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一章 出会い編
余裕がないので婚約はお断り
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最後に覚えているのは、冬の空だ。冷たく凍えるような、けれど澄んでいて凛と美しい。
昼下がり、私プリシラ・ド・リッジウェルはいつものように自室で読書をしていた。
もうすぐ20歳と年頃であるが、父の言いつけでなるべく外出しないようにしている。外に出ることと言えば、父と親交が深く、私も付き合いのある方の結婚式や、葬儀くらいだろうか。
そのため友人もほぼいないし、貴族の子息や令嬢であれば必須な社交界デビューもまだしていない。
普通は年頃であればむしろ「外に出て多くの貴族と親交を深めるように」と言われるものだと思うのだけど。
幸いというか、私は父の意向を無視してまでどうしても外出したいわけではなかったので、いつも屋敷でおとなしく過ごしていた。
けれど、そんな私の平穏が終わったのは突然だった。
「お嬢様、落ち着いて聞いてください」
家令のウォルトが珍しく慌てた様子で、ノックもおざなりに入ってきた。
40代のウォルトは家令にしては比較的若いものの、落ち着いた物腰と確実な仕事で父に絶大な信頼がある。
「どうしたの。ウォルト。慌ててあなたらしくないわね」
私はウォルトを落ち着かせようとクスクス笑ったが、
「失礼いたしました。お嬢様。ですが、火急の用事でして」
彼の表情は穏やかになることはなかった。その様子にただ事ではないのだろう、と私も気を引き締める。
むしろより困惑した顔で、ウォルトは自分にも言い聞かせるようにゆっくりと口を開いた。
「旦那様と奥さまが、帰宅する途中に馬車が横転しまして亡くなられました」
お父様と、お母さまが……亡くなった?
朝、お二人で仲良く歌劇見物にお出かけになったのに?まだあんなにお若いのに?
思いもよらない言葉に、私は言葉を失った。
「間もなくご遺体がこちらに運ばれるそうです。
……大丈夫ですか。お嬢様」
ウォルトが気づかわし気な顔をしてきたが、私は反応できずにいた。自分でも無意識のうちに、左の手首にはまっている腕輪をそっと撫でた。
それは、今までの人生の中で最大に悲しい出来事であったけれど、私に悲しんでいる暇はなかった。
伯爵だったお父様には私しか子供がいなかったので、私が爵位を受け継がねばならなかった。私には守らなければならない領民と使用人がいたからだ。
それはむしろ幸運とも言えたかもしれない。忙しくしていれば、悲しみに浸っている暇はなかったから。目の前の雑務を淡々とこなしていれば、月日は過ぎて行った。ただ静かな夜は、色々なことを考えすぎて、泣きぬれて眠れぬこともあった。
両親の葬儀をしゅくしゅくと行い、喪に服している間も私はウォルトの手を借り、慣れない伯爵の仕事にいそしんだ。そして財政状況を調べたりしているうちに、我が家は大変な借金を抱えていることが分かった。
伯爵家としての収入には問題ない。だけど、お父様は古くからのご友人である子爵に、多額のお金を工面していたのだ。ご自分が借金なさってまで。
子爵であるおじさまは私も小さい頃からよく会っていて、慕っていたのでかなり複雑だ。半年ほど前、おじさまは失踪したようで、そのことをお話された時のお父様はかなり青い顔をしていたのを覚えている。
私は単純に「仲のいいご友人を失われたからだ」と思っていたけれど、そうでなかったのはいまなら分かる。
お父様は金策に走られていたようだけれど、そんなにうまくいかなかったようだ。そして新米伯爵である私にもとうていすぐに用立てられる額ではなかった。
多分それだけあれば、私が今住んでいる屋敷が容易に二つくらいは建てられるだろう。
「……大変な額ね」
私はほう……とため息をつき、頭を抱えた。隣にたたずむ普段は冷静沈着なウォルトも、珍しく顔をしかめている。
「旦那様がこのようなことをなさっていたとは、存じ上げませんでした。申し訳ございません、お嬢様」
「ウォルトのせいじゃないわよ……」
そう。ウォルトのせいではない。
そして人助けをなさろうとした、お父様のせいだとも言いたくない。
(でもおかしいわね)
担保は今いるタウンハウスやカントリーハウス、家財、美術品になってるけれど、全部売り払ったとしてもこの金額にはとても及ばないだろうから、ここまでの額は少なくとも銀行だと借りられないと思うんだけど。
書類を調べていると、私の疑問を解消するように、お父様が借りたのは銀行ではなく、ちょっと黒い香りのするところだというのが分かった。
金利もその分高い。だから決まりなんかもすかすかなんだろうから、そのおかげでというかそのせいでというか、この担保でこんな高額な金額が借りられたんだろうけど。
(人のいいお父様がこういう人と付き合いがあったり、出会うようなところに行くと思えないんだけど……)
まあ私もお父様のお付き合いを全て把握しているわけじゃないけれど。
私は疑問に思ったが、ともかくお父様がこの怪しいところから莫大な借金をしたのは事実。「なぜ」なんて考えても仕方のないことだ。
(ともかく何とかお金を調達しないと……)
最悪、爵位は返還すれば領民には新しい領主ができるはずだし、カントリーハウス、タウンハウスを売り払って用立てるしかないだろう。
かなりボロイ……いや、時代を感じる屋敷なので、相当買いたたかれるかもしれないが。あとは私が何とか仕事を探して、こつこつ働いて返せば……。
だが、長く仕えてくれている使用人の中には、かなり高齢のものもいて、彼らは紹介状を書いたとしても、とても他の屋敷ではやとってもらえないだろう。もちろん最悪の状況になれば、何としてでも彼らが安心できる場所を見つけてあげないといけないけど。
「こんな時になんなのですが、お嬢様」
「何?」
屋敷にある、値の付きそうな美術品などを思い浮かべながら、ウォルトに生返事すると、
「本日届いたお嬢様宛のお手紙をお持ちしているので、ご確認ください」
「手紙ねー。はいはい」
ウォルトから手紙の束を受け取る。
大抵はお茶会や夜会のお誘い、縁談の申し込みだ。
引きこもっているおかげで、私には「深窓の令嬢」のイメージが色濃いらしい。社交界デビューもしていないのに縁談の申し込みは結構ひっきりなしに来る。
自分で言うのもなんだけれど、引きこもりで友人知人もいないに等しいので、社交界には私の顔を知っている人も必然的に少ない。顔も知らない令嬢なんかによく縁談の申し込みする気になるなぁと、いつも呆れてしまう。
今日の手紙も私の予想通りの内容だった。あとでまとめて返事を書こうとさらさらと手紙を流し読んでいたのだけれど、ある手紙で手を止めた。
「はぁ?なんでアンセル様が?何が良くて私なんかと?」
「ア、アンセル様?お、お嬢様それは……」
いつも落ち着いているウォルトは、なぜか慌ててアンセル様の手紙を私から奪い取ろうとした。
不思議には思ったけれど、一応読み終わったので、大人しく渡す。
私が驚いたのは当然で、爵位こそ伯爵よりは下だけれど、アンセル様の父であるパリスター男爵は、事業を展開する手腕が凄まじく、うちなんかとは比べ物にならないくらいの資産があるはずだ。
パリスター男爵家次男のアンセル様は、当然順当に言って爵位は受け継がない。だけど、私よりもお若い18歳と成人したばかりでありながら、ご自身で始めた貿易会社がかなり成功していると聞いたことがある。
そして引きこもっている私にすら、かなりの美形だと言う噂が届いている。
以前珍しく知人の結婚式に参加して、会場の大聖堂で、アンセル様と目があったことがある。でもほんの一瞬だったから、アンセル様はもう忘れてしまっただろう。
驚いたような顔をしたのも気のせいだと思う。本当に驚いていたのだとしたら、それは私の珍しい髪の色のせいだろう。
私はそれなりの顔だとは思うが、とても絶世の美女ではないし。
小柄な割に不釣り合いな大きな胸は、かなりのコンプレックスだ。しいていえば桃色の髪はかなり珍しいと思うし、少なくとも私とお母様以外に見たことはないけど。
腰まであるふわふわしたウェーブのかかった自慢の髪も、最近は心労、寝不足、手入れ不足……などなどが積み重なってぱっさぱさしている。
あー色々片付いたらちゃんとお手入れしてあげたい……。全くそんな目途一向に立っていないけど。
あと利点といえば、一応伯爵の爵位くらいだけど、アンセル様くらいの条件だったら、何なら公爵のご令嬢なんかとの縁談もあると思う。
「冗談かしら?」
「うーん」と私は頬に人差し指を当てて、首を傾げる。
ウォルトは私から奪い取った手紙を懐にしまった。こほん、と軽い咳ばらいをする。
「わざわざ正式な書状で、このような悪質な冗談をおっしゃる方ではないと思いますよ」
「そうね……」
その気もないのにそういうことをすれば、家同士のいさかいにつながる。うちは落ちぶれているとはいえ、一応爵位で言えば伯爵だし、アンセル様は爵位すらお持ちでないし。
この手紙はお父上であるパリスター男爵の署名も入っており、男爵家の封蝋も押されていた。厳格な方で知られているから、まず間違いはないのだろう。
仮に何かまかり間違って、本当に私に持ってきた縁談だとして、アンセル様と結婚したら色々気苦労が絶えなさそうな気がする。
顔が良すぎると、夫の不貞についての心配がある。華やかな社交界は、裏側では既婚者同士の逢瀬も少なくないらしい。
私は社交界デビューもしていないので、数少ない友人から聞きかじった噂だけれど。
アンセル様の性格は分からないけれど、本人の意思はどうあれ、顔がよければ女性のほうから言い寄られるだろう。結果的に断ったとしても、夫に他の女性が言い寄られるかもしれないという疑念はあまり持ちたくない。
あー。もう。これ以上悩み事増やしたくない。
私は額に手を当てて、思考を停止した。
「他の方と同じように即お断りのお返事を書くから、出しておいて。
とにかく今はうちの財政難が問題だから!
他のこと、考えたくないから」
「かしこまりました。お嬢様のおっしゃるようにいたします」
忠実な執事頭は、恭しく頭を下げた。
昼下がり、私プリシラ・ド・リッジウェルはいつものように自室で読書をしていた。
もうすぐ20歳と年頃であるが、父の言いつけでなるべく外出しないようにしている。外に出ることと言えば、父と親交が深く、私も付き合いのある方の結婚式や、葬儀くらいだろうか。
そのため友人もほぼいないし、貴族の子息や令嬢であれば必須な社交界デビューもまだしていない。
普通は年頃であればむしろ「外に出て多くの貴族と親交を深めるように」と言われるものだと思うのだけど。
幸いというか、私は父の意向を無視してまでどうしても外出したいわけではなかったので、いつも屋敷でおとなしく過ごしていた。
けれど、そんな私の平穏が終わったのは突然だった。
「お嬢様、落ち着いて聞いてください」
家令のウォルトが珍しく慌てた様子で、ノックもおざなりに入ってきた。
40代のウォルトは家令にしては比較的若いものの、落ち着いた物腰と確実な仕事で父に絶大な信頼がある。
「どうしたの。ウォルト。慌ててあなたらしくないわね」
私はウォルトを落ち着かせようとクスクス笑ったが、
「失礼いたしました。お嬢様。ですが、火急の用事でして」
彼の表情は穏やかになることはなかった。その様子にただ事ではないのだろう、と私も気を引き締める。
むしろより困惑した顔で、ウォルトは自分にも言い聞かせるようにゆっくりと口を開いた。
「旦那様と奥さまが、帰宅する途中に馬車が横転しまして亡くなられました」
お父様と、お母さまが……亡くなった?
朝、お二人で仲良く歌劇見物にお出かけになったのに?まだあんなにお若いのに?
思いもよらない言葉に、私は言葉を失った。
「間もなくご遺体がこちらに運ばれるそうです。
……大丈夫ですか。お嬢様」
ウォルトが気づかわし気な顔をしてきたが、私は反応できずにいた。自分でも無意識のうちに、左の手首にはまっている腕輪をそっと撫でた。
それは、今までの人生の中で最大に悲しい出来事であったけれど、私に悲しんでいる暇はなかった。
伯爵だったお父様には私しか子供がいなかったので、私が爵位を受け継がねばならなかった。私には守らなければならない領民と使用人がいたからだ。
それはむしろ幸運とも言えたかもしれない。忙しくしていれば、悲しみに浸っている暇はなかったから。目の前の雑務を淡々とこなしていれば、月日は過ぎて行った。ただ静かな夜は、色々なことを考えすぎて、泣きぬれて眠れぬこともあった。
両親の葬儀をしゅくしゅくと行い、喪に服している間も私はウォルトの手を借り、慣れない伯爵の仕事にいそしんだ。そして財政状況を調べたりしているうちに、我が家は大変な借金を抱えていることが分かった。
伯爵家としての収入には問題ない。だけど、お父様は古くからのご友人である子爵に、多額のお金を工面していたのだ。ご自分が借金なさってまで。
子爵であるおじさまは私も小さい頃からよく会っていて、慕っていたのでかなり複雑だ。半年ほど前、おじさまは失踪したようで、そのことをお話された時のお父様はかなり青い顔をしていたのを覚えている。
私は単純に「仲のいいご友人を失われたからだ」と思っていたけれど、そうでなかったのはいまなら分かる。
お父様は金策に走られていたようだけれど、そんなにうまくいかなかったようだ。そして新米伯爵である私にもとうていすぐに用立てられる額ではなかった。
多分それだけあれば、私が今住んでいる屋敷が容易に二つくらいは建てられるだろう。
「……大変な額ね」
私はほう……とため息をつき、頭を抱えた。隣にたたずむ普段は冷静沈着なウォルトも、珍しく顔をしかめている。
「旦那様がこのようなことをなさっていたとは、存じ上げませんでした。申し訳ございません、お嬢様」
「ウォルトのせいじゃないわよ……」
そう。ウォルトのせいではない。
そして人助けをなさろうとした、お父様のせいだとも言いたくない。
(でもおかしいわね)
担保は今いるタウンハウスやカントリーハウス、家財、美術品になってるけれど、全部売り払ったとしてもこの金額にはとても及ばないだろうから、ここまでの額は少なくとも銀行だと借りられないと思うんだけど。
書類を調べていると、私の疑問を解消するように、お父様が借りたのは銀行ではなく、ちょっと黒い香りのするところだというのが分かった。
金利もその分高い。だから決まりなんかもすかすかなんだろうから、そのおかげでというかそのせいでというか、この担保でこんな高額な金額が借りられたんだろうけど。
(人のいいお父様がこういう人と付き合いがあったり、出会うようなところに行くと思えないんだけど……)
まあ私もお父様のお付き合いを全て把握しているわけじゃないけれど。
私は疑問に思ったが、ともかくお父様がこの怪しいところから莫大な借金をしたのは事実。「なぜ」なんて考えても仕方のないことだ。
(ともかく何とかお金を調達しないと……)
最悪、爵位は返還すれば領民には新しい領主ができるはずだし、カントリーハウス、タウンハウスを売り払って用立てるしかないだろう。
かなりボロイ……いや、時代を感じる屋敷なので、相当買いたたかれるかもしれないが。あとは私が何とか仕事を探して、こつこつ働いて返せば……。
だが、長く仕えてくれている使用人の中には、かなり高齢のものもいて、彼らは紹介状を書いたとしても、とても他の屋敷ではやとってもらえないだろう。もちろん最悪の状況になれば、何としてでも彼らが安心できる場所を見つけてあげないといけないけど。
「こんな時になんなのですが、お嬢様」
「何?」
屋敷にある、値の付きそうな美術品などを思い浮かべながら、ウォルトに生返事すると、
「本日届いたお嬢様宛のお手紙をお持ちしているので、ご確認ください」
「手紙ねー。はいはい」
ウォルトから手紙の束を受け取る。
大抵はお茶会や夜会のお誘い、縁談の申し込みだ。
引きこもっているおかげで、私には「深窓の令嬢」のイメージが色濃いらしい。社交界デビューもしていないのに縁談の申し込みは結構ひっきりなしに来る。
自分で言うのもなんだけれど、引きこもりで友人知人もいないに等しいので、社交界には私の顔を知っている人も必然的に少ない。顔も知らない令嬢なんかによく縁談の申し込みする気になるなぁと、いつも呆れてしまう。
今日の手紙も私の予想通りの内容だった。あとでまとめて返事を書こうとさらさらと手紙を流し読んでいたのだけれど、ある手紙で手を止めた。
「はぁ?なんでアンセル様が?何が良くて私なんかと?」
「ア、アンセル様?お、お嬢様それは……」
いつも落ち着いているウォルトは、なぜか慌ててアンセル様の手紙を私から奪い取ろうとした。
不思議には思ったけれど、一応読み終わったので、大人しく渡す。
私が驚いたのは当然で、爵位こそ伯爵よりは下だけれど、アンセル様の父であるパリスター男爵は、事業を展開する手腕が凄まじく、うちなんかとは比べ物にならないくらいの資産があるはずだ。
パリスター男爵家次男のアンセル様は、当然順当に言って爵位は受け継がない。だけど、私よりもお若い18歳と成人したばかりでありながら、ご自身で始めた貿易会社がかなり成功していると聞いたことがある。
そして引きこもっている私にすら、かなりの美形だと言う噂が届いている。
以前珍しく知人の結婚式に参加して、会場の大聖堂で、アンセル様と目があったことがある。でもほんの一瞬だったから、アンセル様はもう忘れてしまっただろう。
驚いたような顔をしたのも気のせいだと思う。本当に驚いていたのだとしたら、それは私の珍しい髪の色のせいだろう。
私はそれなりの顔だとは思うが、とても絶世の美女ではないし。
小柄な割に不釣り合いな大きな胸は、かなりのコンプレックスだ。しいていえば桃色の髪はかなり珍しいと思うし、少なくとも私とお母様以外に見たことはないけど。
腰まであるふわふわしたウェーブのかかった自慢の髪も、最近は心労、寝不足、手入れ不足……などなどが積み重なってぱっさぱさしている。
あー色々片付いたらちゃんとお手入れしてあげたい……。全くそんな目途一向に立っていないけど。
あと利点といえば、一応伯爵の爵位くらいだけど、アンセル様くらいの条件だったら、何なら公爵のご令嬢なんかとの縁談もあると思う。
「冗談かしら?」
「うーん」と私は頬に人差し指を当てて、首を傾げる。
ウォルトは私から奪い取った手紙を懐にしまった。こほん、と軽い咳ばらいをする。
「わざわざ正式な書状で、このような悪質な冗談をおっしゃる方ではないと思いますよ」
「そうね……」
その気もないのにそういうことをすれば、家同士のいさかいにつながる。うちは落ちぶれているとはいえ、一応爵位で言えば伯爵だし、アンセル様は爵位すらお持ちでないし。
この手紙はお父上であるパリスター男爵の署名も入っており、男爵家の封蝋も押されていた。厳格な方で知られているから、まず間違いはないのだろう。
仮に何かまかり間違って、本当に私に持ってきた縁談だとして、アンセル様と結婚したら色々気苦労が絶えなさそうな気がする。
顔が良すぎると、夫の不貞についての心配がある。華やかな社交界は、裏側では既婚者同士の逢瀬も少なくないらしい。
私は社交界デビューもしていないので、数少ない友人から聞きかじった噂だけれど。
アンセル様の性格は分からないけれど、本人の意思はどうあれ、顔がよければ女性のほうから言い寄られるだろう。結果的に断ったとしても、夫に他の女性が言い寄られるかもしれないという疑念はあまり持ちたくない。
あー。もう。これ以上悩み事増やしたくない。
私は額に手を当てて、思考を停止した。
「他の方と同じように即お断りのお返事を書くから、出しておいて。
とにかく今はうちの財政難が問題だから!
他のこと、考えたくないから」
「かしこまりました。お嬢様のおっしゃるようにいたします」
忠実な執事頭は、恭しく頭を下げた。
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