おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十三章:風太と美晴と菊水安樹

風太にとって最高の味方

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 「安樹アンジュ、いるか?」
 「ああ。待ってたよ、風太フウタ

 ベッドのカーテンを開けると、安樹はいつものようにそこにいた。

 「よいしょっ、と。分かってはいたけど、美晴のヤツ面倒なことしてくれてさ。これから忙しくなりそうなんだよ」
 「ああ、うん……。そうだね」

 風太はベッドに乗り、安樹の隣に腰を降ろした。
 すると安樹は、磁石じしゃくが反発するみたいに、おしり1つ分ほど風太から離れた。

 「ん? どうして離れるんだよ」
 「いや、その、さ……。元の姿に戻ったキミを、改めて見ると……」
 「改めて見ると?」
 「な、なんだか、ちょっと、おっきいなぁって」
 「大きい? おれが、か?」
 「うんっ。だって、この前までボクより小さい女の子だったじゃないか。それが急に、こんなに大きくてたくましい男子になっちゃって……」
 「何言ってるんだよ。これがおれの元々の姿だって。ほら、もっと近くに来いよ。話ができないだろ」

 風太は安樹の手首を掴み、自分の方へと引き寄せようとした。

 「きゃあっ!? 何するのっ!?」

 しかし安樹はそれに従わず、手を振り払い、さらに風太の手をべチンと叩いた。

 「いてっ!? お前こそ何するんだっ! どうしちゃったんだよ、安樹!」
 「ふ、風太は、何とも思わないの? ボクとキミは、女子と男子なんだよ?」
 「はあ? どういう意味だよ」
 「だからぁ! ボク、男子とこんなにしたしい距離になるのは初めてでっ! だから緊張きんちょうしてるのっ! 分かってよ!!」
 
 安樹は真っ赤な顔でキレた。

 「緊張!? おれが近くにいるだけで!?」
 「そうだよっ! 男子の友達なんて、何年ぶりか……」
 「でも、寝てるおれのほっぺたにキスしたり、おれのひざまくらで寝たり……今まで散々、いろんなことやってきただろ!?」
 「それは……キミが女の子だったから。女の子相手なら、緊張なんてせずにそういうことできるけど、男の子相手だと、どうしても奥手おくてになっちゃうの」
 「おれは男だぞ。お前と出会った時からずっと」
 「それはウソ。女の子だったじゃん。はぁ……ボクが男のキミに慣れるまで、待ってて」
 「いや、だから、心はずっと男で……!」
 「身体は女だったでしょ? あぁ、黒髪がキレイで、ほっぺたがぷにぷにしてて、笑顔がとってもかわいい女の子だったのに、今やこんな“やんちゃ男子”になってしまって。残念ざんねん無念むねん
 「あのなぁ……! おれを男に戻してくれたのは」
 「ボクだよ? それは分かってる。でも、ボクは女のキミのほうがせっしやすかった!」
 「そんなこと言われても、これが本当のおれなんだ。早く慣れてくれ」
 「やだよー! 男の風太がそばにいると、緊張するよー!」
 「じゃあ、保健室から出て行けばいいのか?」
 「やだっ! 行かないでっ! 少し離れた場所にいて!」
 「面倒くさいな、お前っ!」
 「ボクは産まれてからずっと、面倒くさい女だよ。ふふんっ♪」

 風太は、やれやれとあきれながら、安樹から近すぎず遠すぎない場所に座り直すことにした。ちょうどベッドの一番いちばんはしのあたりに座ろうとすると、安樹はとても満足そうにしていた。

 「じゃあ、ここでいいか?」
 「……風太ってさ」
 「ん?」
 「風太って、ボクのわがまま何でも聞いてくれるね」
 「別にこれぐらいなら、わがままには入らないよ。いちいち気にすることじゃない」
 「ふふっ。ありがと」
 「やめろよ、お礼なんて。おれはお前に救われてるんだ。おれがこうやって男に戻れたのも、全部お前のおかげさ。おれ、『美晴』としての生活は何も良いことがないって言ったけど、安樹と友達になれたことは唯一の良いことだったかなって、今は思う」
 「友……達……」
 「もしも、100ノートのことが全部解決したらさ。今度はおれ、お前のために何かしたいんだ。おれにできることで……たとえば、学校を休んでて授業についていけないのが不安なら、おれが勉強を教えてやるし」
 「勉強……? 風太、ボクより勉強できるの?」
 「えっ?」
 「『行灯』って、なんて読むか分かる……?」
 「ぎょうとう……?」
 「『行灯あんどん』、だよ……?」
 「いっ、いきなりクイズ番組みたいなことするのやめろよっ! 体育なら、おれだって教えられるっ!」
 「うっ、うぅっ、うううぅ……!!」
 「うわっ!? 急にどうしたんだ、安樹!?」
 
 にわか雨が降るかのように、安樹はうつむいてポロポロと泣き出した。
 突然のことに理由も分からず、風太は再び安樹のそばへと寄り添い、その様子を見守った。
 
 「ぐすんっ! どうして今日、ボクに会いに来たのっ……!?」
 「えっ?」
 「風太はもう、ボクに会いに来てくれないと思ってたんだ……!」
 
 雨は、次第に激しくなっていった。

 「おれが、もうお前に会わないって……?」
 「だって……! 風太はもう元の姿に戻れたんだし、同じクラスの友達の方が大事だから、ボクのことなんて忘れちゃうかもって……!! でも、風太にも風太の人間関係があるから、それはしょうがないことだって、考えてて……!」
 「そんなつまらないこと、考えるなよ」
 「でも、ボクの存在は、キミの人間関係の邪魔になりそうだし、切り捨てられる前に身を引いた方が、傷つかないし……」
 「おれは友達を切り捨てたりしない。お前はもう何も怖がらなくていいって、前にも言っただろ?」
 「そ、それは分かってるけど……」
 「いいか。勘違いしてるみたいだから言っとくけど、健也たちはおれの友達で、お前もおれの友達だ。どっちの方が大事かなんて、そんなのは最初からないんだよ。おれが考えなくちゃいけないのは、どっちを選ぶかじゃなくて、どうすれば友達同士が仲良くなれるかなんだ」
 「友達同士が……仲良く……?」
 「そうさ。お前はいいやつだ。だから、いつかおれの友達にも会わせたいんだよ。みんなで仲良くなれば、誰も悲しまないで済む」
 「無理だよ……。ボク、すでに健也にはケンカ売っちゃってるし」
 「気にすることないよ。健也には、おれがちゃんと言ってやる。『安樹はちょっとヘンテコだけど、すごく頭が良くて、とても優しいやつなんだ』って」
 「風太……」
 「だから、怖がるのはもうやめろよ。これからもよろしく頼むぜ、安樹」
 「うんっ……!」

 風太は安樹に、握手を求めた。
 安樹が味方でいてくれる限り、どんな困難も乗り越えていけると信じて……。

 「えっ?」
  
 ドンッ!
 安樹は握手には応じず、両手で容赦ようしゃなく風太を突き飛ばした。
 風太は後ろにドスンと倒れ、ベッドの端にあるさくに頭をぶつけた。

 「いってぇ……! な、何するんだっ!?」
 「距離が近いよ、風太。カッコつけすぎ」
 「えぇっ!? なんでそうなるんだよ、安樹のバカ……!」
 「でも好きだよ。風太のそういうとこ」
 「もう、本当に……お前は面倒くさい女だなっ!!」
 「きゃー! 風太が怒ったー!」
 
 安樹は頭から布団を被り、その中に身を隠した。風太はそれをものともせず、布団をめくって安樹を引きずりだそうとした。そして、まくらで叩き合い、布団に潜り合い、足の裏をくすぐり合い……。
 ベッドのカーテンの中で、ホコリが舞うのも気にせずに、二人は仲良くじゃれあって遊んだ。

 *
 
 「はぁ……はぁ……」
 「ゼェ、ゼェ……はぁ、はぁ……」

 数分後。
 風太も安樹も動けなくなった。あまりにも激しく遊びすぎたのだ。

 「ボク、もう疲れちゃったよ……」
 「おれも……だよ……。安樹……」
 「あっ……! なんか、今のしゃべり方、『美晴』っぽかったかも」
 「『美晴』っぽい……?」
 「うん。キミ、いつもしゃべりづらそうな感じだったよね。声を出そうとして、出ない時もあったし」
 「あれは……首がギュッとまるからだよ。一応、筆談ひつだんするためのホワイトボードもあるんだけど、めんどくさくてあんまり使ってなかったな」
 「どうしてそんな体質なんだろう……。理由は知ってる?」
 「えっ? 美晴の首が絞まる理由……?」

 考えたこともなかった。

 「さぁな。今となってはどうでもいいことだ。美晴の身体のことなんて」
 「ふーん。でも、ペンダントの宝石が壊れたり、ヒモがブチッと千切ちぎれたりしたら、キミはまた『美晴』に戻っちゃうんでしょ?」
 「ああ、それは気をつけないとな。そうだ、美晴デビルと会ったことを、お前に話しておくよ」
 
 風太は、今朝の夢で見た内容を、安樹に話した。

 「ふむ、なかなか興味深いな。100ノートの化身とも言える悪魔が、キミに接触してくるなんて」
 「ちょっとマヌケな悪魔だったけどな。いつかリベンジしにくるらしいけど、その前にノートを見つけて、破り捨てちゃうおうぜ」
 「そのことについて、さっき牡丹ボタンさんから連絡が来たよ」
 「げっ、あの人か……」

 図書室ボランティアのお姉さんであり、おまじないコレクターでもある、牡丹ボタンさんだ。
 残念ながら実家に帰ってしまったので、もうこの街にはいないが、今でも安樹とはスマートフォンで連絡を取り合っている。

 「まぁ、あの人も一応味方だから。信用していいと思うよ」
 「それで、牡丹さんはなんて言ってた?」
 「『100ノートは誰かが拾って、図書室の本棚に置いたんじゃないか』って。図書室では、誰かの私物の本が間違って置かれてることも、けっこうあるみたいだから」
 「この学校の図書室か。よし、そうと決まれば……!」
 
 キーンコーン。
 昼休み終了のチャイムが鳴った。小学生は、この音には逆らえない。

 「おっと、残念だけどここまでだよ。風太」
 「とにかく、図書室を探せばいいんだな? よし、やってやるぞ……!」
 「がんばろうね、風太。……さて、今日はボクも教室に行こうかな」
 「えっ!? お前、6年3組の教室に行くのか!?」
 「久しぶりに授業に出たくなってね。フフッ、キミの影響かな?」
 「よく分からないけど応援するぞ、安樹! もしクラスで嫌なことがあったら、すぐにおれに言えよな! 男に戻ったおれのパンチで、どんな奴からもお前を守ってやる!」
 「心配してくれてありがとう。ボクにはキミがついてると思って、勇気を出して行ってくるよ。じゃあね、風太」
 「おう! がんばれよ、安樹」

 一緒に保健室を出て、風太は6年1組へ。安樹は6年3組へ。二人はそれぞれの教室へと、迷いなく進んでいった。

 *

 そして、ここは6年3組。
 仲良しクラスの6年1組でもなく、いじめクラスの6年2組でもない、いまなぞだらけの6年3組。菊水安樹は、このクラスに在籍していることになっている。

 (ここが……ボクの席ってことでいいのかな?)
 
 安樹はきょろきょろと周囲を見回し、教室の中で一番いちばん殺風景さっぷうけいな机を選んで、その上に水色のランドセルを置いた。

 (気のせいじゃないな。やっぱり、みんなから見られてる……)

 教室内はザワザワとしていてにぎやかだが、一部の生徒は「あまり教室に来ない安樹ちゃん」に気付き、友達と会話しながら遠目でチラチラと見ていた。しかし、その視線は排他はいたてき攻撃こうげきてきなものではなく、どちらかと言うと不思議がっているような、“純粋な興味”の視線だった。

 (うーん、様子見ようすみされてるって感じ……。まずは、授業が始まるのを待った方がいいかな。それとも、誰かに話しかけてみようか。でも、ヘタにからんで、変な空気になっちゃうのは嫌だし……)

 しかし、いた。

 「こんにち、わっ! あんじゅ、ちゃん!」
 「えっ……?」

 安樹に対し、ヘタに絡んでくる奴が一人いた。
 
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