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三章 疑惑編
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帰宅したアンセル様といつものように部屋に向かう。
執事がアンセル様のバッグやコートを戻しおえて、退室したのを見計らって聞くことにした。
「申し訳ございません。この前フェンリルとお話されているのを立ち聞きしました。私を『騙している』とか『言う必要はない』とか、どういうことですか? アンセル様の結婚したいお相手とは、フェンリルなのではないですか? 教えてくださった特徴にあてはまっているようですし」
はっきりと聞いてみたが、
「立ち聞きしたことはこの際問わない。
君の質問だが、僕とフェンリルの間にやましいことは一切ない。だが、僕が想っている相手が誰かとか、君に詳しく言う必要はない」
少しも動揺することなく、アンセル様はすらすらと答えた。
(私に言う必要はない)
それは、私が偽りの妻だから。
私は唇をぎゅうっとかみしめた。
アンセル様とフェンリルの間に特別な感情があるのか。それは知りたい。
それ以上に、私には知る権利がないのだと、そう拒絶されるのは辛い。
それほどにしか思っていない私に、なぜアンセル様は結婚の申し入れをしたのだろう。結果的に私が迫ったから結婚することになったけれど、最初に言い出したのはアンセル様だった。
私はずっとそれが疑問だった。
本当に好きな方の代わりにするにしても、他の他にも適当な方はきっといるはずだから。
それなのに、なぜ顔をちらっと合わせただけの、何の接点もない私なのか、とずっと疑問だったのだ。
怖くて、ずっと聞けないでいたけれど。
「……お聞きしてもいいですか。アンセル様は、なぜ私に結婚の申し入れを?」
「そんなことは決まっている。僕は君が」
言いかけて、口を閉じたアンセル様は、ギリっと歯ぎしりをした。すぐにふっと冷たい目にする。ほんの少し前までは、そこに確かに温かい光があったのに。
「桃色の髪が珍しかったから。その髪が欲しかった。それだけだ。君は顔もいいしな」
アンセル様も、私の髪が目当てだったのだ。
聞かなければよかった。
私は重い鉛を飲み込んだような、暗い気持ちになった。
やっと重たい口を開く。
「今まで一緒に過ごしても、それは変わりませんか?」
それだけじゃない、って言葉が欲しかった。
アンセル様の目と冷たい声は変わらなかった。
「変わらない。何も。僕が欲しいものは、君の髪と顔。それだけだ」
「アンセル様に、出会わなければよかったです……。アンセル様はたまに冷たい方でしたけれど、普段は優しい方なのだと思っていました。今、今まで一緒にいて、一番、苦しいです」
少しでも期待した。そんな自分がおろかで惨めで、
(夫婦や恋人の愛情とは違っても、少しくらいは、私を好きでいてくださったのかもって、思ったのに……)
私の取り柄は、この髪だけ。なのだ。
私をこんなに苦しく、悲しい気持ちにさせたのはアンセル様なのに。なぜ。
「僕も、ずっと苦しかった。君と一緒にいて」
アンセル様も、傷ついた顔を、悲しそうな声を、しているのだろう。
そして私といて苦しかったのなら。
「それなのに、なぜ」
私を望まれたのですか。
ずっとそばに置いていたのですか。
早く手放してくれていれば、こんな思いをしなくてすんだのに。アンセル様の優しい部分を、知らないままだったのなら。
それなら。
私はこんなに傷つくことはなかった。アンセル様に、こんな顔をさせなくてすんだ。
「……私たち、離れたほうがいいのかもしれませんね」
踵を返して扉に向かう私に、アンセル様が声をかける。
「どこに行く」
振り返りもせず、私は答えた。
「自室に行きます。しばらくそちらで休みます。アンセル様のご命令なら夜伽のお相手をしますが」
わざと、煽るような言い方をした。
それでもアンセル様は怒らなかった。平静に、
「相手は必要ない。分かった。……君の好きなように」
きっと、また出会ったばかりのころのような、冷え冷えとした冬の海のような目をしているのだろう。
私は止められることがないまま部屋から出て、隣の自室のベッドに横になった。
(止めてもくれないんだ)
私はアンセル様の言葉に悲しくなった。
自分から出て行くと言ったくせに、止められないことにまた腹が立つなんて、私は勝手だ。
自己嫌悪に陥りながら、でも私に隠し事ばかりしているアンセル様と一緒に眠るなんて、今日はとてもできそうになかった。
執事がアンセル様のバッグやコートを戻しおえて、退室したのを見計らって聞くことにした。
「申し訳ございません。この前フェンリルとお話されているのを立ち聞きしました。私を『騙している』とか『言う必要はない』とか、どういうことですか? アンセル様の結婚したいお相手とは、フェンリルなのではないですか? 教えてくださった特徴にあてはまっているようですし」
はっきりと聞いてみたが、
「立ち聞きしたことはこの際問わない。
君の質問だが、僕とフェンリルの間にやましいことは一切ない。だが、僕が想っている相手が誰かとか、君に詳しく言う必要はない」
少しも動揺することなく、アンセル様はすらすらと答えた。
(私に言う必要はない)
それは、私が偽りの妻だから。
私は唇をぎゅうっとかみしめた。
アンセル様とフェンリルの間に特別な感情があるのか。それは知りたい。
それ以上に、私には知る権利がないのだと、そう拒絶されるのは辛い。
それほどにしか思っていない私に、なぜアンセル様は結婚の申し入れをしたのだろう。結果的に私が迫ったから結婚することになったけれど、最初に言い出したのはアンセル様だった。
私はずっとそれが疑問だった。
本当に好きな方の代わりにするにしても、他の他にも適当な方はきっといるはずだから。
それなのに、なぜ顔をちらっと合わせただけの、何の接点もない私なのか、とずっと疑問だったのだ。
怖くて、ずっと聞けないでいたけれど。
「……お聞きしてもいいですか。アンセル様は、なぜ私に結婚の申し入れを?」
「そんなことは決まっている。僕は君が」
言いかけて、口を閉じたアンセル様は、ギリっと歯ぎしりをした。すぐにふっと冷たい目にする。ほんの少し前までは、そこに確かに温かい光があったのに。
「桃色の髪が珍しかったから。その髪が欲しかった。それだけだ。君は顔もいいしな」
アンセル様も、私の髪が目当てだったのだ。
聞かなければよかった。
私は重い鉛を飲み込んだような、暗い気持ちになった。
やっと重たい口を開く。
「今まで一緒に過ごしても、それは変わりませんか?」
それだけじゃない、って言葉が欲しかった。
アンセル様の目と冷たい声は変わらなかった。
「変わらない。何も。僕が欲しいものは、君の髪と顔。それだけだ」
「アンセル様に、出会わなければよかったです……。アンセル様はたまに冷たい方でしたけれど、普段は優しい方なのだと思っていました。今、今まで一緒にいて、一番、苦しいです」
少しでも期待した。そんな自分がおろかで惨めで、
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そして私といて苦しかったのなら。
「それなのに、なぜ」
私を望まれたのですか。
ずっとそばに置いていたのですか。
早く手放してくれていれば、こんな思いをしなくてすんだのに。アンセル様の優しい部分を、知らないままだったのなら。
それなら。
私はこんなに傷つくことはなかった。アンセル様に、こんな顔をさせなくてすんだ。
「……私たち、離れたほうがいいのかもしれませんね」
踵を返して扉に向かう私に、アンセル様が声をかける。
「どこに行く」
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わざと、煽るような言い方をした。
それでもアンセル様は怒らなかった。平静に、
「相手は必要ない。分かった。……君の好きなように」
きっと、また出会ったばかりのころのような、冷え冷えとした冬の海のような目をしているのだろう。
私は止められることがないまま部屋から出て、隣の自室のベッドに横になった。
(止めてもくれないんだ)
私はアンセル様の言葉に悲しくなった。
自分から出て行くと言ったくせに、止められないことにまた腹が立つなんて、私は勝手だ。
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