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第一章 出来損ないのエミリー
ぬくもり、不安、さよならの決意
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扉を開けた先には、八年振りに会う兄が立っていた。
背が高くなっているが優しそうな青い目を私が間違う訳がない。
「お、兄……さま」
「エミリーっ!」
今にも泣き出しそうな顔で私を見る。
久しぶりに嘲笑や侮蔑の目では無い表情を見て、さっきまで枯れていた涙が溢れそうだ。
なんとか抑えようとしていたら兄は周囲を見渡した。
「うるさくしたら皆に気づかれてしまうだろう。中に入れてもらえるかな」
兄は私の境遇の何かしらを察しているようだ。
静かに頷き中へ招く。
椅子よりは柔らかなベッドへ座るよう促すと腰をかけた後に私へ向かって笑いかけ、隣に来るようベッドを叩いてきた。
気を遣ってくれたと感じて隣に座った途端、我慢していた涙が頬を伝う。
兄は背をさすってくれて、その手が暖かくて涙と嗚咽が止まらない。
うるさくならないようにと我慢する。
「……エミリー、扉は閉めたからもう我慢しなくていいんだよ」
「ぉ、お兄様……私、わたしっ」
「最近、父と母から受け取った手紙で君の話に矛盾が出てきたんだ。何かがおかしいと思ってきてみて正解だった。こんな場所で一人は寂しかったろう、辛かったろう。今まで気づけなくて、ごめん」
「おにい……さまっ」
肩を借り幼子のようにワンワンと泣く。
我慢しなくていいという言葉と人として扱われた事で安堵してしまったのだ。
兄が差し出してくれたハンカチでは間に合わないほどの雫が溢れ、みっともないがそんな私が落ち着くまで、背中をさすり続けてくれた。
「っ……ありがとう、お兄様」
「いいんだよ。ちなみに、今まで何があったんだい? 何かがおかしいとは分かったが詳細は上手く聞き出せなかったんだ」
「……実は」
神託の事。家族の変化。生活の変化。
今まであった事を全て、出来るだけ短く簡潔に伝えた。
詳細まで語ったら、また泣いてしまいそうだったから。
兄は最後まで黙って聞いてくれた。
眉をしかめたり歯を食いしばったりしながらも、最後まで。
話が終わったら彼は苦しそうにため息をつく。
無理もない。決して気持ちいい話では無いのだから。
「……提案があるんだ」
「えっ、提案……ですか?」
「あぁ、僕が住んでいる寮の寮母にならないか?」
「寮母さん?」
「あぁ、もう少しで今の寮母さんが産休に入るそうなんだ。君はここで一人でやってきた。なら食事や掃除など三十人以上の世話する事になるがずっといい暮らしができるはずだよ」
あぁ、ここから出られるならと、心に日が差したような気持ちになった。
が、一抹の不安が襲ってくる。
この話を両親に言ったら何て返されるんだろうか。
何も無く寮母になったとして周りの人に拒絶されたら私はきっと心が折れてしまう。
「……怖い」
「何が怖いんだい」
「寮母さんになった時、魔法が使えない事で何かされたら私は、耐えられる気がしません」
「そういうからにはここから出たいんだね」
迷いながらも一回縦に頷く。
兄は真っ直ぐ目を合わせ柔らかな笑みを浮かべながら小さい子供に言い聞かせるような口調で喋る。
「いいかい、何があってもこれからは僕が味方だよ。それに寮の奴らは良いヤツらばかりだ。行ってみて辛かったらまた他の手を考えるでもいいんだ」
「他の、手」
選択肢は他に無いと思い込んでいた。
今まで無自覚だったけれど、そこまで頭が回らないくらい私は追い詰められているんだ。
この家から出る事自体も言われるまで発想が無かったくらいだった。
他にも道があるなら、辛い今から逃げてもいいよね?
「私、寮母さんになります。お兄様を信じて」
「わかった。僕から家族には伝えておく。 君は会わなくても大丈夫だから荷物をまとめてしまいなさい」
「……あのお兄様。お別れの挨拶だけはしたいです」
家族が何か私に気持ちを向けてくれるんじゃないかという一縷の望みを断ち切る為に、最後は面と向かってお別れをしたい。
「わかった。それじゃあ、朝の七時に玄関前までおいで。そこで挨拶して一緒に馬車に乗っていこう」
「学校に連絡は?」
「大丈夫。もしかしたらの話は通してあるし、今から詳細を伝える」
ズボンのポッケから畳まれた紙を取り出す。
紙に対して人差し指で円を描けば紙が広がり宙に浮かぶ。
兄の指先から青い魔力の光が糸状に出て何かを綴った後、光が紙に巻き付き紙ごと消えていった。
恐らく記述魔法と転移魔法の応用だろう。
今使えない魔法だけど、やはり見るだけでもワクワクする。
「学園長に君の事を報せた」
「お兄様。今の魔法、馬車で移動している時にでも教えてほしいです」
「あぁ、いいよ。本当にエミリーは魔法が好きなんだね」
「綺麗だから好きなの。それに一応、一生使えないって訳じゃないから」
「そうか、ならば寮で魔法の勉強を教えてあげよう」
「わぁ! ……本当、ありがとう。お兄様」
「よし、それじゃあ荷造りしたら寝ちゃいなさい。僕は自分の部屋に戻るから、またね」
「はい、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
小さい頃に使ってい大きなカバンに服やタオルなど目に映った物を適当に詰める。
この部屋には物がほとんど無い。
少なくとも、新天地に必要な物は身につける物くらいだ。
詰め終わったらすぐベッドに潜る。
明日から自分の為に生きてみたい。
だから、しっかり眠らなきゃ。
背が高くなっているが優しそうな青い目を私が間違う訳がない。
「お、兄……さま」
「エミリーっ!」
今にも泣き出しそうな顔で私を見る。
久しぶりに嘲笑や侮蔑の目では無い表情を見て、さっきまで枯れていた涙が溢れそうだ。
なんとか抑えようとしていたら兄は周囲を見渡した。
「うるさくしたら皆に気づかれてしまうだろう。中に入れてもらえるかな」
兄は私の境遇の何かしらを察しているようだ。
静かに頷き中へ招く。
椅子よりは柔らかなベッドへ座るよう促すと腰をかけた後に私へ向かって笑いかけ、隣に来るようベッドを叩いてきた。
気を遣ってくれたと感じて隣に座った途端、我慢していた涙が頬を伝う。
兄は背をさすってくれて、その手が暖かくて涙と嗚咽が止まらない。
うるさくならないようにと我慢する。
「……エミリー、扉は閉めたからもう我慢しなくていいんだよ」
「ぉ、お兄様……私、わたしっ」
「最近、父と母から受け取った手紙で君の話に矛盾が出てきたんだ。何かがおかしいと思ってきてみて正解だった。こんな場所で一人は寂しかったろう、辛かったろう。今まで気づけなくて、ごめん」
「おにい……さまっ」
肩を借り幼子のようにワンワンと泣く。
我慢しなくていいという言葉と人として扱われた事で安堵してしまったのだ。
兄が差し出してくれたハンカチでは間に合わないほどの雫が溢れ、みっともないがそんな私が落ち着くまで、背中をさすり続けてくれた。
「っ……ありがとう、お兄様」
「いいんだよ。ちなみに、今まで何があったんだい? 何かがおかしいとは分かったが詳細は上手く聞き出せなかったんだ」
「……実は」
神託の事。家族の変化。生活の変化。
今まであった事を全て、出来るだけ短く簡潔に伝えた。
詳細まで語ったら、また泣いてしまいそうだったから。
兄は最後まで黙って聞いてくれた。
眉をしかめたり歯を食いしばったりしながらも、最後まで。
話が終わったら彼は苦しそうにため息をつく。
無理もない。決して気持ちいい話では無いのだから。
「……提案があるんだ」
「えっ、提案……ですか?」
「あぁ、僕が住んでいる寮の寮母にならないか?」
「寮母さん?」
「あぁ、もう少しで今の寮母さんが産休に入るそうなんだ。君はここで一人でやってきた。なら食事や掃除など三十人以上の世話する事になるがずっといい暮らしができるはずだよ」
あぁ、ここから出られるならと、心に日が差したような気持ちになった。
が、一抹の不安が襲ってくる。
この話を両親に言ったら何て返されるんだろうか。
何も無く寮母になったとして周りの人に拒絶されたら私はきっと心が折れてしまう。
「……怖い」
「何が怖いんだい」
「寮母さんになった時、魔法が使えない事で何かされたら私は、耐えられる気がしません」
「そういうからにはここから出たいんだね」
迷いながらも一回縦に頷く。
兄は真っ直ぐ目を合わせ柔らかな笑みを浮かべながら小さい子供に言い聞かせるような口調で喋る。
「いいかい、何があってもこれからは僕が味方だよ。それに寮の奴らは良いヤツらばかりだ。行ってみて辛かったらまた他の手を考えるでもいいんだ」
「他の、手」
選択肢は他に無いと思い込んでいた。
今まで無自覚だったけれど、そこまで頭が回らないくらい私は追い詰められているんだ。
この家から出る事自体も言われるまで発想が無かったくらいだった。
他にも道があるなら、辛い今から逃げてもいいよね?
「私、寮母さんになります。お兄様を信じて」
「わかった。僕から家族には伝えておく。 君は会わなくても大丈夫だから荷物をまとめてしまいなさい」
「……あのお兄様。お別れの挨拶だけはしたいです」
家族が何か私に気持ちを向けてくれるんじゃないかという一縷の望みを断ち切る為に、最後は面と向かってお別れをしたい。
「わかった。それじゃあ、朝の七時に玄関前までおいで。そこで挨拶して一緒に馬車に乗っていこう」
「学校に連絡は?」
「大丈夫。もしかしたらの話は通してあるし、今から詳細を伝える」
ズボンのポッケから畳まれた紙を取り出す。
紙に対して人差し指で円を描けば紙が広がり宙に浮かぶ。
兄の指先から青い魔力の光が糸状に出て何かを綴った後、光が紙に巻き付き紙ごと消えていった。
恐らく記述魔法と転移魔法の応用だろう。
今使えない魔法だけど、やはり見るだけでもワクワクする。
「学園長に君の事を報せた」
「お兄様。今の魔法、馬車で移動している時にでも教えてほしいです」
「あぁ、いいよ。本当にエミリーは魔法が好きなんだね」
「綺麗だから好きなの。それに一応、一生使えないって訳じゃないから」
「そうか、ならば寮で魔法の勉強を教えてあげよう」
「わぁ! ……本当、ありがとう。お兄様」
「よし、それじゃあ荷造りしたら寝ちゃいなさい。僕は自分の部屋に戻るから、またね」
「はい、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
小さい頃に使ってい大きなカバンに服やタオルなど目に映った物を適当に詰める。
この部屋には物がほとんど無い。
少なくとも、新天地に必要な物は身につける物くらいだ。
詰め終わったらすぐベッドに潜る。
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だから、しっかり眠らなきゃ。
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