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第一章 出来損ないのエミリー

プロローグ

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 ローラン家の長女、エミリーは自分が幸せだと疑わなかった。
父はマナーや教養を重んじる厳しい人だけど、記念日や家族の好きな物を忘れない。
母は感情的に叱る事もあるけど、それは心配の裏返しでよく褒めてくれる優しい人。
兄のルシアンは優秀で遠方の学園寮に住んでいるからほとんど会えないけど、月に一度手紙を送ってくる家族思いの人。
双子の妹のリルは甘えすぎる所もあるけど、いつも笑顔で気配り上手。

 私は家族の事が大好きだった。
五年前のあの日に神託が降りてくるまでは。

 兄が今よりも高名な学園の入学試験に挑むと手紙で知らせてきた時、教会まで行って神様に兄が合格できるようにお祈りする事になった。
家にいる家族全員で神様を模した彫刻に向かって祈っている時にそれは起きた。

 彫刻が光り出したのだ。

 家族だけじゃなく神父やシスターも驚いて、慌てふためくしか出来なかったが声が聞こえた瞬間に皆が黙った。
どこから聞こえるかも老若男女どの声ともわからない声は、その場にいる全員に宣言した。


『エミリー=ローランに試練を与える! 選ばれし者と結ばれるまでは魔法が使えない。魔法が使えるようになってから貴方の人生は始まるのだ!』


 言っている意味も何が起きているのかもわからなかった。
呆然としていた私の肩を父は掴み揺さぶって、魔法が使えるか聞かれた。
慌てていつも夜に使う明かりの玉を出す魔法を使ったけど玉は現れなくて。
何回も、何回も、何回も。出そうとしたのに体に魔力が巡る感覚が全くなくて、魔法は出ないのに涙がどんどん溢れて止まらなかった。


 しばらくしたら神父に止められて、私たち家族は帰らされた。
馬車の中で母は私の背中をさすり、妹は床に膝をつけて私の手を握ってくれたけど父は貧乏ゆすりをしながら目線だけで私を見つめてくるのが怖かった。

 それから、父は私に話しかけてくれる事は無くなった。
数ヶ月後には母が私を感情的に叱るようになった。
一年後には妹すらも私を無視したり嫌がらせをするようになった。
しまいに、私は妹と一緒に使っていた部屋を追い出され、家の離れで暮らすように言われ洗濯や掃除に食事も全部自分でやるように言われた。

 それでも前のような家族に戻りたくて、私は必死に話しかけた。


『お父様、以前いただいた魔法術の本を学び終えました。なので新しい本が欲しいのですが……』
『魔法が使えなくなったお前にその本は必要ない。政略結婚の駒として使えない女に投資する気はない。お前を見るだけで気分が悪くなるのだ。さっさと離れに帰れ』
『……はい』


 庭にいたお父様は目線だけで私を見て、そう言い放ったのに何もいえなくてそのまま離れに戻った。

 もう親子として会話できないんだと知って父から貰ったぬいぐるみを抱きしめてその日は眠りについた。


『お母様、使用人が届けてくれる食材なのですがカビていたり異臭がしたりするものが多いのです。私が言っても取り行ってもらえなくて』
『それってローラン家の管理と使用人の教育が杜撰って言いたいのよね? つまり私を責めたいんでしょ? なら最初からそういえば良いじゃない、性格悪いわね!』
『ち、違います!』
『何が違うの!? 家の管理と使用人の教育は私の仕事、それらがダメなら私がダメって事でしょ? それをわかってて言ったのよねぇ?!』
『あの、話を聞いてください。お母様!』
『聞いているのに! 私をそんなに悪者にしたいのね! もう良いわ!!』


 扉を勢いよく閉められて、しばらく食材すら届かなかった。

 お願い事も、ゆっくりとお茶をする事ももう叶わないと感じて母とよく一緒に食べたクッキーを再現して食材が届かない数日間を過ごした。


『お姉様、魔法の勉強したいんですよねぇ? なら、私が持ってる本差し上げますわ』
『……ありがとう』
『はい、これがその、本ですわぁ!』


 分厚い本を振り上げられ、咄嗟に腕で頭を守る。
体に当たった衝撃はなかったけど、私の足元に思い切り本が叩きつけられていた。
リルは口角を歪ませてケタケタと笑う。


『あらぁ、手が滑ってしまいましたわ。ごめんなさぁい』
『……いえ、大丈夫よ』
『あはは、それじゃあ意味ない勉強頑張ってぇ』


 二度と彼女と対等に笑い合う事はできないんだとわかって離れに帰ったあと本を強く抱き締めた。


 この冷ややかな生活がいつまで続くのだろうと考えながらただ生きる。
心は冷え切り、ご飯の味がしない。
勉強をしても達成感よりも虚しさが勝る。
もう、終わりにしてしまいたいと思いつつも思い切る事ができない。


「……誰か、助けて」


 心身共にボロボロなのに涙も出ない。この声も、埃っぽい部屋の中で無意味に消えた。
私はきっとここで朽ちていく、神様が言った人なんて現れる訳がない。
私に会いに来る人は、食材を届ける使用人とストレスが溜まった妹くらいだ。
だから、私はもう二度と幸せの温かさに触れる事はないんだろう。

 ふと、窓から部屋を覗く満月が見えた。
そうだ。神様が本当に人達を見守っているならば、祈りを捧げれば何か奇跡を見せてくれるかもしれない。
縋るように手を組み、必死に祈る。
この生活に終止符を打ち、幸せになる機会が欲しいと願う。


「叶うわけ……ないか」


 諦めて立ち上がった瞬間、コンコンと突然扉がノックされる。
家族や使用人ではない。遅い時間というのもあるが、こんなに穏やかな二回ノックはここ五年は聞いたことがないものだった。

 一体誰だろう。
恐る恐る、扉を開けた。
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