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突然の婚約解消

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 帰りの馬車の中は無言だった。疲れているエリオノールに気を使っているのだろうか。黙っていると、ランバートが何を考えているのか分からない。

 予想外の出来事に憔悴していて話す気力がなかったので、ありがたかったが。
 馬車がエリオノールの屋敷について、玄関ホールまで送ってくれたとき、ようやくランバートが口を開いた。迎えに出てきた執事頭が、屋敷の奥に戻っていったときを見計らって。

 ほとんどにこやかな顔しかしないランバートには珍しく、固い表情だった。エリオノールをからかうときの表情とも違う。

「エリオノールに黙っていたことがある」
「何?」
「あの晩、オレは君を抱いていない」
「……は?」

 嘘をついたというのだろうか?何のために?
 エリオノールの頭の中を、疑問符がいくつも駆け巡る。
 まったく頭が回らない。

「で、でも……あの日確かに体が痛かったし……その……」

 全身には赤い花が散っていた。経験のないエリオノールも、それはどういうものなのか知識としては知っている。もちろん前日までそんなものはなかった。

「君は前日に初めて乗馬をしただろう」
「え、ええ」
 一緒に乗馬をしたのは、気心がしれた友人たちだ。乗馬をすることになったのは彼女たちに誘われたからで、そのなかにランバートはいなかった。ランバートが知っているのも疑問に思ったが、それがなんだというのか。

「君を乗馬に誘うように仕向けたのは、オレだよ。君は運動不足だから、次の日筋肉痛になると思ってね。案の定そうだった。セックスの疲労と、筋肉痛の違いも君には分からないと思った。キスマークはやってなくてもつけられるし。ああ、だから君の裸は多少見たけど、必要以上に触ってない。君は純潔のままだよ。神に誓って」

 エリオノールが純潔であるのなら、嬉しいことこの上ないはずだ。初めてが記憶にないなんて悲しすぎる。それも相手がランバートだなんて。

 それなのに、何の感慨もわいてこなかった。戸惑いのあまり、すんなり受け入れられないからだ。
 困惑しているエリオノールに、ランバートはさらに言い募る。

「婚約解消しよう。もちろんオレが悪いことにするし、君のいいように慰謝料は払う。婚前交渉がなかったことも公表する。他にも何か要求があるなら、全部従う。じゃあ」

 その説明だけではまったく分からない。何が目的でそんなことをしたのか。なぜ今「婚約解消しよう」といいだすのか。
 それなのに一方的にランバートはそれだけ言って、馬車に戻ってしまった。

「待って。ランバート。意味がよく分からないわ」

 エリオノールは慌てて後を追ったが、ランバートはちらっと窓から彼女を一瞥して、そのまま馬車を走らせてしまった。確かにエリオノールと、目が合ったはずなのに。

「何……? 何なの……?」

 呆然と馬車を見送ったエリオノールは、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。 
 昔からランバートに振り回されてきたが、今回が一番ひどい。そして意味が分からない。
 純潔を奪ったと言われて、他に選びようがなく婚約。あげくいきなり本当は純潔は奪っていないから、と婚約破棄。

「絶対、このままではすまさないんだからね!」

 エリオノールは固く結んだこぶしを、空に向かって振り上げた。




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