15 / 52
二章 スピード婚と結婚生活
馬車の中で
しおりを挟む
馬車の中でも、手は繋いだままだった。
聖堂を出てから、アンセル様も私も、まったく口を開いていない。
アンセル様は繋いだままで平気なのかな。もう神父様の前ではないのだし、手を繋ぐ必要はないのに。
こっそりその横顔を盗み見たけれど、いつも通りの平然とした顔で、表情は読み取れなかった。
繋いだ手がやけに熱くて、緊張した。
気になると余計緊張してきて、でも振りほどくのも申し訳ない気がして、私は気を紛らわすために話をすることにした。
アンセル様に「家のために結婚した」とはっきり言われて、なんだか気まずかったのだけれど。このままずっと話をしないというわけにもいかないし。
「私が結婚の申し入れに来たとき、『初めまして』とご挨拶したのですが、本当はあの時が初対面ではないのです、覚えていらっしゃいますか?」
多分覚えていないだろうな、と思いながら私が何気なく口を開くと、アンセル様の反応は私の予想と全く違っていた。
「………プリシラ……!?」
驚愕、というのがこれほどふさわしい表情はないだろう。
アンセル様は険しい顔を近づけてきて、怖いほどだった。
手を離して、私の両肩を掴んだ。ぎりぎりと指が食い込んで、痛い。
その反応に戸惑いながら、
「あ、アンセル様。肩、い、痛いです」
「……ああ。すまない」
恐る恐る言うと、アンセル様はぱっと肩から手を離してくれた。また私の手を握る。
握る必要ないと思うけれど……。
疑問に思いつつ、私は言葉を続ける。
「私たちお会いしているんです。この聖堂で」
「聖、堂……?ああ……」
アンセル様は私の言葉に目を見開くと、嘆息した。どこかがっかりしたように。安心したように。
その時のことは覚えていらっしゃるみたいだけど、まるで、聖堂で会ったことが私たちの初対面ではない、とでもいうような反応だった。
「父の知人の娘さんの結婚式でした。父の意向であまり外出しないようにしていましたので、久しぶりで……。
参列者の席で、何気なく振り返ったら、アンセル様がいたんです。王子様みたいに綺麗な容姿だったので、よく覚えています。
でも、アンセル様は覚えていらっしゃらないと思ってました。私は平凡な容姿ですし」
その時のことを思い出しながら言うと、アンセル様も懐かしむような顔をした。
「王子様、ね……」
その時のアンセル様の呟きは小さすぎて、私の耳には届かなかった。
「何ですか?」
首を傾げると、アンセル様は繋いでいないほうの手で、私の髪を一房つかんだ。そこに口づけながら、私を見つめる。熱っぽい声で、
「忘れるはずがない。君のこの、美しい桃色の髪。アメジスト。声。一度見たら忘れるはずがない……」
その目線に心臓まで射られるようで、私の心臓はぎゅっとなった。
アンセル様に覚えていていただいて、嬉しい。
一方で、
「声、ですか……?」
その時、私とアンセル様は少しの間目を合わせただけだった。離れた場所にいたし、私の声を聞くことなどなかったと思うのだけれど……。
「ああ。声」
「私たち、あの時お話していませんよね?」
私は首を傾げたけれど、アンセル様は結局馬車が屋敷に着くまでなんだかんだとはぐらかして教えてくださらなかった。
聖堂を出てから、アンセル様も私も、まったく口を開いていない。
アンセル様は繋いだままで平気なのかな。もう神父様の前ではないのだし、手を繋ぐ必要はないのに。
こっそりその横顔を盗み見たけれど、いつも通りの平然とした顔で、表情は読み取れなかった。
繋いだ手がやけに熱くて、緊張した。
気になると余計緊張してきて、でも振りほどくのも申し訳ない気がして、私は気を紛らわすために話をすることにした。
アンセル様に「家のために結婚した」とはっきり言われて、なんだか気まずかったのだけれど。このままずっと話をしないというわけにもいかないし。
「私が結婚の申し入れに来たとき、『初めまして』とご挨拶したのですが、本当はあの時が初対面ではないのです、覚えていらっしゃいますか?」
多分覚えていないだろうな、と思いながら私が何気なく口を開くと、アンセル様の反応は私の予想と全く違っていた。
「………プリシラ……!?」
驚愕、というのがこれほどふさわしい表情はないだろう。
アンセル様は険しい顔を近づけてきて、怖いほどだった。
手を離して、私の両肩を掴んだ。ぎりぎりと指が食い込んで、痛い。
その反応に戸惑いながら、
「あ、アンセル様。肩、い、痛いです」
「……ああ。すまない」
恐る恐る言うと、アンセル様はぱっと肩から手を離してくれた。また私の手を握る。
握る必要ないと思うけれど……。
疑問に思いつつ、私は言葉を続ける。
「私たちお会いしているんです。この聖堂で」
「聖、堂……?ああ……」
アンセル様は私の言葉に目を見開くと、嘆息した。どこかがっかりしたように。安心したように。
その時のことは覚えていらっしゃるみたいだけど、まるで、聖堂で会ったことが私たちの初対面ではない、とでもいうような反応だった。
「父の知人の娘さんの結婚式でした。父の意向であまり外出しないようにしていましたので、久しぶりで……。
参列者の席で、何気なく振り返ったら、アンセル様がいたんです。王子様みたいに綺麗な容姿だったので、よく覚えています。
でも、アンセル様は覚えていらっしゃらないと思ってました。私は平凡な容姿ですし」
その時のことを思い出しながら言うと、アンセル様も懐かしむような顔をした。
「王子様、ね……」
その時のアンセル様の呟きは小さすぎて、私の耳には届かなかった。
「何ですか?」
首を傾げると、アンセル様は繋いでいないほうの手で、私の髪を一房つかんだ。そこに口づけながら、私を見つめる。熱っぽい声で、
「忘れるはずがない。君のこの、美しい桃色の髪。アメジスト。声。一度見たら忘れるはずがない……」
その目線に心臓まで射られるようで、私の心臓はぎゅっとなった。
アンセル様に覚えていていただいて、嬉しい。
一方で、
「声、ですか……?」
その時、私とアンセル様は少しの間目を合わせただけだった。離れた場所にいたし、私の声を聞くことなどなかったと思うのだけれど……。
「ああ。声」
「私たち、あの時お話していませんよね?」
私は首を傾げたけれど、アンセル様は結局馬車が屋敷に着くまでなんだかんだとはぐらかして教えてくださらなかった。
0
お気に入りに追加
1,380
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる