契約溺愛婚~眠り姫と傲慢旦那様には秘密がある~

水無瀬雨音

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一章 出会い編

新米伯爵は金策に走る

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 首尾よく書面でアンセル様たちとの縁談をお断りした私は、それなりに忙しく過ごしていた。
 領民の「畑の作物が実りが少ない」だの「娘が言うことを聞かない」だのの相談にのったり、とりあえず屋敷内のいらない美術品や家具なんかを売却した。カントリーハウスまでも。
 私の宝石や、ドレスなんかも売却したけれど、私が生まれた時にプレゼントしてくれた銀のスプーンや、両親に成人のお祝いでもらった宝石やドレスなどは思い出深くて売ることができなかった。
 父の意向で社交界デビューしていない私は、成人のお祝いでドレスや宝石をもらったところで、家族にしか披露する機会はなかったのだけれど。
 あと高価そうだけど売れなかったのは、私の左腕にはまっている腕輪だ。
 シルバーの太めの土台にアクアマリンがはまっている。
 ひたすら水色に近い青。
 冷たい中に温かみがある。
 いつの間にか私の腕にはまっていたのだけれど、両親がどこかの誕生日にくれたようだ。
 大体宝石を使ったものを贈るときは、好みに合わせるか、相手の目や髪の色に合わせるのが一般的だ。
 アクアマリンは、私の髪と目、どちらの色とも違う。
 だけれど、贈ってくれた両親の気持ちがこもっているからか、とても気に入っていた。もらったときのことを覚えていない薄情な私だけれど。
 不安な時や悲しいときはいつもその腕輪を撫でるのが癖になっている。

 
 ウォルトを始めとする使用人たちには激しく止められたけれど、開いた時間は町に出て、皿洗いなどさせてもらってお金を稼いだりすることにした。
 売り払えるものがこれ以上ないのなら、収入を増やすしかない。
 目立つ髪の色を染粉で変えて、メガネをかけて変装し、使用人たちに送迎してもらうことで働く許可をもらった。過保護だなぁとは思うけれど、使用人たちからしたら私など娘のようなものなのだろう。過保護にされるのは、嬉しい反面むずがゆいきがするけれど。
 お店の人たちはみんないい人たちだし、「時間はかかりそうだけど、なんとか返せそうかなぁー」と思っていた。
 今日も馴染みの食事処で皿洗いをさせてもらって、その帰り道のことだった。
 労働をしたことのない手は、すっかりあかぎれができて荒れてしまった。
 だが労働を対価にして賃金を得ているのだから、この手荒れはむしろ私の誇りだ。
 今日はウォルトを始めとする使用人たちがどうしても外せない用事があるとかで、今日は珍しく一人で屋敷まで帰ることになった。と言っても町の入り口の門のところまで馬車で迎えが来ているので、一人で歩く距離はそれほどではない。

「失礼。
 プリシラ・ド・リッジウェル嬢ですか?」
 急に声をかけられて、私は驚いて足を止めた。
 両親が亡くなってから外を歩く機会が増えたけれど、声をかけられることはまずない。外出を控えていた私と、面識のある人は少ないからだ。
 一応変装もしているし。
「はい。そうですが」
 いぶかしげに思いながらも、私は振り返った。
 私に声をかけてきたのは20歳前後と思われる、身なりの良い男性だった。
 どこかの貴族のご子息だろう。
 貴族令嬢が町歩きをするときは、まず平民の服を身に着けることが普通だ。特に一人で出歩くときは。
 私も例にもれず簡素なワンピースを身に着けている。
 だが、男性はあまり気にせず、普段の服装で町に出る人も多い。
「ご両親のことは残念でしたね。お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます」
 男性が頭を下げたので、私も頭を慌てて下げた。
「葬儀にもうかがったのですが、僕のことを覚えてらっしゃいますか?」
 えーと。
 正直葬儀にはたくさんの弔問客が訪れていたので、その男性のことは覚えていなかった。
 申し訳なさそうな気持ちが顔に出ていたらしく、男性が吹き出す。
「数年お会いしていなかったのだから、忘れられて当然です。葬儀に来た弔問客皆は覚えられないでしょうしね」
 名前を憶えていないなんて、失礼に当たると思うが、男性は気にしていないらしい。
「ここ数年社交の場には出ていらっしゃいませんでしたが、お父上はあなたを深窓の令嬢に仕立てたかったのでしょうね」
 お父様のお考えは分からないけど、数年前から社交の場に出ていなかったのは確かだ。欲のない方だったから、特に私に箔をつけるためとかそういう欲深な考えがあったとは思えないけど。
「父の考えは分かりませんが、かなり過保護だったとは思います」
「お父上があなたを大切にしたいとのは分かるが、もういらっしゃらないのだし、ご自分の幸せをお考えになったら?」
 男性に示唆され、私は曖昧に微笑んだ。
 確かにお父様が亡くなったことで、こうして私一人で外出することも可能になったが、今のところ結婚したいとは思えない。というか、先日も縁談を断ったように、とてもじゃないけれどそんなことを考える余裕がないのだ。
「確か21だろう?」
「20歳です」
 私はすかさず訂正した。
(女性の年を上に間違えるなんて失礼な方!)
 たかが1歳、されど1歳。女性の1歳差は大きい。
 「おせっかいだがいい人」だと思っていた印象を「おせっかいで嫌な人」に修正する。
「ああ、そうだったか?女性の年齢を間違えるなんて申し訳ない」
 男性は申し訳なさそうに、慌てて頭を下げた。
「でも確かデイジーと同じ年齢だったような……」
(デイジーの年齢は知らないけど。私デイジーのお友達じゃないから)
「ぜひ私もあなたの婿候補に入れていただきたい」
「ウフフ。またお会いする機会があって、仲良くできればぜひ」
 貴族に大切なのは人付き合い。敵はなるべく作らないこと。
 私は笑顔こそ浮かべていたものの、心の中では
(年齢を間違える人なんてごめんよ!)
 と一蹴した。
 何かのお誘いのお手紙が来てもすぐお断りのお返事を出そう。
 表情は笑顔から変えないまま、私は心の中で強く誓った。
 
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