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一章 出会い編
愛のない契約婚
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味の分からない、緊張するお茶会を終えると、
「で?
借金?だったな。いくら」
アンセル様が紅茶を口に含んで、平然と言った。
(ああ、そうだった。借金。借金)
緊張のあまり、一番大事なことが彼方に飛んでいた。
私としたことが。
「ご、5000万Gです……」
(やっぱり高いから結婚はなしって言われるかしら)
緊張しながらも、私は口を開いた。だが、それは杞憂だった。
事も無げにアンセル様は鼻を鳴らして、あっさりと頷いた。
「ふん。5000万G?
分かった。おい、爺」
アンセル様が指を鳴らした。
「はい。ここにご用意がございます」
そんなに大きな声で言ったわけでもないのに、すっと扉を開けて現れたビリーが、ぱんぱんに膨れた大きな革製のカバンを持ってきた。中には札束が入ってるのだろう。
というか、というか。
(ちょっと呼んでくらいで出てくる距離に控えてるって、今までのあれこれ、絶対聞かれてたわよね!?
は、恥ずかしい……!)
膝に乗っているところを見られるはずかしさよりも、今までのあれこれを聞かれていたかもしれないという衝撃が強すぎて、私はアンセル様の肩に顔をうずめた。カバンをテーブルの上に置くと、ビリーはすぐまた退室したらしい。
「あー。その、爺は都合の悪いところは、聞いてないから気にするな」
顔をうずめたままの私を見かねてか、アンセル様はこほんと咳払いをすると、気休めを言った。
「聞こえてないはずがないです。気にしますー!」
「顔上げろ。あー。……その、君の息がかかって、色々都合が悪い」
「そうですよね。馴れ馴れしくて、すみません」
私は慌てて顔をあげた。
なぜかアンセル様の顔が赤い。
(具合でもお悪いのかしら?早く帰ろう)
「あ、あの。もう帰ります。ご用意いただいてありがとうございました。
大きなお金ですのに、感謝いたします」
私が頭を下げると、アンセル様は造作もなさそうに答えた。
「気にするな。5000万Gなんて安い。
……それで君が手に入るなら」
(安いなんて。いくらアンセル様でも、結構な大金のはずなのに)
「金貸しに返済するのは明日だったな。
僕が同席したほうがいいか」
「ああいえ。
何度もお会いしている人ですし、お金さえきちんと支払いすれば、問題ない方ですから。
お手を煩わせる必要はございません」
「そうか」
(ぶっきらぼうだけど、優しいなぁ。
お仕事がお忙しいはずなのに)
アンセル様もガラの悪い金貸しなのが検討ついたから、気を使ってくださっているのだろう。
私はアンセル様の膝から一時間ぶりくらいに降りると、カバンを抱きしめた。
「それでも、初対面の私にこんなによくしてくださって、ありがとうございます」
私が重ねてそう言うと、アンセル様の目がすっと細くなった。冬の海みたいに、ひんやりとした冷たい碧。
少し和やかな空気をまとっていたのに、また冷たい声になった。さっきまでの優しいアンセル様が嘘みたいに。
「忘れるな。これは契約だ。
僕は君を金で買った。爵位ごと、君の全てをな。爪の先から髪の毛一本まで君は僕のものだ。
だから、もう二度と僕の求婚を拒否することは、許さない」
(そうだ。これは、幸せな結婚なんかではないのだわ)
そこには愛なんてない。これからもきっと生まれない。
さっきは優しいと思ったのに。
私は幸せな結婚ができるのかもしれない、なんて甘ったれた幻想を抱いてしまっていた。
「はい。もちろんです。アンセル様……。心から感謝いたします」
乾いた唇で、やっとそれだけ絞り出すように答えた。
胸に抱えたカバンが、急にずっしりと、さらに重く感じられた。
「爺、プリシラはお戻りだ。ホールまでお送りしろ」
そこからどうやって屋敷に戻ったか覚えていない。
気づいたら私は自分の屋敷にいた。
「で?
借金?だったな。いくら」
アンセル様が紅茶を口に含んで、平然と言った。
(ああ、そうだった。借金。借金)
緊張のあまり、一番大事なことが彼方に飛んでいた。
私としたことが。
「ご、5000万Gです……」
(やっぱり高いから結婚はなしって言われるかしら)
緊張しながらも、私は口を開いた。だが、それは杞憂だった。
事も無げにアンセル様は鼻を鳴らして、あっさりと頷いた。
「ふん。5000万G?
分かった。おい、爺」
アンセル様が指を鳴らした。
「はい。ここにご用意がございます」
そんなに大きな声で言ったわけでもないのに、すっと扉を開けて現れたビリーが、ぱんぱんに膨れた大きな革製のカバンを持ってきた。中には札束が入ってるのだろう。
というか、というか。
(ちょっと呼んでくらいで出てくる距離に控えてるって、今までのあれこれ、絶対聞かれてたわよね!?
は、恥ずかしい……!)
膝に乗っているところを見られるはずかしさよりも、今までのあれこれを聞かれていたかもしれないという衝撃が強すぎて、私はアンセル様の肩に顔をうずめた。カバンをテーブルの上に置くと、ビリーはすぐまた退室したらしい。
「あー。その、爺は都合の悪いところは、聞いてないから気にするな」
顔をうずめたままの私を見かねてか、アンセル様はこほんと咳払いをすると、気休めを言った。
「聞こえてないはずがないです。気にしますー!」
「顔上げろ。あー。……その、君の息がかかって、色々都合が悪い」
「そうですよね。馴れ馴れしくて、すみません」
私は慌てて顔をあげた。
なぜかアンセル様の顔が赤い。
(具合でもお悪いのかしら?早く帰ろう)
「あ、あの。もう帰ります。ご用意いただいてありがとうございました。
大きなお金ですのに、感謝いたします」
私が頭を下げると、アンセル様は造作もなさそうに答えた。
「気にするな。5000万Gなんて安い。
……それで君が手に入るなら」
(安いなんて。いくらアンセル様でも、結構な大金のはずなのに)
「金貸しに返済するのは明日だったな。
僕が同席したほうがいいか」
「ああいえ。
何度もお会いしている人ですし、お金さえきちんと支払いすれば、問題ない方ですから。
お手を煩わせる必要はございません」
「そうか」
(ぶっきらぼうだけど、優しいなぁ。
お仕事がお忙しいはずなのに)
アンセル様もガラの悪い金貸しなのが検討ついたから、気を使ってくださっているのだろう。
私はアンセル様の膝から一時間ぶりくらいに降りると、カバンを抱きしめた。
「それでも、初対面の私にこんなによくしてくださって、ありがとうございます」
私が重ねてそう言うと、アンセル様の目がすっと細くなった。冬の海みたいに、ひんやりとした冷たい碧。
少し和やかな空気をまとっていたのに、また冷たい声になった。さっきまでの優しいアンセル様が嘘みたいに。
「忘れるな。これは契約だ。
僕は君を金で買った。爵位ごと、君の全てをな。爪の先から髪の毛一本まで君は僕のものだ。
だから、もう二度と僕の求婚を拒否することは、許さない」
(そうだ。これは、幸せな結婚なんかではないのだわ)
そこには愛なんてない。これからもきっと生まれない。
さっきは優しいと思ったのに。
私は幸せな結婚ができるのかもしれない、なんて甘ったれた幻想を抱いてしまっていた。
「はい。もちろんです。アンセル様……。心から感謝いたします」
乾いた唇で、やっとそれだけ絞り出すように答えた。
胸に抱えたカバンが、急にずっしりと、さらに重く感じられた。
「爺、プリシラはお戻りだ。ホールまでお送りしろ」
そこからどうやって屋敷に戻ったか覚えていない。
気づいたら私は自分の屋敷にいた。
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