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エリオノールの反乱

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 仕事を終え、久しぶりに屋敷に戻ったランバートは、馬車から降りた途端眉をひそめた。屋敷に明かりが灯っていないのだ。使用人たちがいるはずなのに。
 鍵がかかっているのを予想したが、なぜか鍵は開いている。

「……戻ったが。誰もいないのか?」

 声をかけるが、返事は戻ってこないし、物音ひとつしない。
 暗い屋敷を、窓から差し込む月明かりだけを頼りに進む。自室の扉を開けると、予想外に明るく暗闇になれていた目にはまぶしいほどだった。
 分厚いカーテンが閉められていたため、外からは明かりがついていることが分からなかったらしい。
 明かりがついているということは、誰かいるということで。

「はぁい♡おかえりなさい、ダーリン」

 ソファーに座って、にっこりと微笑んだエリオノールがいた。
 優雅に紅茶とお菓子を楽しみながら、本を読んでいたようだ。
 笑顔など、久しく向けられた事がなかったので、彼女がここにいることに驚く前に、思わずしばらく見惚れてしまった。嫌味なのは分かっているが、「ダーリン」などと呼ばれることがあるなど夢にも思っていなかったので、めまいがしそうになる。

「……もう一度」
「うん?」
「もう一度呼んで」
「ん? ダーリン?」

 エリオノールは怪訝そうにもう一度呼んだ。想像していた反応と違ったからだろう。あと十回くらいは呼んでもらいたかったが、さすがに不審がってもう呼んでくれないだろうから、彼女の声をかみしめる。
 なんとか平静を装って、表情には出さないようにしつつ、たっぷり一呼吸分経ってから口を開いた。いつものように表情をとりつくろう余裕はなかった。

「……どうして君がここにいるの?」

 エリオノールがここにいるはずがなかった。ここはランバートがもともと住んでいた実家ではない。新たに買い求めた屋敷だ。
 彼女はおろか、屋敷の人間や父にすらこの場所を伏せておいたのに。
 エリオノールはゆっくりと首を傾げる。

「『どうして』?」

 可愛らしい声音で、

「可愛い婚約者が、屋敷でお仕事から戻って来るのを待つ。そのことになんの不思議があるのかしら」
「君にこの場所は教えていない。君に知られないように、父にすらしばらくは伏せておくはずだったのに」

 笑顔だったエリオノールの表情が変わった。見慣れた、不機嫌そうな表情になる。

「苦労して突き止めたの。お父さまに聞いたあなたのご友人や街中の不動産屋さんに聞き込みして、泣き落としたりして少しずつ情報聞きだして」
「伯爵令嬢の君が?」

 まるで探偵のようだ。
 昔から令嬢らしい落ち着きはなくて、変に行動力があると思っていたが、こんな探偵まがいのことをするとは。

「あなたが男らしくない画策するからでしょう! もう逃げられないわよ。使用人たちには明日いっぱい暇を出したから! あなたを送ってきた御者も、もう家に戻ったはず。あなたが送った婚約解消の手紙も、お父さまの手に渡る前に破り捨てたわ」

 エリオノールの顔が、だんだんと得意そうになる。侯爵にはあとでゆっくり「親子関係にも個人情報があるはずだ」とこんこんと問い詰めることにして。

「それで使用人たちが誰もいなかったのか……。君、使用人たちが誰もいないってどういうことか分かってるの?」
「あなたが人を呼んで、話をしづらい状況にできないってことでしょう」
「本当に君は……」

 エリオノールは昔から全く変わっていない。人を疑うことを知らず、鈍感だ。
 外見だけが魅力的になって、だから余計にたちが悪い。自分の容姿がどんなに男を惹きつけるのか、分かっていないのだ。そんな自分が、男であるランバートと屋敷に二人きりになるということが、どういうことかということも。
 あの夜、ランバートが理性に負けていたら、本当に抱かれていたかもしれないのにだ。

「さぁ、とにかく説明して! 時間はたっぷりあるわよ?」

 はぁ、とため息をついたランバートは、観念してエリオノールの向かいのソファーに上着とカバンを投げた。髪をかき上げて座りこむ。

「分かったよ。さぁ、何から話そうか。愛しいハニー」

   ★★★

 話は二週間ほど前にさかのぼる。
 怒りが収まらず、一晩中眠れなかったエリオノールは、翌朝「お嬢様の目にクマが!お顔がむくんでお肌が荒れていらっしゃいますわ。化粧ののりが……」とメイドに嘆かれながらもなんとか支度をしてもらい、ランバートの屋敷に向かった。

「……不在?」

 だが、ランバートはいなかった。国王からの命で昨日の晩遅くに発ち、しばらく隣国に向かったらしい。
 玄関先では申し訳ないと、応接間でお茶と軽食を用意してくれ、執事頭が対応してくれた。朝食も取らずに急いできたので、お茶と公爵家特製のサンドイッチが美味しい。

「ええと、それはいつから分かっていたの?」
「半月ほど前にはご存じだったはずです」

 ということは、昨日言いだしたことも、その前のあれやこれやも周到にタイミングを見計らっていたに違いない。
 無理やり押さえつけていた怒りが、ふつふつとこみ上げてきたのが分かる。エリオノールよりも大分年上の執事頭が、びくびくとし始めたからだ。表情に出ていたのだろう。
 だが、まったく無関係な執事頭に怒りをぶつけるほど、エリオノールはひどい娘ではなかった。

「それであのバカは、いつお戻りなのかしら?」

 びくんと執事頭は肩を大きく震わせる。恐る恐ると言った様子で口を開く。

「二週間ほど滞在されるということですが、このお屋敷には戻られないということです」
「……は?」

 ぱきんっと音を立てて、ティーカップの取っ手が取れた。多分古いカップだったのだろう。

「どういうこと?」

 にっこりと微笑んだのに、執事頭はなぜかより一層体を小さくさせた。額に汗が浮かんでいる。

「少し離れたところにご自分のお屋敷を購入されたので、帰国されたらそちらに住まわれるそうです。旦那さまや私どもも詳しい場所は存じ上げません。しばらくしたら教えてくださるとのことで……」
「なんですってぇぇー!!」

 思わずエリオノールが力を込めて机を叩くと、重厚な造りのはずのそれが大きく揺れた。
 ランバートはきっとエリオノールとは顔を合わせないようにして、うやむやにすませようとしたのだろう。
 許さない。絶対に許さない。
 エリオノールはランバートが大嫌いだ。婚約せずにすむのなら、ランバートの好きにさせるのが一番いいのかもしれない。だが、彼女は彼の思い通りにされるのが一番嫌いなのだ。

 エリオノールは最大級の笑みを浮かべた。精いっぱいの可愛らしい声で、

「とりあえず、ランバートのお父様を呼んでくださる?」

 執事頭はぶるぶると震えながら、こくこくとうなづいた。

「は、はい。エリオノール様……」




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