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イメチェン1
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翌朝少し遅れて出社した樹は、エレベーターを降りたところで、瀬奈を見かけて手招きした。
「きゃー、なんですか?先輩!」
嬉しいのか、にこにこと瀬奈が寄ってくる。
よく考えると、わざわざ樹から瀬奈に接触する、なんていうのは初めてかもしれない。ましてや、仕事上必要なわけでもないのに。
樹と瀬奈という目立つ取り合わせに、近くにいた社員たちも興味深々といった様子で、じろじろ見てくる。
噂になったらめんどくさいと思ったが、やましくないということを示すため、あえて人目につくところで話をすることにした。
あまり人には聞かれたくないし、見られたくもないが、女子社員と密室で二人きりというのはまずい。
一応壁際によって、声を落として話し始める。
瀬奈の評判を、落としかねない内容だからだ。
まあ今の評判が天井に届くほど高いので、多少落ちたところでなんともないだろうが。
「昨日ね、たまったま接待のあと、会社戻ったらさ?小鳩先輩が、沢田さんの仕事してんじゃん」
樹はあくまでも笑顔でにこやかに穏やかに、けれどずばずばと昨日のことを瀬奈に切り込む。
「えーん。違うんですー。用事があるのに、仕事終わらないって困ってたら小鳩先輩がー。私いいって言ったのに」
目を潤ませて、瀬奈が訴える。
(うん。
聞いた話と違うー)
佑は瀬奈が頼み込んできた、と言っていたのだが。
どちらが正しいかなんて、明白である。
別に佑の肩を持つわけではないが。
「あのね。予定あるならさ、早く来るとか、昼メシ食いながらするとか、やり方あるじゃん。
沢田さん仕事できるのに、もったいないよー。仕事した分、成長できるのに」
さりげなく自尊心を煽ってやると、目のうるうるが増した瀬奈が嬉しそうに言う。
「きゃーん。愛のある説教してくれるなんて、樹先輩だけです!
先輩ってやっぱりぃ、私のこと……」
「とりあえず、先輩に仕事させんのやめてねー。じゃ」
指先で樹の胸元をなぞってもじもじしはじめたので、話を強引に切り上げてその場を立ち去った。
なぜリスクを冒してまで、わざわざ瀬奈に警告したのか。
佑のためではない。
あくまでも仕事を押し付ける瀬奈に、いらだったからだ。
★★★
佑はいつも満員電車が嫌なので、余裕をもって一時間前には来るようにしている。
だから始業時間には、余裕をもって仕事が始められ、大抵定時で仕事が終わる。
今日もあと数時間で終業時間だが、いつも通り定時で帰れるだろう。
残りの仕事の配分を考えながら書類を手に取ると、
「せんぱぁーい。
昨日手伝ってもらっちゃったんで、私も手伝いますよ!」
不意に隣にやってきた瀬奈が、ニコニコしながら両手を差し出してくる。
普段も笑顔だが、今日は特に機嫌がよさそうな気がする。出社してきたときも、挨拶する声が普段よりも高かった。
社内でも不動のアイドル的な存在である瀬奈が、地味な存在である佑に話しかけていることで、好奇と羨望の入り混じった視線が向けられ、非常に居心地が悪い。
肩身の狭い思いをしながらも、佑は瀬奈の申し出を断った。
「ええと、大丈夫だよ。気にしなくて」
急ぎの仕事もないし、就業時間内には終わるだろう。
逆に仕事を取られたら暇になってしまう。
「バリバリやりたい気分なんですぅ。
それに私たち助け合い同盟じゃないですか!」
「いつくんだの、そんな同盟」
佑が戸惑っている間に、瀬奈はさっと書類の束を手に取った。
「これ未入力分ですよねー?
もらいます!」
「あ」
瀬奈は束を持ったままさっさと自分の席に戻ってしまった。
わざわざ瀬奈の席に行って、書類を取り戻すのも周りの目が合って気まずい。
仕方ない。
今日は時間が余った時にする、書庫の整理でもしよう。
15時過ぎには業務が終わり、課長に声をかけてから、佑は書庫に向かった。
書類の整理は必要なことだが、当然普段の業務が優先だ。書類整理はいわばボランティアで溜まりがちである。快く送り出してくれた。
「んー?結構適当だなあ。誰だよ、これしまったの……」
地下にある書庫は窓もなく、その名の通り書類や本などの紙類が所狭しと並んでいるせいで、かび臭く埃っぽい。
一応ドアは開け放っているが、それだけでは換気は不十分だ。
少し書類を動かしただけで、積もったほこりが舞う。
潔癖症ではないが、本能的に顔をそらす。
(マスクをしておいてよかった)
黙々と作業していると、終業時間前にはたまっていた書類整理が終わった。
空き時間にちょこちょこするより、ある程度の時間を使ったほうが効率が良い。
片付けも終ったところでちょうど定時となったので、課に戻ることにする。
腰をかがめた姿勢の作業が多かったため、伸びをしていると、足音が近づいてきた。
「誰かいますかー?
失礼しまーす」
開いていたままのドアを軽くノックして、さわやかな声とともに、誰か入ってくる。
「小鳩さん、書類整理ですか?営業課__オレら__#も助かります。あざーっす」
樹だった。
ぺこりと頭を下げてくるので、気にしないでとぱたぱたと顔の前で片手を振る。
「うん。沢田さんが仕事手伝ってくれて。時間が開いたから」
「へー沢田が。もう帰るところですか?」
整理された書類と、未整理の書類が入っていた段ボールがつぶれているのを見て、樹が尋ねる。
「さっき終わったところ」
こくりと佑が頷くと、
「じゃ、少し待っててください!
書類一つ見つけるだけなんで!」
佑の返事を待たずに、樹は書庫の奥に引っ込んだ。
「んーと。あったあった」
数分もしないうちに、見つけた書類を手にして戻ってくる。
「お待たせいたしました。小鳩さん、今日用事ありますか?」
「帰るだけだよ」
もっとも大抵そうだ。
あったとしても、スーパーに寄るくらいか。
樹が男の佑でも、惚れ惚れするような笑顔を浮かべた。
「じゃ、オレにつきあってください♪」
「きゃー、なんですか?先輩!」
嬉しいのか、にこにこと瀬奈が寄ってくる。
よく考えると、わざわざ樹から瀬奈に接触する、なんていうのは初めてかもしれない。ましてや、仕事上必要なわけでもないのに。
樹と瀬奈という目立つ取り合わせに、近くにいた社員たちも興味深々といった様子で、じろじろ見てくる。
噂になったらめんどくさいと思ったが、やましくないということを示すため、あえて人目につくところで話をすることにした。
あまり人には聞かれたくないし、見られたくもないが、女子社員と密室で二人きりというのはまずい。
一応壁際によって、声を落として話し始める。
瀬奈の評判を、落としかねない内容だからだ。
まあ今の評判が天井に届くほど高いので、多少落ちたところでなんともないだろうが。
「昨日ね、たまったま接待のあと、会社戻ったらさ?小鳩先輩が、沢田さんの仕事してんじゃん」
樹はあくまでも笑顔でにこやかに穏やかに、けれどずばずばと昨日のことを瀬奈に切り込む。
「えーん。違うんですー。用事があるのに、仕事終わらないって困ってたら小鳩先輩がー。私いいって言ったのに」
目を潤ませて、瀬奈が訴える。
(うん。
聞いた話と違うー)
佑は瀬奈が頼み込んできた、と言っていたのだが。
どちらが正しいかなんて、明白である。
別に佑の肩を持つわけではないが。
「あのね。予定あるならさ、早く来るとか、昼メシ食いながらするとか、やり方あるじゃん。
沢田さん仕事できるのに、もったいないよー。仕事した分、成長できるのに」
さりげなく自尊心を煽ってやると、目のうるうるが増した瀬奈が嬉しそうに言う。
「きゃーん。愛のある説教してくれるなんて、樹先輩だけです!
先輩ってやっぱりぃ、私のこと……」
「とりあえず、先輩に仕事させんのやめてねー。じゃ」
指先で樹の胸元をなぞってもじもじしはじめたので、話を強引に切り上げてその場を立ち去った。
なぜリスクを冒してまで、わざわざ瀬奈に警告したのか。
佑のためではない。
あくまでも仕事を押し付ける瀬奈に、いらだったからだ。
★★★
佑はいつも満員電車が嫌なので、余裕をもって一時間前には来るようにしている。
だから始業時間には、余裕をもって仕事が始められ、大抵定時で仕事が終わる。
今日もあと数時間で終業時間だが、いつも通り定時で帰れるだろう。
残りの仕事の配分を考えながら書類を手に取ると、
「せんぱぁーい。
昨日手伝ってもらっちゃったんで、私も手伝いますよ!」
不意に隣にやってきた瀬奈が、ニコニコしながら両手を差し出してくる。
普段も笑顔だが、今日は特に機嫌がよさそうな気がする。出社してきたときも、挨拶する声が普段よりも高かった。
社内でも不動のアイドル的な存在である瀬奈が、地味な存在である佑に話しかけていることで、好奇と羨望の入り混じった視線が向けられ、非常に居心地が悪い。
肩身の狭い思いをしながらも、佑は瀬奈の申し出を断った。
「ええと、大丈夫だよ。気にしなくて」
急ぎの仕事もないし、就業時間内には終わるだろう。
逆に仕事を取られたら暇になってしまう。
「バリバリやりたい気分なんですぅ。
それに私たち助け合い同盟じゃないですか!」
「いつくんだの、そんな同盟」
佑が戸惑っている間に、瀬奈はさっと書類の束を手に取った。
「これ未入力分ですよねー?
もらいます!」
「あ」
瀬奈は束を持ったままさっさと自分の席に戻ってしまった。
わざわざ瀬奈の席に行って、書類を取り戻すのも周りの目が合って気まずい。
仕方ない。
今日は時間が余った時にする、書庫の整理でもしよう。
15時過ぎには業務が終わり、課長に声をかけてから、佑は書庫に向かった。
書類の整理は必要なことだが、当然普段の業務が優先だ。書類整理はいわばボランティアで溜まりがちである。快く送り出してくれた。
「んー?結構適当だなあ。誰だよ、これしまったの……」
地下にある書庫は窓もなく、その名の通り書類や本などの紙類が所狭しと並んでいるせいで、かび臭く埃っぽい。
一応ドアは開け放っているが、それだけでは換気は不十分だ。
少し書類を動かしただけで、積もったほこりが舞う。
潔癖症ではないが、本能的に顔をそらす。
(マスクをしておいてよかった)
黙々と作業していると、終業時間前にはたまっていた書類整理が終わった。
空き時間にちょこちょこするより、ある程度の時間を使ったほうが効率が良い。
片付けも終ったところでちょうど定時となったので、課に戻ることにする。
腰をかがめた姿勢の作業が多かったため、伸びをしていると、足音が近づいてきた。
「誰かいますかー?
失礼しまーす」
開いていたままのドアを軽くノックして、さわやかな声とともに、誰か入ってくる。
「小鳩さん、書類整理ですか?営業課__オレら__#も助かります。あざーっす」
樹だった。
ぺこりと頭を下げてくるので、気にしないでとぱたぱたと顔の前で片手を振る。
「うん。沢田さんが仕事手伝ってくれて。時間が開いたから」
「へー沢田が。もう帰るところですか?」
整理された書類と、未整理の書類が入っていた段ボールがつぶれているのを見て、樹が尋ねる。
「さっき終わったところ」
こくりと佑が頷くと、
「じゃ、少し待っててください!
書類一つ見つけるだけなんで!」
佑の返事を待たずに、樹は書庫の奥に引っ込んだ。
「んーと。あったあった」
数分もしないうちに、見つけた書類を手にして戻ってくる。
「お待たせいたしました。小鳩さん、今日用事ありますか?」
「帰るだけだよ」
もっとも大抵そうだ。
あったとしても、スーパーに寄るくらいか。
樹が男の佑でも、惚れ惚れするような笑顔を浮かべた。
「じゃ、オレにつきあってください♪」
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