契約溺愛婚~眠り姫と傲慢旦那様には秘密がある~

水無瀬雨音

文字の大きさ
上 下
5 / 52
一章 出会い編

でも結婚してください

しおりを挟む
「『初めまして』……ね」
 アンセル様は口の中で小さく何か呟いて、ふん、と鼻を鳴らした。その声は尊大そうな口調と裏腹に、思ったより高いテノール。
「顔をあげて、そこに座れ」
 ええと、アンセル様私より年下……よね?すごく偉そうな口調だけど。顔をあげてアンセル様が顎でしゃくった先にある、アンセル様の向かいのソファーに恐る恐る座った。
「失礼します……」
 端正な顔立ちに、月の光みたいな輝くばかりの銀髪。冬の空のような冷たさのある碧い目。
 どこかの国の王子様、と言われても納得するような容姿と圧倒的な存在感。
 年下なのにこわ、怖いんですけど。
 でもアンセル様は黙って無表情に見つめてくるだけだし、ここにきた目的を果たさないと!
 私はおずおずと口を開いた。
 まずは当たり障りない挨拶から。
「本日はお天気も良くて、いいお日柄ですね。手紙でも申し上げましたが、せっかく縁談の申し出頂きましたのに、こちらの都合でお断りしてしまい、大変申し訳」
「そんな前置きはいらない。要件は?僕は忙しい」
 ソファーに座って悠然と足を組んでいるアンセル様は、とても18歳とは思えない貫禄がある。
 何この人。王様?くらいの。
 事業を成功なさっているくらいだから、ご自身のお父様くらいの年齢の方とも日々交渉されているだろうし、当然と言えば当然なのだけれど。私みたいな、狭い世界で暮らしていた小娘とは格が違う。
「は、はい……」
 頷いて本題に入ろうと口を開いたところで、メイドたちがお茶の準備を終えて、頭を下げる。
「では我々はこれで。邪魔な爺たちは退散しますので、ご安心くださいませ。
 あとは若いお二人で」
(うわーん!
 退散しないで、ビリー!
 若いお二人だけにしないでー!)
「ありがとう、ビリー」
 表面上は笑顔を保っていたけれど、内心は私は大号泣。
 さっきみたいに和やかな会話で、場を和ませて欲しかった!
 ぱたん、と扉が閉まって、本当に二人きりになる。
(え?扉、閉めた?)
 未婚女性とアンセル様の二人きりなのに!
 ともかくお願いしなければ。
「あの、私が今日お会いしたかったのはですね。
 私と結婚していただきたいからなんです!」
 はぁー。
 なんとか言った。
 一仕事終えて、ほっと安堵のため息をつく。アンセル様は顔色一つ変えていない。
「僕にはすでにウェッダーバーン公爵家のグエンドール嬢との縁談が進んでいる」
(やっぱり……!)
 アンセル様ともなれば当然だ。
 むしろ私なんかに縁談の申し入れなさったのが、本当に奇跡に近い。というか本当に理由が分からない。
 グエンドール様と言えば、お家柄は当然のことご本人もお美しい上に、気立ても良くて評判だ。私よりも、そちらとの縁談のほうが誰がどう見ても数段いい。
「僕が申し入れた婚約を断ってきたのは、君だ」
「はい……。その通りです」
 ですよね。
 当然です。おっしゃる通りです。
「大変お恥ずかしいのですが、父が多額の借金を残しました。そのため、金策に走るのに必死で結婚のことを考える余裕がなくお断りしました。
 ですが、金貸しに急に明日までに残りの借金を返済しろと迫られまして」
「つまり、僕にその借金を肩代わりしろと?ウェッダーバーン公爵家との縁談を蹴って?」
 アンセル様は肘掛にひじをついて顎をのせ、目を細めた。
(さすがアンセル様!話がお早い!はっきり言うとその通りです!)
「自分の都合が悪くなったら、『やっぱり結婚してください』とは、虫がよすぎないか?」
「はい。おっしゃる通りです」
 厚かましいお願いなのは、十分分かっている。
 一度お断りした相手に頭を下げに行くのも、ものすごく嫌だ。
 でも私は伯爵だ。領民も使用人にも、私の事情など関係ない。守る義務がある。
 私のちっぽけなプライドをかなぐり捨てて守れるなら、いくらでも捨てる。
 だから私はソファーから立ち上がると、アンセル様に頭を下げた。
「このようなことをお願いできる立場ではないのは、十分理解しています。でも私は守りたいものがあるんです。それにはアンセル様のお力が必要なのです。
 どうかお力をお貸しください。私には頼れる方はもう、アンセル様しかいないのです」
「君が頼れるのは、僕だけ?」
 顔を上げると、ぴくっとアンセル様の眉が動いた。
 なぜその言葉に反応したのかは分からないが、少し心を動かされたようだ。
(よ、よし。もう一押し!)
「はい、そうです。
 私にできることは、何でもいたします」
「何でも……ね」
 アンセル様は面白そうに右の口角を上げて、ぼそりと呟いた。
 あの、もちろん常識の範囲内でお願いしたいですけど。
 肩もみとか屋敷の掃除とか。
 虫の駆除とかはお断りしたいです。

「じゃあ、僕と結婚したいと言え」

 え?
 い、いや。恥ずかしいのでお断りしたいのですが。
 そんなこと言ったら「そうか。じゃあこの話は終わりだ」とさっさと席を立ってしまいそうだ。
 だから正直に言えるはずは当然なく。
(なんで男に産まれたわけでもないのに、プロポーズなんかしないといけないのよ!)
 と正直思うのだけれど……。頬が熱くなって、鏡を見なくても顔が真っ赤になったのが分かった。
「私、プリシラ・ド・リッジウェルは、アンセル・ド・パリスター様と、……結婚したいです」
 言った……。
 だけどアンセル様の要求は、そこで終わらなかった。
 一世一代の私のプロポーズにも、顔色一つ変えていない。尊大な態度のままでアンセル様は言った。

「そうか。じゃあ僕にキスを。
 結婚したいと誓え。証明しろ」
 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

処理中です...