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第一話「城木」

1-1 見て見ぬふり ※

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 麗らかな春の陽気が電車内に降り注いでいた。日差しは日に日に強くなり混雑する車内では汗ばむ季節となった。朝のラッシュ時である今は通勤通学の人々で車両内はギュウギュウ詰めである。しかし人々は見も知らぬ他人に身体を押されたり足を踏まれたりしながらも無言でその苦行に耐えていた。
笹野美果もその一人である。
彼女の通う高校まではこの電車にあと三十分以上揺られなければならない。もちろん座席に座るチャンスなどはない。本を広げて読んだりする余裕もないため、彼女は身動きのできない車内でぼんやりと吊り下げられている広告などに目を向けていた。
 がたん、ごとん。

 「――…ん……んっ…」
 「…?」

美果は電車が揺れる音と共にすぐ近くで聞こえた苦しげな女性の声に気がついた。
不思議に思って視線を横に向けると、扉の前に女子高生が立っていた。顔を真っ赤にし涙目のまま身体を小刻みに震わせている。見ると彼女の両手は自分の胸元と下半身を必死に押さえていた。よく見ると彼女の胸部やスカートの内側で何かがもぞもぞと動いている。驚いてよく見ると、それは女子高生のすぐ後ろに立っていたスーツの男の両手だった。男の右手は女子高生のブラウスの中に潜り込みその乳房を揉んでいて、左手はスカートの下から侵入して前に回り込み下半身を触っているようだった。

「…っ」

美果は驚きのあまり思わず声を上げそうになったが、慌ててそれを飲み込んだ。

(…ごめんね)

美果は目を逸らし、聞こえないふりをした。
心の中で痴漢に遭っている女子高生に謝りながら美果はすぐ間近のその二人に気づかれないように目をつむったのだった。

(今日は痴漢か)

美果は内心で深くため息をついた。

***

美果が自分を取り巻く不可思議な現象に気づいたのはずいぶん前だ。
学校帰りだった美果は公園のベンチで激しく求め合うカップルを目撃した。陽の沈むのが早い季節であり辺りはすでに暗いとは言え、まだ七時を過ぎたばかりだった。その時間に若い男女が衣服を乱し恥ずかしげもなく体を繋げているのを目撃し目を白黒させて帰宅したのを覚えている。
他にも学校の空き教室での情事や路地裏での援助交際による性行為。
週に一度のペースでそれらを目撃し、自分はどうして他人の情事をうっかり見てしまうのかと頭を抱えたのだった。そして本人たちの合意による愛のある行為ならばただ見て見ぬふりをして通り過ぎたのだが、割とそうでもない間柄の人物たちのやり取りにも出会ってしまった時は、犯罪だと止めようとした。だが欲情した獣のような男の前に飛び出す勇気が足りず、警察に通報するも時すでに遅しと言うことばかりである。

そもそも美果が一番疑問に思ったのが、そう言ったいつでもどこででも始まる性行為に気づくのが自分だけだということである。性行為を行う本人たちは一応だが隠れてことに及んでいるようではある。だがそれでも普通なら大勢に気づかれて通報されかねない場所や時間や相手に対して行われることが少なくない。それなのに大事にならないのは美果しか目撃者も通報者もいないからだと思われた。
彼女は五回連続で強姦や痴漢があったことを通報したが、加害者も被害者もあっという間にいなくなってしまい他に目撃者もいないことから性的妄想の激しい要注意人物とされてしまった。駆けつけた警察官に顔を覚えられており逆に注意を受けることになったのである。
そこまでのことがあってようやく自分がおかしな状況に身を置いていることに気づき、美果は注意深く周りを観察することにしたのだ。
 
例えば今隣で痴漢に遭っている少女について。
彼女の名前は森野舞。
私立の女子高の一年生で大人しい性格の美少女だ。彼女は黒い髪に色白の肌。赤い縁の眼鏡をかけたおっとりしたタイプの少女だが美果の記憶が正しければ彼女はこの一件で新たな性癖に目覚め、現在付き合っている彼氏と別れて売春をするようになるのである。最初のうち美果は何度か痴漢を止めようとしたものの、そういう時に限って人の壁が邪魔をして痴漢されている舞の所までたどり着けず、声を上げようにも注目を浴びた舞の精神的ダメージを考えると騒ぎを起こすことは出来なかった。警察に通報すれば先ほど述べたとおり、必ず失敗した。

舞以外の女性においても色々と考えつつ手をこまねいている間に一年が経ち、美果はさらに驚く現象に見舞われた。
無理やり犯されていた被害女性達が急に普通の生活に戻り、何事もなかったように立ち直ったのである。
痴漢にあったことで不登校になったはずの森野舞が、まるで何事もなかったかのように初々しい顔で駅のホームに立っているのを見て美果は目を丸くした。

そしてその不思議な現象は自分にも起こっていた。
美果は一年間在籍したはずの高校の入学式を新入生として再び体験したのだ。どうして周りの誰も何も言わないのだろうとどれほど狼狽えたところで誰からも答えは帰ってこない。

(ど、どうなってるの? まるで一年前に時間が戻ってる??)

どうやら時が巻き戻ったことに気づいているのは美果だけであり、クラスが別になったら寂しいね、と言い合った友人達に初めましてと挨拶をされて美果は天を仰いだ。
最初こそ混乱し、騒いだこともあった。だが再び一年が経つと全く同じように時は巻き戻った。その後も何をやっても一年が経つと時間は巻き戻る。いつしか美果はもう騒ぐのをやめ、様々なことを見ないふりをして時間が無事に通過するのを祈るようになっていった。
もうこれが何回目の繰り返しなのか、美果はよく分からなくなっていた。
 
***

今回は新たに繰り返しが始まってからまだ一週間と立っていない始まりの週だった。
被害に遭う女性も加害者の男もだいたい顔ぶれは同じである。たまに組み合わせが違ったりシチュエーションが違うこともあるがだいたいは同じような流れになっているので、美果は出来るだけ目撃を回避しようとするようになったのだが、なぜか彼らは美果の前で見せつけるように行為を始めてしまうのだ。

 (痴漢がAVの中だけの存在じゃないってことは、よく分かった…)



 美果が今までのことを思い返してぼうっとしている間に、隣で痴漢を働いている男の手の動きが激しくなっていた。
痴漢の男は城木正人という。独身の28歳。背は高く、ジムにでも通っているのか筋肉質だ。美果は怖くてあまり顔を見ていないが、城木は少し威圧感のある整った顔の大人の男だった。
彼はかなり大きな企業に勤めているエリート社員だが、ストレス発散にこうして度々悪行を働いていた。どうしてそんな事を知っているのか美果にも分からない。だが恐らく覚えていないほど以前の彼女自身がどうにかして調べた記憶が受け継がれているようだった。

痴漢である城木の手の動きが激しくなり、舞の息が荒くなるのが聞こえた。ブラウスの中で動く城木の手は舞の乳首を弄り、柔らかな乳房をむにゅむにゅと揉み続けている。下半身に伸びている手はどうやら下着の中へと侵入しているらしく、微かにクチュクチュと言う濡れた音が漏れていた。城木は舞の体を弄ることで興奮し、ズボンの前が大きく膨らんでいた。たまらなくなったのか城木は舞の背中に覆いかぶさるように密着して下半身の膨らみを彼女の尻の割れ目に沿ってぐいぐいと押し付けだした。

「…ぅ…くっ」

舞が耳まで真っ赤になりながら、それでも人に助けを求めることに抵抗があるのか、怖くて出来ないのか下を向いたままどうにか城木の手を止めようと服の上から自分の手を重ねていた。
しかしそんなことは何の障害にもならないらしく、城木は自分の荒い息を彼女の耳に吹きかけた。息を吹きかけられた次の瞬間、舞は喉の奥で小さく悲鳴を上げて全身をビクビクと震わせた。

「――…ふ、ぅっ…ぅぅっ!」

制服の上からでもわかるほど彼女の胸の突起は立ち上がり、足の内側には彼女の秘部から溢れたと思われる透明な液体が伝っていた。舞は荒い息を繰り返し、全身を小刻みに震えさせてぐったりと目の前の扉にもたれかかった。彼女が痴漢行為を受けて絶頂に達したのは明白だった。美果は顔を赤くして思わずごくりと唾を飲み込んだ。明らかに痴漢行為はエスカレートしており、音も動きも大きくなっていた。しかし美果が改めて周りを見回してもやはり誰も二人の行為に気づいているものはいないようだった。苦虫を噛み潰した顔で美果は小さくため息をついた。そして、その間にも痴漢行為はまだ続いていた。
 ジジジと小さな音を立て、城木はズボンのチャックを下ろしていた。開かれた隙間からはシミのできた下着が現れ、それを器用に下ろすとはち切れんばかりに勃起した肉棒が現れて美果は思わず目をそらした。
行為が終わったと思っているのかぐったりしたまま動かなかった舞のスカートをめくり、城木は彼女の下着を素早く下ろした。え、と言う小声での驚きの声が響いた次の瞬間、城木は濡れそぼった彼女の蜜壷へと硬く勃起した肉棒を突き入れた。

 「――…ひ、ゃっ、あっ!!!」

 悲鳴を上げそうになる舞の口元を手で覆い、城木は腰をぐいぐいと前へ突き出していく。完全にふたりの下半身が密着し、痴漢の肉棒が全て舞の内部へと入ったことが分かった。美果の耳にははっきりと無理矢理犯された舞の悲鳴が届いていたが、やはり騒ぐ者はいない。

 「うぅっ、んぅっ、んっ、んっ、んー!」

 ぐちゅっぐちゅっぐちゅっぐちゅっ!!!

カチャカチャカチャ、と城木のベルトの金具が鳴る。
城木は舞を後ろから抱きしめながら激しく腰を打ち付けながら、恍惚とした表情を浮かべていた。彼氏が居るため初めてではなかったようだが、それでも大変なショックを受けているらしく、舞は真っ赤な顔で涙を流しながら揺すられていた。電車が揺れ、人々の体が揺れる。しかし明らかにその揺れとは別種の動きで二人の体が小刻みに揺れ続けた。

 『次の停車駅は…』

 車内にアナウンスが流れる。その声に美果はハッとした。すっかりすぐ近くで行われる性行為に目を奪われていたことに気が付く。美果は恥じらって再び目をつむった。もう下車する駅は目前である。そう心に決めたとき、二人の苦しそうな声が耳に入った。

 「はあはあ…うっ、出る…出るっ!!」
 「ぅ、ぅ、ぅん、んぐ、んんっっ!」

 つい目を開けて二人を見ると、城木は腰を小刻みに揺らしはあはあと荒い息を付いて満足そうな顔をしていた。対する舞はポロポロと涙をこぼして再び扉にもたれかかっていたのだった。何がどうなったのか、それは深く考えなくても美果には理解できた。

***

 美果はこういった情事が間近で行われることを無視しつつ、罪悪感に悩まされながら毎日を送った。体育倉庫でレイプされる同級生を目撃し、脅されて援交をさせられる上級生に眉をひそめ、元彼に拉致された女性が強姦されるのを助けられず唇を噛んだ。

 気づけば季節は冬になっており、あと一週間で終業式という時期になっていた。

 (また気づいたら入学式の日に戻ってるのかな)

そろそろこの一年も終わりだと考えながら学校を終え美果は帰宅した。
家族はまだ帰っておらず、両親は帰りが遅いという事を聞いていたので夕飯は一人で食べる予定である。

「うー、寒い」

美果が自分の部屋に入りストーブのスイッチを入れたとき、背後で物音がした。

「…え?」

ぎくりとして美果はゆっくりと振り返る。
そこには黒い目出し帽をかぶった男が立っていた。

「きゃ!?」

ズボンの上からでも分かるほど勃起した醜悪な化け物のような膨らみに気づき美果は悲鳴を上げようとした。しかし声を上げる前に飛びかかってきた男に殴られ床に押し倒される。荒い息の目出し帽の男は美果に馬乗りになりそのまま首に手をかけてきた。

「う、ぐっ」

 (ああ、思い出した…私はいつも、最後はこうして、終わるんだ)

 息ができなくなり頭の中が真っ白になる感覚に、美果は全身で暴れたが意識はどんどん薄れていった。耳には首を絞めあげてくる変質者の荒い息の音だけが響いていた。

***

――――…ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

 可愛らしい電子音が頭の上で響き、美果はぱちりと目を覚ました。すぐさま起き上がり、自らの体を抱きしめた。

 「…生きてる」

 美果は全身に汗をかいていた。寝巻きの袖で額の汗をぬぐい、ドッドッドッ、と早鐘のような音を立てる心音が次第に落ち着いてきてから深呼吸をする。そしてハッとして壁にかけられているカレンダーに目を向けた。そこには一年前の四月の日付が並んでいた。その事に気づき、美果は安心と落胆の入り混じった息を吐いた。

 「また、か…」

 こうして美果の一年間という月日の繰り返しがまた始まったのだった。
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