから大丈夫だよ」とサイドテーブルにカップをのせてくれる。中身はお茶らしい。
「起こしましたよね?すみません」
 佑の入れてくれたお茶を息を吹きかけて冷ましつつ謝る。
 佑はベッドのわきに置いてある椅子に腰をおろした。
「今日仕事じゃないし大丈夫。寂しくなっちゃった?」
 それはそうなのだが、恥ずかしいので樹は返事をしなかった。
 佑はそれを肯定と取ったらしい。
「眠るまでここにいるからね」
 まるで幼い子供に話しかけるような優しい口調だ。気恥ずかしくもあり、心地よくもある。
「話、してください」
「なんの?」
「なんでもいいです。小鳩さんの話が聞きたいです」
 知りたい。
 佑のことをなんでも。
 佑はきょとんとしながらも話始めた。
「そんなに面白い話はできないけど……。
 僕の実家はね、東北にあるんだけどこの時期は雪が多くて大変なんだ。こっちはあんまり降らないけど、降っちゃうと交通網止まって大変だよね。
 雪ってものすごく重くてね、雪かきするとすごく体力使うんだ。体ものすごく痛くなるし」
 佑がとりとめのない話をするのを、時折相槌を打ちながら聞く。
「小鳩さん、全然なまってませんよね?」
 標準語だから、関東出身なのだろうとなんとなく思っていた。
 樹の疑問に佑は苦笑しながら、
「もともと話せないんだ。聞き取るのはできるんだけど」
「少しも話せないんですか?」
「んー……」
 佑はしばらく困り顔で考え込んでから、
「昨日はたくさん寝ったな」
「? 練った?」
 イントネーション自体は標準語とさほど変わらなかったが、意味はよく分からなかった。
「寝たなって意味だよ」
「へぇー。ほかには?」
 もっと聞いてみたくて聞いてみたが、恥ずかしかったのか
「また今度ね」
 とはぐらかされてしまった。話を変えられる。
「祖母は優しいんだけどしつけが厳しかったな。家に入ったら靴をそろえなさいとか。
 大人だから今はもうそこまで怒られないけど」
「そうなんですか……」

 佑の優しい口調にだんだんと瞼が重くなる。
「そろそろ眠くなったかな?」
 樹の手から佑がマグカップを取ってサイドテーブルに置く。
 樹を横にすると布団をかぶせ、子供にするように優しくとんとんと叩く。
「おやすみ。また明日ね」
「……おやすみなさい」
 舌がうまく動かなくて、ちゃんと言えたのか分からない。


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