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五章 真実編
Special end 喜びも悲しみもあなたと一緒なら
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私はゆっくりと目を開けた。全身が鉛のように重く、頭もぼんやりしている。
うつろだった視界が、だんだんとクリアになった。最初に私の目に映ったのは、アンセル様だった。その次に隣にいたフェンリルが目に入る。
二人とも、今まで見たことがないほど、心配そうな表情。
「あ……」
「目覚めたばかりなんだ。無理をしなくていい」
上半身を起こそうとしてふらついてしまい、慌ててアンセル様が支えてくれる。
フェンリルが寄りかかりやすいように、背中にクッションを入れてくれた。
渡してくれたグラスに入った水を、ゆっくりと時間をかけて飲む。
(目覚めたばかり……そうだ。私は……)
「プリシラ……。僕のことを覚えているか?」
恐る恐ると言った様子のアンセル様に、私はこくりと頷いた。
「はい。アンセル様。もちろんです。フェンリル、あなたのことも覚えているわよ。もちろん」
肯定した私に、アンセル様とフェンリルはほっとした表情を見せた。
彼の質問と表情の理由を、私は分かっていた。
全部思い出したから。
「アンセル様、セル、どちらでお呼びしたらよろしいでしょうか……」
ぴくっと彼の眉が動く。瞬間、鬼気迫った表情で、私の肩をつかんだ。ぎりぎりと指が食い込んで痛い。
「プリシラ、思い出したのか!?」
「いたっ、痛い」
「すまない」
私の訴えに、セルは慌てて手を離した。
「覚えてる。あなたと再会してから過ごしたことも、両親が事故で亡くなったことも、あの日のことも結婚してからのことも。全部」
私は彼の目をまっすぐ見つめた。
セルと過ごした最後の日のこと。
目覚めた私が、彼と再会してからのほとんどの記憶を失っていたこと。恐らくそのため、自分の年齢も実年齢よりも若いと思っていたこと。全部。
「そうか……」
脱力したセルが、額に手を当ててうつむいた。だから、そのときどんな表情をしていたのか、私には分からない。
「あなたが私から離れたのは、お父さまに言われたから? あの日の……辛い記憶を思い出させないために?」
「両方だ。……結局君をあきらめきれず結婚したがな」
ふう、とセルがため息をつく。
「本当は、ずっと怖かった。君に忘れられているのも。君が、ずっと思い出さないんじゃないか。新しく積み重ねた時間すら、また忘れるんじゃないかって」
「……後悔しなかった? 今していなくったって、これからするかもしれないわ」
自分との思い出を失った妻。また繰り返さないなんて保証はどこにもない。
それなら。普通の女性と結婚した方が……。
恐る恐る尋ねた私に、
「後悔なら、もうとっくにしている」
きっぱりセルが答えた。
(やっぱり、あなたは私と結婚して後悔を……)
私がショックを受けていると、セルは私の目をまっすぐに見つめて、手を握ってきた。
「僕の後悔は、君が記憶を失ったあの時、大人しく身を引いたことだ。おかげで三年もの時間を無為にした。どんな犠牲を払ってでも、君を手に入れたくなることなど、明らかだったのに」
「セル……」
「君こそ。封じた記憶を思い出させる可能性があるのに傍に置いた傲慢な僕を、責めないのか?」
珍しく気弱そうなセル。
「責めるだなんて」
そんなこと、あるはずがない。自分を思い出す保証なんかないのに、私を求めてくれた。そのことに感謝しかない。
「あるとしたら、あなたが私を手放したことよ。どんなにつらい記憶を思い出したって、どんなに大切な記憶を失ったって、私が一番大切なのはセルなの。あなたと離れることは何より辛いわ。もう、私を手放さないで」
「手放すものか。もう、何も僕らを離せないよ」
セルは私を優しく抱きしめると、髪を撫でた。
「ちょっと、セル」
少し忘れかけていたが、フェンリルがいるのに。
慌ててセルの胸に手をあてて突っぱねようとするが、彼はくすっと笑った。
「フェンリルなら気を使って、さっき出て行ったよ」
「そ、そう」
横目でフェンリルのいたあたりを見るが、確かに彼女の姿はなかった。私は、ほっと胸をなでおろすと、セルの耳に口元を寄せてねだった。
「ねぇ、私、子供がほしいわ。男の子と女の子どちらでもいいから」
大切なものを増やせたのなら。きっともう私は記憶を失わないんじゃないか。そう思ったのだ。
セルは一瞬だけ目をみはって、
「君が元気になったら、頑張ってもらおうかな」
そう優しく微笑んだのだった。
★★★
こちらはすべての記憶を思い出したバージョン。明るめのラストです。
時間がかかりましたが、やっとここまでこれました!
あとは番外編で終わりです。
不穏な情勢が続いていますが、皆様のご健康をお祈り申し上げます。
うつろだった視界が、だんだんとクリアになった。最初に私の目に映ったのは、アンセル様だった。その次に隣にいたフェンリルが目に入る。
二人とも、今まで見たことがないほど、心配そうな表情。
「あ……」
「目覚めたばかりなんだ。無理をしなくていい」
上半身を起こそうとしてふらついてしまい、慌ててアンセル様が支えてくれる。
フェンリルが寄りかかりやすいように、背中にクッションを入れてくれた。
渡してくれたグラスに入った水を、ゆっくりと時間をかけて飲む。
(目覚めたばかり……そうだ。私は……)
「プリシラ……。僕のことを覚えているか?」
恐る恐ると言った様子のアンセル様に、私はこくりと頷いた。
「はい。アンセル様。もちろんです。フェンリル、あなたのことも覚えているわよ。もちろん」
肯定した私に、アンセル様とフェンリルはほっとした表情を見せた。
彼の質問と表情の理由を、私は分かっていた。
全部思い出したから。
「アンセル様、セル、どちらでお呼びしたらよろしいでしょうか……」
ぴくっと彼の眉が動く。瞬間、鬼気迫った表情で、私の肩をつかんだ。ぎりぎりと指が食い込んで痛い。
「プリシラ、思い出したのか!?」
「いたっ、痛い」
「すまない」
私の訴えに、セルは慌てて手を離した。
「覚えてる。あなたと再会してから過ごしたことも、両親が事故で亡くなったことも、あの日のことも結婚してからのことも。全部」
私は彼の目をまっすぐ見つめた。
セルと過ごした最後の日のこと。
目覚めた私が、彼と再会してからのほとんどの記憶を失っていたこと。恐らくそのため、自分の年齢も実年齢よりも若いと思っていたこと。全部。
「そうか……」
脱力したセルが、額に手を当ててうつむいた。だから、そのときどんな表情をしていたのか、私には分からない。
「あなたが私から離れたのは、お父さまに言われたから? あの日の……辛い記憶を思い出させないために?」
「両方だ。……結局君をあきらめきれず結婚したがな」
ふう、とセルがため息をつく。
「本当は、ずっと怖かった。君に忘れられているのも。君が、ずっと思い出さないんじゃないか。新しく積み重ねた時間すら、また忘れるんじゃないかって」
「……後悔しなかった? 今していなくったって、これからするかもしれないわ」
自分との思い出を失った妻。また繰り返さないなんて保証はどこにもない。
それなら。普通の女性と結婚した方が……。
恐る恐る尋ねた私に、
「後悔なら、もうとっくにしている」
きっぱりセルが答えた。
(やっぱり、あなたは私と結婚して後悔を……)
私がショックを受けていると、セルは私の目をまっすぐに見つめて、手を握ってきた。
「僕の後悔は、君が記憶を失ったあの時、大人しく身を引いたことだ。おかげで三年もの時間を無為にした。どんな犠牲を払ってでも、君を手に入れたくなることなど、明らかだったのに」
「セル……」
「君こそ。封じた記憶を思い出させる可能性があるのに傍に置いた傲慢な僕を、責めないのか?」
珍しく気弱そうなセル。
「責めるだなんて」
そんなこと、あるはずがない。自分を思い出す保証なんかないのに、私を求めてくれた。そのことに感謝しかない。
「あるとしたら、あなたが私を手放したことよ。どんなにつらい記憶を思い出したって、どんなに大切な記憶を失ったって、私が一番大切なのはセルなの。あなたと離れることは何より辛いわ。もう、私を手放さないで」
「手放すものか。もう、何も僕らを離せないよ」
セルは私を優しく抱きしめると、髪を撫でた。
「ちょっと、セル」
少し忘れかけていたが、フェンリルがいるのに。
慌ててセルの胸に手をあてて突っぱねようとするが、彼はくすっと笑った。
「フェンリルなら気を使って、さっき出て行ったよ」
「そ、そう」
横目でフェンリルのいたあたりを見るが、確かに彼女の姿はなかった。私は、ほっと胸をなでおろすと、セルの耳に口元を寄せてねだった。
「ねぇ、私、子供がほしいわ。男の子と女の子どちらでもいいから」
大切なものを増やせたのなら。きっともう私は記憶を失わないんじゃないか。そう思ったのだ。
セルは一瞬だけ目をみはって、
「君が元気になったら、頑張ってもらおうかな」
そう優しく微笑んだのだった。
★★★
こちらはすべての記憶を思い出したバージョン。明るめのラストです。
時間がかかりましたが、やっとここまでこれました!
あとは番外編で終わりです。
不穏な情勢が続いていますが、皆様のご健康をお祈り申し上げます。
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