105 / 145
風太と美晴と菊水安樹
教室デビュー in 6年3組
しおりを挟む「安樹、いるか?」
「ああ。待ってたよ、風太」
ベッドのカーテンを開けると、安樹はいつものようにそこにいた。
「よいしょっ、と。分かってはいたけど、美晴のヤツ面倒なことしてくれてさ。これから忙しくなりそうなんだよ」
「ああ、うん……。そうだね」
風太はベッドに乗り、安樹の隣に腰を降ろした。すると安樹は、磁石が反発するみたいに、おしり1つ分ほど風太から離れた。
「ん? どうして離れるんだよ」
「いや、その、さ……。元の姿に戻ったキミを、改めて見ると……」
「改めて見ると?」
「な、なんだか、ちょっと、おっきいなぁって」
「大きい? おれが、か? そう見えるか?」
「うんっ。だって、この前までボクより小さい女の子だったじゃないか。それが急に、こんなに大きくてたくましい男子になっちゃって……」
「何言ってるんだよ。これがおれの元々の姿だって。ほら、もっと近くに来いよ。話ができないだろ」
風太は安樹の手首を掴み、自分の方へと引き寄せようとした。
「きゃあっ!? 何するのっ!?」
しかし安樹はそれに従わず、手を振り払い、さらに風太の手をべチンと叩いた。
「いてっ!? お前こそ何するんだっ! どうしちゃったんだよ安樹!」
「ふ、風太は何とも思わないの? ボクとキミは、女子と男子なんだよ?」
「はあ? どういう意味だよ」
「だからぁ! ボク、男子とこんなに親しい距離になるのは初めてでっ! だから緊張してるのっ! 分かってよ!!」
安樹は真っ赤な顔でキレた。
「緊張!? おれが近くにいるだけで!?」
「そうだよっ! 男子の友達なんて、何年ぶりか……」
「でも、寝てるおれに覆い被さったり、おれのひざまくらで寝たり……今まで散々、いろんなことやってきただろ!?」
「それは……キミが女の子だったから。女の子相手なら、緊張なんてせずにそういうことできるけど、男の子相手だと、どうしても奥手になっちゃうの」
「おれは男だぞ。お前と出会った時からずっと」
「それはウソ。女の子だったじゃん。はぁ……ボクが男のキミに慣れるまで待ってて」
「いや、だから、心はずっと男で……!」
「体は女だったでしょ? あぁ、黒髪がキレイで、ほっぺたがぷにぷにしてて、笑顔がとっても可愛い女の子だったのに、今やこんな“やんちゃ男子”になってしまって。残念無念」
「あのなぁ……! おれを男に戻してくれたのは」
「ボクだよ? それは分かってる。でも、ボクは女のキミのほうが接しやすかった!」
「そんなこと言われても、これが本当の『おれ』なんだ。早く慣れてくれ」
「やだよー! 男の風太がそばにいると、緊張するよー!」
「じゃあ、保健室から出て行けばいいのか?」
「やだっ! 行かないでっ! 少し離れた場所にいて!」
「面倒くさいなお前っ!」
「ボクは産まれてからずっと、面倒くさい女だよ。ふふんっ♪」
風太はやれやれと呆れながら、安樹から近すぎず遠すぎない場所に座り直すことにした。ちょうどベッドの一番端のあたりに座ろうとすると、安樹はとても満足そうにしていた。
「じゃあ、ここでいいか?」
「……風太ってさ」
「ん?」
「風太って、ボクのわがまま何でも聞いてくれるね」
「別にこれぐらい、わがままでも何でもないだろ。気にすることじゃないよ」
「ふふっ。ありがと」
「やめろよ、お礼なんて。おれはお前に救われてるんだ。おれがこうやって男に戻れたのも、全部お前のおかげさ。おれ、美晴としての生活は何も良いことなかったけど、安樹と友達になれたことは唯一の良いことだったかなって、今は思う」
「友……達……」
「もしノートの呪いが完全に解けたらさ、今度はおれ、お前のために何かしたいんだ。おれにできることで……たとえば、学校を休んでて授業についていけないのが不安なら、おれが勉強を教えてやるし」
「勉強……? 風太、ボクより勉強できるの?」
「えっ?」
「『行灯』って、なんて読むか分かる……?」
「ぎょうとう……?」
「『行灯』、だよ……?」
「いっ、いきなりクイズ番組みたいなことするのやめろよっ! 算数とか、体育なら教えられるっ!」
「うっ、うぅっ、うううぅ……!!」
「うわっ!? 急にどうしたんだ、安樹!?」
にわか雨が降るかのように、安樹はうつむいてポロポロと泣き出した。突然のことに理由も分からず、風太は再び安樹のそばへと寄り添い、その様子を見守った。
「ぐすんっ……! どうして今日、ボクに会いに来たのっ……!?」
「えっ?」
「風太はもう、ボクに会いには来てくれないと思ってたんだ……!!」
雨は、次第に激しくなっていった。
「おれが、もうお前に会わないって……?」
「だって……! 風太はもう元の姿に戻れたんだし、同じクラスの友達の方が大事だから、ボクのことなんて忘れちゃうかもって……!! でも、風太にも風太の人間関係があるから、それはしょうがないことだって考えてて……!」
「そんなつまらないこと、考えるなよ」
「でも、ボクの存在はキミの人間関係の邪魔になりそうだし、切り捨てられる前に身を引いた方が、傷つかないし……」
「弱気にもなるな。おれ、お前が弱気になってるところは見たくないって、前にも言っただろ?」
「そ、それは分かってるけど……」
「いいか。勘違いしてるみたいだから言っとくけど、健也たちはおれの友達で、お前もおれの友達だ。どっちの方が大事かなんて、そんなのは最初からないんだよ。おれが考えなくちゃいけないのは、どっちを選ぶかじゃなくて、どうすれば友達同士が仲良くなれるかなんだ」
「友達同士が……仲良く……?」
「そうさ。お前はいいやつだ。だから、いつかおれの友達にも会わせたいんだよ。みんなで仲良くなれば、もう誰も悲しまないで済む」
「無理だよ……。ボク、すでに健也にはケンカ売っちゃってるし」
「気にすることないよ。健也には、おれがちゃんと言ってやる。『安樹はちょっとヘンテコだけど、すごく頭が良くて、とても優しいやつなんだ』って」
「風太……」
「だから、そんなことで悩んで弱気になるのは、もうやめろよ。これからもよろしく頼むぜ、安樹」
「うんっ……!」
風太は安樹に、握手を求めた。
呪いはまだ解けたわけじゃなく、その他にも問題は山積みだ。しかし、安樹と一緒なら、これからもどんな困難も乗り越えていけると信じて……。
「えっ?」
ドンッ!
安樹は風太の握手には応じず、両手で容赦なく風太を突き飛ばした。風太は後ろにドスンと倒れ、ベッドの端にある柵に頭をぶつけた。
「いってぇ……! な、何するんだっ!?」
「距離が近いよ、風太。カッコつけすぎ」
「えぇっ!? なんでそうなるんだよ、安樹のバカ……!」
「でも好きだよ。風太のそういうとこ」
「もう、本当に……お前は面倒くさい女だなっ!!」
「きゃー! 風太が怒ったー!」
安樹は頭から布団を被り、その中に身を隠した。風太はそれをものともせず、布団をめくって中にいる安樹を引きずりだそうとした。そして、まくらで叩き合い、布団に潜り合い、足の裏をくすぐり合い……。
ベッドのカーテンの中で、二人はホコリが舞うのも気にせずに、仲良くじゃれあって遊んだ。
*
「はぁ……はぁ……」
「ゼェ、ゼェ……はぁ、はぁ……」
5分後、風太も安樹も動けなくなった。あまりにも激しく遊びすぎたのだ。
「ボク、もう疲れちゃったよ……」
「おれも……だよ……。安樹……」
「あっ……! なんか、今のしゃべり方、『美晴』っぽかったかも」
「『美晴』っぽい……?」
「うん。キミ、いつもしゃべり辛そうな感じだったよね。声もボソボソで小さかったし」
「あれは……喉がギュッと絞まるからだよ。ついでに呼吸もしにくくなるから、運動が全然できなかった」
「どうしてそんな体質なんだろう……。理由は知ってる?」
「えっ? 美晴の喉がキツく絞まる理由……?」
考えたこともなかった。
「さぁな。今となってはどうでもいいことだ。美晴の体なんて」
「ふーん。でも、ペンダントの効果が切れたら、キミはまた『美晴』に戻っちゃうんでしょ?」
「ああ、1年後だな。そうだ、美晴デビルと会ったことをお前に話しておくよ」
風太は、今朝の夢で見た内容を安樹に話した。美晴デビルのこと、入れ替わりペンダントのこと、ドーナツのことなど、その一部始終を全て。
「ふむ、なかなか興味深いな。呪いのノートから産み出された悪魔が、キミに接触してくるなんて」
「このペンダント、やっぱり首からハズしても効果が切れるのか?」
「正確に言うと、二人の首からハズれたら、ね。キミと美晴がペンダントをハズしたら、そこで効果は切れるはずだ。だから、お風呂のときや寝るときも、必ずつけておくんだよ」
「わかった。じゃあ、あとはどうやって呪いを解くかだな。ノートを探し出せばいいんだよな?」
「そのことについて、ボクから一つ分かったことがある。ちなみに、情報提供者は牡丹さん」
「げっ、あの人か……」
おまじないコレクターで、自称『魔女』の牡丹さんのことだ。残念ながら実家に帰ってしまったので、もうこの街にはいないが、今でも安樹とはスマートフォンで連絡を取り合っているらしい。
「まぁ、あの人は一応専門家だから。信用はできると思うよ」
「それで、牡丹さんはなんて言ってた?」
「『ノートはまだ、この街のどこにあるかも』だってさ。呪いのノートは、必ず本がたくさんある場所へ自立移動……つまりワープするんだけど、あまり遠くの場所へはいけないらしく、ワープする頻度も高くないんだって。なるべく人間に気付かれないように、コソコソとワープしてるんだとか」
「へぇ。つまり、まだあまり遠くへは行ってないってことか。ノートの野郎は」
「そういうこと。だから、ある程度は場所が絞れてくるよね。この周辺で本がたくさんある場所と言えば……」
「この学校の図書室か……! よし、そうと決まれば図書室に……!」
キーンコーン。
昼休み終了のチャイムが鳴った。小学生は、この音には逆らえない。
「おっと、残念だけどここまでだよ。風太」
「とにかく、本がたくさんある場所だな! よし、意外と簡単に元に戻れそうな気がしてきた……!」
「がんばろうね、風太。……さて、今日はボクも教室に行こうかな」
「えっ!? お前、6年3組の教室に行くのか!?」
「久しぶりに授業に出たくなってね。ふふっ、キミの影響かな?」
「よく分からないけど、応援するぞ安樹! もしクラスで何か嫌なことがあったら、すぐにおれに言えよな! 男に戻ったこの『風太』のパンチで、どんな奴からもお前を守ってやる!」
「心配してくれてありがとう。ボクにはキミがついてると思って、勇気を出して行ってくるよ。じゃあね、風太」
「おう! がんばれよ、安樹」
一緒に保健室を出て、風太は6年1組へ。安樹は6年3組へ。二人はそれぞれの教室へと迷いなく進んでいった。
* *
そして、ここは6年3組。
仲良しクラスの6年1組でもなく、いじめクラスの6年2組でもない、未だ謎だらけの6年3組。菊水安樹は、このクラスに在籍していることになっている。
(ここが……ボクの席ってことでいいのかな?)
安樹はきょろきょろと周囲を見回しながら、教室の中で一番殺風景な机を選んで、その上に赤いランドセルを置いた。
(やっぱり、ボクは珍しいのだろうか……? みんなに見られている気がする……)
教室内はザワザワとしていてにぎやかだが、一部の生徒は「あまり教室に来ない安樹ちゃん」に気付き、友達と会話しながら遠目でチラチラと見ていた。しかし、その視線はあまり排他的や攻撃的なものではなく、どちらかと言うと不思議がっているような、“純粋な興味”の入り混じった視線だった。
(うーん、様子見されてるって感じ……。まずは授業が始まるのを待った方がいいのかな。それとも、誰かに話しかけてみようか。しかし、ヘタに絡んで変な空気になっちゃうのは避けたいし……)
しかし、いた。
「こんにち、わっ! あんじゅちゃん!」
「えっ……?」
安樹に対し、ヘタに絡んでくる奴が一人いた。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒やしのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる