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第八章:おだんご頭と新しい刑
ウサギちゃんさようなら
しおりを挟む奈好菜が現れた。
しかし、その顔に余裕はなく、唇が少しだけ震えている。
「そ、蘇夜花……」
「ほら、もっと前に出なよ奈好菜ちゃん。可愛いバニーちゃんを捕まえたんだよ」
「……!」
「どお? もっと近くで見てみたくなった?」
「い、いいよ。あたしはそこで見てるから」
「そう? 遠慮しなくてもいいのに。スペシャルゲストなんだからさぁ」
奈好菜は蘇夜花に引っ張られ、一度は集団の先頭に立ったが、檻の中にいる『美晴』と目を合わせると、また集団の中へと戻っていった。
(奈好菜……!)
『美晴』は微動だにせず、瞳孔を開いたまま、それを愕然と見ていた。
そんな『美晴』のそばへ、一枚の金網を隔てて、蘇夜花が懐中電灯で照らしながらやってきた。
「さて、美晴ちゃん。感想を聞かせて?」
「お前……まさか……、最初から……全てを……仕組んで……」
「ブブー、はずれ。今回は、わたしも想定していなかったことが、いくつか起こった。奈好菜ちゃんのクッキーとか、キモムタくんの勝手な行動とかね」
蘇夜花はそう言うと、足元で気を失っているキモムタに軽く蹴りを入れた。
キモムタはもう意識がないので、反応はない。
「安心していいよ。奈好菜ちゃんは間違いなく美晴ちゃんに感謝して、お礼のクッキーを作ったから。わたしはそれを利用しただけ」
「どうして……お前が……、おれと……奈好菜のことを……知ってるんだ……!?」
「奈好菜ちゃんが何か隠してたから、直接聞いたんだ。美晴ちゃんと何があったのかを」
「脅した……のか……!? 話さないなら……次の……イジメの……標的に……するとでも……脅してっ……!!」
「バカだねぇ。奈好菜ちゃんに、そんなこと言うわけないじゃん。ただ、『あなたは、わたしのお友達? それとも、美晴ちゃんのお友達?』って、質問しただけ」
「同じだろっ……!」
「そうかなぁ。まぁ、クッキーなんかはうまく利用させてもらったし、これから奈好菜ちゃんとは仲良くやっていけそうだよ」
ガシャンッ!!
「……っ!!」
『美晴』は蘇夜花に掴みかかろうとした。が、金網が邪魔をした。
もし、間に何もなかったら、そのまま馬乗りになって、このふざけた女の顔面を腫れ上がるまで殴りつけていただろう。
(こいつだけは、絶対に許さない……!!)
金網が指に深く食い込んだが、怒りの感情は、その痛みを身体に伝えようとしなかった。悔しさに肩を震わせ、獰猛な獣のような目つきで、『美晴』は蘇夜花を睨んだ。
「ふーっ……! ふーっ……!」
「ふふっ、怒った猫みたい。美晴ちゃんは、今はウサギなんだから、もっとぴょんぴょんって感じで怒らなきゃ」
そして、不愉快にはしゃぐ蘇夜花の背後に、待ちくたびれ退屈しきった五十鈴が、フラリと現れた。
右手には何かを持っている。
「蘇夜花、どいて」
「あ、待たせたね。ごめんごめん。もう、やってもいいよ」
蘇夜花が右に捌けると、その後ろにいた五十鈴の全身が、『美晴』の瞳にしっかりと映った。
その手に握られていたものは……。
「なっ……! なんだよ……それは……!」
カラフルなブラスター銃だ。
しかも、銃口をこちらに向けている。
「どこを狙ってるの? 五十鈴ちゃん」
「美晴の右手」
蘇夜花の問いにそう答えると、五十鈴は左手でしっかりと銃身を持ち、右手の指をトリガーにかけた。そして、檻の中のターゲットに逃げる隙を与えることなく、冷静にトリガーを引いた。
バシュッ!
「熱っ……!!」
『美晴』は思わず、金網を掴んでいる右手を引っ込めた。
発射されたのは、弾丸ではない。痛いのではなく、熱いのだ。ヒリヒリする右手を見て、『美晴』は即座に答えを導き出した。
「まさか……熱湯……!?」
「そうよ。沸騰した水を発射するウォーターガンよ」
そしてさらにもう一発、五十鈴は『美晴』の足を狙った。
「うわっ……!」
なんとか避けることが出来たが、被弾してえぐれた地面からは、湯気が立ち上っていた。
「はぁ……はぁ……。これが……今回の……『刑』……って……わけか……!」
「その通り。キレイな肌でいたいなら、檻の中を必死に逃げ回りなさい」
「そんな……お前の……水鉄砲……なんて……くらうかよ……」
「たしかに、わたしのは当たらないかもね。でも、これならどうかしら?」
「なっ……!?」
五十鈴のブラスター銃と同じ物を、手に持っている。さっきまではこちらを見ているだけだった、『公開処刑』の観客たち全員が。
そいつらは小三元を静かに取り囲み、10丁分の銃口を、容赦なく檻の中の「バニーちゃん」へと向けた。
「熱湯だけじゃないわ。泥水や氷水、絵の具を洗った時の水なんかもあるわよ。全部、避けられるかしら?」
「くっ……!」
ほぼ一周、ぐるりと囲まれている。
『美晴』は、周囲をきょろきょろと警戒しつつ、金網のそばから離れ、小三元の中心に陣取った。
(奈好菜と蘇夜花がいない……! あいつら、どこに行ったんだ!?)
二人の姿がないが、五十鈴たちにとっては、それも『刑』の計画のうちらしい。
五十鈴は問題なく計画が進んでいることを確認すると、最後に一言、6年2組の学級委員としてのセリフを、冷たく言い放った。
「あなたは、うちのクラスにはいらないわ。さようなら」
*
体育館の裏にある小三元で、『美晴』への刑が始まろうとしていた頃。
月野内小学校の校門の近くでは、雪乃と『風太』が話をしていた。
「風太くん、風太くーん! ねぇ、聞いて聞いてっ!」
「雪乃、どこに行ってたの?」
「大三元で、ウサギちゃんたちにいっぱいご飯をあげて、さよならを言ってきたんだよっ。月曜日まで会えないからね」
「そうなんだ。わたしも……じゃなくて、おれも今から行ってこようかな」
「えぇー!? もうカギをかけてきちゃったよー! 月曜日になったら、また会いに行こ?」
「う、うん……。そうだね。そろそろ雨も降りそうだし」
「それよりさ、聞いてよ風太くんっ! ついに買ったんだよ、あれを!」
「あれ? あれって何?」
「もうっ! 前に話してたでしょ? ギターだよ、ギター!」
「ギター???」
「前に話してた」らしいが、最近風太になった美晴にとっては、初耳のことだ。
「わたし、たくさん練習するから、みんなでバンドやろうよっ!」
「ば、バンドっ!?」
「秋の発表会で、全校生徒の前で堂々のデビューだよ! どうかなっ!?」
「バンド……かぁ……」
『風太』の頭の中には、ほわんほわんと妄想が広がった。
(ちょっと、いいかも……)
光り輝く舞台に立ち、大歓声を浴びる、あまりにも出来すぎた妄想。しかし、そんな明るい夢を見ることすら、今まで一度もしてこなかった。目立たないように、誰の目にも触れないように、日陰の隅で日々を生きてきたのだ。
前向きな自分がなんだかおかしくて、『風太』はクスッと笑った。
「いい……ですね。ガールズバンド……」
「え? 風太くん、男の子でしょ?」
「あっ! そ、そうですね、そうだよねっ!」
その時、前方から二人の男子生徒が、ベラベラと大声で会話しながら、こちらに向かって歩いてきた。
「キモムタのやつ、しくじってねェだろうな。蘇夜花にまた文句言われちまうぜ」
「界? 何持ってんの? それ」
「これか? よく分かんねェけど、これも『バニーガール』で使うんだとさ。蘇夜花が言ってたんだ」
「へぇー。弾はもう入ってるの?」
「ああ。一応、満タンにしてきた。いつでも撃てるぜ」
近づいてくる二人を見て、『風太』は戦慄した。
(界くんと、冬哉くんっ!?)
6年2組の男子たちだ。戸木田美晴の肩を殴打し、青アザを作った犯人でもある。
心に刻み込まれた恐怖は消えず、一瞬で血の気の引いた顔に変わり、『風太』は腕を抱いて震えた。
「な、何っ!? どうしたのっ!? 風太くんっ!」
「はぁっ……はぁっ……」
呼吸はとても荒くなり、冷や汗までかいている。
『風太』の足は勝手に、雪乃のランドセルの後ろへと進んでいた。男子としては情けなく、背を丸めて小動物のように身を縮こまらせている。
「風太くん……?」
「ごめんなさいっ」
「よ、よく分からないけど、大丈夫?」
「今だけ、こうさせて……!」
「???」
雪乃は不思議に思いつつも、『風太』の言うことに従った。
(早く、どこかへ行って……!)
一生懸命隠れているが、現在の美晴と界たちには、そもそも面識が無い。界と冬哉は、女子の後ろで震えている男子を気に留めることなく、会話を続けたまますれ違った。
彼らが通り過ぎた後、『風太』はホッと胸を撫で下ろし、雪乃の陰から姿を現した。
「ふぅ……」
「んー? 風太くん、あの子たちと何かあったの?」
「い、いや、別に、なんでもないよっ! 帰ろうか、雪乃っ!」
「本当にぃ? まぁ、関わらない方がいいと思うよ。あんなもの持ち歩いてるし」
「あんなもの? さっき界くんが持ってたものは、何なの?」
「何って……。風太くんも、前にお祭りでゲットしたじゃん。危ないから捨てなさいって、風太くんママに怒られたでしょ?」
「えっ……!?」
BB弾を高速で発射する、プラスチック製のハンドガン。小学生が持ち歩くには、危険なもの。
「エアガンだよ、エアガン。人に当たったりしたら危ないのに、何に使うんだろうね」
「エアガン……!?」
嫌な予感……というより、最早それは確信に近かった。
「ゆ、雪乃ちゃんっ! おれ、ちょっと行ってくるっ!」
「えぇーっ!? どこにいくのっ!?」
「本当にごめんっ! 先に帰っててっ!」
「いいけど……。風太くーん、早く帰らないと雨降ってきちゃうよーっ!」
雪乃の大声に押されながら、『風太』は界たちの後を追った。
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