甘い夜の夢から覚めたら絶望が待っていました~腹黒幼なじみの甘美な罠~

水無瀬雨音

文字の大きさ
上 下
8 / 15

幸せしか望んでいない

しおりを挟む
「はい。お茶も入れたわよ」

 エリオノールはティーポットから、カップにお茶を注いだ。

「オレは自分で飲めないけどね」

 厭味ったらしい口調でランバートが呟く。
 それはそのはずだ。ランバートの両手は、エリオノールによって逃げないように彼自身の首元から引き抜かれたクラヴァットで結ばれていた。

「外してあげるわよ? ちゃんと話してくれたらね」
「……君はオレのこと嫌いだろ? そんなオレに純潔を奪われたのは嘘で、婚約は解消、さらには慰謝料ももらえる。君のご両親にだって、落ち着いたらちゃんと書面ではなくお話するつもりだよ。書面ではすまされないからね。それなのにどうして、面倒くさいことまでして、オレのこと追ってきたんだ。君、オレと結婚したいの?」

 ランバートがわざと煽るように言ったのは分かったが、エリオノールは彼の思惑通りイライラしてしまった。思わず声を荒げてしまう。

「結婚したいはずないでしょう! ただ、あなたにいいようにされるのが、腹が立つだけ。ちゃんと説明してほしいだけよ。納得すればちゃんと婚約解消は受け入れます。慰謝料も別にいらないわ。純潔が無事で、そのことを公表してくれるなら」

 足を組み直すと、エリオノールはつんと顔をそらした。

「説明ね……。君、自分がバーナード公爵に狙われてたの、気づいてなかっただろ? ほかのやつらもあからさまに公爵が狙ってれば、手が出せないからな」
「狙われてた?」

 確かにそんな自覚はなかった。だがそう言えばあの夜会の日、バーナード公爵は「目にかけてやっていた」と言っていて、不思議に思った気がする。
 ランバートはエリオノールの返答に舌打ちをして続けた。

「地位が安定してて、金も持ってるのはいいとして、あいつはだめ。納得のいく相手だったらいいと思ったけど、調べたらあいつはマザコンだった。嫁姑問題になったときに、絶対母親につく。で、温和な母親ならまだしも、バーナード公爵の母親は口うるさすぎる。君は気が利かなくておっとりしててそれでいて基本的に気が強いから、絶対毎日嫁姑戦争だよ。『そのドレスは派手』だの『その靴はけばけばしい』だの難癖つけられるのが目に見えてる。そんなの君耐えられる? にこにこ我慢していればきれいなドレスや宝石を買い与えてもらえるならそれでいい、なんて殊勝な女じゃないだろ。

 そろそろ本格的に婚約申し込みそうな雰囲気だったから、先手を打ってオレが先に婚約することにした。純潔を奪われたってことになれば、相手がオレだとしても君が婚約を承諾するのは分かっていたからね。もし『嫌だ』って言われたら、別の手を考えてた。わざわざ君との婚約だけでなく、婚前交渉したってことまで公表したのは、婚約だけだとバーナード公爵が君をかすめ取ろうとしたかもしれないから。あいつは旧家だから、バーナード公爵が良しとしても、純潔でない花嫁なんて母親が黙っちゃいないからね。
 様子をうかがってたら、案の定あいつが手を出して、もう君に婚約申し込むことはないだろうからオレはお役御免だと思ったわけ」

 それだけ一息に話すとランバートは疲れたのか、軽くせき込んだ。

「疲れた。とりあえずお茶飲ませてくれる」
「え、ええ」

 エリオノールは、ランバートの隣に移動した。目の前に置いてあったティーカップを手に取る。ふーふーと息を吹きかけて、お茶を冷ます。

「はい」

 十分冷めたのを確認して、カップをランバートの唇にあて、少し傾ける。こくっとランバートの喉が動いて、紅茶を嚥下する。
  ただそれだけの仕草なのに、壮絶に色っぽく感じて、エリオノールの心臓がなぜかどきどきとうるさく鼓動した。心臓の音には気づかないふりをしながら、ティーカップの中身が半分になったところで、ランバートの唇から離す。

「これくらいでいいかしら?」
「うん。いいよ。君お茶を入れるのはまぁまぁなんだね」

 「お茶が美味しい」でいいはずなのに、ランバートは素直に人を褒めるということができないらしい。

「本当は口移しで飲ませて欲しかったな」

 本気とも冗談とも取れない口調で言われて、エリオノールは顔をしかめた。

「たち悪い冗談言わないで。それってキ、キスじゃないの!」

 お茶を飲ませるためとはいえ、唇と唇を合わせるのだから。好き同士でもないのに。なんなら嫌い合っているのに。
 ランバートは本当にそんなことをしたいと思っているのだろうか?

「冗談ね……。とりあえず今話したことが全てなんだけど。これで満足?」
(満足?)

 一気に話されてエリオノールは、ぽかんと間抜けに口を開けた。
 混乱はしているものの、一通り事情は分かった。「気が利かない」だの「気が強い」だの悪口を言われた気がするが、基本的にはエリオノールのためにしたことらしい。満足かと聞かれれば、けしてそうではない。

(だってそうでしょう?)

「ランバートは何のためにそんなことをしたの? 例え私がバーナード公爵と結婚して、嫁姑問題で揉めて浮気されて子ども作られて離縁されて捨てられて、実家に戻るしかなくてご近所から『捨てられて可哀想』だの『浮気相手に負けたのね』だのひそひそ噂されながら寂しく余生を送ることになっても、あなたの知ったことではないはずよ」

 なんなら気に食わない相手であるエリオノールが、不幸になることを喜ばしいと思ってもいいはずだ。それなのに。
 純潔を奪ったと嘘をついて婚約をし、一方的に婚約解消して、悪く言われるのはランバートだ。

(どうして自分が悪役になってまで)

 エリオノールのあったかもしれない不幸すぎる未来予想に、ランバートは顔をしかめて髪をかきむしった。整っていた髪がぐしゃぐしゃになる。

「ー!
 オレはそこまで悲惨な未来は想像してなかったけど。君が変なやつと結婚して不幸になるところなんて、オレが望んでいるはずがないだろ」
「どうして? 私のこと、嫌いなのに」

 ランバートは泣きそうに、顔をゆがめた。そんなランバートを見るのは初めてだった。彼はいつも自信満々で、不遜で憎たらしかったから。

「……ごめん」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

処理中です...