おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第十二章:身体奪還作戦

月明かりの教室で

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 「こほん。と、とりあえず状況を整理しようか!」
 「安樹……は……わたしが……どうなっても……いいって……思ってるの……?」
 「ち、違うよっ! ごめん、風太っ! 機嫌を直してっ」
 「本気で……今のおれの精神……ヤバいんだからな……!? 頭の中も……常に……『彼』のことで……いっぱいだしっ……! 分かってるの……か……!?」
 「分かってるって! あとは、この青いペンダントを美晴の首にかけて、キミのことを好きになってもらえば終わりだから!」
 「そんな……簡単に……いくかよっ……! あいつが……おれたちの計画に……協力してくれる……ハズが……ないもんっ……!」
 「ボクがなんとかするってば! 少し落ち着いて、ね?」
 「もう知らないっ……! わたし……先に帰るからっ……!」

 『美晴』は女言葉が抜けないまま、ぷんぷんと怒ってエスカレーターを降りて行ってしまった。
 その場に一人残された安樹は、申し訳ないことをしたなと思いながらも、女の子モードで怒っている『美晴』もかわいいなと思った。

 *

 その日の夜。「みはるのへや」。
 学習机の電気スタンドはつけっぱなし、宿題の漢字ドリルとノートは開きっぱなし。えんぴつと消しゴムは机にほったらかしのまま、『美晴』はベッドに寝転ねころがっていた。のぼせ上がったような赤い顔をして、天井のシミをじっと見ている。

 (集中が、できない……。何も手につかない……)

 さっきまで静かに宿題をしていたが、突然やめてしまった。集中力が一気にゼロになってしまったからだ。
 その原因は、漢字ドリルに書かれてる「風が強いので、窓を閉める」という文章だった。もちろん、「窓」という漢字の読みを答える問題なのだが、『美晴』はそちらではなく「風が強いので」の「風」の部分に注目した。

 「かぜ……。かぜは……フウタの……フウ……と……同じ……漢字……」

 『風太くん』に対する、強い意識。乙女チックになった『美晴』の脳みそは、ほんの少しでも風太的な要素がある物を『風太くん』と認識するように働いた。「風」という漢字はもちろん、ナベのフタにすらフウタを感じるようになって、そのたびに頭の中は『風太くん』のことでいっぱいになっていた。

 (風太くん……。風太くんっ……。風太くんっ……!)
 
 『美晴』は、枕の横にあるクッションを掴み、ぎゅっと抱きしめた。それでも、たかぶる気持ちは抑えきれない。

 「風太くん……風太くんって……うるさいぞ……! 風太は……おれ……だろうが……! 自分を……好きに……なるんじゃないっ……! 気持ち悪いなっ……!」

 『美晴』は首を左右にブンブンと振り、自分が心の中で叫んだ言葉に対してキレた。それでも、高鳴たかな鼓動こどうはまだ落ち着きを見せない。
 抵抗すればするほど、反対に『美晴』の恋心は燃え上がり、そのねじれは新たな人格を形成しようとしていた。

 「風太なんか……嫌いだ……!」
 (風太くん、好きっ……!)
 「好き……じゃないっ……! 嫌いになれ……! 風太って男は……幼稚園の時……おしっこ……漏らしたんだぞ……! ミツバチに……刺された……ぐらいで……泣いたり……するんだぞ……! すごく……カッコわるいやつ……なんだぞ……!」
 (もっともっと知りたいっ、あの人のこと……! カッコわるいところも、カッコいいところも、全部! わたし、全部好きになると思うっ!)
 「好きじゃない……って……言ってるだろうが……! 勝手に……暴走……するなっ……! お前が……本当に……好きな男は……『図書室で会える……」
 (あぁ、このクッションが風太くんだったらいいのにっ! このクッションになら、ちゃんと目の前で告白できるのにっ!)
 「はぁっ……はぁっ……、こ、この野郎っ……! 心臓を……ドキドキ……させるなっ……! 頭の中で……騒ぐなっ……! うるさい、うるさい、もう黙れっ……!」

 『美晴』は、クッションを部屋のすみへと放り投げ、右手で壁を思い切り殴った。にぶい音がドシンと響き、骨がくだけるような激痛が、『美晴』の小さな右手を襲った。

 「ぐぅあっ……! ってぇっ……! はぁっ、はぁっ……」

 かなり強引に、自分の中で暴れる少女を黙らせた。

 「二度と……出てくるなっ……! クソっ……! ふぅ……」

 ジンジンとした痛みはまだ手に残っているが、頭に響く声は聞こえなくなった。
 『美晴』はベッドから降り、フラフラとクローゼットのそばまで歩いた。

 「こんな状態……じゃあ……普通の……生活も……できない……。おれ……どうなっちゃうんだろう……」

 『美晴』はクローゼットを開け、薄桃色のシャツと白いフリルスカートを取り出した。この2点のアイテムは、戸木田美晴にとってオシャレの限界とも言えるスクールコーデだ。この服を学校に着ていく時、彼女は少し勇気を出す。

 「先に……美晴の方のペンダントを……発動させて……から、その後……おれの方を……発動させれば……よかったのに……! 安樹め……あの野郎……!」

 『美晴』は部屋着をパサッと脱ぎ、さっき取り出した服に着替えた。
 そして鏡の前に立つと、髪の分け目をいじったり、スカートをふわりと広げてみたり、背中を鏡に映そうとしてみたり、さりげなく可愛く見えるポーズをとってみたりした。
 
 「まったく……もう……。深刻しんこくな……事態じたいだってこと……ちゃんと……分かってんのかよ……」
 (うんっ。ちょっと派手だけど、明日は学校にこの服を着ていこうかな)
 「何かの偶然ぐうぜんで……わたしを見た……風太くんが……か、かわいいって……思ってくれるかも……しれないし……ね……!」
 
 思考をポジティブにし、『美晴』は鏡に向かってにっこりと笑顔を作った。

 「暗い顔……してちゃ……ダメだよね……。風太くんは……きっと……明るい……女の子が……好……き……だ……か……」

 と、そこで『美晴』は気が付いた。
 もっと風太くんごのみの可愛い女の子になりたいと思っていた、違和感いわかんに。

 「あぁっ……!? うわあああぁーっ!!!?」

 完全に、無意識での行動だった。
 『美晴』はすぐに笑顔をやめ、勢い良くベッドにボフンと飛び込み、急いで頭から布団を被った。

 「何やってるんだ……! 何やってるんだよ……おれっ……! 全く……気が付かなかった……! 知らない……うちに……服まで……着替えてるっ……!」
 
 確実に人格じんかくむしばんでいる『同化』に、恐怖でガタガタと震えた。
 
 「お、おれは……美晴なのか……!? わたしは……誰なの……!? おれは……誰……だ……!?」

 *

 翌日の放課後。
 
 『美晴』は安樹がいる保健室へと訪れたが、昨日とは打って変わって元気がなく、ゲッソリとしていた。
 様子の変化を感じ取った安樹が、「昨日の夜、何かあったのかい?」とたずねると、『美晴』はしばらく黙ったまま何か考えた後、静かに口を開いて、中途ちゅうと半端はんぱな『同化』による脳や精神の混乱と、それに対する不安を伝えた。それを聞いた安樹は、まず「ボクがなんとかしよう。キミは今日は休んでていいよ」と、しっかりと言い切ったあと、生理せいりまえ情緒じょうちょの不安定も少なからず関係しているかもしれないことをべ、『美晴』の頭を優しくでた。
 『美晴』はそれまで浮かない顔で黙って聞いていたが、頭を撫でられると少し微笑ほほえみ、赤いランドセルを背負って保健室から出ていった。

 「よし、バトンタッチだ。今日はボクが頑張がんばるからね、風太」

 *

 保健室を出て階段をのぼり、安樹アンジュは校舎の3階までやってきた。
 下校時刻になってから時間が経っているので、生徒はもうほとんど校舎に残っていない。3階にある、5年生6年生の教室にも誰一人おらず、どの部屋も電気が消えてはいるが、忘れ物を取りに来る子のために、ドアはまだ開いている。

 「……」

 薄暗うすぐらい廊下を、安樹はドロボウのように抜き足で移動し、目的地までコソコソとやってきた。

 「6年1組……。ここが、風太の本来のクラス……」

 安樹は、そーっとドアを開けて中に忍び込むと、教室の真ん中辺りにあるはずの『風太』の席を探した。

 「風太の話だと、多分この辺りに……。あっ! これだ!」

 「美晴男の子化計画」。現在安樹は、その第一段階を遂行すいこうしている。
 ①『風太』の首にペンダントをかけさせ、②男性化した『風太』に『美晴』のことを好きになってもらう、の①だ。

 「ふっふっふ。まずはこの青いペンダントを、机の奥にしまって……と」

 安樹は『風太』の机の中に、ペンダントをそっと入れた。続いて、ふところから一枚の折り畳んだ手紙を取り出した。

 「そしてもう一つ。『このペンダント、お前にやるよ。だから仲直りしようぜ。 風太より』と、ボクが書いた手紙だ。これも机に入れておく。美晴が和解わかいを望んでいるなら、きっとこのペンダントを身につけるはず」

 もちろん、風太本人は和解する気などさらさらないが、安樹は勝手に風太の名をかたり、仲直りをしたいというむね文書ぶんしょ偽造ぎぞうした。
 
 「だまされてもらうよ、美晴。ボクの友達のために」

 失敗は許されない。
 安樹は机の中にペンダントと手紙があることをもう一度確認し、静かに計画の成功を祈った。

 「しかし、暗くて誰もいない教室に、ボク一人とは……。うん、とてもいい雰囲気だ。怪盗かいとうにでもなったような気分だよ。まあ、お宝は置いていくんだけどね」

 独り言を言いながら、安樹は華麗かれい暗躍あんやくする自分に酔っていた。自分には怪盗の才能があるんじゃないかとつけ上がりながら、完全に油断ゆだんしていた。
 ミッションは全て終わり、あとはこの教室から脱出するだけ、なのだが……。

 ガラッ!

 「きゃーっ!? だ、誰っ!? そこで何してるの!?」
 「えっ……!?」

 声の主は女の子。
 突然、背後はいごに現れた女の子に、怪盗はあっさりと見つかってしまった。

 「……!」
 
 見つかってしまったからにはしょうがない。本物の怪盗のように、華麗に逃げられればカッコいいのだが、運動不足の引きこもり女子に、そんな体力はない。
 安樹はゆっくりとホールドアップし、抵抗の意志がないことを示した。

 「なぁに? そのポーズは」
 「観念かんねんしたよ、のポーズさ。キミの勝ちだ。さあ、早くボクを捕まえるがいい」
 「うーん、よく分かんない……。とにかく、あなたは風太くんの机で、何をやってたの?」
 「ん? もしかして、キミは……」

 その声は、どこかで聞いたことがある声だった。
 その女の子の姿を確認すべく、安樹は両手を上げたまま、くる~りと振り返った。

 「べつに、手をあげなくてもいいんだけど」
 「あっ! やっぱりそうか……!」
 「な、何? わたしのこと知ってるの?」
 「フフ……! 知ってるさ。キミは、雪乃ユキノだろう?」

 明るいショートの髪、水色のヘアピン、レモン色のオープンショルダートップスに、ピンクチェックのミニスカート。
 安樹アンジュ眼前がんぜんには、雪乃ユキノが立っていた。

 太陽は深い眠りに堕ち、これより世界を支配せんとする月の光が、出会ってしまった二人の少女を、静かに照らしている。
 
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