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一章 出会い編
夢の中ではあったかもしれませんね
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夕食が終わり自室に戻ると、しばらくしてノックとともに一人のメイドが入ってきた。
「これからプリシラ様のお世話をさせていただきます。フェンリルです。よろしくお願いいたします」
そう言ってフェンリルは丁寧にお辞儀をしてくれた。私をじっと見つめる目が涙ぐんでいる。
(な、何?)
なぜここの屋敷の人たちは、私を初めて見ると潤んだ目で見てくるのだろう。
(わ、私そんなに可哀想な外見をしているかしら)
今着ているのはアンセル様に頂いたドレスだし、みすぼらしい外見はしていないはず。
戸惑った顔をしていたのだろう、フェンリルが慌てたように口を開いた。
「不躾に申し訳ございません。私、プリシラ様のお世話をさせていただくのが念願でしたので、嬉しくて」
「……念願?」
私そんなに有名人でもないのに、言い過ぎではないだろうか?よく分からないけれど、誰かと勘違いしてる?
不思議には思ったけれど、私は気に留めないことにした。
湯あみをすませたあと、フェンリルが、ドレッサーの前に座った私の髪の水けを丁寧にタオルでぬぐってくれる。
フェンリルはつややかでまっすぐな赤髪をツインテールにしている。瞳は私と同じ紫だ。
男爵の代から勤めているらしいけれど、童顔なので年齢不詳だ。年齢を聞いてみると、「女性に年を聞くものではありませんよ」とごまかされてしまった。
「プリシラ様の髪は綺麗な色ですね。プリシラ様以外で、このような色は見たことがありません」
「フェンリルみたいな、綺麗な髪になるかしら?」
「伯爵のお仕事でお忙しくて、ご自分のお手入れまで行き届かなかったのでしょう。大丈夫です!私が毎日お手入れすれば、すぐ美しさを取り戻せますから!」
フェンリルが力強く保証してくれる。
「女性がお仕事をなさるのはいいことだと思うのですけれど、お手入れの時間は確保したいですよねー」
フェンリルに髪を触られるのはとても気持ちがいい。そして、なぜだか、とても懐かしいような気がした。
遠い昔にも、こうしてもらったような。
「フェンリル、笑うかもしれないんだけど」
黙っていればいいのに、私は思わず口を開いてしまった。微笑んだフェンリルが、私の髪をくしですいてくれながら、首を傾げる。
「何ですか?」
「私、前にもこんな風にあなたに髪を触ってもらうことがあった?……あるわけないわよね。さっき初めて会ったのに」
手を止めたフェンリルは笑わなかった。
むしろ、先ほど会った時のような、泣きそうな顔をしていた。
「……夢の中ではあったかもしれませんね」
「ゆめ?」
「ええ。
……きっとそれは、幸せな夢でしょうね」
「どういうこと?」って聞きたかったけれど、できなかった。
フェンリルの目から、涙が今にもこぼれそうだったからだ。
彼女はうつむいて目元をぬぐうと、しばらくして顔をあげた。
その顔には、もう先ほどの表情はなかった。笑みが浮かべて、また手を動かし始める。
「……申し訳ございません」
フェンリルが小さくつぶやいたその言葉が、何を指しているのか分からなかった。
「これからプリシラ様のお世話をさせていただきます。フェンリルです。よろしくお願いいたします」
そう言ってフェンリルは丁寧にお辞儀をしてくれた。私をじっと見つめる目が涙ぐんでいる。
(な、何?)
なぜここの屋敷の人たちは、私を初めて見ると潤んだ目で見てくるのだろう。
(わ、私そんなに可哀想な外見をしているかしら)
今着ているのはアンセル様に頂いたドレスだし、みすぼらしい外見はしていないはず。
戸惑った顔をしていたのだろう、フェンリルが慌てたように口を開いた。
「不躾に申し訳ございません。私、プリシラ様のお世話をさせていただくのが念願でしたので、嬉しくて」
「……念願?」
私そんなに有名人でもないのに、言い過ぎではないだろうか?よく分からないけれど、誰かと勘違いしてる?
不思議には思ったけれど、私は気に留めないことにした。
湯あみをすませたあと、フェンリルが、ドレッサーの前に座った私の髪の水けを丁寧にタオルでぬぐってくれる。
フェンリルはつややかでまっすぐな赤髪をツインテールにしている。瞳は私と同じ紫だ。
男爵の代から勤めているらしいけれど、童顔なので年齢不詳だ。年齢を聞いてみると、「女性に年を聞くものではありませんよ」とごまかされてしまった。
「プリシラ様の髪は綺麗な色ですね。プリシラ様以外で、このような色は見たことがありません」
「フェンリルみたいな、綺麗な髪になるかしら?」
「伯爵のお仕事でお忙しくて、ご自分のお手入れまで行き届かなかったのでしょう。大丈夫です!私が毎日お手入れすれば、すぐ美しさを取り戻せますから!」
フェンリルが力強く保証してくれる。
「女性がお仕事をなさるのはいいことだと思うのですけれど、お手入れの時間は確保したいですよねー」
フェンリルに髪を触られるのはとても気持ちがいい。そして、なぜだか、とても懐かしいような気がした。
遠い昔にも、こうしてもらったような。
「フェンリル、笑うかもしれないんだけど」
黙っていればいいのに、私は思わず口を開いてしまった。微笑んだフェンリルが、私の髪をくしですいてくれながら、首を傾げる。
「何ですか?」
「私、前にもこんな風にあなたに髪を触ってもらうことがあった?……あるわけないわよね。さっき初めて会ったのに」
手を止めたフェンリルは笑わなかった。
むしろ、先ほど会った時のような、泣きそうな顔をしていた。
「……夢の中ではあったかもしれませんね」
「ゆめ?」
「ええ。
……きっとそれは、幸せな夢でしょうね」
「どういうこと?」って聞きたかったけれど、できなかった。
フェンリルの目から、涙が今にもこぼれそうだったからだ。
彼女はうつむいて目元をぬぐうと、しばらくして顔をあげた。
その顔には、もう先ほどの表情はなかった。笑みが浮かべて、また手を動かし始める。
「……申し訳ございません」
フェンリルが小さくつぶやいたその言葉が、何を指しているのか分からなかった。
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