契約溺愛婚~眠り姫と傲慢旦那様には秘密がある~

水無瀬雨音

文字の大きさ
上 下
41 / 52
三章 疑惑編

もう何も怖くない

しおりを挟む
 辻馬車を拾って、私たちはひとまず屋敷に戻ることにした。
 座席に座った時、そっと手を重ねた。アンセル様はびくっとしたものの、振り払わなかった。

「ありがとうございます」
「え?」

 怪訝そうなアンセル様に、さらに言う。

「私のこと、諦めないでくれて」

 アンセル様が私に結婚を申し込んでくれなかったら。アンセル様がなにやら画策してくれなかったら(まあそれはアンセル様にお聞きしないとはっきりとは分からないけれど)。きっと私たちは結ばれなかった。だって私は引きこもりの伯爵令嬢だったから。
 その途端。
 アンセル様の両目から、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。

「え、ええ……? ア、アンセル様大丈夫ですか?」

 私は慌ててポケットからハンカチを取り出して、アンセル様の涙を拭いた。

「大丈夫、大丈夫だ。君が受け入れてくれるなら僕は、もう本当に何も怖くない……」

 つい忘れがちだけど、アンセル様は成人したばかりで、私より年下なんだった。涙どころか落ち着いた姿しか見ていないから忘れてしまうけれど。

(怖い……。アンセル様は何が怖いんだろう)

 理由は分からないけれど、アンセル様は私に全てを話してくださっていない。話してくださるのかも分からない。だけど。

「大丈夫ですよ。わたしたち二人なら、きっと大丈夫です」
「……ああ。そうだな」

 アンセル様が、ぎゅうっと私を抱きしめてきた。わたしがそこにいるのを確かめているみたいに。力強く。

「これからは君に存分に「愛してる」だとか「好きだ」と伝えられて、いくらでも好きなだけ甘やかせると思うと、……たまらないな」

 嬉しい反面恥ずかしくて、私は頬を熱くした。でもアンセル様にはバレてないから。肩口にそっと額を押し付ける。

「私も、あなたが好きです。アンセル様」

 もう、気持ちを隠さなくていいんだ。まだ分からないことも多いけれど、私はアンセル様を信じる。アンセル様だけを。例え、結果的にアンセル様が私を裏切ることになったとしても、もういい。



「お帰りなさいませ。アンセル様。プリシラ様」

 出迎えてくれたフェンリルの目が、潤んだ。
 ぎゅうっと抱きしめてくれる。

「心配、したんですよ」

 けして私を咎めることなく、静かな口調で、だからこそ私は申し訳なく思った。

「ごめんなさい」
「いいです。プリシラ様が不安になるのも当然だと思いますので。湯あみのご用意をいたしますね」

 そう言って私を体から離して笑ったフェンリルは、すっかりいつもの笑顔だった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...