39 / 52
三章 疑惑編
迎え
しおりを挟む
「お待ちください!」
誰かを静止するような、慌てた声。
「騒がしいわね」
「そうですね」
なんだか玄関ホールのあたりがざわざわしている。
教育されたメイドや執事たちが、こんなに騒がしいのは珍しい。
「様子を見てまいりましょうか?」
「そうして」
そばに控えていたメイドに、グエン様がうなづく。
「では少し様子を見てまいります」
会釈をして、メイドが退室する。
「きゃっ」
廊下に出たメイドの慌てた声が聞こえる。
ばん!
グエン様の部屋の扉が、音を立てて開いた。驚いて私はそっちを見た。
「プリシラ!」
そこにいたのは、ここにいるはずのないアンセル様だった。
「あ、あんせる、様?なぜ、ここに?」
目は血走っていて、息を切らしている。走ってきたのか、髪は乱れていて額にはうっすら汗が。
いつも平静なアンセル様しか見たことのない私は驚いた。
口調も落ち着いているので、こんな風に声を荒げているところも初めて見た。
「プリシラ!僕の許可なく屋敷を出るなんて許さない!僕のことを……また捨てる気だったのか?」
またって……。私はアンセル様を捨てたことなんてない。それに捨てるって言うのなら、それは私を裏切ったアンセル様の方で。
「僕から逃げられるだなんて、そんな絵空事本当に思ってたのか?僕が君をやすやすと逃がすはずないだろう」
(本当になんでここが分かったの?グエン様?)
ちらっとグエン様を見ると、「私じゃない!」と必死にその目が言っていたし、ぶんぶん首を振って否定していた。
(グエン様じゃないならどうして)
「君のいるところなんて、僕には手を取るように分かる。帰るぞ」
素早く私の側にやってきたアンセル様が、手首をつかむ。もう片方の手で持ったままだったティーカップが揺れて、お茶がこぼれそうになったので、私は慌ててカップをソーサーに置いた。
手首を引っ張られて、慌てて私は椅子から立ち上がった。
「ま、待ってください!私は……怒って、るんですから!」
そう。私は怒ってるんだから。
連れていかれないように、その場で足を踏ん張った。
「屋敷に戻ってから、いくらでも怒らせてやる! 僕から離れてなんて……もう二度と許さない」
振り返ったアンセル様の目が、なぜか傷ついたような色をした。
私は一瞬怒りを忘れて、抵抗を止める。
(……どうしてアンセル様が、そんな目をするの?)
そんな私を、アンセル様はやすやすと抱き上げた。
「どんなに君が僕を拒んでも、拒絶しても、嫌っても、もう離してやれない。やっと君をこの手につかんだんだ」
私はもう、アンセル様の傍にいたくない。
確かにそう思っていたけれど、アンセル様が迎えに来てくれて嬉しかった。それは私をアンセル様が裏切っていないという、証明のように思えたからだ。
何か事情があるのかもしれなくても、他に好きな人がいるのだとしても、少しは私を、大切に思っていてくれているのかもしれない。
今は、少しうぬぼれていたい。
(心の中だけは、本当の気持ちを言うのを許して欲しい。好きです。アンセル様。……好きです)
私はそっとアンセル様の肩口に、額を押し当てた。
「グエンドール様。僕の妻のプリシラがお邪魔いたしました。今日は帰ります。お詫びは後ほど。
失礼いたします」
「は、はい。さよなら、アンセル様、プリシラ」
早口でまくし立てるアンセル様に、グエン様はあっけにとられながら頷いた。
茫然としている執事とメイドを尻目に、私を抱きかかえたまま、アンセル様は屋敷を出た。
誰かを静止するような、慌てた声。
「騒がしいわね」
「そうですね」
なんだか玄関ホールのあたりがざわざわしている。
教育されたメイドや執事たちが、こんなに騒がしいのは珍しい。
「様子を見てまいりましょうか?」
「そうして」
そばに控えていたメイドに、グエン様がうなづく。
「では少し様子を見てまいります」
会釈をして、メイドが退室する。
「きゃっ」
廊下に出たメイドの慌てた声が聞こえる。
ばん!
グエン様の部屋の扉が、音を立てて開いた。驚いて私はそっちを見た。
「プリシラ!」
そこにいたのは、ここにいるはずのないアンセル様だった。
「あ、あんせる、様?なぜ、ここに?」
目は血走っていて、息を切らしている。走ってきたのか、髪は乱れていて額にはうっすら汗が。
いつも平静なアンセル様しか見たことのない私は驚いた。
口調も落ち着いているので、こんな風に声を荒げているところも初めて見た。
「プリシラ!僕の許可なく屋敷を出るなんて許さない!僕のことを……また捨てる気だったのか?」
またって……。私はアンセル様を捨てたことなんてない。それに捨てるって言うのなら、それは私を裏切ったアンセル様の方で。
「僕から逃げられるだなんて、そんな絵空事本当に思ってたのか?僕が君をやすやすと逃がすはずないだろう」
(本当になんでここが分かったの?グエン様?)
ちらっとグエン様を見ると、「私じゃない!」と必死にその目が言っていたし、ぶんぶん首を振って否定していた。
(グエン様じゃないならどうして)
「君のいるところなんて、僕には手を取るように分かる。帰るぞ」
素早く私の側にやってきたアンセル様が、手首をつかむ。もう片方の手で持ったままだったティーカップが揺れて、お茶がこぼれそうになったので、私は慌ててカップをソーサーに置いた。
手首を引っ張られて、慌てて私は椅子から立ち上がった。
「ま、待ってください!私は……怒って、るんですから!」
そう。私は怒ってるんだから。
連れていかれないように、その場で足を踏ん張った。
「屋敷に戻ってから、いくらでも怒らせてやる! 僕から離れてなんて……もう二度と許さない」
振り返ったアンセル様の目が、なぜか傷ついたような色をした。
私は一瞬怒りを忘れて、抵抗を止める。
(……どうしてアンセル様が、そんな目をするの?)
そんな私を、アンセル様はやすやすと抱き上げた。
「どんなに君が僕を拒んでも、拒絶しても、嫌っても、もう離してやれない。やっと君をこの手につかんだんだ」
私はもう、アンセル様の傍にいたくない。
確かにそう思っていたけれど、アンセル様が迎えに来てくれて嬉しかった。それは私をアンセル様が裏切っていないという、証明のように思えたからだ。
何か事情があるのかもしれなくても、他に好きな人がいるのだとしても、少しは私を、大切に思っていてくれているのかもしれない。
今は、少しうぬぼれていたい。
(心の中だけは、本当の気持ちを言うのを許して欲しい。好きです。アンセル様。……好きです)
私はそっとアンセル様の肩口に、額を押し当てた。
「グエンドール様。僕の妻のプリシラがお邪魔いたしました。今日は帰ります。お詫びは後ほど。
失礼いたします」
「は、はい。さよなら、アンセル様、プリシラ」
早口でまくし立てるアンセル様に、グエン様はあっけにとられながら頷いた。
茫然としている執事とメイドを尻目に、私を抱きかかえたまま、アンセル様は屋敷を出た。
0
お気に入りに追加
1,381
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
薄幸の王女は隻眼皇太子の独占愛から逃れられない
宮永レン
恋愛
エグマリン国の第二王女アルエットは、家族に虐げられ、謂れもない罪で真冬の避暑地に送られる。
そこでも孤独な日々を送っていたが、ある日、隻眼の青年に出会う。
互いの正体を詮索しない約束だったが、それでも一緒に過ごすうちに彼に惹かれる心は止められなくて……。
彼はアルエットを幸せにするために、大きな決断を……!?
※Rシーンにはタイトルに「※」印をつけています。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる