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 目覚めた隣に

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 夢の中で、「可愛い」「好きだ」「愛してる」と幾度も言われた。砂糖菓子みたいに、甘い言葉をそんな風に優しい声で言われたのは、初めてだった。
 しかも恐らく相手は、普段なら絶対そんなことを言わない男のもので。

(んん……誰……だったかな……)

 どうせエリオノールの見た都合のいい夢なのだろうから、というのはさほど問題ではないだろうけれど。かけられる言葉は甘くて柔らかく、優しく触られるとひたすらに気持ちよくて、満たされた。

(夢なんだわ。きっと。私にこんなことする人、いるはずないもの)

 ぼんやりとまどろみながら緩慢に寝返りを打った。ゆっくりと開いた目に映りこんだのは。

「おはようハニー。ようやくお目覚めかな?」

 のんびりとした顔でベッドに腰かけた幼なじみであるランバートが、エリオノールを見ながらグラスを傾けていた。中身は色と匂いからしてワイン。
 朝からワインなんて。エリオノールの顔をずっと見ていたのだろうか。

「どうしてあなたが……?え?私の部屋じゃ、ない?」

 なぜ彼が自分の部屋にいるのだろう、とあたりを見渡したが、見覚えのない部屋だった。置いてある家具から、男性の部屋だと予想できる。おそらくランバートの部屋なのだろう。

「つれないな、エレン」
「ランバート、気安い呼び方しないで!」

 愛称で呼ばれ、エリオノールはむっと眉間にしわを寄せる。
「はいはい。エリオノール」

 ランバートは聞き分けのない子供を相手にするかのように笑って、肩をすくめた。

「ここ、あなたの部屋?」
「そだよー。昨日の夜会でえらく酔っぱらってたから、連れてきてやったんだろ」
「それはありがとう。どうせならうちの屋敷まで連れていって欲しかったわ。って」

 ふと何気なく自分の体を見下ろすと、薄い夜着に上掛けをまとっただけという姿だ。その夜着には見覚えがないから、ランバート(よくてランバートの屋敷のメイド)が用意して着せたのだろう。
 それはこの際さほど問題ではなく。

「……もしかして」

 エリオノールはさーっと自分の顔から、血の気が引くのが分かった。
 だるい体は、確かに夢ではなかったと如実に伝えていて。肌に散らばる赤い花は、しかも行為が濃厚なものだったと告げている。
 ランバートは悪びれない態度でワインをあおった。にこっと微笑む。

「やったよ?」

 頬を平手で打つと、パンっと乾いた音がした。

「……あなた、最低さいっていね」

 よけようと思えばよけられたはずなのに、そうしなかったことに余計に腹が立った。まるで、エリオノールにぶたれたところで、なんでもないとでも思っているようで。
 お互い承知の上ならば問題ないが、酔っているエリオノールを抱くなんて、最低だ。
 そして酔ってでもいなければ同意するはずがない。エリオノールはランバートが大嫌いだったからだ。そしてランバートも彼女を嫌っていたはずだ。

「あなた、私のこと嫌いでしょう?なのになんで」

 当然のエリオノールの疑問に、ランバートは清々しいほどの笑顔で言った。

「オレも酒が入ってたからさ。最初は本当に紳士的に酔っている君を屋敷まで送り届けてやろうと思っていたんだけどー。思いのほか可愛くて、ついムラムラと」

(……最低だ。救いようがないほどに)

 オブラートに包もうともしない物言いに、エリオノールは怒りがこみ上げるのを通り越して、めまいがしそうになった。

「オレこんなだけど、性欲に負けてやったとはいえ責任とるよ?結婚しよう。エリオノール」
「私、あなたと結婚なんか……」

 だが、ランバートと結婚しなければ、まともな嫁ぎ先など望めないのは事実。金持ちの老人の後妻か妾がいいところだろう。
 この国では婚前交渉は認められているとはいえ、婚約者に限られている。つまり、エリオノールの純潔を奪ったランバート以外とは、まともな結婚は望めないのだ。

「朝食を食べたら君の屋敷まで送る。そのとき伯爵に挨拶するから」
「……わかったわ。私、あなたと結婚する」

 渋々エリオノールが了承すると、ランバートは嬉しそうに笑った。腹立たしいことに、「可愛い」と思った自分が憎い。大嫌いなランバートだが、顔だけはいいのだ。

「だけど、あなたが好きでするわけじゃないから」

 ランバートの笑顔に腹が立って、腹いせに吐き捨てる。
 その途端ランバートの顔から、すっと笑顔が消えた。

「オレもだよ? 心底君が嫌い。だけどそれでもセックスも結婚もできる」

 冷たいその声に、エリオノールは傷ついた。

(どうしてこんなにランバートに、嫌われなくちゃいけないの)

 痛みを覚えた心臓を、たまらなくなって胸の上からぎゅうっと押さえつけた。

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