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一章 出会い編
返せません
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私はいつものように執務室で、書類を前に頭を抱えていた。
トントン
扉が軽くノックされた。
私が執務室にこもっているときは、こちらから呼ばない限りは使用人たちは遠慮して訪ねてこないのだけれど。
今日はよほど何か用事があるのだろう。
「はい。どうぞ」
私の返答を待って、扉が開く。
「お嬢様、ドウェイン様がお見えなのですが」
ウォルトが珍しくいささか緊張した様子で顔を出した。
そのまま一緒に応接室に向かう。
ドウェインとは父が借金をした金貸しだ。
うぇー、なんだろう。
貴族にはあまりいない感じの人だから苦手なのよね。
機嫌を損ねないように、へコヘコ下手に出てはいるけれど。
私は心の中で顔をゆがめた。
想像を巡らせながら私は応接室に向かい、ノックするときには完璧な笑顔を作る。
「失礼します。
ドウェインさんお世話になっております。
今月分の返済はお支払いしましたよね?」
私は応接室に入るとニコニコ笑顔を浮かべながら、ドウェインの座る向かいのソファーに腰かけた。
メイドがすかさず紅茶をカップに注いでくれる。
「あー、リッジウェル伯爵。連絡なしに来てわりーな」
ドウェインはソファーに深々と腰かけ、ブラックコーヒーを飲みながら、紙巻きたばこをくゆらせていた。もくもくと上がった煙がわっかになって消えていく。
(うう。煙い……)
通してから私がここに来るまでそんなに時間が経っていないはずなのに、すでに部屋に煙が充満している。
ちらりとウォルトに目配せしようとすると、有能な執事頭は扉を全開にしてくれていた。
(ウォルト、グッジョブ)
さすがに窓を開けると厭味ったらしいけど、未婚女性の私とドウェインが部屋の中で話すなら扉を開けるのは失礼にはならない。まぁ普通は少し隙間開けるだけだけど。
煙は何とか出て行ったようだ。
はぁー。空気が美味しい。
ドウェインは20代後半の強面ながらイケメンで、「悪い感じ」が好きな女の子にはたまらないと思う。右頬に走る大きな切り傷とか、右腕に大きく入った剣のタトゥーとかが怖いし、私はお断りだけど。
初対面の時、思わず切り傷に見入ってしまったら、怒ることなく理由を教えてくれようとした。
「何?気になる?
これはなー、初めて取り立てについていったとき、そいつが『払えません。すみません』って言うから、『じゃあてめーの命を」
そこまで聞いただけで怖すぎて、
「ああー。いいですいいです。
ありがとうございます」
私は慌てて断った。
「えー?
ここからが面白かったんだけどなー」
とドウェインは残念そうだったけれど、怖いです。
その先もきっと私には面白くない。
て、そんな思い出話はどうでもよくて。
「屋敷にいるときならいつ来ていただいてもかまいません。
でもお約束頂いたほうが確実ですね。屋敷にいるか分かりませんので」
「あんた屋敷にいるほうが多いだろー?いいよ。いなきゃいないであんたんとこのコーヒー飲んで出直すから」
要約すれば、「こっちにも予定があるから、今度から連絡してから来てくださいね☆」と遠回しに言ったつもりなんだけど、うん多分伝わっていない。
「ええと。
それで今日はどのようなご用向きでいらしていただいたのですか?」
ドウェインに約束してくれるよう伝えるのは諦める。私は気を取り直して本題をうながした。
「あー。そうそう。だいっじな用があってきたんだわ」
ちょうどタバコがなくなったらしく、ドウェインは灰皿にタバコの火をぐりぐりこすりつけてから捨てた。ぐいっと残り少なくなったコーヒーを一気飲みしてから口を開く。足を組んだ尊大な態度で。
「あのさー。
わりーけど、借金残り全部返してくれ。一週間で」
ドウェインは世間話をするように淡々とした口調だったが、内容はとんでもなかった。
「全部!?一週間で?」
思ってもみなかった言葉に、私は思わず立ち上がった。
残り全部を一週間でなんて。とてもできるはずがない。「使用人たちにも内職してもらって、私も皿洗いしまくれば期限内に返せるかなー」と考えてたのに。
「あーもちろん、こっちの都合で悪いからさ、利息全部は払わなくていいよ。そうだな……。
5000万Gで」
見るからにろうばいした私に、少し考え込んでからドウェインはひょうひょうと言葉を紡ぐ。とても悪いとは思っていなそうだ。
「5000万……」
残りの支払額は、利息を入れれば残り8000万Gくらいあるので、破格の条件と言ってもいいだろう。期限が一週間と縮められていなければ。
私が迷ったのは一瞬だった。
「申し訳ありません。一週間ではやはり無理です。
これまで通り、毎月きちんと納めますので、それでお許しください」
深々と頭を下げる。
「『無理です』、だぁー?」
ドウェインの声音が低く、ドスのきいた鋭いものとなって、私はびくりと肩を震わせた。
いつも口調は荒っぽいけど、声はそこら辺にいる気のいい平民のお兄さんという感じだったのに。
冷たくて硬いものを顎に当てられ、無理やり顔をあげさせられる。
……銃口だ。
あてられたものに気づいて、私の背筋はぞっとして凍りそうだった。
「お嬢様!」
すぐにでも飛んできそうなウォルトの気配を感じる。
私は黙って顔はドウェインに向けたまま、後ろ手でそれを制した。
「いいか?これは決定だ。
オレたちが『返せ』って言うんなら、お前らは言われた通り返すだけだ」
「でも……!
急に返済期限を……
しかも一週間に狭めるなんて、不当です!」
一応私だって、伯爵としての仕事をするために今さらながら経済書や、この国の法律書を読んでいるので、ドウェインの要求がいかに不当なものだと言うことは分かる。
だが私の言い分にもドウェインは顔色一つ変えなかった。
私なんかで想像もできないような世界で生きているのだ。私のような小娘の浅はかな考えなどでは、ひやりともしないのだろう。
ドウェインはいつもより低いままではあるが、落ち着いた声音で言った。
「確かにな。これは真っ当な言い分じゃねぇ。
だけど、もともとオレらがお綺麗な金貸しじゃねーのは、分かってんだろ。おじょーさん?
そんなとこに法律なんかかんけーねー。
城に陳情するか?糾弾されんのは、そんなとこから金借りた親父や、後継いだお前もだぞ?
もっともオレらはそんなの慣れてっからいつでもキレ―に後残さず、場所変えられるんでやりたいならいくらでもどーぞー?」
ドウェインの言い分に私はぐっ……と喉を詰まらせる。
確かにそうなのだ。この場合痛い目を見るのは私だけだろう。いや、私だけならまだいいけど、領民や使用人まで被害が及ぶかもしれない……。
「で、ですが、そもそも今すぐ返せる当てはございません。
屋敷を売ったところで、すべてを返せる額には及びませんし……」
「分かってねーみたいだな?できるできないは聞いてねーの。『やーれ』って言ってんだよ」
しどろもどろになった私の耳元で、ドウェインは『やれ』とそこの部分を強調するように言った。底冷えするような、どすの聞いた声で。
「あんだろ?売れば一発で返せるようなもんが」
「そのようなもの、どこに……」
少なくとも私は持っていない。
持っていればすでに売却して、借金を返済している。
「おっまえだよ、プリシラ」
ドウェインは滑らせた銃口を、ぐりぐりと私の頬に押し当てた。
硝煙の臭いが鼻につく。
……ここに来る前にも、使ったんだ。
その臭いは、お前なんかいつでも殺せるんだ、と暗に言っているようだった。
「若くて美人な女伯爵。
おまけにこの桃色の髪。紫の瞳も珍しいが、この髪は格別だ。
色んな国の人間見てきたが、お前以外に見たことねー。
お前が平民で顔がよくなかったとしても、借金よゆーで返せるくらいの額で売れそうだ」
「痛……!」
拳銃を持っていない方の手で髪を掴まれて、私は痛みに顔をゆがめた。
(売れるものが、私……?)
考えたこともなかった。
城下町の裏通りでは人身売買が行われている、と聞いたことがあるけど、私には関係のない世界の話のように思っていたのだ。
伯爵として頑張っているとは思っていたけれど私はやっぱり甘い、貴族の令嬢だった。
「一週間。きっちり待ってやる。
ここのコーヒー上手いのに、飲み収めなんて残念だ。
じゃあ一週間後同じ時間にな。プリシラ」
いつものひょうひょうとした様子に戻ると、ドウェインは固まった私の肩をぽんぽん、と軽くたたいて部屋を出て行った。
「お、お嬢様!いけません!」
ドウェインがいなくなった途端、弾かれたようにウォルトが駆け寄ってきた。
「私だって、嫌よ……」
絶対絶対身売りなんかしたくない。
恋愛結婚できるとも、そもそも結婚すらできると思っていないけれど、人間を物みたいに思っている金持ちのところへなんか絶対売られたくない。
期限は一週間。
何が何でも5000万G!
かき集めないと。
トントン
扉が軽くノックされた。
私が執務室にこもっているときは、こちらから呼ばない限りは使用人たちは遠慮して訪ねてこないのだけれど。
今日はよほど何か用事があるのだろう。
「はい。どうぞ」
私の返答を待って、扉が開く。
「お嬢様、ドウェイン様がお見えなのですが」
ウォルトが珍しくいささか緊張した様子で顔を出した。
そのまま一緒に応接室に向かう。
ドウェインとは父が借金をした金貸しだ。
うぇー、なんだろう。
貴族にはあまりいない感じの人だから苦手なのよね。
機嫌を損ねないように、へコヘコ下手に出てはいるけれど。
私は心の中で顔をゆがめた。
想像を巡らせながら私は応接室に向かい、ノックするときには完璧な笑顔を作る。
「失礼します。
ドウェインさんお世話になっております。
今月分の返済はお支払いしましたよね?」
私は応接室に入るとニコニコ笑顔を浮かべながら、ドウェインの座る向かいのソファーに腰かけた。
メイドがすかさず紅茶をカップに注いでくれる。
「あー、リッジウェル伯爵。連絡なしに来てわりーな」
ドウェインはソファーに深々と腰かけ、ブラックコーヒーを飲みながら、紙巻きたばこをくゆらせていた。もくもくと上がった煙がわっかになって消えていく。
(うう。煙い……)
通してから私がここに来るまでそんなに時間が経っていないはずなのに、すでに部屋に煙が充満している。
ちらりとウォルトに目配せしようとすると、有能な執事頭は扉を全開にしてくれていた。
(ウォルト、グッジョブ)
さすがに窓を開けると厭味ったらしいけど、未婚女性の私とドウェインが部屋の中で話すなら扉を開けるのは失礼にはならない。まぁ普通は少し隙間開けるだけだけど。
煙は何とか出て行ったようだ。
はぁー。空気が美味しい。
ドウェインは20代後半の強面ながらイケメンで、「悪い感じ」が好きな女の子にはたまらないと思う。右頬に走る大きな切り傷とか、右腕に大きく入った剣のタトゥーとかが怖いし、私はお断りだけど。
初対面の時、思わず切り傷に見入ってしまったら、怒ることなく理由を教えてくれようとした。
「何?気になる?
これはなー、初めて取り立てについていったとき、そいつが『払えません。すみません』って言うから、『じゃあてめーの命を」
そこまで聞いただけで怖すぎて、
「ああー。いいですいいです。
ありがとうございます」
私は慌てて断った。
「えー?
ここからが面白かったんだけどなー」
とドウェインは残念そうだったけれど、怖いです。
その先もきっと私には面白くない。
て、そんな思い出話はどうでもよくて。
「屋敷にいるときならいつ来ていただいてもかまいません。
でもお約束頂いたほうが確実ですね。屋敷にいるか分かりませんので」
「あんた屋敷にいるほうが多いだろー?いいよ。いなきゃいないであんたんとこのコーヒー飲んで出直すから」
要約すれば、「こっちにも予定があるから、今度から連絡してから来てくださいね☆」と遠回しに言ったつもりなんだけど、うん多分伝わっていない。
「ええと。
それで今日はどのようなご用向きでいらしていただいたのですか?」
ドウェインに約束してくれるよう伝えるのは諦める。私は気を取り直して本題をうながした。
「あー。そうそう。だいっじな用があってきたんだわ」
ちょうどタバコがなくなったらしく、ドウェインは灰皿にタバコの火をぐりぐりこすりつけてから捨てた。ぐいっと残り少なくなったコーヒーを一気飲みしてから口を開く。足を組んだ尊大な態度で。
「あのさー。
わりーけど、借金残り全部返してくれ。一週間で」
ドウェインは世間話をするように淡々とした口調だったが、内容はとんでもなかった。
「全部!?一週間で?」
思ってもみなかった言葉に、私は思わず立ち上がった。
残り全部を一週間でなんて。とてもできるはずがない。「使用人たちにも内職してもらって、私も皿洗いしまくれば期限内に返せるかなー」と考えてたのに。
「あーもちろん、こっちの都合で悪いからさ、利息全部は払わなくていいよ。そうだな……。
5000万Gで」
見るからにろうばいした私に、少し考え込んでからドウェインはひょうひょうと言葉を紡ぐ。とても悪いとは思っていなそうだ。
「5000万……」
残りの支払額は、利息を入れれば残り8000万Gくらいあるので、破格の条件と言ってもいいだろう。期限が一週間と縮められていなければ。
私が迷ったのは一瞬だった。
「申し訳ありません。一週間ではやはり無理です。
これまで通り、毎月きちんと納めますので、それでお許しください」
深々と頭を下げる。
「『無理です』、だぁー?」
ドウェインの声音が低く、ドスのきいた鋭いものとなって、私はびくりと肩を震わせた。
いつも口調は荒っぽいけど、声はそこら辺にいる気のいい平民のお兄さんという感じだったのに。
冷たくて硬いものを顎に当てられ、無理やり顔をあげさせられる。
……銃口だ。
あてられたものに気づいて、私の背筋はぞっとして凍りそうだった。
「お嬢様!」
すぐにでも飛んできそうなウォルトの気配を感じる。
私は黙って顔はドウェインに向けたまま、後ろ手でそれを制した。
「いいか?これは決定だ。
オレたちが『返せ』って言うんなら、お前らは言われた通り返すだけだ」
「でも……!
急に返済期限を……
しかも一週間に狭めるなんて、不当です!」
一応私だって、伯爵としての仕事をするために今さらながら経済書や、この国の法律書を読んでいるので、ドウェインの要求がいかに不当なものだと言うことは分かる。
だが私の言い分にもドウェインは顔色一つ変えなかった。
私なんかで想像もできないような世界で生きているのだ。私のような小娘の浅はかな考えなどでは、ひやりともしないのだろう。
ドウェインはいつもより低いままではあるが、落ち着いた声音で言った。
「確かにな。これは真っ当な言い分じゃねぇ。
だけど、もともとオレらがお綺麗な金貸しじゃねーのは、分かってんだろ。おじょーさん?
そんなとこに法律なんかかんけーねー。
城に陳情するか?糾弾されんのは、そんなとこから金借りた親父や、後継いだお前もだぞ?
もっともオレらはそんなの慣れてっからいつでもキレ―に後残さず、場所変えられるんでやりたいならいくらでもどーぞー?」
ドウェインの言い分に私はぐっ……と喉を詰まらせる。
確かにそうなのだ。この場合痛い目を見るのは私だけだろう。いや、私だけならまだいいけど、領民や使用人まで被害が及ぶかもしれない……。
「で、ですが、そもそも今すぐ返せる当てはございません。
屋敷を売ったところで、すべてを返せる額には及びませんし……」
「分かってねーみたいだな?できるできないは聞いてねーの。『やーれ』って言ってんだよ」
しどろもどろになった私の耳元で、ドウェインは『やれ』とそこの部分を強調するように言った。底冷えするような、どすの聞いた声で。
「あんだろ?売れば一発で返せるようなもんが」
「そのようなもの、どこに……」
少なくとも私は持っていない。
持っていればすでに売却して、借金を返済している。
「おっまえだよ、プリシラ」
ドウェインは滑らせた銃口を、ぐりぐりと私の頬に押し当てた。
硝煙の臭いが鼻につく。
……ここに来る前にも、使ったんだ。
その臭いは、お前なんかいつでも殺せるんだ、と暗に言っているようだった。
「若くて美人な女伯爵。
おまけにこの桃色の髪。紫の瞳も珍しいが、この髪は格別だ。
色んな国の人間見てきたが、お前以外に見たことねー。
お前が平民で顔がよくなかったとしても、借金よゆーで返せるくらいの額で売れそうだ」
「痛……!」
拳銃を持っていない方の手で髪を掴まれて、私は痛みに顔をゆがめた。
(売れるものが、私……?)
考えたこともなかった。
城下町の裏通りでは人身売買が行われている、と聞いたことがあるけど、私には関係のない世界の話のように思っていたのだ。
伯爵として頑張っているとは思っていたけれど私はやっぱり甘い、貴族の令嬢だった。
「一週間。きっちり待ってやる。
ここのコーヒー上手いのに、飲み収めなんて残念だ。
じゃあ一週間後同じ時間にな。プリシラ」
いつものひょうひょうとした様子に戻ると、ドウェインは固まった私の肩をぽんぽん、と軽くたたいて部屋を出て行った。
「お、お嬢様!いけません!」
ドウェインがいなくなった途端、弾かれたようにウォルトが駆け寄ってきた。
「私だって、嫌よ……」
絶対絶対身売りなんかしたくない。
恋愛結婚できるとも、そもそも結婚すらできると思っていないけれど、人間を物みたいに思っている金持ちのところへなんか絶対売られたくない。
期限は一週間。
何が何でも5000万G!
かき集めないと。
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