13 / 52
一章 出会い編
彼女と僕の回想 出逢
しおりを挟む
「どうしてこんなところにいるの?ケーキが嫌なら、サンドイッチもあるわよ?」
草陰に隠れていた僕を見つけたのは、彼女だった。
世界の光を全て集めたような、美しい髪を持つ少女。腰まで届くその髪に、僕は言葉を失って、見とれた。
彼女は慣れているのか、少し照れたような顔をして、だが自慢げに髪を少しつまんだ。
「綺麗でしょ?自慢なの」
髪があまりにも綺麗だったので、僕はバカみたいに、黙って頷くしかできなかった。
髪だけではない。
彼女はその姿全てが美しく、僕を惹きつけた。
紫色の瞳は、世の中の美しい物だけを映してきたように曇りなく、ひたすらに綺麗だ。穢れなど一度も映したことがないように。
不健康でない程度に白い肌は透き通るようで、頬はほんのりと紅を落としたようだ。唇は朝摘みの薔薇のようにみずみずしく赤い。
その頃の僕は病気がちで、普段は屋敷に引きこもりがちな生活を送っていた。
たまたまというか不運なことに(最も彼女に出会ったことはその日、いや今まで生きてきた不幸な出来事を全て帳消しにするほどの僥倖だが)その日は体調がすこぶるよく、父に無理やり参加させられた父の友人の主催するお茶会で、貴族の子息どもにからかわれ、すっかり嫌になっていた。
だから庭の隅で時間が過ぎるのを、ひっそりと待とうと思ったのだ。
にこにこ黙って彼女が見つめてくるので、僕は居たたまれなくなって口を開いた。
「いじめられるから。行きたくない」
「どんなふうに?」
彼女が首を傾げると、腰まである髪が、ゆっくりと肩から流れた。
「『お前は次男だから、爵位は受け継げない。何も持ってない』って」
「まぁ」
彼女が驚きで目を丸くした。
「何も持ってないってことは、何でも手に入るってことじゃない。爵位を受け継がないってことは、自由に何でもできるってことよ?
私だって女だけど、お父様の子供は私だけだから、好きには結婚もできないだろうし、……あなたがうらやましい」
次男であることを、「うらやましい」などと言われる日が来るとは思わなかった。彼女はお世辞などではなく、本心から言っているようだった。
あ、ちょっと待ってて」
言いおいて、彼女がしばらくして戻ってきた。
小さなトレーの上に、ティーカップが二つと、サンドイッチや菓子のもられたプレートが載っている。
「あなたが会場に行きたくないなら、二人でお茶会しましょ。私、プリシラ。あなたは?」
にこにこと満開の薔薇のような笑顔を浮かべ、彼女は名乗った。花のようで、彼女にぴったりの名前だと思った。
ごくっと息を飲んで、僕も名乗った。
「僕は、アンセル。アンセル・ド・パリスター」
★★★★
デザートのケーキを幸せそうにほおばるプリシラを眺めていると、
「私の顔に何かついていますか?」
不思議そうに瞬いて、首を傾げてきた。
窓から差し込んだ太陽の光で輝いた髪が、さらりと肩から流れる。僕の要望で、プリシラは屋敷の中では髪を下ろしたままにしている。
あまりに長く、不躾に見つめすぎていたのかもしれない。
「ああ、いや。なんでもない」
ずっと見ていたかったが、僕はプリシラから視線を外して、紅茶を口に含んだ。
プリシラはなおも不思議そうな顔をしているのが分かったが、それ以上何も言わなかった。
(僕はあの日のことも、君と過ごした日々も一度だって忘れたことはない。全部覚えている。
だけど、君は……プリシラは覚えていない)
覚悟は決めたはずなのに、忘れられているというのは想像以上に、辛い。
だが僕は、分かっていて近づいた。誓った。
一瞬沈みそうだった心に僕は鞭を打ち、心の中で小さく嘆息する。
プリシラが結婚の申し入れに来たとき交わした、誓いのキス。
あれは二人にとって、初めてではなかった。
確かに心が通じ合っていたとき、幾度か交わした。お互い幼かったため、プリシラがしてきたような、拙いキスを。
だから一瞬、あの頃を思い出した。
苦しみを伴うなら、過去は思い出さなくてもいい。
(僕のお姫様は手に入れた。君が覚えていなくたって、思い出さなくたって、別にかまわない。僕は全部覚えているから)
これからもう一度、僕らの関係を構築すればいい。
例え、僕の本当の気持ちを伝えられなくても。
草陰に隠れていた僕を見つけたのは、彼女だった。
世界の光を全て集めたような、美しい髪を持つ少女。腰まで届くその髪に、僕は言葉を失って、見とれた。
彼女は慣れているのか、少し照れたような顔をして、だが自慢げに髪を少しつまんだ。
「綺麗でしょ?自慢なの」
髪があまりにも綺麗だったので、僕はバカみたいに、黙って頷くしかできなかった。
髪だけではない。
彼女はその姿全てが美しく、僕を惹きつけた。
紫色の瞳は、世の中の美しい物だけを映してきたように曇りなく、ひたすらに綺麗だ。穢れなど一度も映したことがないように。
不健康でない程度に白い肌は透き通るようで、頬はほんのりと紅を落としたようだ。唇は朝摘みの薔薇のようにみずみずしく赤い。
その頃の僕は病気がちで、普段は屋敷に引きこもりがちな生活を送っていた。
たまたまというか不運なことに(最も彼女に出会ったことはその日、いや今まで生きてきた不幸な出来事を全て帳消しにするほどの僥倖だが)その日は体調がすこぶるよく、父に無理やり参加させられた父の友人の主催するお茶会で、貴族の子息どもにからかわれ、すっかり嫌になっていた。
だから庭の隅で時間が過ぎるのを、ひっそりと待とうと思ったのだ。
にこにこ黙って彼女が見つめてくるので、僕は居たたまれなくなって口を開いた。
「いじめられるから。行きたくない」
「どんなふうに?」
彼女が首を傾げると、腰まである髪が、ゆっくりと肩から流れた。
「『お前は次男だから、爵位は受け継げない。何も持ってない』って」
「まぁ」
彼女が驚きで目を丸くした。
「何も持ってないってことは、何でも手に入るってことじゃない。爵位を受け継がないってことは、自由に何でもできるってことよ?
私だって女だけど、お父様の子供は私だけだから、好きには結婚もできないだろうし、……あなたがうらやましい」
次男であることを、「うらやましい」などと言われる日が来るとは思わなかった。彼女はお世辞などではなく、本心から言っているようだった。
あ、ちょっと待ってて」
言いおいて、彼女がしばらくして戻ってきた。
小さなトレーの上に、ティーカップが二つと、サンドイッチや菓子のもられたプレートが載っている。
「あなたが会場に行きたくないなら、二人でお茶会しましょ。私、プリシラ。あなたは?」
にこにこと満開の薔薇のような笑顔を浮かべ、彼女は名乗った。花のようで、彼女にぴったりの名前だと思った。
ごくっと息を飲んで、僕も名乗った。
「僕は、アンセル。アンセル・ド・パリスター」
★★★★
デザートのケーキを幸せそうにほおばるプリシラを眺めていると、
「私の顔に何かついていますか?」
不思議そうに瞬いて、首を傾げてきた。
窓から差し込んだ太陽の光で輝いた髪が、さらりと肩から流れる。僕の要望で、プリシラは屋敷の中では髪を下ろしたままにしている。
あまりに長く、不躾に見つめすぎていたのかもしれない。
「ああ、いや。なんでもない」
ずっと見ていたかったが、僕はプリシラから視線を外して、紅茶を口に含んだ。
プリシラはなおも不思議そうな顔をしているのが分かったが、それ以上何も言わなかった。
(僕はあの日のことも、君と過ごした日々も一度だって忘れたことはない。全部覚えている。
だけど、君は……プリシラは覚えていない)
覚悟は決めたはずなのに、忘れられているというのは想像以上に、辛い。
だが僕は、分かっていて近づいた。誓った。
一瞬沈みそうだった心に僕は鞭を打ち、心の中で小さく嘆息する。
プリシラが結婚の申し入れに来たとき交わした、誓いのキス。
あれは二人にとって、初めてではなかった。
確かに心が通じ合っていたとき、幾度か交わした。お互い幼かったため、プリシラがしてきたような、拙いキスを。
だから一瞬、あの頃を思い出した。
苦しみを伴うなら、過去は思い出さなくてもいい。
(僕のお姫様は手に入れた。君が覚えていなくたって、思い出さなくたって、別にかまわない。僕は全部覚えているから)
これからもう一度、僕らの関係を構築すればいい。
例え、僕の本当の気持ちを伝えられなくても。
0
お気に入りに追加
1,380
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。
2023.4.25
HOTランキング36位/24hランキング30位
ありがとうございました!
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる