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特別編 その4
ギャル系JS理穂乃ちゃんの幸せな末路 第三話
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それから数時間後。
クラスごとの学芸会の練習も本日はここまでとなり、すべての小学生が下校する時間となった。6年1組の生徒たちがみんな下駄箱を通った後、最後に風太と理穂乃もその下駄箱を通って、学校から出た。
夕陽に照らされる帰り道。『理穂乃』は男子が使う黒いランドセルを背負い、『風太』は女子が持つようなスクールバッグを肩から提げて、二人並んで歩いた。男女あべこべな光景だが、今の二人にとってはそれが“私物”だった。
「……」
「……」
話すタイミングをうかがい、まずは風太から口を開いた。
「どうだった?」
「どうって?」
「雪乃の様子……。あと、教室の様子も」
「別に、何もなかったわよ。あたしが黙って立ってたら、いつのまにか雪乃って子は泣き止んで、それでおしまい。あたしとの絡みもなく、あの子は女子の友達と一緒に帰ったわ」
「そうか。それならいいんだ……」
「何か慰めの言葉でもかけてほしかった? あの子に」
「いや、言葉はいらないハズだよ。多分」
「ふーん……」
心で通じ合っている、とでも言うような。馴れ合いではなく、仲良しという次元でもなく、風太と雪乃の関係は信頼という域にまで達している……ような気がする。理穂乃は満足そうな風太の顔をじっと見つめ、少しだけ目を細めた。
そして今度は、理穂乃の方から口を開いた。
「あと、これを見て」
「うん?」
理穂乃はTシャツの袖をめくり、自分の右肩を風太に晒した。そこには、先ほどの痛々しい青アザはなく、代わりにぐるぐると巻かれた白い包帯があった。
「『風太くん、ケガしてるね。この包帯を使って?』……だってさ」
「誰がそれを?」
「雪乃の友達の……緩美って子。あたしがそれを無視してると、今度は健也とかいう男子もやってきて、『自分で巻けないのか? じゃあ、おれに任せとけ』って、勝手に包帯を巻いていったわ」
「緩美と健也か……。ケガが治ったら、ちゃんとお礼を言わないとな」
「その二人も、あんたの友達なの?」
「ああ。緩美は誰にでも優しいし、健也はすごく頼りになる男なんだ。おれの自慢の友達さ」
「へぇ……」
風太の話を聞きながら、理穂乃は包帯の上から肩をさすった。緩美と健也のおかげなのか、ズキズキと激しかった痛みはもうすっかり引いている。
「そんな奴らがいっぱいいるんだ。とっても良いところだろ? おれたちのクラスって」
「……」
何も答えず、理穂乃は顔を背けた。
否定するようなことを言ってやろうと思ったが、それが見つからなかった。理穂乃は、6年1組についての「世界で2番目にくだらない場所」という評価を、少しだけ改めようとしていた。
「あの場所に比べたら……そうかもしれないわね」
「ん? 何か言ったか?」
「別に。あたしにとっては、そんなのどうでもいいことなの」
「理穂乃……」
「ほら、そろそろあたしの家につくから」
「理穂乃の家?」
そして理穂乃は、一棟のマンションの前で立ち止まった。ボロボロというわけではないが、高級感も特にはない、普通の5階建てマンションだ。建物の中に入ると、理穂乃は1階でエレベーターを止め、後から来た風太もそれに乗り込んだ。
「部屋番号は401。あたしの家はそこ」
「お前の家に、おれたち二人で帰るのか?」
「そうだけど。何か問題ある?」
「『風太』が上がり込んでもいいのかよ。急に男子が家に来たら、お前の親がびっくりするんじゃ……」
「父親はいない。母親は多分彼氏の家。当分は帰ってこない」
「あっ……! ごめん、理穂乃」
「何よ。哀れみのつもり?」
「違う……。おれ、もう少し考えてからしゃべるよ」
「昔からこういう家庭だし、気にしてないわ。とにかく、今のあんたは『あたし』なんだから、あたしの家で『理穂乃』として生活してよね。それができないなら、あんたを殺してあたしも死ぬ」
「死ぬとか、殺すとか、言わないでくれ……! お前の代わりに、ってことだろ? お前が『風太』をやってくれるなら、おれだってしっかり『理穂乃』をやるさ」
「約束して。あたしを絶対に裏切らないって」
「約束するよ! 理穂乃の気持ちを裏切るようなことは、絶対にしない……!」
エレベーターは4階に到着し、風太と理穂乃の二人は、そのフロアの一号室である「401」の部屋の前までやってきた。
理穂乃は風太をその場に待たせ、まずは一人だけで部屋の中へと入った。そして5分ほど経った後、自分のスクールバッグと風太の黒いランドセルを部屋の中に置いてから、風太が待つ場所へと戻ってきた。右手に、さっきとは別のバッグを持って。
「はい。これは、あんたのだから」
「おれの? なんだこれ?」
手渡され、風太は受け取った。それは、女の子向けの雑誌の付録みたいな、派手なビニール製バッグだった。「Cute&Sweet」というロゴと、少女漫画の主人公がプリントされている。普通の男子ならまず手提げることのないデザインのバッグだ。
風太のイメージの中では、それは『雪乃のプール用バッグ』に近かった。水泳の授業がある日に、雪乃がこんな感じの手提げバッグに自分の水着を入れて学校に持ってきていた……ような気がする。
「プールのカバン……?」
「あたしの着替えが入ってるから。持っていくでしょ?」
「き、着替えっ!!? ちょ、ちょっと待てっ!! 着替えって、つまり、理穂乃の服が入ってるってことだろ!?」
「当たり前じゃん」
「意味分かってるのか!? おれが服を着替えるってことは、お前のっ、その……! いろいろ、見なくちゃダメになるっていうか……! そんなの、お前だってイヤだろ!? あんなに嫌がってたじゃないか!!」
「イヤよ。あたしの下着も、あたしの裸も、全部あんたみたいな男子に見られるなんて。最悪」
「だったら、どうして着替えが入ったカバンなんか……!」
「そんなこと言えない場所だから。あんたが今から行くのは」
「行く? おれが、どこに……?」
今からどこかに行かされる。その場所を風太は尋ねたが……。
「あたしの学校」
全く分からない答えが、理穂乃から返ってきた。
「あ、あたしの学校? なんだよ、それ!」
「行ったら全部分かるよ。あたしのこと」
「そりゃあ、理穂乃のことは理解したいけど……! まだ全然説明が足りないよ! お前の着替えを持って、お前の学校に行く? おれが? ど、どういうことなのか、説明をっ!」
「ううん。説明はこれだけ。場所を教えるから、早く行ってよ」
「で、でもっ……!」
ワケも分からず、うろたえる風太。理穂乃は「あたしの学校」とやらがある場所をサラサラと紙に書き、風太の手に紙片を握らせた。そして、風太の耳元に口をそっと近づけて、ささやくように言葉を紡いだ。
「あたしの気持ちを裏切らないって、約束したでしょ?」
「……!」
約束。風太はその言葉に、従うしかなかった。
* *
道路でタクシーを拾い、目的地まで行く。それすらも初めての経験だった。小学生である風太には、タクシーは大人と一緒に乗るべき乗り物だという認識があった。料金の支払いなんかも、子どもが一人でやることじゃないと、勝手に思い込んでいた。
「ふぅ。ここまで来たはいいけど、急に緊張してきたな……!」
ここから先は、『理穂乃』の世界。体一つ……それも自分のじゃなく他人の体で、その世界に飛び込んでいく。12歳の男子としてでは経験できないことがいくつも起きるだろう。それを改めて意識すると、風太の心臓はトクトクと鼓動が早くなっていった。
右手を見つめる。そこには、黒い財布がある。まるで大人の女性が持つような、重くて分厚い合皮の財布。ついさっき、風太はそこから一万札を取り出し、タクシーの料金を支払った。
「おれが持ってるのは、この財布と着替えカバンだけ……」
装備としては、なんとも心もとなく感じた。スマートフォンは理穂乃が預かっているため、この二つしか持たせてもらえなかった。「財布のお金は自由に使っていい」と言われたが、今の風太は散財しようという気分ではない。
「それにしても、本当にこの場所であってるのか……?」
顔を上げると、四角い看板が目に入った。看板には、「4F 特殊リラクゼーションサロン ♡らぶり~すく~る♡」と、書いてある。スクールというからには、そこはおそらく学校なのだろうが、風太の目からは小汚い雑居ビルにしか見えなかった。入り口も校門があるわけではなく、ただ地下へと続く階段があるだけ。
「い、行けばいいんだよな? 理穂乃からもらった紙には、ここの4階だって書いてあるし。でも、大丈夫かな……?」
ゴクリと生唾を飲み込む。そして、意を決して一歩踏み出そうとしたところで、後ろから肩をトントンと叩かれた。
「もしかして、りほちー? こんなとこで何やってんの?」
「……っ!?」
びっくりして風太が振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。
頭に2つのリボン、瞳を大きく見せるメイク、キラキラのネイル、そして肩とおへそが露出したトップスとひらひらのスカート。ファッションに疎い風太でさえも、ひと目でその子が理穂乃と同類の女子だと気付いた。理穂乃とは違う点といえば、髪が短めなことくらい。つまり、別タイプのギャル系JSだ。
「あはっ、りほちーだ。おつ~☆」
「『りほちー』……? あっ! そうか、理穂乃のあだ名か!」
「うん? 一人で何言ってんの?」
「い、いや、なんでもないっ! おれは、りほちー……!」
「『おれ』? それって、新しいキャラ付け?」
「ああ、うん、まぁそんなところ……! あ、『あたし』、だっけ?」
「あははっ、まだキャラがブレブレなんだね~。……ところでさぁ、今日はもう授業終わったの? それとも、今から授業?」
「い、今からだと思う……!」
「そっか。じゃあ、あたしと一緒だね。せっかくだしさ、今日はあたしとバディ組まない? 一人だとお互い大変でしょ?」
「バデ……?」
バディがなんのことかは知らないが、風太は流れに身を任せることにした。
「あっ、いや、是非っ! じゃなくて、もちろんっ!」
「むむ……! 今日のりほちー、なーんかいつもと違うね。いつもはクールでツンツンした感じなのに」
「そ、そんなこと……ないっ!」
「ふーん。まあ、いっか。ほら行こうよ、りほちー」
「ちょっ、て、手をっ……!?」
ギャルっぽい女の子は、なんのためらいもなくあっさりと、風太の手をぎゅっと握って前へと進んだ。背後であたふたと動揺している奴のことなんて、気に留める様子もない。『りほちー』の中身が、実はどこかの知らない男子だった……なんて、あり得ないことだからだ。
*
階段を降りて地下通路の先にあったのは、エントランスホールだった。まるでホテルの1階のように、受付(フロント)と待合室(ロビー)、そしてエレベーターがある。BGMは静かなピアノソナタで、照明はわざと薄暗く灯されており、とても大人っぽい雰囲気が漂っている。
受付嬢のお姉さんに会員証の提示を求められ、風太は財布から『青坂理穂乃』の会員証を、女の子は『矢倉紗彩』の会員証をそれぞれ提示した。風太は横目でチラリと見て、自分の隣にいる女の子の名前が『紗彩』であることを、そこで知った。
「青坂理穂乃さん、矢倉紗彩さん、会員証の確認ができました。本日の授業は、30分後に始まります。いつもと同じように準備をしておいてくださいね。それでは、奥のエレベーターにどうぞ」
受付嬢のお姉さんに笑顔で見送られ、風太と紗彩は奥へと進んだ。
エレベーターは風太と紗彩を乗せて上昇し、4階で止まった。扉が開き、風太は雑居ビルの4階に降り立ったが、そこには誰もおらず、何の物音も聞こえず、長い廊下がただ真っ直ぐに続いているだけだった。どうしようか迷っていると、紗彩が後ろからやってきて、またしても手を引いてくれた。
「りほちー、大丈夫? 具合でも悪いの?」
「い、いやっ! 別におれは普通だよっ! 気にしないでくれっ!」
どこに行けばいいのか分からない、とは言えず。風太は紗彩に引っ張られるままに脚を動かした。そして、しばらく廊下を進んだ後、ある部屋の前まで到着した紗彩は、まず扉をコンコンとノックし、返事がないことを確かめてから、部屋の中へと突入した。
「うん、誰もいないね。りほちー、今のうちに着替えちゃおっ!」
「着替えっ!? ってことは、この部屋は……!」
高価な家具のような材質の、木製のロッカーが立ち並ぶ。それぞれのロッカーには、『かおりん』『しほにゃん』など、女子のあだ名が書かれたネームプレートが一つずつ付いている。その中には、もちろん『りほちー』のもあった。
「女子更衣室っ!?」
『りほちー』のロッカーを開くと、洋服が何着かハンガーに掛けられていた。……もう間違いはない。ここは女子更衣室だ。風太は持ってきた荷物を全てロッカーの中に置き、一度冷静になるためにパタンと扉を閉めた。
「き、着替えるのか!? ここでっ!」
「あれ? もしかして、着替え持ってきてないの? りほちー」
「いや、あるにはあるけど……! いきなりすぎて、まだ心の準備が……」
そう言いながら、風太は紗彩の声がする方へと振り返った。しかし、すぐにバッと顔をそらし、手のひらで自分の目を覆った。
「わ、わっ、わわ、わあぁっ!!? ごめんっ!!!」
紗彩はすでに、自分のロッカーの前で着替え始めていた。男子に見られているなんて全く思わず、『りほちー』のそばで、少しのためらいもなく服を脱いでいる。風太がほんの一瞬で見た光景は、まさにちょうど下着だけの状態になった紗彩の姿だった。
「ごめん? りほちー、何かしたの?」
「えっと、そのっ、み、見てしまったこと……!」
「へっ? 見てしまったって、何を? あたし、何も見せてないけど」
「あ、あのっ、今、お前のっ、君のっ、む、胸を!」
「胸ぇ? おっぱい?」
「おっ……!? う、うん……」
「へぇ~。りほちー、あたしのそういうとこ見てたんだぁ。他の子の大きさとか気にするタイプなんだね。なんか意外かもっ☆」
「違っ、そ、そういうつもりじゃないっ……!」
白地に描かれた、たくさんの真っ赤なさくらんぼ。紗彩のブラジャーの様子までしっかり覚えているクセに、風太は首を横に振った。二瀬風太はエロとは無縁であるべきだと、心の中で自分に言い聞かせた。
一方、紗彩は下着姿のまま、顔をそらし続ける風太に近づいた。そして、風太の二の腕をそっと掴むと、穏やかに微笑みながら自分の方へと引き寄せた。
「えへへ。じゃあ、りほちーのも見せてよっ」
「お、おお、おれのっ!?」
「あたしばっかり見られて不公平だよー。りほちーのも見たーいっ♪」
「そんな、見せるようなものなんてっ、おれには、ないっ!」
「あるじゃん。ほら、大っきいのが二つ。これは何かなぁ?」
「うぐ……! あ、あるけど……。これはおれのじゃなくて、理穂乃の……」
「そうだよ、りほちーのだよ。見せあいっこしよ。ほら、早く脱いでっ!」
「うわぁっ!? ちょ、ちょっと待てって! せめて、自分で脱ぐ……!」
バサッ。
紗彩に無理やり引っ剥がされながら、『理穂乃』はキャミソールを脱いだ。すると、大人っぽい黒の下着に包まれた、伏せたお椀のような形の胸の膨らみが露わになった。
「あぁっ!? おれの……胸……」
存在は分かっていても、改めて見るとその衝撃は大きかった。
「おれの胸に、こんなっ……」
「おおー。小学生でこんなの着けてるんだ」
全く知らないものじゃない。同級生の女子の胸にもそれはあるし、なんなら幼なじみの雪乃にだって、小さなそれがあることは知っている。保健の教科書を開けば、確かに「女性のからだ」の挿絵には描かれているし、母親が赤ちゃんに母乳を飲ませる教育ビデオだって、授業の中で見たことがある。
(おれは、男なのに……。こんなものがあっても……どうしたらいいんだ……)
しかし、『理穂乃』のそれが自分の胸にある、という特殊な状況では、湧き上がる感情は全く違っていた。嫌悪や悲哀とも少し違う、焦りと息苦しさ。
女子の身体だということを、突きつけられたような感覚。視線を外しても、胸の柔らかい脂肪とそれを包むブラジャーの圧迫感は変わらない。体を左右に捩っても、動きに合わせて揺れるだけ。物理的にも心象的にも、その存在は風太にとって重く感じさせるものだった。
「うぅ……!」
「りほちー、どうしたの? ちょっぴり恥ずかしい?」
「いや、恥ずかしいっていうか……。や、やっぱり変だよ! おれが女子更衣室にいて、お、おれの胸に、こんなのがあって……!」
「変? うーん、そうかな? りほちーは胸大っきいしスタイルも良いから、大人下着も似合ってると思うよ」
「似合ってるのか……? 今の、おれには……」
「りほちーが自信ないなんて、珍しいね。いつもは自分のファッションセンスに自信を持って、堂々としてるのに。あ、それはあたしから見た、りほちーのイメージだけど」
「そっか……。理穂乃にとっては、この姿が、いつも通り……」
今いる場所も、今の着ている服も、今使っている身体でさえも、男子である風太にとってはおかしなものだが、女子である『理穂乃』にとっては相応のもの。気まずさや息苦しさを感じる必要はない。
(そうだ。おれは今、『理穂乃』の代わりにここにいるんだ。なんのために来たのか、思い出さないと……!)
くるりと振り返ると、そこには鏡台があった。きっと、女子更衣室で着替えた少女たちが、身だしなみをチェックするために設置されているものだろう。風太は鏡を見て、反対側の世界にいる『理穂乃』と見つめあった。
(ひるんでいる場合じゃない……! これが、いつも理穂乃が見てる世界なんだ。体が入れ替わってしまった責任をとるために、今はおれが理穂乃として、しっかりしよう……!)
鏡の中の理穂乃の表情は、眉をひそめて口を少しだけ開いた「困惑」から、眉を開いて口を固く結んだ「決意」へと変わった。
「りほちー、下も脱ぐ?」
「うん……!」
やっと自覚が芽生え、声が震えることもなくなった。
風太は『理穂乃』として、初めてまともな受け答えができた。紗彩の質問の内容はよく分からないが、返答がきちんとできた。そして、気持ちを落ち着けるために風太が軽く深呼吸をしていると、突然、下半身のスカートが床にパサっと落ちた。
「なっ!?」
目の前に現れた。小さなリボン付きの黒いパンツ。
理穂乃のパンツが見たくなったらしく、紗彩がスカートを勝手に脱がせた。
「へー。こっちはちょっと子供っぽいね。かわいいっ♡」
「うわあぁっ!! な、何するんだよっ!!」
風太は顔を真っ赤にしながら、床に落ちたスカートを拾おうとした。焦りや息苦しさがなくなった後は、下着を晒されて恥ずかしいという気持ちが残っていた。
*
「りほちー、着替え終わった?」
「一応、着られたけど……」
荷物として持ってきたビニール製のバッグ。その中には、2着の衣装が入っていた。
一つは、月野内小学校指定の紺色の水着。いわゆるスクール水着だった。プールでの授業の時、女子はこれを着る。スクール水着自体は雪乃なんかも持っているので別段おかしくはないが、水着とセットの扱いである水泳キャップとゴーグルが、何故かバッグの中には入っていなかった。これでは水泳の授業が受けられない。
そして、もう一着は……。
(これ、制服だ……。女子高生とかが着る、女の制服……)
桃色のブレザーと、チェック柄のプリーツスカート。首元にはネクタイの代わりにリボンが結ばれ、左胸には名札の代わりに「♡りほちー♡」と書かれたネームプレートがついている。風太の推察通り、女子中学生や女子高生が着るような服であり、男子小学生が着る機会はまずない。
(こんな感じかな? うぅ、スカートってなんだか穿いてる気がしなくて、全然慣れないな……)
初めて着る服。幸い、紗彩も同じものを着るらしいので、風太は紗彩の着替えをチラチラと見ながら、制服の着方を学習した。模範通りのキレイに整った服装ではないが、それでも一応「制服を着た理穂乃」が完成した。
「ふぅ……。服を着るのも大変だな」
「りほちー、そのまま教室行く? 何か持っていかない?」
「教室に持っていくもの? あっ!! そういえば、おれ何も持ってない! 教科書もノートも、筆記用具も! くそっ、どうしよう……!」
「教科書? ノート? 何の話?」
風太は慌てたが、紗彩は首をかしげた。
教室に持っていくべきものと言えば、普通は教科書やノートなど、勉強するための一式だ。風太も、てっきりそれが必要なのかと思っていた。しかし紗彩が言った「教室に持っていくもの」とは少し違うようで、話が噛み合わない。
「えっ? だって、授業を受けるのに必要だろ!? 教科書とかノートが!」
「あははっ。りほちー、そういう冗談も言うんだ~☆」
「じょ、冗談っ!?」
「あたしは……これ! これを持っていくねっ!」
紗彩が持っていたのは……ウサギの耳。ウサ耳カチューシャだ。
「はぁ!? これって、頭につける奴じゃ……!」
「うんっ! あたし、最近『うさあや』ってキャラで授業受けてるの。りほちーも、あたしのこと『うさあや』って呼んでね」
「うさあや……。って、どういうことなんだ!? キャラってなんだ!? 教科書やノートはいらなくて、頭につけるウサ耳は必要な、授業!? なんだこれ、全然意味がわからない……」
風太の反応を気にすることなく、紗彩は頭にウサ耳をつけた。
「へーんしんっ♪ うさあやだぴょんっ☆ ウサウサ♪」
紗彩はぴょんと飛び跳ね、うさぎっぽいポーズをとり、わざと作ったような可愛い声を出した。「うさあや」というキャラクターに入りこんでいる、ということなのだろう。
(勘太と一緒だ……。あのチューチュー言ってた勘太ネズミと……)
頭に動物の耳を模したカチューシャをつけ、セリフには変な語尾をつけている。もちろん演技力に差はあるが、やっていることは勘太ネズミと同じだ。つまり紗彩は、「うさあや」を演じているのだ。
「どうして演技をしてるんだ? これから始まる授業って、普通の授業じゃないのか!?」
「りほちー、どうしたぴょん? 準備もできたことだし、早く教室にいくぴょん。ウサウサ♪」
謎は深まるばかりで、答えは出ない。理穂乃の世界を知るために、そして理穂乃の代役を果たすために、風太は前に進むしかなかった。
「と、とにかく行く……! 行くしかない……!」
「うんっ! りほちー、今日はよろしくぴょん。バディとして、うさあやと一緒にがんばるぴょん♪」
「ああ。うさあや、今日はよろしく……」
衣装は女子高生の制服。手荷物はなし。紗彩の頭にはウサギの耳。
女子更衣室を出て、「りほちー」と「うさあや」は、授業が行われる教室へと向かった。
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