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一章 出会い編
結婚してくれるなら……キスします!
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「はい?キス?」
思ってもみなかった言葉に、私はぽかんと口を開けてしまった。令嬢らしからぬ何とも間抜けな仕草で、気づいてすぐ閉じたけど、仕方がないと思う。
だってキス。キスって。
キスを要求しているのに、顔色一つ変えないってどういうこと?
私なんか口に出すだけで恥ずかしいよ?
「結婚するなら誓いのキスは当然だろ?それとも、『何でもする』と言うのは嘘か?君の覚悟など、その程度か?」
アンセル様が小バカにしたように笑った。
(く……!試されてる……試されてるのね)
意を決して、私は立ち上がった。
「分かりました。じゃあ、私がキ、キスをしたら結婚してくださると、借金を肩代わりしてくださると、お約束してください」
「僕に二言はない。アンセル・ド・パリスターの名にかけて誓う」
アンセル様は鷹揚にではあったが、頷いた。ゆっくりと私はアンセル様に近づいた。数歩で届くようなわずかな距離なのに、馬車でなくては行けないような長い距離に感じた。
目の前に立った私に、アンセル様は横柄に言った。
「僕の膝に座れ」
「は、はい?」
「君が立ったままでは、出来ないだろう」
そ、それはそうだけど、中腰になってするつもりだったのですが。
でも、言われたらするしかない。
「し、失礼します」
私はゆっくりアンセル様の膝に座った。
(は、恥ずかしい……!)
結婚前にこっそり遊ぶ友人たちも少なくなかったけれど、私は未来の旦那様を裏切るようなことをしたくなかったので、こんなに男性と密着したことはない。そもそも最近は男性と会う機会なんかほぼなかったし。
香水の香りと、わずかなアンセル様の汗の匂いの混じった香りがする。かすかに腕に触れたアンセル様の胸板が、細身に見える見た目より意外と筋肉質だった。
(アンセル様は男性なんだわ)
と改めて感じる。
今まで会ったどの男性よりも、アンセルのお顔がきれいだからだろうか。
なんだか落ち着かない気持ちになるのは。
アンセル様の表情はあまり変わっていない。
(……慣れてらっしゃるのかしら。あまり噂は聞いたことないけれど、そうよね。こんなにお顔立ちが素敵なんだもの)
しゅんとしょげていると、
「どうした?怖気づいたか」
先ほどよりもずっと近く、耳元でアンセル様の声がして、私の胸がなぜかどきん、と高鳴る。
「し、します!目、目を、閉じてください」
「分かった」
アンセル様が目を閉じる。私も目を閉じた。アンセル様の端正なお顔が近づいていくのに耐えられそうにないから。
ものすごく、頬が熱かった。火傷しそうなくらい。
私はゆっくり顔を近づけた。
二人だけの部屋はものすごく静かで、外からの音も聞こえなくて、お互いの息遣いだけが響いた。
ちゅっと、軽くそっと二人の唇が重なった。
すぐ私は唇を離す。
「は、はい。しました!では、お約束守ってくださいね。では」
「……ったく。まるで、幼児の挨拶だな」
膝から降りようとしたら、逆に抱き寄せられる。なぜか泣き笑いと切なさの入り混じったような顔をしていて、私は胸が締め付けられそうになった。
(え?何で?)
「大人のキスを、僕が教えてやる」
(え?え?)
戸惑っていると、私の唇はアンセル様に荒々しく奪われた。
「……ふ……。んっ……」
唇を重ねるどころか、こともあろうにアンセル様の舌が私の口の中に入ってきた。
(な、何?これがキス?こんなの知らない)
唇を重ねるだけが、キスだと思っていた。
アンセル様の胸に腕を突っぱねて逃れようとするのに、アンセル様はそれを許さない。それどころか、私を抱く腕の力はますます強くなった。お顔だちはお優しいけど、やっぱりアンセル様は男性で力では私は到底かなわないようだ。
そんなことをぼんやり考えているうちに、逃げまどって縮こまっている私の舌を、アンセル様の舌が引きずり出す。
「……んん……。あっ……」
アンセル様の舌が、私の歯列を丹念になぞる。舌の側面を撫でる。
どれくらいの時間が経っただろう。
ひとしきり私の口の中を蹂躙して、アンセル様は満足したようだ。
私が初めてのキスに翻弄されて、もう何も考えられなくなったころ、ようやくアンセル様は口を離した。
「声はまぁいいだろう。キスは子供だが」
(声?確かに恥ずかしい声が出てたけど)
我慢しようとしてたのに、こらえきれなくてこぼれるように出てしまった。
思い出して私はまた頬を熱くする。そんな私の顔を見て、またアンセル様は満足そうな顔をした。
「とにかく。こ、これで結婚していただけるんですよね」
「ああ。すぐにでも」
アンセル様が頷いて力強く答えてくれる。
「よかった」
私はほっと胸を撫でおろした。
「では、私は帰ります」
「もう少しここにいろ。……そんな蕩けた顔、だれにも見せたくない」
最後のほうは小さくて、よく聞こえなかった。
「ええと、でもアンセル様はお忙しいですよね?」
「妻と茶を飲む時間くらいはある」
(妻……)
私は本当にアンセル様と結婚するのだ。
私の頬は熱くなりっぱなしだ。
「で、では降りますね」
今度こそアンセル様の膝から降りようとすると、またもやアンセル様はそれを許さなかった。
「このままでいい」
(え?でもお茶飲むのよね。
それにもうキスは終わったから、必要ないはずなのに……)
疑問に思いつつも機嫌を損ねたくなかったので、私はそのままアンセル様の膝の上で過ごした。
正直お茶の味も、ケーキの味もよく分からなかった。
思ってもみなかった言葉に、私はぽかんと口を開けてしまった。令嬢らしからぬ何とも間抜けな仕草で、気づいてすぐ閉じたけど、仕方がないと思う。
だってキス。キスって。
キスを要求しているのに、顔色一つ変えないってどういうこと?
私なんか口に出すだけで恥ずかしいよ?
「結婚するなら誓いのキスは当然だろ?それとも、『何でもする』と言うのは嘘か?君の覚悟など、その程度か?」
アンセル様が小バカにしたように笑った。
(く……!試されてる……試されてるのね)
意を決して、私は立ち上がった。
「分かりました。じゃあ、私がキ、キスをしたら結婚してくださると、借金を肩代わりしてくださると、お約束してください」
「僕に二言はない。アンセル・ド・パリスターの名にかけて誓う」
アンセル様は鷹揚にではあったが、頷いた。ゆっくりと私はアンセル様に近づいた。数歩で届くようなわずかな距離なのに、馬車でなくては行けないような長い距離に感じた。
目の前に立った私に、アンセル様は横柄に言った。
「僕の膝に座れ」
「は、はい?」
「君が立ったままでは、出来ないだろう」
そ、それはそうだけど、中腰になってするつもりだったのですが。
でも、言われたらするしかない。
「し、失礼します」
私はゆっくりアンセル様の膝に座った。
(は、恥ずかしい……!)
結婚前にこっそり遊ぶ友人たちも少なくなかったけれど、私は未来の旦那様を裏切るようなことをしたくなかったので、こんなに男性と密着したことはない。そもそも最近は男性と会う機会なんかほぼなかったし。
香水の香りと、わずかなアンセル様の汗の匂いの混じった香りがする。かすかに腕に触れたアンセル様の胸板が、細身に見える見た目より意外と筋肉質だった。
(アンセル様は男性なんだわ)
と改めて感じる。
今まで会ったどの男性よりも、アンセルのお顔がきれいだからだろうか。
なんだか落ち着かない気持ちになるのは。
アンセル様の表情はあまり変わっていない。
(……慣れてらっしゃるのかしら。あまり噂は聞いたことないけれど、そうよね。こんなにお顔立ちが素敵なんだもの)
しゅんとしょげていると、
「どうした?怖気づいたか」
先ほどよりもずっと近く、耳元でアンセル様の声がして、私の胸がなぜかどきん、と高鳴る。
「し、します!目、目を、閉じてください」
「分かった」
アンセル様が目を閉じる。私も目を閉じた。アンセル様の端正なお顔が近づいていくのに耐えられそうにないから。
ものすごく、頬が熱かった。火傷しそうなくらい。
私はゆっくり顔を近づけた。
二人だけの部屋はものすごく静かで、外からの音も聞こえなくて、お互いの息遣いだけが響いた。
ちゅっと、軽くそっと二人の唇が重なった。
すぐ私は唇を離す。
「は、はい。しました!では、お約束守ってくださいね。では」
「……ったく。まるで、幼児の挨拶だな」
膝から降りようとしたら、逆に抱き寄せられる。なぜか泣き笑いと切なさの入り混じったような顔をしていて、私は胸が締め付けられそうになった。
(え?何で?)
「大人のキスを、僕が教えてやる」
(え?え?)
戸惑っていると、私の唇はアンセル様に荒々しく奪われた。
「……ふ……。んっ……」
唇を重ねるどころか、こともあろうにアンセル様の舌が私の口の中に入ってきた。
(な、何?これがキス?こんなの知らない)
唇を重ねるだけが、キスだと思っていた。
アンセル様の胸に腕を突っぱねて逃れようとするのに、アンセル様はそれを許さない。それどころか、私を抱く腕の力はますます強くなった。お顔だちはお優しいけど、やっぱりアンセル様は男性で力では私は到底かなわないようだ。
そんなことをぼんやり考えているうちに、逃げまどって縮こまっている私の舌を、アンセル様の舌が引きずり出す。
「……んん……。あっ……」
アンセル様の舌が、私の歯列を丹念になぞる。舌の側面を撫でる。
どれくらいの時間が経っただろう。
ひとしきり私の口の中を蹂躙して、アンセル様は満足したようだ。
私が初めてのキスに翻弄されて、もう何も考えられなくなったころ、ようやくアンセル様は口を離した。
「声はまぁいいだろう。キスは子供だが」
(声?確かに恥ずかしい声が出てたけど)
我慢しようとしてたのに、こらえきれなくてこぼれるように出てしまった。
思い出して私はまた頬を熱くする。そんな私の顔を見て、またアンセル様は満足そうな顔をした。
「とにかく。こ、これで結婚していただけるんですよね」
「ああ。すぐにでも」
アンセル様が頷いて力強く答えてくれる。
「よかった」
私はほっと胸を撫でおろした。
「では、私は帰ります」
「もう少しここにいろ。……そんな蕩けた顔、だれにも見せたくない」
最後のほうは小さくて、よく聞こえなかった。
「ええと、でもアンセル様はお忙しいですよね?」
「妻と茶を飲む時間くらいはある」
(妻……)
私は本当にアンセル様と結婚するのだ。
私の頬は熱くなりっぱなしだ。
「で、では降りますね」
今度こそアンセル様の膝から降りようとすると、またもやアンセル様はそれを許さなかった。
「このままでいい」
(え?でもお茶飲むのよね。
それにもうキスは終わったから、必要ないはずなのに……)
疑問に思いつつも機嫌を損ねたくなかったので、私はそのままアンセル様の膝の上で過ごした。
正直お茶の味も、ケーキの味もよく分からなかった。
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