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風邪4
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鼻をくすぐるいい匂いに樹は目を覚ました。
寝た時はつけていなかったはずのマスクをつけ、首にはタオルがまいてある。さっきのは夢だと思っていたのだが……。
匂いの出どころであるリビングに行くと、佑が料理をしていた。
「起きた?具合はどう?」
「さっきのは夢じゃ……」
疑念が確信に変わる。
はっきりとは覚えていないが、普段だったら口にできないようなことを口走った気がする。
「……オレさっき何か言いました?」
恐る恐る尋ねると、
「言って……ないよ」
目が泳いでいる。
「……病人のたわごとなんで忘れてください。お願いします」
具体的に何を言ったのかは気になるが、聞いたら憤死しそうな気がする。
「……努力する。
千堂君食欲どう?スープ作ったけど、ご飯とかおかずは食べられないかな?おかゆがよければおかゆ作るよ」
何言ったんだよ、オレ……と内心激しく落ち込みながら、
「スープは食べます。食欲はあるんですがのどが痛いのであとおかゆがいいです」
「分かった」
「卵は入れる?」など細かく聞いてくれながら、佑が食事を用意してくれる。
「はい。どうぞ」
佑もスープにおかゆと同じメニューを食べるらしい。
目の前で違うものを食べるのに引け目を感じたのだろう。
「小鳩さんは普通に別のもの食べてよかったのに」
おかゆなど一般的な成人男性は健康な時にあえて食べたいものではないだろう。朝食ならともかく夕食で。
「大丈夫だよ。僕普段から小食だし。いただきます」
「いただきます。小鳩さん、今日はなんで」
「あんなことしたオレのところに来てくれたんですか」と言いかけて言葉を飲み込む。あえて蒸し返さないほうが良い。もうあのようなことをする気はないし、する元気もない。
樹が途中までしか言わなかった言葉を、佑は自分で補完したらしい。
「沢田さんが千堂君が風邪で休んでるから行ってあげてって。なんか女子社員が誰が行くかでもめて、まあ大抵は住所知らないからよかったんだけど、総務課の社員が抜け駆けして大変だったみたいだよ。結局会えずじまいだったみたいだけど。
千堂君寝てるときだったのかもね」
「あー、そうなんですか。全然気づかなかったです」
「感謝してくださいね☆」と言っている瀬奈が目に浮かぶ。
そして女子社員で揉めるのは勝手だが、どうか樹を巻き込まないでほしい。
佑の作ってくれたスープは具の野菜も柔らかく煮込んであって、痛んだのどでも負担なく飲み込めた。食べられるものは色々食べたほうが回復も早いだろう。
樹の食べ終わったタイミングを見計らって
「お代わりは?」
「んーアイスが食べたいかな。自分で取ります」
何ともなしに言って立ち上がろうとするのを佑が止める。
「アイスはダメ」
普段優しい佑が険しい顔をするのが初めてだったので、一瞬あっけにとられる。
「冷たいものと乳製品はだめ。
あったかいものか常温のもの。飲み物は緑茶か紅茶ね。
デザートほしいならリンゴ持ってくるから」
普段どちらかというとおっとりした口調の佑にまくし立てられて、樹は無言でうなづいて浮きかけた腰を再び下ろした。
祖母と同居していたというので、おばあちゃんの知恵袋的なものだろうか。
別に疑うわけではないが、熱があるときのアイスはセオリーだと思っていたが。
なんとなくスマホで検索すると、マスクやのどをタオルでまかれたのも含め、一応理にかなってはいるらしい。
つい先ほどまでは「彼女がいたらこんな感じかなー。先輩が女だったらなー」と一瞬思った気もするが、彼女通り越して母親だ。いや祖母だ。
もっとも物心ついた時には母は多忙で祖母は他界していたので、樹には病気だからと言ってこのように甲斐甲斐しく看病された思いではない。むずがゆくもあったが看病されるというのは嬉しいものだと思う。
「はい。どうぞ」
お茶とすりおろしたリンゴを持ってきてくれる。同時に持ってきた佑の分はすり下ろされていないものだ。
紅茶はともかく緑茶はなかったはずなので、佑が買ってきてくれたのだろう。
「足りなかったらまたすりおろすからね」
「ありがとうございます」
すりおろしたりんごなど物心ついてからは初めて食べたかもしれない。離乳食のころには食べたことがあるのだろうが。
ほんのりと酸味がある中に自然な甘さが心地よい。「隠し味にはちみつが入っている」と佑が教えてくれた。
寝た時はつけていなかったはずのマスクをつけ、首にはタオルがまいてある。さっきのは夢だと思っていたのだが……。
匂いの出どころであるリビングに行くと、佑が料理をしていた。
「起きた?具合はどう?」
「さっきのは夢じゃ……」
疑念が確信に変わる。
はっきりとは覚えていないが、普段だったら口にできないようなことを口走った気がする。
「……オレさっき何か言いました?」
恐る恐る尋ねると、
「言って……ないよ」
目が泳いでいる。
「……病人のたわごとなんで忘れてください。お願いします」
具体的に何を言ったのかは気になるが、聞いたら憤死しそうな気がする。
「……努力する。
千堂君食欲どう?スープ作ったけど、ご飯とかおかずは食べられないかな?おかゆがよければおかゆ作るよ」
何言ったんだよ、オレ……と内心激しく落ち込みながら、
「スープは食べます。食欲はあるんですがのどが痛いのであとおかゆがいいです」
「分かった」
「卵は入れる?」など細かく聞いてくれながら、佑が食事を用意してくれる。
「はい。どうぞ」
佑もスープにおかゆと同じメニューを食べるらしい。
目の前で違うものを食べるのに引け目を感じたのだろう。
「小鳩さんは普通に別のもの食べてよかったのに」
おかゆなど一般的な成人男性は健康な時にあえて食べたいものではないだろう。朝食ならともかく夕食で。
「大丈夫だよ。僕普段から小食だし。いただきます」
「いただきます。小鳩さん、今日はなんで」
「あんなことしたオレのところに来てくれたんですか」と言いかけて言葉を飲み込む。あえて蒸し返さないほうが良い。もうあのようなことをする気はないし、する元気もない。
樹が途中までしか言わなかった言葉を、佑は自分で補完したらしい。
「沢田さんが千堂君が風邪で休んでるから行ってあげてって。なんか女子社員が誰が行くかでもめて、まあ大抵は住所知らないからよかったんだけど、総務課の社員が抜け駆けして大変だったみたいだよ。結局会えずじまいだったみたいだけど。
千堂君寝てるときだったのかもね」
「あー、そうなんですか。全然気づかなかったです」
「感謝してくださいね☆」と言っている瀬奈が目に浮かぶ。
そして女子社員で揉めるのは勝手だが、どうか樹を巻き込まないでほしい。
佑の作ってくれたスープは具の野菜も柔らかく煮込んであって、痛んだのどでも負担なく飲み込めた。食べられるものは色々食べたほうが回復も早いだろう。
樹の食べ終わったタイミングを見計らって
「お代わりは?」
「んーアイスが食べたいかな。自分で取ります」
何ともなしに言って立ち上がろうとするのを佑が止める。
「アイスはダメ」
普段優しい佑が険しい顔をするのが初めてだったので、一瞬あっけにとられる。
「冷たいものと乳製品はだめ。
あったかいものか常温のもの。飲み物は緑茶か紅茶ね。
デザートほしいならリンゴ持ってくるから」
普段どちらかというとおっとりした口調の佑にまくし立てられて、樹は無言でうなづいて浮きかけた腰を再び下ろした。
祖母と同居していたというので、おばあちゃんの知恵袋的なものだろうか。
別に疑うわけではないが、熱があるときのアイスはセオリーだと思っていたが。
なんとなくスマホで検索すると、マスクやのどをタオルでまかれたのも含め、一応理にかなってはいるらしい。
つい先ほどまでは「彼女がいたらこんな感じかなー。先輩が女だったらなー」と一瞬思った気もするが、彼女通り越して母親だ。いや祖母だ。
もっとも物心ついた時には母は多忙で祖母は他界していたので、樹には病気だからと言ってこのように甲斐甲斐しく看病された思いではない。むずがゆくもあったが看病されるというのは嬉しいものだと思う。
「はい。どうぞ」
お茶とすりおろしたリンゴを持ってきてくれる。同時に持ってきた佑の分はすり下ろされていないものだ。
紅茶はともかく緑茶はなかったはずなので、佑が買ってきてくれたのだろう。
「足りなかったらまたすりおろすからね」
「ありがとうございます」
すりおろしたりんごなど物心ついてからは初めて食べたかもしれない。離乳食のころには食べたことがあるのだろうが。
ほんのりと酸味がある中に自然な甘さが心地よい。「隠し味にはちみつが入っている」と佑が教えてくれた。
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