年下彼氏の策略

水無瀬雨音

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風邪3

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「千堂君、大丈夫?」
 呼びかけられて目を開けると、いるはずのない佑がベッドの脇で心配そうに樹を見つめている。
「……あんたなんでここにいるんですか」
 ぼんやりとしながら発した声はかすれていて、自分でも聞き取れないほどだったが、佑には伝わったらしい。
「風邪で休みって聞いて。
 電話もインターホンもでないし、中で倒れてないか気になって前返しそびれてたカードキーで勝手に入っちゃった。ごめん」
 「熱があるならはっておくね」と熱さましシートを額にはってくれる。ひんやりとしたそれは熱を吸い取ってくれて気持ちがいい。
 「のどは?」と聞かれ、「痛いです」と答えるとマスクをつけられ首にタオルを巻かれた。
 樹はされるがままになっている。
 ―ーああ、そうか。
 多分これは熱に浮かされた夢だ。
 そうでなければこの前あんなことをした男なんか看病にこないし、二人きりになると分かっていて来ない。
 さっき口を開いたからか、先ほどよりははっきりと聞こえる。
「オレはきっと、ずっとあんたがいい人なのは分かっていたんです。
 オレの汚れた心をあんたにだけは触られたくない、知られたくないと思ってました。
 あんたはきれいなままでいてほしい、あんたには拒絶してほしくない、と思ってたから。でもあんたをぐちゃぐちゃにしたいって相反する気持ちがあって」
 だから樹は自分の胸に秘めていた、自分でも気づいていなかった気持ちを吐露した。

「あんたを汚したら、オレは楽になれるんですかね?オレみたいに真っ黒に」

 夢の中の佑は、目を大きく見開いている。
 佑が離れて行かないようにとそっと伸ばしてつかんだ手が冷たい。
「僕は君が思っているほどきれいでもいい人でもないし、君は汚れてないよ。
 ……今はゆっくり休んで」
 普段通りの穏やかな表情になり、幼い子供を寝かしつけるように、握っていないほうの手でそっと頭を撫でつけてくれるのが気持ちがいい。夢の中のはずなのに、はっきり感覚が伝わる。
 母はこんな風に寝かしつけてくれることがあっただろうか。
 多忙だからあったとしても乳児のときだけだろう。
 ぼんやりと考えているうちに、樹は意識を手放した。


 樹が次期に寝息を立て始める。
 佑はそっと手を外し、部屋を出る。
「はあ……」
 佑は後ろ手にドアを閉めると、 寄りかかった。
 頬に手を当てると熱い。多分今鏡を見たら赤いだろう。
 樹の熱っぽい潤んだ目や、かすれた声がよみがえる。
 男の自分でもどうにかなりそうな、痛烈な色気だった。多分女の子ではひとたまりもないだろう。
 表面上は平静を装ったつもりだが、ずっと心臓ばくばくだった。
 はっきり意味は分からなかったが、多分恥ずかしいことを言われた気がする。
 先日もあのようなことをされたし、自分をそういう風に見ているのだろうか、と思ったが、きっと樹は寝ぼけているのだから、と自分に言い聞かせる。
 樹は仲の良い同僚だ。これからも。
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