おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十五章:最後の修学旅行 第一夜

退廃浴場

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 *

 それから数分後すうふんご
 6年2組女子の部屋から脱出を果たした『美晴』は、行くあてもなく、ホテルの廊下をさまよっていた。

 「はぁっ……。はぁっ……」

 呼吸は未だ荒い。バクンバクンと心臓は痛いくらいに活発に動き、動悸どうきが収まる気配は全くない。それにともない、興奮も、欲求も。
 初めて経験する、「酩酊めいてい」。その負担は、『美晴』の身体にはとてつもなく大きかった。まっすぐ歩くことはできないので、壁に手をつきながら、ゆっくり一歩ずつ前に進む。

 (五十鈴イスズの方は、上手くやってるかな……)

 *

 『マカダミアナッツ』。その合言葉を言うと、カチャリ……と静かに、ほんの少しドアが開いた。そして、その隙間から「時間がないわ。早く来なさい」という、五十鈴のヒソヒソ声が聞こえてきた。
 五十鈴は、蘇夜花たちが集まる部屋から抜け出し、本当に助けに来てくれたのだ。『美晴』は五十鈴に従い、起き上がってすぐに部屋を出た。最後に牟田ムタが「フンガァッ!! おお、お前は、ぼぼぼくのものだぁっ!!」と叫び、襲いかかろうとしてきたが、五十鈴と共にバタンとドアを閉め、牟田を女子部屋の中に封印した。

 「はぁ、はぁ……。大丈夫……なのか……? おれに……手を貸して……」
 「あら、屈辱くつじょくね。美晴ごときに心配されるなんて」
 「今は……お前と口ゲンカを……したい気分じゃない……。心配……させてくれよ……。お前のこと……」
 「これでも考えて行動したつもりよ。わたしはいつも、あなたより頭を使って生きてるわ」

 ①ドアのある位置は中継スマホから死角になっており、さらに室内も薄暗いため、『美晴』がどうやって脱出したのかは非常に分かりづらい。
 ②「クソ虫たちの交尾がキモすぎるから、トイレで吐いてくるわ」と、蘇夜花に伝えてからここに来たので、自分が手を貸したと疑われる可能性は低い。
 という二点を、五十鈴は高らかに『美晴』に語った。

 「もうすぐ、ここに先生が来るわ。あなたはどうする? 今起こったことを、全部先生に話す?」
 「ううん……。おれは……ぜんっぜん……ノーダメージだから……! 蘇夜花……なんて……たいしたことないし……、今夜のこと……は……全く……気にしてない……!」

 ただの強がり。『美晴』がそう言うと、五十鈴は安心したように微笑ほほえみ、持参したハサミで『美晴』を縛るなわとびを切った。

 「ふふっ、そうね。そういう強気な態度の方が、イジメなんかを楽しんでるバカな連中には効くのよ」
 「お、お前……。どっちの……味方なんだ……」
 「あなたの敵よ。わたしはそれでいい」
 「……」

 何かを言おうとして、『美晴フウタ』は言うのをやめた。

 「行きなさい、美晴。とにかくここから離れた場所へ」

 *

 そして、現在。
 
 「汗が……ヤバい……。全身……びしょれだ……」

 病的なまでの発汗はっかん。『美晴』の長い黒髪は、おデコやほっぺたに貼り付いている。サウナから出た直後みたいに、ムワッとした湯気ゆげが、全身から立ちのぼっている。
 
 「んー……。んんー……」

 そして汗をかくたび、意識は揺れた。
 胸のふくらみの間。太ももの付け根。腰からお尻にかけて。気持ちの高まりにより、自分の体表を流れる汗を、どうしても感じてしまう。しずくれてどこへ行くのか、頭のなかで想像してしまう。

 「はぁ、はぁ……。どこに……行けば……」

 目的地はない。ただひたすら歩く。3階の階段を降りたので、現在地は2階の廊下。
 『美晴』は、なるべく人がいない場所を探していた。その理由として、はたから見たら病人のように見えるので、誰かに見つかったら騒ぎになってしまう、というのが一つ。
 そして、もう一つの理由は……。

 「あ……。男子……トイレ……」
 
  (男子……誰かいるかな? 入ってみようかな。誰でもいいから、ちょっとだけ、ハグ、とか……)

 「あー、もうっ……! なんで……そんなこと……考えるんだよ……! それは……違うって……!!」

 異常に欲しているのは、肌のふれあいと、人のぬくもり。解放的になりすぎて、もはやよくなってしまっている。
 異性を求めて男子トイレに侵入することは、さすがに自制心で止めた。しかし、そこに至る寸前のところまで来てしまっている。

 「はぁー……、はぁー……。とにかく……今……誰かに会うのは……マズい……! 特に……男子に会うのは……!」

 きっと、甘えてしまう。きっと、誘惑してしまう。きっと、好きになってしまう。
 絶対に、男子と出会ってはいけない。

 「あれ? 風太くん?」

 しかし、出会ってしまった。男子トイレから出てきたばかりの、そいつに。

 「えっ……」

 名前を呼ばれて、顔を上げる。そして、その相手を見た時、ギチギチに張りつめていた『美晴』の全身の力は、一瞬フッと抜けた。

 「み、美晴……? な、なんで……こんな……ところに……」
 「風太くんっ! ここで何してるんですか?」
 「今……じゃない……。今は……ダメだ……。今だけは……、美晴に会っちゃダメなんだよ……!」
 「何を言って……えっ!? すごい汗っ!」
 
 体操服姿の『風太』が、こちらに近寄ってくる。『美晴』が流している汗の量を見て、心配そうな顔をしている。
 その『風太』の手の上には、透明な袋。ラッピングされているのは、星型の小さなキャンディ。見ただけで背筋がゾクッとする、すべての元凶。

 「星幻糖せいげんとう……!? なんで……お前が……持ってるんだ……!?」
 「こ、このキャンディですか? さっき、雪乃ちゃんから分けてもらって」
 「捨てろっ……!! こんなものっ……!!」
 「きゃっ!」

 バシンッ!
 『美晴』は最後の力を振り絞り、『風太』の手から星型のキャンディをはたき落とした。しかし、その後は完全に力が抜け、ガクンと膝をついて座ってしまった。
 『美晴』の血相、態度、体調。全てが平常には見えず、『風太』は目を丸くしていた。驚きながらも、倒れそうになる『美晴』の体を、自分の体で咄嗟とっさに支えた。

 「な、なんですか……!? 何があったんですか!? わ、わたし、何も分からなくてっ!」
 「はぁ、はぁ……ダメだ……。もう……」
 「何がダメなんですか!? 話せるなら、話してっ!」
 「一度だけ……言う……! よく……聞いてくれ……美晴……」
 「は、はいっ!」
 「おれを……誰もいないところに……連れていってくれ……。そして……、今から……おれが……おかしなことを……したら……、全力で……止めてくれ……! 殴って……でも……!」

 *

 ここは、6年1組男子の部屋。
 本来は風太が泊まるはずだった場所であり、現在は美晴を含めた6年1組の男子たちが泊まっている場所である。

 「みんな、1階の大浴場に行ってますから。しばらくは誰も来ないと思います」

 そして『風太ミハル』は、まっすぐに歩けない『美晴フウタ』の体を支えながら、そのまま洗面所せんめんじょへと入った。洗面所の奥にあるのは、各部屋に併設へいせつされている、あまり広くない風呂場。
 
 「美晴は……大浴場に……行かないのか……?」
 「その……男子のみんなと一緒に男湯に入るのは、まだちょっと抵抗があったので。この部屋に一人で残ることにして、そろそろお風呂に入ろうと思っていた時に、風太くんと出会ったんです」

 『美晴』にバンザイをさせ、汗でびっしょり濡れた体操服を、頭からスポンと引き抜く。短パンを降ろし、靴下を脱がせ、下着を手際てぎわよく外し、最後にバスタオルで胴体どうたいを巻く。完成。

 「ふぅ。まずは、その汗をシャワーで流しましょう」
 「……」

 『風太』は『美晴』を風呂場へ見送ろうとした。
 しかし、『美晴』は先へと進まず、その場で立ったまま動かない。何かを考えているのか、目を少し細めて、『風太』をじっと見ている。

 「どうかしましたか?」
 「えっと……」
 「うん?」
 「一緒に……入ろう……」
 「えぇっ!?」

 突然のお誘い。

 「お前も……風呂に入るつもり……だったんだろ……? 二人で……一緒に……入れば……、いろいろ……早く終わるしっ……!」
 「そ、それは……」

 普通の生活のなかでは、まず起こらないこと。
 この風呂は混浴ではない。風太と美晴は家族ではないし、もう分別ふんべつのつく年齢でもある。何か、何か特殊な事情や関係性がないと、男女でそういう流れにはならない……ハズ。
 ただ、あまりにも風太が自然をよそおって誘ってくるので、美晴は「おかしいのはわたしの方なのかも」と、自分の感性を疑った。
 
 「ほら、早く……入ろう……。美晴も……早く……脱いで……」
 「う、うん? これが普通、ですか?」
 「普通……だよ……。交代で……シャワーを……普通に……浴びる……だけだし……」
 「えっと……。いいの、かな?」
 「あんまり……考えなくて……いいって……。誰も……見てないんだから……」
 「は、はいっ」

 『美晴』に強引に引き込まれ、『風太』は頭にハテナマークを浮かべたまま、自分も胸(男子なので平らな胸)を隠すようにバスタオルを巻き、風呂に入る準備をした。
 人を狂わす星幻糖が、再び効力を発揮している。『美晴』の目はもう、いつもと同じ色をしていない。

 *

 「……」
 「……」

 何も起きなかった。
 
  『風太』がシャワーを浴びて、次に『美晴』がシャワーを浴びる。それが終わった。その間、特に「おかしなこと」は、何も起きていない。
 今、二人は浴槽よくそうの中にいる。風呂を沸かしたわけではなく、お湯を出しっぱなしにしたシャワーヘッドを浴槽に沈め、温水おんすいを溜めている。その浅くてぬるい風呂に浸かりながら、『美晴』と『風太』は向かい合わせで座っている。

 「そ、そろそろ出ましょうか」
 「いや……。もう少し……ここに……いよう……」

 何か起こる前に、『風太』は風呂を出たかったが、『美晴』がそれを拒否していた。
 二人きりで無言のまま、ぬるま湯にひたされている時間が続く。

 (まるで、コップのなかの氷みたい……。わたしも風太くんも、どんどん溶けて小さくなって、最後はなくなっちゃうのかな)

 と、『風太』がそんなことを考えだしたとき、『美晴』が静かに口を開いた。

 「氷……みたいだよな……。おれたち……」
 「えっ!?」

 びっくりして、『風太』は思わず自分の口を塞いだ。

 (わたし、今、言った!? 口から出てた!? そ、そんなはずないっ。口に出してないっ!)
 
 『美晴』はさらに続けた。

 「コップのなかに……氷が二つ……。溶けてなくなる前に……氷がどうなるか……。美晴は……知ってる……?」
 
 『風太』は激しく動揺している。
 
 (わたしの考えが、分かるの!? 風太くんは、わたしの脳内を読んでるってこと!? ……ううん、違うっ! そうじゃないっ! これは、まさか……!)

 そして、真相にたどりつく。
 『風太』が答えを導き出せた理由は、『美晴』がすぐ近くまで来ていたからだ。目が合う距離……と言うには近すぎるくらいの、目を合わせることしかできない距離。

 (やっぱり、わたしになってる……。考えてることが同じになるくらい、風太くんは美晴に染まろうとしてるんだ。この状況で……!)

 「くっつくんだよ……。二つの……氷は……」

 ちゃぷっ。
 小さな水音と共に、二人の身体は密着した。『美晴』が『風太』に、上からおおかぶさろうとするようなかたちで。

 *

 「んふふー……」
 
 その妖艶ようえんな笑い方は、まるで大人の女性。少なくとも、男子小学生ができるような表情ではない。

 「風太くん、ダメっ」

 『風太』は腕の筋力で、『美晴』を支えていた。
 これ以上、自分の方へ倒れこんでこないように。二人の身体がくっついて、「共鳴レゾナンス」を起こしたりしないように。

 「美晴は……好きな人……いる……?」
 「えぇっ!? な、なんですか急にっ!」
 「いるか……いないかで……言うと……?」
 「え、えーっと!」

 いる。が、今それを言える状態じゃない。
 そして、おそらく『美晴』は、それを聞くために質問していない。一瞬悩んだが、『風太』は柔軟に回答した。

 「いない、です……!」
 「そっか……。よかった……」
 「よかった……?」
 「お、おれも……いないから……。好きな人……」
 「えっ」

 いる。が、いないと思いこもうとしている。
 恥ずかしがって「好きな人なんていない!」と言ってるわけじゃなく、本当に好きな人はいないんだと、自分に言い聞かせている。次の結論に至るために。

 「だったら……大丈夫……。好きな人が……いたら……ヤバいけど……、お互いに……いないなら……、こんなことやっても……問題ないと……思う……」

 欲しがっていたのは、免罪符めんざいふ
 愛に飢えた『美晴』は、『風太』とのより強い結び付きを求めている。その勢いに押されてか、『風太』の腕の力は若干緩くなった。

 「あっ……!」

 ぬるま湯に、小さな波が立つ。
 腕で支えきれなくなり、落ちてしまった。『風太』の堅い胸板に、『美晴』のやわらかいほっぺたが、ぷにっと着地した。

 「あ、あははっ……!」

 『美晴』は笑った。
 もう『風太』は『わたし』を止められないのだと、確信して。

 「んー……? ふふ……」

 ほっぺたをすりすり。自分を受け止めてくれた胸に甘える。
 ほっぺたの次は耳たぶ、そして頭をすりすり。動物のオスとメスが、お互いの匂いをマーキングするみたいに、頭をゆっくりじっくりと、体をゆっくりじっくりと、『風太』にこすりつけていく。

 「にゃ……あん……」

 子猫のような、小さな声を漏らす。ペットみたいに、可愛がってもらうために。
 そして、『美晴』は寝返りをうつように体勢を変え、座っている『風太』の膝の上に座った。

 「身体とか……触る……? いい……けど……」

 「触ってほしい」と言わないのは、思考まで美晴になっているからだ。すでにこれだけ甘えているクセに、あくまで自分はさわられている側、というスタンスを崩さない。『わたし』から積極的にやるより、『風太くん』の方から来てほしいという乙女願望が、根底にある。

 「ほら……早く……。やっても……大丈夫……だから……」

 しかし、まだ『風太』は動かない。
 やけにらされている。

 「興奮……してるんだろ……? それは……お互い様……だから……。何も……気にしなくて……いいんだ……」
 「……」
 「恥ずかしいのも……お互い様……だし……。でも……これぐらいなら……別に普通だと……思う……。少しだけ……だ、抱きしめて……くれれば……」
 「風太くん」

 だらだらと言い訳を並べる『美晴』に、一言。
 『風太』はポツリと言った。

 「わたし、興奮してません。今のあなたには」
 「えっ……!?」

 それは、『風太』ではなく、美晴としての一言。

 「あなたが一人で勝手に興奮してるだけ。わたしは普通の状態です」
 「う、ウソだっ……!! そんなわけ……ない……!!」

  パシャッと水音を立てながら、『美晴』は急いで下半身に触れた。自分の下半身ではなく、自分のお尻の下にある、少年の下半身に。

 (そんな……わけが……)

 男子が興奮したらどうなるかは、風太も美晴も知っている。しかし、今はそれが起こってない。

 「なんで……? どうして……何も……感じてない……の……?」
 「風太くん、『美晴デビル』って知ってますか?」
 「美晴デビル……? うん……。会ったこと……あるけど……」

 「美晴デビル」とは、呪いのノートの化身の名前だ。そのビジュアルは、まさに悪魔のような格好(コスプレ)をした美晴。
 夢の中で、美晴はそいつに襲われたが、風太が退治した。

 「わたし、美晴デビルにいろいろ……ヘンなことをされました。ちょうど、今のあなたと同じように」
 「えっ……。おれが……あいつと……同じ……?」
 「でも、耐えられました。興奮を抑えることができたんです。どうやったか分かりますか?」
 「ど、どうやって……?」
 「自分のことを、美晴だと強く思うんです。美晴は、『美晴』に、興奮しない……!」
 「……!」

 つまり、自分のはだかに性的な魅力を感じないのと同じ理屈。風太と美晴、もしくは『美晴』と『風太』ならば、そこに興奮はあったのかもしれないが、今は違う。「美晴デビル」に襲われた経験から、美晴は『美晴』に対して、気持ちを制御できるようになったのだ。

 「正直、いてます。わたしは女子なので、男子に好かれようと色目を使ってる『美晴』は、気持ち悪く見えます」
 「じゃ、じゃあ、男に……なれよ……。おれは……美晴に……なりきるから……、お前は……風太に……なれよ……! おれが……許可する……から……!」
 「なりません。今は、なりたいとは思わない」
 「だったら……。お、おれが……男に……なる……。ちゃんと……男っぽく……するから……、お前が……女になって……!」
 「無理だと思います。あなたの甘え方は、もう女の子だから」
 「そ、それなら……どうすれば……いいんだよ……。おれは……何も……満たされてない……。興奮だけは……あるのにっ……。はぁ、はぁ……くそっ……!」
 
 パシャッ。悔しそうに、右足で水面を叩く。
 『風太』に突き放されたことによって、『美晴』の「酔い」が、急激に覚めてきている。星幻糖の悪夢が、終わりに近づいている。
 このままでは、不満しか残らない。自分の身体を無理やり興奮させるために、わざと呼吸を荒くして、『美晴』は最後の手段に出た。

 「はぁ……はぁ……もういい……。じゃあ……、最後に……これだけ……」
 「なんですか?」
 
 ぐっと、顔を近づける。そして、目を閉じる。
 
 「ん……」

 流れもムードもない。勢いに任せた、とても雑なキスのせがみ方。
 しかも、待ちの姿勢。自分から行こうとしない。それは今の風太が、キスにすら臆病おくびょうな『美晴』だから。

 「……そろそろ出ましょうか。お風呂」

 *

 何も起きなかった。
 一緒に風呂に入っただけ。何ごともなく、『美晴』と『風太』は風呂から上がった。
 今はお互いに背を向けて、バスタオルでごしごしと頭や体を拭いている。
 
 「いろいろと……ごめん……。美晴……」
 「ふふっ。いつもの風太くんですね。よかった」

 やっと、「酔い」が覚めた。

 「星幻糖の……せいなんだ……。蘇夜花に……食べさせられて……」
 「分かってます。さっきのキャンディですよね? 本当に危険なものなんですね」
 「おれを……拒否……してくれて……ありがとう……。今は……もう……大丈夫……だ……」
 「自覚はあるんですか? さっきまで、自分が何をやっていたか」
 「うん……」

 記憶はハッキリしている。「酔っていたから何も覚えていない」、とはならない。
 反省と恥ずかしさから、『美晴』は顔を上げることができなかった。落ち込む『美晴』を、『風太』は励まそうとした。

 「き、気にしないでっ。わたしの身体のせいでもありますし」
 「……」
 
 タッタッタッタッタッ。
 遠くから聞こえてくる、誰かの足音。

 「ん?」
 「ん……?」

 走っている。ろうかを走って、こちらに近づいてくる。

 「だ、誰か来るっ!?」
 「まさか……帰ってきた……のか……!? このタイミング……で……!?」
 「どうしようっ! まだ着替えてもないのにっ!」
 「み、美晴っ……! とりあえず……服を持って……こっちに……来い……!」

 ────────
 ────
 ──

  タッタッタッタッタッ……バタンッ!!

 「イェーイ!! ただいま、風太っ!! みんなでトランプやろうぜ!! トランプーっ!!」

 ここは6年1組男子の部屋。最初に戻ってきたのは、坊主頭のイタズラ好きな少年、勘太カンタだった。右手にトランプを持ち、ニッコリと満面の笑みを浮かべている。

 「お、おかえりっ……!」

 勘太がドアを開けたとき、『風太』はすでに布団に入っていた。ちょうど今起きた、とでも言うかのように、上半身だけを布団から出している。
 
 「……!」

 『風太』の下半身は、掛け布団の中。やけにモコモコと膨らんだ、布団の中。
 まだ誰も気づいていない。この中に、女子がいるなんて。
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