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風太と美晴と菊水安樹

教室デビュー in 6年3組

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 「安樹アンジュ、いるか?」
 「ああ。待ってたよ、風太」

 ベッドのカーテンを開けると、安樹はいつものようにそこにいた。

 「よいしょっ、と。分かってはいたけど、美晴のヤツ面倒なことしてくれてさ。これから忙しくなりそうなんだよ」
 「ああ、うん……。そうだね」

 風太はベッドに乗り、安樹の隣に腰を降ろした。すると安樹は、磁石じしゃくが反発するみたいに、おしり1つ分ほど風太から離れた。

 「ん? どうして離れるんだよ」
 「いや、その、さ……。元の姿に戻ったキミを、改めて見ると……」
 「改めて見ると?」
 「な、なんだか、ちょっと、おっきいなぁって」
 「大きい? おれが、か? そう見えるか?」
 「うんっ。だって、この前までボクより小さい女の子だったじゃないか。それが急に、こんなに大きくてたくましい男子になっちゃって……」
 「何言ってるんだよ。これがおれの元々の姿だって。ほら、もっと近くに来いよ。話ができないだろ」

 風太は安樹の手首を掴み、自分の方へと引き寄せようとした。

 「きゃあっ!? 何するのっ!?」

 しかし安樹はそれに従わず、手を振り払い、さらに風太の手をべチンと叩いた。

 「いてっ!? お前こそ何するんだっ! どうしちゃったんだよ安樹!」
 「ふ、風太は何とも思わないの? ボクとキミは、女子と男子なんだよ?」
 「はあ? どういう意味だよ」
 「だからぁ! ボク、男子とこんなにしたしい距離になるのは初めてでっ! だから緊張してるのっ! 分かってよ!!」
 
 安樹は真っ赤な顔でキレた。

 「緊張!? おれが近くにいるだけで!?」
 「そうだよっ! 男子の友達なんて、何年ぶりか……」
 「でも、寝てるおれに覆い被さったり、おれのひざまくらで寝たり……今まで散々、いろんなことやってきただろ!?」
 「それは……キミが女の子だったから。女の子相手なら、緊張なんてせずにそういうことできるけど、男の子相手だと、どうしても奥手おくてになっちゃうの」
 「おれは男だぞ。お前と出会った時からずっと」
 「それはウソ。女の子だったじゃん。はぁ……ボクが男のキミに慣れるまで待ってて」
 「いや、だから、心はずっと男で……!」
 「体は女だったでしょ? あぁ、黒髪がキレイで、ほっぺたがぷにぷにしてて、笑顔がとっても可愛い女の子だったのに、今やこんな“やんちゃ男子”になってしまって。残念無念ざんねんむねん
 「あのなぁ……! おれを男に戻してくれたのは」
 「ボクだよ? それは分かってる。でも、ボクは女のキミのほうがせっしやすかった!」
 「そんなこと言われても、これが本当の『おれ』なんだ。早く慣れてくれ」
 「やだよー! 男の風太がそばにいると、緊張するよー!」
 「じゃあ、保健室から出て行けばいいのか?」
 「やだっ! 行かないでっ! 少し離れた場所にいて!」
 「面倒くさいなお前っ!」
 「ボクは産まれてからずっと、面倒くさい女だよ。ふふんっ♪」

 風太はやれやれと呆れながら、安樹から近すぎず遠すぎない場所に座り直すことにした。ちょうどベッドの一番端のあたりに座ろうとすると、安樹はとても満足そうにしていた。

 「じゃあ、ここでいいか?」
 「……風太ってさ」
 「ん?」
 「風太って、ボクのわがまま何でも聞いてくれるね」
 「別にこれぐらい、わがままでも何でもないだろ。気にすることじゃないよ」
 「ふふっ。ありがと」
 「やめろよ、お礼なんて。おれはお前に救われてるんだ。おれがこうやって男に戻れたのも、全部お前のおかげさ。おれ、美晴としての生活は何も良いことなかったけど、安樹と友達になれたことは唯一の良いことだったかなって、今は思う」
 「友……達……」
 「もしノートの呪いが完全に解けたらさ、今度はおれ、お前のために何かしたいんだ。おれにできることで……たとえば、学校を休んでて授業についていけないのが不安なら、おれが勉強を教えてやるし」
 「勉強……? 風太、ボクより勉強できるの?」
 「えっ?」
 「『行灯』って、なんて読むか分かる……?」
 「ぎょうとう……?」
 「『行灯あんどん』、だよ……?」
 「いっ、いきなりクイズ番組みたいなことするのやめろよっ! 算数とか、体育なら教えられるっ!」
 「うっ、うぅっ、うううぅ……!!」
 「うわっ!? 急にどうしたんだ、安樹!?」
 
 にわか雨が降るかのように、安樹はうつむいてポロポロと泣き出した。突然のことに理由も分からず、風太は再び安樹のそばへと寄り添い、その様子を見守った。
 
 「ぐすんっ……! どうして今日、ボクに会いに来たのっ……!?」
 「えっ?」
 「風太はもう、ボクに会いには来てくれないと思ってたんだ……!!」
 
 雨は、次第に激しくなっていった。

 「おれが、もうお前に会わないって……?」
 「だって……! 風太はもう元の姿に戻れたんだし、同じクラスの友達の方が大事だから、ボクのことなんて忘れちゃうかもって……!! でも、風太にも風太の人間関係があるから、それはしょうがないことだって考えてて……!」
 「そんなつまらないこと、考えるなよ」
 「でも、ボクの存在はキミの人間関係の邪魔になりそうだし、切り捨てられる前に身を引いた方が、傷つかないし……」
 「弱気にもなるな。おれ、お前が弱気になってるところは見たくないって、前にも言っただろ?」
 「そ、それは分かってるけど……」
 「いいか。勘違いしてるみたいだから言っとくけど、健也たちはおれの友達で、お前もおれの友達だ。どっちの方が大事かなんて、そんなのは最初からないんだよ。おれが考えなくちゃいけないのは、どっちを選ぶかじゃなくて、どうすれば友達同士が仲良くなれるかなんだ」
 「友達同士が……仲良く……?」
 「そうさ。お前はいいやつだ。だから、いつかおれの友達にも会わせたいんだよ。みんなで仲良くなれば、もう誰も悲しまないで済む」
 「無理だよ……。ボク、すでに健也にはケンカ売っちゃってるし」
 「気にすることないよ。健也には、おれがちゃんと言ってやる。『安樹はちょっとヘンテコだけど、すごく頭が良くて、とても優しいやつなんだ』って」
 「風太……」
 「だから、そんなことで悩んで弱気になるのは、もうやめろよ。これからもよろしく頼むぜ、安樹」
 「うんっ……!」

 風太は安樹に、握手を求めた。
 呪いはまだ解けたわけじゃなく、その他にも問題は山積みだ。しかし、安樹と一緒なら、これからもどんな困難も乗り越えていけると信じて……。

 「えっ?」
  
 ドンッ!
 安樹は風太の握手には応じず、両手で容赦なく風太を突き飛ばした。風太は後ろにドスンと倒れ、ベッドの端にある柵に頭をぶつけた。

 「いってぇ……! な、何するんだっ!?」
 「距離が近いよ、風太。カッコつけすぎ」
 「えぇっ!? なんでそうなるんだよ、安樹のバカ……!」
 「でも好きだよ。風太のそういうとこ」
 「もう、本当に……お前は面倒くさい女だなっ!!」
 「きゃー! 風太が怒ったー!」
 
 安樹は頭から布団を被り、その中に身を隠した。風太はそれをものともせず、布団をめくって中にいる安樹を引きずりだそうとした。そして、まくらで叩き合い、布団に潜り合い、足の裏をくすぐり合い……。
 ベッドのカーテンの中で、二人はホコリが舞うのも気にせずに、仲良くじゃれあって遊んだ。

 *
 
 「はぁ……はぁ……」
 「ゼェ、ゼェ……はぁ、はぁ……」

 5分後、風太も安樹も動けなくなった。あまりにも激しく遊びすぎたのだ。

 「ボク、もう疲れちゃったよ……」
 「おれも……だよ……。安樹……」
 「あっ……! なんか、今のしゃべり方、『美晴』っぽかったかも」
 「『美晴』っぽい……?」
 「うん。キミ、いつもしゃべり辛そうな感じだったよね。声もボソボソで小さかったし」
 「あれは……のどがギュッと絞まるからだよ。ついでに呼吸もしにくくなるから、運動が全然できなかった」
 「どうしてそんな体質なんだろう……。理由は知ってる?」
 「えっ? 美晴の喉がキツく絞まる理由……?」

 考えたこともなかった。

 「さぁな。今となってはどうでもいいことだ。美晴の体なんて」
 「ふーん。でも、ペンダントの効果が切れたら、キミはまた『美晴』に戻っちゃうんでしょ?」
 「ああ、1年後だな。そうだ、美晴デビルと会ったことをお前に話しておくよ」
 
 風太は、今朝の夢で見た内容を安樹に話した。美晴デビルのこと、入れ替わりペンダントのこと、ドーナツのことなど、その一部始終いちぶしじゅうを全て。

 「ふむ、なかなか興味深いな。呪いのノートから産み出された悪魔が、キミに接触してくるなんて」
 「このペンダント、やっぱり首からハズしても効果が切れるのか?」
 「正確に言うと、、ね。キミと美晴がペンダントをハズしたら、そこで効果は切れるはずだ。だから、お風呂のときや寝るときも、必ずつけておくんだよ」
 「わかった。じゃあ、あとはどうやって呪いを解くかだな。ノートを探し出せばいいんだよな?」
 「そのことについて、ボクから一つ分かったことがある。ちなみに、情報提供者は牡丹ボタンさん」
 「げっ、あの人か……」

 おまじないコレクターで、自称『魔女』の牡丹ボタンさんのことだ。残念ながら実家に帰ってしまったので、もうこの街にはいないが、今でも安樹とはスマートフォンで連絡を取り合っているらしい。

 「まぁ、あの人は一応専門家だから。信用はできると思うよ」
 「それで、牡丹さんはなんて言ってた?」
 「『ノートはまだ、この街のどこにあるかも』だってさ。呪いのノートは、必ず本がたくさんある場所へ自立移動……つまりワープするんだけど、あまり遠くの場所へはいけないらしく、ワープする頻度ひんども高くないんだって。なるべく人間に気付かれないように、コソコソとワープしてるんだとか」
 「へぇ。つまり、まだあまり遠くへは行ってないってことか。ノートの野郎は」
 「そういうこと。だから、ある程度は場所が絞れてくるよね。この周辺で本がたくさんある場所と言えば……」
 「この学校の図書室か……! よし、そうと決まれば図書室に……!」
 
 キーンコーン。
 昼休み終了のチャイムが鳴った。小学生は、この音には逆らえない。

 「おっと、残念だけどここまでだよ。風太」
 「とにかく、本がたくさんある場所だな! よし、意外と簡単に元に戻れそうな気がしてきた……!」
 「がんばろうね、風太。……さて、今日はボクも教室に行こうかな」
 「えっ!? お前、6年3組の教室に行くのか!?」
 「久しぶりに授業に出たくなってね。ふふっ、キミの影響かな?」
 「よく分からないけど、応援するぞ安樹! もしクラスで何か嫌なことがあったら、すぐにおれに言えよな! 男に戻ったこの『風太』のパンチで、どんな奴からもお前を守ってやる!」
 「心配してくれてありがとう。ボクにはキミがついてると思って、勇気を出して行ってくるよ。じゃあね、風太」
 「おう! がんばれよ、安樹」

 一緒に保健室を出て、風太は6年1組へ。安樹は6年3組へ。二人はそれぞれの教室へと迷いなく進んでいった。

 * *

 そして、ここは6年3組。
 仲良しクラスの6年1組でもなく、いじめクラスの6年2組でもない、未だ謎だらけの6年3組。菊水安樹は、このクラスに在籍していることになっている。

 (ここが……ボクの席ってことでいいのかな?)
 
 安樹はきょろきょろと周囲を見回しながら、教室の中で一番殺風景さっぷうけいな机を選んで、その上に赤いランドセルを置いた。

 (やっぱり、ボクは珍しいのだろうか……? みんなに見られている気がする……)

 教室内はザワザワとしていてにぎやかだが、一部の生徒は「あまり教室に来ない安樹ちゃん」に気付き、友達と会話しながら遠目でチラチラと見ていた。しかし、その視線はあまり排他的や攻撃的なものではなく、どちらかと言うと不思議がっているような、“純粋な興味”の入り混じった視線だった。

 (うーん、様子見ようすみされてるって感じ……。まずは授業が始まるのを待った方がいいのかな。それとも、誰かに話しかけてみようか。しかし、ヘタにからんで変な空気になっちゃうのは避けたいし……)

 しかし、いた。

 「こんにち、わっ! あんじゅちゃん!」
 「えっ……?」

 安樹に対し、ヘタに絡んでくる奴が一人いた。
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