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二章 スピード婚と結婚生活
彼女と僕の回想 邂逅2
しおりを挟む「お迎えだなんて、ずいぶん過保護なのですね」
プリシラが里帰りして約一週間。仕事に区切りがついたので迎えに行くと、ウォルトにちくり、と文句を言われた。
プリシラとフェンリルはすでに馬車に乗り込んでおり、僕とウォルトはその傍で話している。
僕に対していやみったらしいのは、あの頃とまったく変わっていない。僕は全く動じることなく、平然と答えた。
「妻だからな」
「私はあなたがこれほど傲慢な方だと思いませんでした。あのころは強引なところがおありでも、お嬢様のことを第一にお考えなのだと、そう思っておりました」
苦々しい顔でウォルトは続ける。
「他に手があるのなら、私はあなたに嫁がせるなどさせませんでした。私はプリシラ様の父親のようなつもりでしたから」
一度はウォルトも僕を認めた。けれど、その考えが変わったのには理由があり、反対されても当然だと僕も分かっている。
「父、ね。本当の父上よりも、ウォルトは小うるさかったな」
「旦那様がお優しすぎるからです。
……アンセル様はお嬢様のことを、一番にお考えなわけではございませんね。本来ならばプリシラ様を見守っていただくべきでしたから。傍におくなど、もってのほかです」
「そんなことは分かっている。だったらなんだ。ウォルトは僕を断罪する気か?」
ウォルトの性格は分かっているので、今さら不快になどなることはないが、さすがに言いすぎたと思ったのか、深々と頭を下げてきた。
「申し訳ありません。アンセル様に助けていただいたのは事実ですし、私に何も進言する資格はないことは分かっています。ただ、プリシラ様を傷つけることは絶対におやめください。お嬢様にパンドラの箱を開けさせないでください」
「……ウォルトに言われるまでもない」
パンドラの箱。
本当なら、傍に置かないことが一番いい。それを色々な反対を押し切って、覚悟を決めて、彼女を傍に置くと決めたのだ。
開けさせはしない。
絶対に。
ひょこっとプリシラが、馬車の窓から顔を出した。不思議そうに首を傾げる。
「アンセル様?まだウォルトとお話があるのですか?」
「いや、今行く」
プリシラに小さく笑いかけ、「これで終わりだ」という意思を込めてウォルトにちらりと目線を向ける。彼にも伝わったらしく、ウォルトは慇懃に礼をした。
「長々お引止めして申し訳ございません。プリシラ様、使用人一同次の帰省を楽しみにしております。次はぜひゆっくり滞在していただきたいです。報せもなくいきなりアンセル様がお越しになって、慌ててプリシラ様を連れ帰るようでした」
顔を上げてにこりと微笑むウォルト。
「まぁウォルトったら。連れ帰るだなんて。今度はアンセル様にもゆっくり滞在していただきたいわ。案内したいもの。ね?アンセル様」
無邪気に笑いかけるプリシラに軽くうなづく。
「ああ。ぜひ」
プリシラはウォルトの言葉を好意的に受け取ったようだが、そうではない。
僕はウォルトを見据えた。
彼と目線が合う。
僕の考えがあっていることが分かった。
――帰省くらいプリシラ一人でさせろ。
彼はそう言いたいのだ。お目付け役がいると煩わしいから。
だが、僕は彼女から長く離れる気はない。
僕はプリシラの隣に座った。それを見届けて、馬車がゆっくりと走り出す。
「ウォルトとアンセル様は、初めてお会いしたのですよね?」
「あ? ああそうだな」
「初めて会ったのに、仲良くなってくれて嬉しいです」
仲良くなった覚えはないが、どこを見て取って彼女はそう思ったのだろう。
「うん?」
「長々お話になっていらしたので」
にこにことプリシラが続ける。
「……ふっ」
結構な険悪なムードが漂っていたはずなのに、プリシラには分からなかったらしい。ウォルトとの嫌味の応酬が。
思わず僕が吹き出すと、プリシラは慌てて、
「え?何かおかしいですか?」
「いや。……君はそのままでいてくれ」
「そのまま、ですか?」
プリシラは怪訝な顔をして首を傾げた。
純粋で、綺麗で可愛いプリシラ。
人間の汚い感情などそのまま知らずにいてほしい。もちろん僕よりも年上なのだから、悪意に全く触れずに生きてきたわけではないのだろうが。
「あー。申し訳ございません。私、別に馬車を手配してくればよかったですね」
「どうして? 戻る場所は一緒なんだし、同じ馬車でいいじゃない」
「お二人と同じ空間にいるのがキツくて……。甘ったるいので」
「フェンリルったら! そんなことないわよ!」
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