42 / 52
三章 疑惑編
彼女と僕の回想 蜜月
しおりを挟む
背伸びして起業した会社が軌道に乗り、リッジウェル伯爵にも受け入れられた。
二人で出掛けるようにもなった。僕と一緒にいるプリシラは、楽しそうに見えた。プリシラを屋敷に送り届けて、別れる時にはいつももの言いたげな顔をしていた。
彼女は僕以外に親しくしている男性はいなかったし、複数の男と並行して付き合うような軽薄な女ではない。だが、もし諸外国の王子などから求婚されては立場上断れない。
何しろプリシラはこんなにも美しく、そして優しい。髪の色は唯一無二のピンク色なのだ。
まだ結婚できないのに、婚約という形でもいいから、確かなものが欲しかった。
プリシラの身長を追い越したころ、
「好きだ。プリシラ。僕が十八になったら結婚してほしい」
「私も、あなたが好きよ。セル」
プリシラは頬を赤らめて、こくっと頷いてくれた。だから僕は、彼女のその細い腕に腕輪をはめた。
僕の手には、彼女が揃いの腕輪をはめてくれた。
「次は、指輪を渡す。それは二人で選ぼう」
僕がそう言うと、嬉しそうに、プリシラはうなづいた。
「あなたは他の女の子の気をひくから、牽制のためにいつもつけていてよ?」
可愛らしくすねるように尖らせた唇を、僕はふさいだ。
「その言葉をそっくり君に返すよ。ダーリン」
プリシラは拒むことなく、キスを受け入れた。唇を重ねるだけの、挨拶のようなキス。
唇を離すと、プリシラは甘えたように僕に抱き着いて、耳元に囁いた。
「ハニー。早く大人になってね?そして私を迎えに来て」
年上なのに、可愛らしい一面があるプリシラ。
幸せだった。この幸せがずっと続くのだと、そう思っていた。何なら家族が増えて、もっと幸せになるのだと思っていた。
だが。
二人の時間がつづくのは、ほんのひとときだけだった。幸せが崩壊するのはほんの一瞬だった。
★★★
「ありがとうございます」
不意にプリシラにお礼を言われて、僕は戸惑った。
「え?」
「私のこと、諦めないでくれて」
照れくさそうに、プリシラが微笑む。
ずっと、不安だった。
自分の選んで進んできた道は、果たして正しいのか。プリシラは、僕を望んではいないのに。
年頃の貴族の娘らしいことを我慢させてまで。ウェッダーバーン公爵の怒りを買ってまで。これは僕のえごでしかないのではないか。そう思ったことも少なくなかったから。
思わず、両目から、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。彼女の前で泣いたことなど、なかったのに。
「え、ええ……? ア、アンセル様大丈夫ですか?」
慌ててプリシラがポケットからハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
「大丈夫、大丈夫だ。君が受け入れてくれるなら僕は、もう本当に何も怖くない……」
プリシラに僕の本心を伝えてしまったことに、不安がないわけではなかった。彼女の心も再び手に入れた。そのことが嬉しくないはずがなかったが。
プリシラが僕を受け入れてくれるのなら。僕が彼女を求めたことを、嬉しいと思ってくれるのなら。
もう、怖くない。
これからどんなことが起こったって、ほんのひとときでも彼女と心が通ったのなら、抱きしめることができたのなら、絶対に後悔しない。
「大丈夫ですよ。わたしたち二人なら、きっと大丈夫です」
「……ああ。そうだな」
プリシラへの愛しさがこみ上げて、僕は思わず彼女を抱きしめた。彼女も、拒まなかった。
僕がプリシラを手に入れたかったのは、「ありがとう」なんて言われるような、綺麗な理由じゃない。どこまでもどす黒くて、彼女を誰にも渡したくないという、汚い独占欲。ただそれだけだ。
それでも。
(いつか君が後悔したとしても、僕はもう君を絶対に放さない。プリシラ)
二人で出掛けるようにもなった。僕と一緒にいるプリシラは、楽しそうに見えた。プリシラを屋敷に送り届けて、別れる時にはいつももの言いたげな顔をしていた。
彼女は僕以外に親しくしている男性はいなかったし、複数の男と並行して付き合うような軽薄な女ではない。だが、もし諸外国の王子などから求婚されては立場上断れない。
何しろプリシラはこんなにも美しく、そして優しい。髪の色は唯一無二のピンク色なのだ。
まだ結婚できないのに、婚約という形でもいいから、確かなものが欲しかった。
プリシラの身長を追い越したころ、
「好きだ。プリシラ。僕が十八になったら結婚してほしい」
「私も、あなたが好きよ。セル」
プリシラは頬を赤らめて、こくっと頷いてくれた。だから僕は、彼女のその細い腕に腕輪をはめた。
僕の手には、彼女が揃いの腕輪をはめてくれた。
「次は、指輪を渡す。それは二人で選ぼう」
僕がそう言うと、嬉しそうに、プリシラはうなづいた。
「あなたは他の女の子の気をひくから、牽制のためにいつもつけていてよ?」
可愛らしくすねるように尖らせた唇を、僕はふさいだ。
「その言葉をそっくり君に返すよ。ダーリン」
プリシラは拒むことなく、キスを受け入れた。唇を重ねるだけの、挨拶のようなキス。
唇を離すと、プリシラは甘えたように僕に抱き着いて、耳元に囁いた。
「ハニー。早く大人になってね?そして私を迎えに来て」
年上なのに、可愛らしい一面があるプリシラ。
幸せだった。この幸せがずっと続くのだと、そう思っていた。何なら家族が増えて、もっと幸せになるのだと思っていた。
だが。
二人の時間がつづくのは、ほんのひとときだけだった。幸せが崩壊するのはほんの一瞬だった。
★★★
「ありがとうございます」
不意にプリシラにお礼を言われて、僕は戸惑った。
「え?」
「私のこと、諦めないでくれて」
照れくさそうに、プリシラが微笑む。
ずっと、不安だった。
自分の選んで進んできた道は、果たして正しいのか。プリシラは、僕を望んではいないのに。
年頃の貴族の娘らしいことを我慢させてまで。ウェッダーバーン公爵の怒りを買ってまで。これは僕のえごでしかないのではないか。そう思ったことも少なくなかったから。
思わず、両目から、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。彼女の前で泣いたことなど、なかったのに。
「え、ええ……? ア、アンセル様大丈夫ですか?」
慌ててプリシラがポケットからハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
「大丈夫、大丈夫だ。君が受け入れてくれるなら僕は、もう本当に何も怖くない……」
プリシラに僕の本心を伝えてしまったことに、不安がないわけではなかった。彼女の心も再び手に入れた。そのことが嬉しくないはずがなかったが。
プリシラが僕を受け入れてくれるのなら。僕が彼女を求めたことを、嬉しいと思ってくれるのなら。
もう、怖くない。
これからどんなことが起こったって、ほんのひとときでも彼女と心が通ったのなら、抱きしめることができたのなら、絶対に後悔しない。
「大丈夫ですよ。わたしたち二人なら、きっと大丈夫です」
「……ああ。そうだな」
プリシラへの愛しさがこみ上げて、僕は思わず彼女を抱きしめた。彼女も、拒まなかった。
僕がプリシラを手に入れたかったのは、「ありがとう」なんて言われるような、綺麗な理由じゃない。どこまでもどす黒くて、彼女を誰にも渡したくないという、汚い独占欲。ただそれだけだ。
それでも。
(いつか君が後悔したとしても、僕はもう君を絶対に放さない。プリシラ)
0
お気に入りに追加
1,380
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
旦那様は魔法使い
なかゆんきなこ
恋愛
クレス島でパン屋を営むアニエスの夫は島で唯一の魔法使い。褐色の肌に赤と青のオッドアイ。人付き合いの少し苦手な魔法使いとアニエスは、とても仲の良い夫婦。ファンタジーな世界で繰り広げる、魔法使いと美女のらぶらぶ夫婦物語。魔法使いの使い魔として、七匹の猫(人型にもなり、人語を解します)も同居中。(書籍掲載分は取り下げております。そのため、序盤の部分は抜けておりますのでご了承ください)
あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。
汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。
書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。
―――――――――――――――――――
ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。
傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。
―――なのに!
その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!?
恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆
「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」
*・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・*
▶Attention
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる