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第二話「笠間」
2-2 散々な試合
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(結局誰にも相談出来なかったな…私どうすれば良いんだろう…)
「――美果、美果ってば」
ぽんぽんと肩を叩かれ美果はハッとした。夕美が心配そうな顔で美果を見ている。
「どしたの、ぼーっとして」
「な、なんでもない」
気づけばコートの順番が回ってきていたようだ。美果は慌てて立ち上がった。
「あ、身体が軽い」
「私の柔軟体操が効いたのね」
「これなら試合に勝てるかも」
「私が居るんだから勝てるに決まってるでしょ」
そんな軽口を言い合いながら二人は指定されたコートに向かって歩いた。
「おーい、早くしろー」
審判役の教師から声がかけられる。
「やった、倉島先生だ!」
「うわっ、倉島先生だ」
「うわっ?」
「う、ううん、何でもない」
体育教師の倉島は、背が高く筋肉質で一見強面にも見えるが、乱暴なことはなく男女平等に優しく接する爽やかなイケメンである。人当たりもよく生徒に対してもフランクに接する人柄のおかげで生徒から絶大な人気を持っていた。
だが何度もこの世界をループしている美果からすると、一方的に好意を抱いている美術の女教師黒部聡子を無理矢理ドライブに誘った上に強姦するという恐ろしい男である。しかも事が明るめになると倉島は「黒部先生とは以前から付き合っていました、彼女を怖がらせたのは申し訳なく思っています、責任は全て自分にあります」、といった言葉を並べ、学校関係者の前で黒部に頭を下げ非常に誠実な謝罪をしたという。
あくまで痴話喧嘩の一環だという倉島の発言を学校側は全面的に信じ込み、非合意での性的強要があったと訴える美術教師の黒部の言葉は被害妄想と取られてしまった。
結局警察に相談することも学校から強く止められ、八方塞がりになった黒部は精神的に追い詰められた。彼女は教師を辞職し、その後どうなったのか美果には分からない。
(絶対二人は付き合ってないし、仮に付き合ってたとしても無理矢理は駄目に決まってるじゃない…この世界ってやっぱりおかしい)
思い出すだけでもやもやとした気持ちが胸中に湧き上がる。美果はすっかりこの体育教師が苦手になっていた。
(今回、黒部先生が強引に誘われている所に無理矢理割り込んで助けることが出来たけど…それ以来倉島先生の視線がちょっと)
倉島は見目が良く、口も上手く、人望もある。その上美果が通う学校の教師である。出来ることなら絶対に敵に回したくない大人だった。
ちらりと美果はコートの中央に近寄りながら倉島を見た。すると倉島も美果を見ていた。じっと、探るような目つきである。
(…私に対する印象は、悪そう)
美果は気分が重くなるのを感じつつ、試合の開始を待った。
***
先にコートに到着した美果と夕美が同じチームとして参加する他の女子生徒達と挨拶をしながら数秒ほど待っていると、ネットの向こう側に対戦相手チームがやってきた。
「「…うわ」」
美果と夕美は同時にそう呟いていた。
それもその筈である。コートの対面に現れた対戦チームのメンバーの殆どが上級生の男子生徒達で、その上一人はこの間夕美がきっぱりと交際を断った笠間である。美果と夕美が一番会いたくない相手だった。
「全員中央に集まって」
戸惑う美果と夕美の様子に気づいていないのか、倉島はさっさと試合を始めようと生徒たちをネットの中央付近に呼んだ。ネットを挟んで対戦チームと向かい合う。ネットの向こうの笠間が敵意のある視線をこちらに向けていた。
「じゃあ向き合って、礼」
(同じバレーボールを選択してたなんて…それに笠間先輩にすごい睨まれてる気がする…怖い)
美果は明らかに動揺しながらも、その視線に気づかないふりをして試合に集中することにした。
***
「――笠間先輩ってほんと、ああいうところ嫌い!」
「確かに何か怖かったねー」
「文武両道で格好良いんだけど、ちょっと乱暴だよね」
「ぜい…はあ…」
夕美の憤慨の言葉に、同じチームでプレイした他の女子生徒も加わる。美果は肩で息をしていてそれどころではない。
「て言うか美果、大丈夫? 身体痛くない?」
「うん…ちょっと痛い、泣きそう」
元々運動が得意だったわけでもない美果は試合が終わっても息が整わない。夕美に心配そうに顔を覗かれ、素直に弱音を口にした。すると夕美は美果を抱きしめて頭を優しく撫でた。
「ごめんね! 私がちゃんと守ってあげれなかったから!」
「いやいや、夕美のせいじゃないから謝らなくていいって」
美果達の女子チームは、圧倒的点差をつけられて完敗した。
殆どが上級生であり、上背も力もある対戦チームの男子達は、様子見か最初は手加減をしてプレイしていた。
しかし笠間は最初のうちから容赦なく本気のレシーブを打ち込んだ為、それに釣られたのか他のメンバー達もすぐに本領を発揮しだしたのである。開始十分も過ぎる頃には彼らは美果達後輩女子チーム相手にまったく容赦をしなくなった。しかも笠間は何故か美果に対して敵意を剥き出しにしており、彼が力を入れて打ったボールはコートではなく美果に何度も直撃した。
「ちょっと! 絶対今のわざとでしょ!」
打ち込まれたボールに追いつくことも避ける事も出来ない殆ど初心者の美果が、集中的に攻撃されている様を見て夕美は怒った。相手コートの笠間に文句を言いに行こうとするのを、試合を審判していた倉島はまあまあと言って止めた。
「まあそう言うな立岡、笠間は真剣にプレーしてるだけだよ」
倉島は笠間に顔を向ける。
「笠間、お前はわざと後輩の女子にボールぶつけたりしてないだろ?」
「そんなことしてません、笹野が運動音痴なんじゃないですか」
「初心者相手にそれは無いんじゃないですか!」
しれっと、酷いことを言って自らの無実をアピールする笠間に、夕美が噛み付く。
「こらこら、喧嘩するな」
倉島は穏やかな口調で笠間と夕美の間に入り、美果に顔を向けた。
「笠間はわざとじゃないそうだ、笹野も…大したことないよな?」
「は、はい…」
美果にしか見えない角度で、倉島は妙に冷たい目つきでそう言った。
本当はボールの当たった箇所が赤くなっていてとても痛かった。しかし威圧感のある倉島のその視線に射竦められ、美果は涙目のまま「…平気です」と返事をすることしか出来なかった。
美果の返事のあと試合は続行された。
倉島は以前黒部を強引にデートに誘うことに失敗した件のあとから、美果に対してやたらと風当たりが冷たい。それは本日のような体育の授業になるとわかりやすかった。
(うう、心が折れそう)
美果は正直に言えばこの体育教師の八つ当たりじみた冷たい態度には辟易していた。しかしここで試合を中断させるような事を言って、これ以上波風立てたりせずに早く試合を終わらせたかった。
(これ以上悪い印象持たれたくないし、試合が終わるまで我慢しよう)
美果はその後、もう二回ほど笠間に強烈なボールをぶつけられて少し泣いた。
***
笠間達のチームに負けた美果と夕美のチームはその後、敗者復活戦へと進むと三回ほど勝ち進んだが、スポーツ部所属の女子チームにあっさりと負けた。
「ほんとにムカつく! やっぱりあの時フッといて正解だったよ!」
試合が終わり、本日の競技の日も終了したことで美果と夕美は更衣室へと向かっていた。その道中も憤慨し続ける夕美だが、彼女の口から出る不満は初戦の相手であり自分が交際を断った笠間に対してのみである。審判をしていた倉島に対してはそう言った不満の言葉が出ない。
(すごいな、笠間先輩に対する不満だけだ)
こういった所が倉島の凄いところだと美果は感じていた。
傍から見ればどう考えても倉島は笠間贔屓だった。笠間がわざとじゃないと言えば、美果達に許してやれと言って諭してくるだけで、一度も笠間達を注意していない。かなり美果達に大して冷たい対応だったはずなのだが、夕美も他の女子達もそれに気付かない。悪い印象は笠間や他の男子に対してのみ持ったようだった。
倉島は冷たい一瞬の表情や態度は美果にしか悟らせない。周りに人がいてもそれが出来るのは一種の才能だと美果は感心した。
「初戦は散々だったけど…あとは結構楽しかったからまあ良いか」
「うん、そうだね」
夕美はよほどの事でもない限りあまりネガティブな感情を後に引きずらないタイプである。急に怒りが収まったのか、美果に向き直った。
「今日はペアになってくれてありがとね、美果のおかげで楽しかった!」
「こっちこそ、ペアって言うか殆ど私のお守りさせちゃったね…夕美が沢山フォローしてくれたから敗者復活戦で勝てたよ、ありがとね」
「えへへ、どう致しまして」
照れくさそうに笑う夕美に、美果も笑顔になった。
***
「あ、今日の結果張り出されてるよ」
「どれどれ…あー…」
更衣室に向かう途中で玄関口に張り出されていたランキング上位者や、チーム等にちらりと目を通す。するとバレーボール部門で笠間のチームが一位を獲っていた。
「どうりで強いわけだ」
「だね」
「どうせならカバディでもしててくれれば良かったのに」
「…何でカバディ?」
夕美は少し考えてくすくす笑った。
「カバディする笠間先輩見てみたくない? ちょっとギャップっていうか」
「それは確かに」
必死にカバディをする笠間の姿を思い浮かべてしまい、美果も少し笑ってしまった。
「笹野、立岡、いま暇か?」
びくりと肩を震わせて、美果は振り返った。
いつの間に来ていたのか、美果のすぐ後ろに体育教師の倉島が立っていた。感情の伺えない冷たい目で一瞬美果を見ていたが、夕美が「何ですか?」と返事をするとぱっと表情を変えた。
「ちょっと後片付けを手伝ってほしいんだ、上級生で何人か体調崩した生徒がいて困っててな」
「いいですよ、どこを手伝うんですか?」
夕美ははきはきと答えていた。美果と違ってあまり疲れていないらしく、手伝いと聞いても嫌な顔一つしない。
「助かるよ、じゃあ立岡は運動場の方を頼む、笹野は」
「は、はい」
美果は少し緊張しながら返事をした。倉島は廊下の先を指差して言った。
「体育館の方も手が足りないって言ってたから、ボール集めとか手伝ってやってくれ」
「えー、私たち別々ですかー?」
「すまんな、俺もあとで手伝いに行くから」
まったく悪いと思っていなさそうな軽い謝罪をして倉島は足早に去っていった。体育教師だけあって今日のような日は特別忙しそうである。
「頼まれちゃったんじゃしょうがない、じゃあ美果、終わったら一緒に帰ろうね」
「うん、あとでね」
二人は約束をしてそれぞれ後片付けのために二手に分かれたのだった。
「――美果、美果ってば」
ぽんぽんと肩を叩かれ美果はハッとした。夕美が心配そうな顔で美果を見ている。
「どしたの、ぼーっとして」
「な、なんでもない」
気づけばコートの順番が回ってきていたようだ。美果は慌てて立ち上がった。
「あ、身体が軽い」
「私の柔軟体操が効いたのね」
「これなら試合に勝てるかも」
「私が居るんだから勝てるに決まってるでしょ」
そんな軽口を言い合いながら二人は指定されたコートに向かって歩いた。
「おーい、早くしろー」
審判役の教師から声がかけられる。
「やった、倉島先生だ!」
「うわっ、倉島先生だ」
「うわっ?」
「う、ううん、何でもない」
体育教師の倉島は、背が高く筋肉質で一見強面にも見えるが、乱暴なことはなく男女平等に優しく接する爽やかなイケメンである。人当たりもよく生徒に対してもフランクに接する人柄のおかげで生徒から絶大な人気を持っていた。
だが何度もこの世界をループしている美果からすると、一方的に好意を抱いている美術の女教師黒部聡子を無理矢理ドライブに誘った上に強姦するという恐ろしい男である。しかも事が明るめになると倉島は「黒部先生とは以前から付き合っていました、彼女を怖がらせたのは申し訳なく思っています、責任は全て自分にあります」、といった言葉を並べ、学校関係者の前で黒部に頭を下げ非常に誠実な謝罪をしたという。
あくまで痴話喧嘩の一環だという倉島の発言を学校側は全面的に信じ込み、非合意での性的強要があったと訴える美術教師の黒部の言葉は被害妄想と取られてしまった。
結局警察に相談することも学校から強く止められ、八方塞がりになった黒部は精神的に追い詰められた。彼女は教師を辞職し、その後どうなったのか美果には分からない。
(絶対二人は付き合ってないし、仮に付き合ってたとしても無理矢理は駄目に決まってるじゃない…この世界ってやっぱりおかしい)
思い出すだけでもやもやとした気持ちが胸中に湧き上がる。美果はすっかりこの体育教師が苦手になっていた。
(今回、黒部先生が強引に誘われている所に無理矢理割り込んで助けることが出来たけど…それ以来倉島先生の視線がちょっと)
倉島は見目が良く、口も上手く、人望もある。その上美果が通う学校の教師である。出来ることなら絶対に敵に回したくない大人だった。
ちらりと美果はコートの中央に近寄りながら倉島を見た。すると倉島も美果を見ていた。じっと、探るような目つきである。
(…私に対する印象は、悪そう)
美果は気分が重くなるのを感じつつ、試合の開始を待った。
***
先にコートに到着した美果と夕美が同じチームとして参加する他の女子生徒達と挨拶をしながら数秒ほど待っていると、ネットの向こう側に対戦相手チームがやってきた。
「「…うわ」」
美果と夕美は同時にそう呟いていた。
それもその筈である。コートの対面に現れた対戦チームのメンバーの殆どが上級生の男子生徒達で、その上一人はこの間夕美がきっぱりと交際を断った笠間である。美果と夕美が一番会いたくない相手だった。
「全員中央に集まって」
戸惑う美果と夕美の様子に気づいていないのか、倉島はさっさと試合を始めようと生徒たちをネットの中央付近に呼んだ。ネットを挟んで対戦チームと向かい合う。ネットの向こうの笠間が敵意のある視線をこちらに向けていた。
「じゃあ向き合って、礼」
(同じバレーボールを選択してたなんて…それに笠間先輩にすごい睨まれてる気がする…怖い)
美果は明らかに動揺しながらも、その視線に気づかないふりをして試合に集中することにした。
***
「――笠間先輩ってほんと、ああいうところ嫌い!」
「確かに何か怖かったねー」
「文武両道で格好良いんだけど、ちょっと乱暴だよね」
「ぜい…はあ…」
夕美の憤慨の言葉に、同じチームでプレイした他の女子生徒も加わる。美果は肩で息をしていてそれどころではない。
「て言うか美果、大丈夫? 身体痛くない?」
「うん…ちょっと痛い、泣きそう」
元々運動が得意だったわけでもない美果は試合が終わっても息が整わない。夕美に心配そうに顔を覗かれ、素直に弱音を口にした。すると夕美は美果を抱きしめて頭を優しく撫でた。
「ごめんね! 私がちゃんと守ってあげれなかったから!」
「いやいや、夕美のせいじゃないから謝らなくていいって」
美果達の女子チームは、圧倒的点差をつけられて完敗した。
殆どが上級生であり、上背も力もある対戦チームの男子達は、様子見か最初は手加減をしてプレイしていた。
しかし笠間は最初のうちから容赦なく本気のレシーブを打ち込んだ為、それに釣られたのか他のメンバー達もすぐに本領を発揮しだしたのである。開始十分も過ぎる頃には彼らは美果達後輩女子チーム相手にまったく容赦をしなくなった。しかも笠間は何故か美果に対して敵意を剥き出しにしており、彼が力を入れて打ったボールはコートではなく美果に何度も直撃した。
「ちょっと! 絶対今のわざとでしょ!」
打ち込まれたボールに追いつくことも避ける事も出来ない殆ど初心者の美果が、集中的に攻撃されている様を見て夕美は怒った。相手コートの笠間に文句を言いに行こうとするのを、試合を審判していた倉島はまあまあと言って止めた。
「まあそう言うな立岡、笠間は真剣にプレーしてるだけだよ」
倉島は笠間に顔を向ける。
「笠間、お前はわざと後輩の女子にボールぶつけたりしてないだろ?」
「そんなことしてません、笹野が運動音痴なんじゃないですか」
「初心者相手にそれは無いんじゃないですか!」
しれっと、酷いことを言って自らの無実をアピールする笠間に、夕美が噛み付く。
「こらこら、喧嘩するな」
倉島は穏やかな口調で笠間と夕美の間に入り、美果に顔を向けた。
「笠間はわざとじゃないそうだ、笹野も…大したことないよな?」
「は、はい…」
美果にしか見えない角度で、倉島は妙に冷たい目つきでそう言った。
本当はボールの当たった箇所が赤くなっていてとても痛かった。しかし威圧感のある倉島のその視線に射竦められ、美果は涙目のまま「…平気です」と返事をすることしか出来なかった。
美果の返事のあと試合は続行された。
倉島は以前黒部を強引にデートに誘うことに失敗した件のあとから、美果に対してやたらと風当たりが冷たい。それは本日のような体育の授業になるとわかりやすかった。
(うう、心が折れそう)
美果は正直に言えばこの体育教師の八つ当たりじみた冷たい態度には辟易していた。しかしここで試合を中断させるような事を言って、これ以上波風立てたりせずに早く試合を終わらせたかった。
(これ以上悪い印象持たれたくないし、試合が終わるまで我慢しよう)
美果はその後、もう二回ほど笠間に強烈なボールをぶつけられて少し泣いた。
***
笠間達のチームに負けた美果と夕美のチームはその後、敗者復活戦へと進むと三回ほど勝ち進んだが、スポーツ部所属の女子チームにあっさりと負けた。
「ほんとにムカつく! やっぱりあの時フッといて正解だったよ!」
試合が終わり、本日の競技の日も終了したことで美果と夕美は更衣室へと向かっていた。その道中も憤慨し続ける夕美だが、彼女の口から出る不満は初戦の相手であり自分が交際を断った笠間に対してのみである。審判をしていた倉島に対してはそう言った不満の言葉が出ない。
(すごいな、笠間先輩に対する不満だけだ)
こういった所が倉島の凄いところだと美果は感じていた。
傍から見ればどう考えても倉島は笠間贔屓だった。笠間がわざとじゃないと言えば、美果達に許してやれと言って諭してくるだけで、一度も笠間達を注意していない。かなり美果達に大して冷たい対応だったはずなのだが、夕美も他の女子達もそれに気付かない。悪い印象は笠間や他の男子に対してのみ持ったようだった。
倉島は冷たい一瞬の表情や態度は美果にしか悟らせない。周りに人がいてもそれが出来るのは一種の才能だと美果は感心した。
「初戦は散々だったけど…あとは結構楽しかったからまあ良いか」
「うん、そうだね」
夕美はよほどの事でもない限りあまりネガティブな感情を後に引きずらないタイプである。急に怒りが収まったのか、美果に向き直った。
「今日はペアになってくれてありがとね、美果のおかげで楽しかった!」
「こっちこそ、ペアって言うか殆ど私のお守りさせちゃったね…夕美が沢山フォローしてくれたから敗者復活戦で勝てたよ、ありがとね」
「えへへ、どう致しまして」
照れくさそうに笑う夕美に、美果も笑顔になった。
***
「あ、今日の結果張り出されてるよ」
「どれどれ…あー…」
更衣室に向かう途中で玄関口に張り出されていたランキング上位者や、チーム等にちらりと目を通す。するとバレーボール部門で笠間のチームが一位を獲っていた。
「どうりで強いわけだ」
「だね」
「どうせならカバディでもしててくれれば良かったのに」
「…何でカバディ?」
夕美は少し考えてくすくす笑った。
「カバディする笠間先輩見てみたくない? ちょっとギャップっていうか」
「それは確かに」
必死にカバディをする笠間の姿を思い浮かべてしまい、美果も少し笑ってしまった。
「笹野、立岡、いま暇か?」
びくりと肩を震わせて、美果は振り返った。
いつの間に来ていたのか、美果のすぐ後ろに体育教師の倉島が立っていた。感情の伺えない冷たい目で一瞬美果を見ていたが、夕美が「何ですか?」と返事をするとぱっと表情を変えた。
「ちょっと後片付けを手伝ってほしいんだ、上級生で何人か体調崩した生徒がいて困っててな」
「いいですよ、どこを手伝うんですか?」
夕美ははきはきと答えていた。美果と違ってあまり疲れていないらしく、手伝いと聞いても嫌な顔一つしない。
「助かるよ、じゃあ立岡は運動場の方を頼む、笹野は」
「は、はい」
美果は少し緊張しながら返事をした。倉島は廊下の先を指差して言った。
「体育館の方も手が足りないって言ってたから、ボール集めとか手伝ってやってくれ」
「えー、私たち別々ですかー?」
「すまんな、俺もあとで手伝いに行くから」
まったく悪いと思っていなさそうな軽い謝罪をして倉島は足早に去っていった。体育教師だけあって今日のような日は特別忙しそうである。
「頼まれちゃったんじゃしょうがない、じゃあ美果、終わったら一緒に帰ろうね」
「うん、あとでね」
二人は約束をしてそれぞれ後片付けのために二手に分かれたのだった。
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