上 下
33 / 52
三章 疑惑編

教えてください

しおりを挟む
 帰宅したアンセル様といつものように部屋に向かう。
 執事がアンセル様のバッグやコートを戻しおえて、退室したのを見計らって聞くことにした。

「申し訳ございません。この前フェンリルとお話されているのを立ち聞きしました。私を『騙している』とか『言う必要はない』とか、どういうことですか? アンセル様の結婚したいお相手とは、フェンリルなのではないですか? 教えてくださった特徴にあてはまっているようですし」

 はっきりと聞いてみたが、

「立ち聞きしたことはこの際問わない。
 君の質問だが、僕とフェンリルの間にやましいことは一切ない。だが、僕が想っている相手が誰かとか、君に詳しく言う必要はない」

 少しも動揺することなく、アンセル様はすらすらと答えた。
(私に言う必要はない)
 それは、私が偽りの妻だから。
 私は唇をぎゅうっとかみしめた。

 アンセル様とフェンリルの間に特別な感情があるのか。それは知りたい。
 それ以上に、私には知る権利がないのだと、そう拒絶されるのは辛い。
 それほどにしか思っていない私に、なぜアンセル様は結婚の申し入れをしたのだろう。結果的に私が迫ったから結婚することになったけれど、最初に言い出したのはアンセル様だった。
 私はずっとそれが疑問だった。
 本当に好きな方の代わりにするにしても、他の他にも適当な方はきっといるはずだから。
 それなのに、なぜ顔をちらっと合わせただけの、何の接点もない私なのか、とずっと疑問だったのだ。
 怖くて、ずっと聞けないでいたけれど。

「……お聞きしてもいいですか。アンセル様は、なぜ私に結婚の申し入れを?」
「そんなことは決まっている。僕は君が」

 言いかけて、口を閉じたアンセル様は、ギリっと歯ぎしりをした。すぐにふっと冷たい目にする。ほんの少し前までは、そこに確かに温かい光があったのに。

「桃色の髪が珍しかったから。その髪が欲しかった。それだけだ。君は顔もいいしな」

 アンセル様も、私の髪が目当てだったのだ。
 聞かなければよかった。
 私は重い鉛を飲み込んだような、暗い気持ちになった。
 やっと重たい口を開く。

「今まで一緒に過ごしても、それは変わりませんか?」

 それだけじゃない、って言葉が欲しかった。
 アンセル様の目と冷たい声は変わらなかった。

「変わらない。何も。僕が欲しいものは、君の髪と顔。それだけだ」
「アンセル様に、出会わなければよかったです……。アンセル様はたまに冷たい方でしたけれど、普段は優しい方なのだと思っていました。今、今まで一緒にいて、一番、苦しいです」

 少しでも期待した。そんな自分がおろかで惨めで、

(夫婦や恋人の愛情とは違っても、少しくらいは、私を好きでいてくださったのかもって、思ったのに……)

 私の取り柄は、この髪だけ。なのだ。
 私をこんなに苦しく、悲しい気持ちにさせたのはアンセル様なのに。なぜ。

「僕も、ずっと苦しかった。君と一緒にいて」

 アンセル様も、傷ついた顔を、悲しそうな声を、しているのだろう。
 そして私といて苦しかったのなら。

「それなのに、なぜ」

 私を望まれたのですか。
 ずっとそばに置いていたのですか。
 早く手放してくれていれば、こんな思いをしなくてすんだのに。アンセル様の優しい部分を、知らないままだったのなら。
 それなら。
 私はこんなに傷つくことはなかった。アンセル様に、こんな顔をさせなくてすんだ。

「……私たち、離れたほうがいいのかもしれませんね」

 踵を返して扉に向かう私に、アンセル様が声をかける。

「どこに行く」
 振り返りもせず、私は答えた。

「自室に行きます。しばらくそちらで休みます。アンセル様のご命令なら夜伽のお相手をしますが」

 わざと、煽るような言い方をした。
 それでもアンセル様は怒らなかった。平静に、

「相手は必要ない。分かった。……君の好きなように」

 きっと、また出会ったばかりのころのような、冷え冷えとした冬の海のような目をしているのだろう。
 私は止められることがないまま部屋から出て、隣の自室のベッドに横になった。

(止めてもくれないんだ)
 私はアンセル様の言葉に悲しくなった。
 自分から出て行くと言ったくせに、止められないことにまた腹が立つなんて、私は勝手だ。
 自己嫌悪に陥りながら、でも私に隠し事ばかりしているアンセル様と一緒に眠るなんて、今日はとてもできそうになかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...