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第四話「倉島」
4-2 最悪な印象
しおりを挟む「なあ…大丈夫か?」
「…大丈夫、です」
美果は本格的にしんどくなっていた。今すぐ横になりたいだるさである。
学校を出てからも、笠間は美果の手を離さなかった。傍から見れば仲の良い学生カップルである。
「先輩…すいません、私昨日から生理で…今日はもう帰りたいです」
「え…あ、そう何だ、そうかえーと…」
笠間は美果の言葉を聞いて明らかにおろおろし始めた。生理中の異性に対する対処方法がすぐに思いつかないらしい。
「せ、背中さするか?」
「吐かないから大丈夫です…」
「じゃあ腰さするか?」
「目立つからやめて下さい…」
困り果てた様子の笠間は美果の鞄を強引に奪うと、再びぎゅっと手をつないで歩き出した。
「…駅まで送るわ」
「…はい」
美果は何か言う気力もないので笠間の好きにさせた。
学校から徒歩十分程の位置に駅があり、美果は改札を通り抜ける前に笠間に挨拶をして別れようとした。
しかし青白い顔でふらつく足取りの美果を見て、笠間は考えを改めた。
「やっぱお前の地元の駅まで送ってやる」
「え、でも」
「行くぞ」
笠間は美果の地元の駅名を聞き出すと切符を買って、改札を抜けた。
「これやるから、腹暖めとけよ」
「あ、ありがとうございます」
笠間は駅のホームに設置されていた自販機で温かいスープを買うと、美果の手に握らせた。
ホームの乗降場所の列の先頭に並んでいた二人は、やって来た車両の二人がけの座席に運良く座ったのである。
「これ、膝にかけとけよ」
「…」
笠間は上着を脱ぐと美果の膝にかけた。そして美果の隣に座るとおずおずと彼女の腰を抱いた。
「三十分くらいあるんだろ、起こしてやるから寝てていいよ」
「何だか先輩、彼氏みたいですね…」
美果の発言に、笠間は動揺した。顔が赤くなっている。しかし美果の次の言葉で動きが止まった。
「…でも私、彼氏がいるから…離してください」
「………奴隷は黙って言うこと聞いてろよ…そんでもう寝ろ」
ぐっと笠間は美果の腰を抱く腕に力を入れた。離す気はなさそうである。
美果は身体を離すのを諦めた。
「…」
「…」
美果は三分ほど起きていたが、疲労が限界に来ていたのだろう、電車が発車してすぐに眠ってしまった。
「笹野?」
身体を固くしていた美果は、抱き寄せている笠間にもたれ掛かる形で静かに目を閉じている。笠間のあげた缶を握り、膝には彼の上着がかけられている。自分に完全に身をゆだねている美果を見て、笠間は再び頬を赤らめた。
「…俺と付き合えよ」
眠っている美果の耳元で、笠間は切なそうに一度だけ呟いた。
***
笠間に地元の駅まで送られ、美果は少し眠れたことで若干だが体調がましになっていた。
自宅に帰り、夕食を取り、解熱鎮痛剤を飲み、入浴を済ませて自室のベッドに倒れこむ。
「…はあ」
安堵のため息が漏れる。気を抜くと今にも寝入ってしまいそうだったが、美果はスマートフォンを取り出して連絡などが来ていないか確かめた。
「あ、翔さんから連絡来てる」
【美果ちゃん、明日学校が終わったら一緒に遊びに行かない?】
美果は一瞬考えた。明日では、今日ほどでないとは思うが恐らく美果はまだ本調子では動けない。
【ごめんなさい、今生理で体調が悪いから明日はやめておきます】
【せっかく誘ってくれたのにごめんなさい】
翔からの誘いを断るのは初めてである。美果はもしかしたら翔に嫌われたりしないだろうかと不安に思い、緊張しながらもメッセージを送信した。
【謝ることないよ美果ちゃん全然悪くないからさ】
【じゃあまた来週誘うよ、今週はゆっくり身体を休めて】
【体調悪いのに返信してくれてありがとう】
【好きだよ】
最後の一言を読んで、美果はぽろりと涙を零した。
「私も好き」
美果はスマートフォンを抱きしめるとそのまま安心して眠ってしまったのだった。
***
「終わったー!」
美果は上機嫌に伸びをした。
数日前、月に一度の使者が訪れた時は喜んだ。だがいつも以上に重い症状に苦しめられた美果は、それらの症状が全て消え去ったことを実感してさらに喜んだのだった。
「これで体育の授業もキツくないし、翔さんとも遊びに行ける」
うきうきしながらも、アプリから届いた通知に目を通した。
「予測される妊娠しやすい期間…か」
いつもは全く気にしていなかったその知らせの文字を、美果は神妙な顔をして呟いた。
***
それから数日間は何事もなく平和に時は過ぎた。
美果が帰宅しようと校舎の横を歩いていると、少なくない数の女子生徒がグラウンドに目を向けて歓声を送っていた。どうやらサッカー部の応援らしい。
『きゃー! 笠間先輩―!!!』
違った。どうやら全員笠間の応援らしい。美果は思わずグラウンドへ目を向けた。
笠間は後頭部のガーゼはもう外れており、経過も順調なようだった。だが縫った跡がまだ痛々しい。
今はもうサッカー部の朝練も授業後の練習もしっかりと参加しており、休んでいた分の遅れを取り戻すように活躍している。
怪我や入院が彼の存在を目立たせたらしく、ここ最近笠間目当ての女子生徒の数が増えたようだった。
美果が真剣に練習に取り組む笠間をついじっと見ていると、視線に気付いたのか笠間が振り返った。
視線が合った。
美果は後ずさろうとしたが、すかさず笠間は小さく口元に笑みを浮かべてほんの少し手を振った。
『ぎゃああああああああ!!!!!』
それを見ていた女子生徒たちは皆絶叫しながら息も絶え絶えとなってしまった。全員が自分に向けて手を振ったのだと訴えていたが、美果は困惑の表情を浮かべて足早にその場を去った。
(笠間先輩ってさっぱり分からない、怖いし乱暴だし決めつけるし奴隷とか言ってくるし…)
美果は学校の敷地を抜けると、ほんの少しだけ高鳴った胸にしっかりしろと言い聞かせた。
(最近妙に優しいのも、さっき目が合ったのも…きっと気のせい)
彼が笑いかけて手を振ったのは、応援に来ていた女子生徒の誰かにだろうと美果は呆れたため息をついたのだった。
***
「うーん…そろそろか」
美果は学校の校舎裏にしゃがみこみ、昼食後の休憩を一人で過ごしていた。
なぜ校舎裏まで移動したかというと、学校への持ち込みが禁止されているスマホを操作したかったからである。
美果は最近気がかりの文字が頭から離れないのだ。
妊娠しやすい期間について。
生理が終わって一週間経った今、美果の妊娠しやすい期間が始まっていた。
美果はその間に誰かの呼び出しがあっても絶対に断る…ことは出来ないので、必ず避妊具を付けてもらおうと考えていた。
昨日のことである。美果は隣町の普段滅多に訪れることのないドラッグストアまで行き、生まれて初めてコンドームを購入した。
といっても男性陣のサイズなどさっぱり把握していない。
各種避妊具やローションの並ぶ棚の前で悩んでいた時、一人の女性店員が音もなく彼女に近寄り「分かっている、みなまで言うな」と言った感じの笑顔で勧めてきた商品を見て美果は目を見開いた。
【サイズが分からなくてお困りの方へ~サイズ色々、バラエティパック! S~XLまで各三枚入り】
まさに今の美果に打って付けの商品だった。箱に書かれた説明を読み、美果は即決でその商品を購入したのだった。
「こんなの、初めて買った」
美果は鞄の中の箱に触れた。こんな危険な物、家に置いておくわけには行かない。そもそも家に置いておいたら意味がないので美果は鞄の奥底にしまいつつ毎日学校に持ってきていた。
「…これじゃ、まるで望んでるみたい」
呟いて美果は気が滅入ってしまった。
それもこれも美果の意思をまったく聞かない男達の所為である。
「嫌だって言っても…やめてくれないし」
ぽつりと呟きつつ、美果はスマートフォンでまた避妊について調べていた。
「女性の避妊…避妊薬…へえ、オンライン診察すれば高校生でもネットで買えるんだ…」
「随分熱心だな」
突然声をかけられて、美果は驚いてスマホから顔を上げた。
いつの間にこんなに近くに来ていたのか、そこにはよりにもよって体育教師の倉島が居たのである。
「…あ、あのこれは」
美果は慌ててスマホを背中に隠そうとしたが、それよりも先に倉島に取り上げられてしまった。
「学校にこういう物の持ち込みは禁止だ、分かってるな?」
「…はい」
美果は消え入りそうな声で返事をした。美果が最も苦手とする教師に、持ち込み禁止にされている通信機器を没収されてしまった。親の呼び出しはまず間違いない。
それに、今開いているページには。
「あ、あのページだけ閉じさせてください!」
「駄目だ、帰りに話を聞くから職員室に来るように」
冷たく断られて、美果は顔を青くした。そんな美果を見下ろし、倉島は去っていってしまったのだった。
***
午後の授業の開始のチャイムが鳴り響いた。
少し時間の空いていた倉島は、自分の車に一旦戻ると先ほど没収した美果のスマホを操作した。
「…」
パスワードがかけられていたが、遠目に美果の起動操作を見ていた倉島は一度見ただけでその番号を覚えていた。運動神経だけでなく動体視力もやたらに良い男である。
美果の調べていたウェブページや検索履歴を見て眉間にシワを寄せる。
妊娠や避妊という文字が並んでいた。
「…笠間か」
低い声だった。
小さなため息をついた倉島は、そのままスマホの画面を閉じようとした。だが、画面上部にトークアプリから届いた新着のメッセージのお知らせが丁度届いてしまい、間違えてタップしてしまった。
開いてしまったものは戻しようがない、知らなかったふりをしておこうと思った倉島は開かれたメッセージに添付されていた写真を見て目を見開いた。
「…これは」
届いたメッセージに添付されていた写真には、裸の美果が何者かに犯されている姿が写されていた。
泣きながら苦悶の表情を浮かべているようだが、一体どう言うことなのかと倉島は驚いた。
【退院したから今度は家に来い、住所は通話で伝えるから今日中に連絡しろよ】
城木正人と表示された男からのメッセージである。倉島は混乱した。
「笠間と付き合ってるんじゃないのか…? じゃあ避妊について調べていたのはこの相手の所為か」
倉島がつぶやいていると、さらに新着のメッセージが届いた。
【次はマンコも使うから、小遣いは前の倍にしてやる】
誰がどう見ても、これはとんでもないメッセージであった。特に、このスマホの持ち主が通う学校の教師からすれば。
「…」
倉島は、美果の本性を確信した。
「援助交際か…」
倉島は小さく呟いた。
自分が勤務する学校の女子生徒が援助交際行っていて、しかも写真まで撮られている。これを大事件と言わず何というべきか。
「そして笠間とも付き合っている、と」
数日前、倉島は体育倉庫の裏手にこっそりと入っていく美果を目撃し、そっと後をつけた。そしてそこで待っていた笠間と美果は唇を重ねていたのである。
思いもしなかった組み合わせではない。
倉島は『競技の日』の夕方の出来事を知っていたのだ。
自分が一番目をかけている優秀な生徒である笠間は、体育倉庫で女子生徒を襲っていた。止めに入ろうとした倉島だったが、よく聞き耳を立てると襲われている女子生徒が美果だと気づいて倉島は手を止めた。
その時に倉島が体育倉庫を開けるように言えば、笠間は扉を開けただろう。
しかしそうなると、倉島は下手をすると笠間を退学処分にしなければならなくなる。この生徒はまだまだ伸びる。将来はプロも目指せる程の才能を秘めていると倉島は笠間に期待していた。
対する美果はと言えば、彼女は以前に倉島が猛烈にアタックしていた美術教師の黒部とのドライブを邪魔してきた生徒である。ついこの間、黒部に話しかけようとした時も美果はそれを邪魔した。倉島からすると、自分の純愛の邪魔をする性格の悪い小悪魔といった印象だった。
あの時、悪意があって邪魔をしたとしか思えないタイミングで現れた美果に、倉島は強烈な違和感を抱いていたのである。
その上、今度は倉島が一番目をかけている男子生徒である笠間を破滅させる原因になろうとしていた。
倉島はしばらくそのまま聞き耳を立てていたが、すっと閉まっている扉から身体を離してその場を離れた。
贔屓している生徒のために、助けを求める美果の声は無視したのだった。
「もしかして、あの時もわざと笠間に襲われるように仕組んだのか…?」
恋人でもない男に足を開き、金を貰うような娘である。
笠間を加害者に仕立て上げ、いいように弄んでいる可能性もあった。
笠間と口づけをしたあとの美果は、普段の大人しく清楚な見た目からは予想できないほど扇情的だった。男を誘う顔をしていた。
あんな瞳で見つめられれば、女性経験の浅い男子高校生などいとも容易く陥落するだろう。
笠間はどう見ても美果に夢中になっている。
とんとんとん、と倉島は指をハンドルに乗せて音を立てた。
気に食わないことばかりだ、だが倉島が特に心配している問題はもう一つあった。
「笠間を襲った犯人は笹野か…」
笠間は土曜日のサッカー部の練習のあと、部活の仲間と夕飯を食べた帰りに一人で居るところを後ろから何者かにバットで殴られた。
人気のない、暗い場所だった。
道に倒れた笠間はさらに人の目の届かない路地裏に引きずられて放置された。殺意があったとしか思えなかった。
幸いなことに、その辺をたまたま巡回していた警察官に発見され、すぐに救急搬送されたことで笠間は一時意識不明ではあったが一命を取り留め、随分出血はあったが頭蓋骨の骨折などもなく後頭部を数針縫う程度の怪我で済んだ。
殴られていた場所があと数センチずれていたら助からなかった可能性が高かった。運が良い、と笠間の主治医は言っていたという。
しかし笠間を襲った犯人はまだ捕まっていない。笠間はまったく美果を疑ってはいないようだが、倉島からすれば美果は大いに怪しい人物だった。
「体育倉庫でのことを恨んで笠間を襲ったが失敗し、今は従順な恋人を装ってまた襲おうとしているとか…」
あの時体育倉庫で襲われていた美果の声を思い出すと、その可能性は捨てきれなかった。
もし美果が笠間を襲った犯人でないとしても、倉島の中で彼女の印象はすこぶる悪い。
無理矢理彼女を襲った笠間の行いよりも、黒部との間の邪魔をした件、援助交際の件、笠間を骨抜きにして部活動に支障を来たしかねない件。
倉島の完全な個人的印象からすれば、どれをとっても美果の行いの方が凶悪に思えた。だが良識のある教師の考え方としてはかなり歪であり、一部分を強烈に贔屓している。
改めてスマホに写された美果の写真を見る。
ただの小娘かと思っていたが、倉島はその写真の美果から目が離せなくなっていた。
「子どもだと思っていたが…身体はちゃんと女だな」
そう呟きつつ、倉島は下半身に熱が溜まっていくのを感じた。
「…」
倉島は自分の膝の上に上着を掛けると、美果の写真を見ながら自らの下半身に手を伸ばした。
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