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エリオノールの味方
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「久しぶりだね。エリオノール。めっきり遊びに来てくれなくなったから、最後に顔を見たのは妻の葬儀以来じゃないか? すっかり美しくなったな」
眠そうな顔で現れた侯爵は、エリオノールの顔を見て破顔した。エリオノールの向かいのソファーに座る。かろうじて服は着替えているが、寝癖がぴんと立っている。
エリオノールはできるかぎりの笑顔と可愛らしい声を出した。
「私ったらすっかり失礼を。おば様が大好きでしたから、お会いできなくなったのが寂しくて。ご無沙汰しております。おじ様。今日はお願いがあってまいりましたの」
「なんだ? 君は私の娘のようなものだからな。私にできることならなんでも言ってごらん」
久しぶりに会ったエリオノールに、侯爵は上機嫌のようだ。ランバートのせいなのだが、夫妻ともども可愛がってくれていたのに、顔を見せなくなったことを申し訳なく思いながら、
「ランバートと私の婚約のことなのですが、彼はもう、おじさまにお話はされました?」
「ん? エリオノールの純潔を奪ったと謀って、婚約を結ぼうとしたが、自責の念にかられてやめたと聞いたが? エリオノールが本当の娘になってくれれば、妻も私もこの上ない喜びだったのだが。君のご両親にも近々文でその旨を書いて送ると言っていた。もちろん私からも謝罪はするつもりだ」
(ランバート……!)
エリオノールは内心歯ぎしりをしながらも、悲し気な表情を作った。悲痛そうな声で、
「まぁ!ランバートったらそんなことを言っていたのですか? あの夜、私たち確かに結ばれたのに、責任を取るのが嫌になったのだわ。私、あの破瓜の痛みをはっきりと覚えています! あの甘い夜を嘘にしてしまうなんて、悲しい……」
もちろん何も覚えていない。真っ赤な嘘だ。
ハンカチで乾いた目元を拭く仕草をする。
「なんだと!? エリオノールは酔っていて記憶があいまいだったから純潔を奪ったと嘘をついたとランバートは言っていたが、君ははっきり記憶があったんだな!? そして本当に純潔を奪っていただと?」
侯爵は顔を真っ赤にして怒りに震えた。エリオノールが嘘をつくはずがないと思っているのだろう。申し訳なく思いつつも、エリオノールはさらに言い募る。
「ランバートは素晴らしい人ですもの。私なんかと婚約するのは申し訳ないと思ってました。一方的に例え私に何の非がなくても婚約を解消されるのはいいのです。ただ」
エリオノールは視線をおなかに落として、そっとドレスの上から撫でた。
「あんなに情熱的に私を愛してくれたんですもの。例え一晩だけのこととはいえ、きっとこのお腹には……。それなのにこの子に父親がいないなんて、どうして言えましょう。早いかもしれませんが、最近なぜか吐き気を催すことが多くて、だからきっと……。うっ。今もまた……」
口を手で押さえ、さめざめと泣きまねをすると、侯爵は額に手を当てて天をあおいだ。
「ああなんてことだ……。エリオノール、私は君に協力しよう。ランバートの考えは全く分からんが、私は女性の処女を奪っておいて責任を取らない息子に育てた覚えはない。だが、君はランバートと結婚しても本当にいいんだな? それなら私も妻も大変喜ばしいが」
侯爵はエリオノールの手を握ってきた。
罪悪感にかられながらも、エリオノールは内心「やったわ」と小躍りしたい気分だった。
「ええと、ランバートが新しく屋敷を購入したってことですけれど、おじさま詳しい場所はご存じありませんの?」
侯爵は申し訳なさそうに眉を下げる。
「しばらくは一人でゆっくりしたいということで、知らないんだ。あの子の部屋を探しても、契約書なんかは出てこないだろうな。ああいう子だから」
(やっぱり。執事頭さんの言った通りね)
エリオノールは肩を落としながらも、すぐに気持ちを切り替えた。
「では、ランバートの交友関係などをご存じでしたら教えてくださいませ。そこから聞き込みし、購入した不動産屋を見つけたいと思います」
ランバートが戻って来るまでの二週間、エリオノールは必死に探した。ランバートの交友関係を調べ、たどり、街中の不動産屋を探し、相手の同情をひきつつ、ランバートの新しい屋敷を突き止めたのだ。
そしてランバートが戻って来る日、使用人たちには翌日いっぱいまで暇を与えた。ゆっくり話ができないと思ったからだ。
ランバートを屋敷まで送った馬車の御者も、彼を送り届け次第家に戻るよう指示してある。
初めて。
初めてだ。
今までいいようにされてきたランバートより、エリオノールが優位に立ったのは。少なくともこのときまでは、エリオノールはそう思っていた。
眠そうな顔で現れた侯爵は、エリオノールの顔を見て破顔した。エリオノールの向かいのソファーに座る。かろうじて服は着替えているが、寝癖がぴんと立っている。
エリオノールはできるかぎりの笑顔と可愛らしい声を出した。
「私ったらすっかり失礼を。おば様が大好きでしたから、お会いできなくなったのが寂しくて。ご無沙汰しております。おじ様。今日はお願いがあってまいりましたの」
「なんだ? 君は私の娘のようなものだからな。私にできることならなんでも言ってごらん」
久しぶりに会ったエリオノールに、侯爵は上機嫌のようだ。ランバートのせいなのだが、夫妻ともども可愛がってくれていたのに、顔を見せなくなったことを申し訳なく思いながら、
「ランバートと私の婚約のことなのですが、彼はもう、おじさまにお話はされました?」
「ん? エリオノールの純潔を奪ったと謀って、婚約を結ぼうとしたが、自責の念にかられてやめたと聞いたが? エリオノールが本当の娘になってくれれば、妻も私もこの上ない喜びだったのだが。君のご両親にも近々文でその旨を書いて送ると言っていた。もちろん私からも謝罪はするつもりだ」
(ランバート……!)
エリオノールは内心歯ぎしりをしながらも、悲し気な表情を作った。悲痛そうな声で、
「まぁ!ランバートったらそんなことを言っていたのですか? あの夜、私たち確かに結ばれたのに、責任を取るのが嫌になったのだわ。私、あの破瓜の痛みをはっきりと覚えています! あの甘い夜を嘘にしてしまうなんて、悲しい……」
もちろん何も覚えていない。真っ赤な嘘だ。
ハンカチで乾いた目元を拭く仕草をする。
「なんだと!? エリオノールは酔っていて記憶があいまいだったから純潔を奪ったと嘘をついたとランバートは言っていたが、君ははっきり記憶があったんだな!? そして本当に純潔を奪っていただと?」
侯爵は顔を真っ赤にして怒りに震えた。エリオノールが嘘をつくはずがないと思っているのだろう。申し訳なく思いつつも、エリオノールはさらに言い募る。
「ランバートは素晴らしい人ですもの。私なんかと婚約するのは申し訳ないと思ってました。一方的に例え私に何の非がなくても婚約を解消されるのはいいのです。ただ」
エリオノールは視線をおなかに落として、そっとドレスの上から撫でた。
「あんなに情熱的に私を愛してくれたんですもの。例え一晩だけのこととはいえ、きっとこのお腹には……。それなのにこの子に父親がいないなんて、どうして言えましょう。早いかもしれませんが、最近なぜか吐き気を催すことが多くて、だからきっと……。うっ。今もまた……」
口を手で押さえ、さめざめと泣きまねをすると、侯爵は額に手を当てて天をあおいだ。
「ああなんてことだ……。エリオノール、私は君に協力しよう。ランバートの考えは全く分からんが、私は女性の処女を奪っておいて責任を取らない息子に育てた覚えはない。だが、君はランバートと結婚しても本当にいいんだな? それなら私も妻も大変喜ばしいが」
侯爵はエリオノールの手を握ってきた。
罪悪感にかられながらも、エリオノールは内心「やったわ」と小躍りしたい気分だった。
「ええと、ランバートが新しく屋敷を購入したってことですけれど、おじさま詳しい場所はご存じありませんの?」
侯爵は申し訳なさそうに眉を下げる。
「しばらくは一人でゆっくりしたいということで、知らないんだ。あの子の部屋を探しても、契約書なんかは出てこないだろうな。ああいう子だから」
(やっぱり。執事頭さんの言った通りね)
エリオノールは肩を落としながらも、すぐに気持ちを切り替えた。
「では、ランバートの交友関係などをご存じでしたら教えてくださいませ。そこから聞き込みし、購入した不動産屋を見つけたいと思います」
ランバートが戻って来るまでの二週間、エリオノールは必死に探した。ランバートの交友関係を調べ、たどり、街中の不動産屋を探し、相手の同情をひきつつ、ランバートの新しい屋敷を突き止めたのだ。
そしてランバートが戻って来る日、使用人たちには翌日いっぱいまで暇を与えた。ゆっくり話ができないと思ったからだ。
ランバートを屋敷まで送った馬車の御者も、彼を送り届け次第家に戻るよう指示してある。
初めて。
初めてだ。
今までいいようにされてきたランバートより、エリオノールが優位に立ったのは。少なくともこのときまでは、エリオノールはそう思っていた。
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