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三章 疑惑編
アンセル様の心
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「あ、アンセル様、も、もう……おろしてください」
いつのまにかアンセル様に抱きかかえられたまま、城下町についていた。
周囲の視線がちくちくと痛い。
「……ああ」
私の言葉で、アンセル様もやっと気がついた、と言うようにようやく降ろしてくれた。
でも私の手を強く握ったままで。
「……もう、逃げませんから」
そう言ったのに、アンセル様は首を振った。
パラパラと雨が降ってきた。
アンセル様は私の手を引っ張って、大通りから路地裏に入る。薄暗いそこは、人通りはまばらだった。どこかのお店の軒下に入ると、多少の雨からは逃れられた。
「しばらく、このままでいさせてくれ。君を放したくないんだ」
そう言って私を見つめたアンセル様は、
「どうして……」
今にも泣きそうな、傷ついた顔してるの。
まるで、アンセル様こそが、私に裏切られたみたいな。
アンセル様は私を抱きしめた。その腕は震えていて、まるで私にすがりついているみたいだった。
親に置き去りにされそうな子供みたいに。雨に打たれている捨て犬みたいに。
頼りなげで、こんな姿初めて見た。
アンセル様はいつだって自信満々で、絶対の自信を持っていて、それは絶対に揺るぎそうになかったから。
「頼む……。プリシラ。お願いだ……!
やっと、君が……手に入ったんだ。もう、二度と、僕から離れないでくれ。考えるのも、言葉にするのだってやめてくれ。
君が再びいなくなるなんて考えたら、気が狂いそうだ。
今度また離れようなんて考えてもみろ。そしたら君が実行に移す前に、部屋に閉じ込めてやるからな。その美しい足首に僕のものだという枷をはめて、部屋から出られないようにしてやる。可愛い君を僕以外の人間の前にさらしたくない。たまになら出してやってもいいが、それは僕が一緒にいるときだけだ。君が僕としかかかわれないようにしてやる。
僕を嫌っていたって、怒っていたっていい。二度と笑ってくれなくてもいい。
君を失わないためなら、僕はなんだってする。
……もう二度と君を失いたくない」
そこでアンセル様は一旦口を閉じて、一瞬迷ったような顔をした。けれどすぐに真っ直ぐな目で私を見つめた。アンセル様の次に放った言葉は信じがたいものだった。
「……好きだ。プリシラ。好きだ。
ぼくは、君を、……愛してるんだ」
その声は泣くことをこらえているかのように震えていて、絞り出すようで、魂からの叫びみたいだった。
私はようやく、アンセル様の心に触れられた気がした。
(アンセル様が、私を愛してる?)
なぜここまで、とは思ったが、珍しく雄弁な言葉で、私を欲していることはよくわかった。
「どう、して」
私も絞り出すような声を出しながら、涙がこぼれた。だんだんと強くなってきた雨音で、声がかき消されそうになる。
「愛してる、って早く言ってくださらなかったのですか……。
その言葉があれば、私は、あなたを信じることができたのに……」
そしたら、ドウェインの言葉にショックを受けることはなかった。家出をすることもなかった。
「すまない。全部僕が子供だったからだ。……覚悟が足りなかったから。君のために、大人になった気でいたのに」
私はゆっくりと首を振った。
「もう、いいです。
私も、あなたを愛しています。アンセル様……」
もういい……もういい。私は正直に自分の気持ちを伝えたかった。
アンセル様は信じられない、とでもいうように目を見開いた。
「…君が、僕を?本当に?」
「はい。
だから、もういいです。本当の真実がどうだろうと、アンセル様が私を『愛してる』と言ってくださったことが私の全てです。
お話してくださらなくたって構いません。私は、あなたを信じます」
「…プリシラ…!」
アンセル様はドンっとお店の壁に両手をついた。両手に挟まれるようになった私は、近づいてきたアンセル様の顔から逃げられない。
アンセル様は私に、噛み付くようなキスをした。
私もおずおずと舌を伸ばし、それに答える。
ちゅ、ちゅ、っという淫靡な水音は、雨音でかき消えた。
雨が強くなって、顔に降りそそぐのも気にならなかった。私はただ、疑いがどうのとか、アンセル様の思い人とか、全部忘れてその甘い甘いキスに溺れた。
……初めて、アンセル様と心が通じ合った気がした。
★★★
ここが一番書きたかった場面です。やっとたどりつけました!もう少し続きます。不定期ですが、よろしければお付き合いください。
いつのまにかアンセル様に抱きかかえられたまま、城下町についていた。
周囲の視線がちくちくと痛い。
「……ああ」
私の言葉で、アンセル様もやっと気がついた、と言うようにようやく降ろしてくれた。
でも私の手を強く握ったままで。
「……もう、逃げませんから」
そう言ったのに、アンセル様は首を振った。
パラパラと雨が降ってきた。
アンセル様は私の手を引っ張って、大通りから路地裏に入る。薄暗いそこは、人通りはまばらだった。どこかのお店の軒下に入ると、多少の雨からは逃れられた。
「しばらく、このままでいさせてくれ。君を放したくないんだ」
そう言って私を見つめたアンセル様は、
「どうして……」
今にも泣きそうな、傷ついた顔してるの。
まるで、アンセル様こそが、私に裏切られたみたいな。
アンセル様は私を抱きしめた。その腕は震えていて、まるで私にすがりついているみたいだった。
親に置き去りにされそうな子供みたいに。雨に打たれている捨て犬みたいに。
頼りなげで、こんな姿初めて見た。
アンセル様はいつだって自信満々で、絶対の自信を持っていて、それは絶対に揺るぎそうになかったから。
「頼む……。プリシラ。お願いだ……!
やっと、君が……手に入ったんだ。もう、二度と、僕から離れないでくれ。考えるのも、言葉にするのだってやめてくれ。
君が再びいなくなるなんて考えたら、気が狂いそうだ。
今度また離れようなんて考えてもみろ。そしたら君が実行に移す前に、部屋に閉じ込めてやるからな。その美しい足首に僕のものだという枷をはめて、部屋から出られないようにしてやる。可愛い君を僕以外の人間の前にさらしたくない。たまになら出してやってもいいが、それは僕が一緒にいるときだけだ。君が僕としかかかわれないようにしてやる。
僕を嫌っていたって、怒っていたっていい。二度と笑ってくれなくてもいい。
君を失わないためなら、僕はなんだってする。
……もう二度と君を失いたくない」
そこでアンセル様は一旦口を閉じて、一瞬迷ったような顔をした。けれどすぐに真っ直ぐな目で私を見つめた。アンセル様の次に放った言葉は信じがたいものだった。
「……好きだ。プリシラ。好きだ。
ぼくは、君を、……愛してるんだ」
その声は泣くことをこらえているかのように震えていて、絞り出すようで、魂からの叫びみたいだった。
私はようやく、アンセル様の心に触れられた気がした。
(アンセル様が、私を愛してる?)
なぜここまで、とは思ったが、珍しく雄弁な言葉で、私を欲していることはよくわかった。
「どう、して」
私も絞り出すような声を出しながら、涙がこぼれた。だんだんと強くなってきた雨音で、声がかき消されそうになる。
「愛してる、って早く言ってくださらなかったのですか……。
その言葉があれば、私は、あなたを信じることができたのに……」
そしたら、ドウェインの言葉にショックを受けることはなかった。家出をすることもなかった。
「すまない。全部僕が子供だったからだ。……覚悟が足りなかったから。君のために、大人になった気でいたのに」
私はゆっくりと首を振った。
「もう、いいです。
私も、あなたを愛しています。アンセル様……」
もういい……もういい。私は正直に自分の気持ちを伝えたかった。
アンセル様は信じられない、とでもいうように目を見開いた。
「…君が、僕を?本当に?」
「はい。
だから、もういいです。本当の真実がどうだろうと、アンセル様が私を『愛してる』と言ってくださったことが私の全てです。
お話してくださらなくたって構いません。私は、あなたを信じます」
「…プリシラ…!」
アンセル様はドンっとお店の壁に両手をついた。両手に挟まれるようになった私は、近づいてきたアンセル様の顔から逃げられない。
アンセル様は私に、噛み付くようなキスをした。
私もおずおずと舌を伸ばし、それに答える。
ちゅ、ちゅ、っという淫靡な水音は、雨音でかき消えた。
雨が強くなって、顔に降りそそぐのも気にならなかった。私はただ、疑いがどうのとか、アンセル様の思い人とか、全部忘れてその甘い甘いキスに溺れた。
……初めて、アンセル様と心が通じ合った気がした。
★★★
ここが一番書きたかった場面です。やっとたどりつけました!もう少し続きます。不定期ですが、よろしければお付き合いください。
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