41 / 145
みはるねえさん
藤丸vsケルベロス
しおりを挟む「なんだ……これ……!?」
親指を強く吸う幼児にできる『指だこ』。おしゃぶり癖が治らない藤丸の小さな指にも、それはしっかりとできていた。
「あかちゃんのときから、ずっとやってて……。5さいになってもぜんぜんなおらないから、ママもこまってて……。だからさいきんは、ママのまえでやったら、すごくおこられるんです」
「……」
「でも、やめられなくてっ! いまは、といれとかのだれもみてないところで、かくれてやっちゃう……」
「そ、そうなんだ……」
「まる、おかしいですかっ!? おかしくなっちゃったんですか!? みはるねえさんは、5さいでもしてませんでしたかっ!? おしゃぶりっ!」
「し、しないよっ……!」
風太は強く否定したが、それが藤丸にとってはショックだったようだ。
「やっぱり、まる、へんなんだ……。まるだけ、あかちゃん……」
「が……我慢は……できない……の……?」
「わかってるんですっ! おねえちゃんになるまでには、こういうのやめなきゃって」
「お、お姉ちゃん……? 何の話……?」
「で、でも、どうしても、がまんできなくなっちゃうのっ!」
「……」
「みはるねえさんっ! これ、どうしたらやめられますか?」
「う、うーん……。ちょっと……待ってて……」
風太は藤丸を広場のベンチに残し、一人で図書館へと戻った。
*
静かに賑わう、昼下がりの市立図書館。
風太は入り口付近の返却カウンターの前を通り、さっきまで二人で本を読んでいた場所「こどものひろば」に戻ってきた。そして靴を脱ぎ、プレイマットに腰を降ろして、あの本を探した。
(よかった……! まだあったのか、『からだのひみつ大百科』)
人体のことが事細かに載っている万能な大百科だ。しかも病気や癖、成長に伴う身体の異変なども詳しく記載されている。
風太はぱらぱらとページをめくり、幼児の成長に関する項目を開いた。
(いや、でも……藤丸のあれに関することなんて、載ってるのか?)
少し不安になった風太だったが、さすが『からだのひみつ大百科』。藤丸の行為についてもしっかりと載っていた。
(あった……! これだ……!)
大百科の「しっかりママの子育て相談室」のコーナーには、こう書かれていた。
(『指をしゃぶる癖』……! 現状に不満があったり、寂しさを感じていたりする子供によく見られる行為であるが、3歳くらいまではごく普通のこと。しかし5~6歳を過ぎる頃まで続くようなら、注意が必要。対処法としては、やめさせようとして、叱りつけるのは逆効果になる可能性があるので……)
破れている。
肝心な部分が、綺麗に破れてしまっている。
「お、おいっ……! うそ……だろ……!? 対処法は……!?」
どんなに探しても、ページの切れ端はどこにも見当たらない。
ないものはない。ので、風太は仕方なく……やつあたりの気持ちを込めて、大百科をガコンッと乱暴に本棚に押し込んだ。すると……。
「こらっ!! 本は大事に扱いなさ……あれ、美晴ちゃん?」
「げっ……! さっきの……おばさんっ……!?」
さっき本の返却カウンターにいた司書おばさんが、ぬっと現れた。どうやら、今の風太の行いに対して怒っているようだ。
「あのねぇ。いくら美晴ちゃんでも、本を乱暴に扱うのは……」
「おばさんっ……! お願いしますっ……!」
「えっ?」
「藤丸ちゃんの……家庭の事情……について……、教えて……くださいっ……! 藤丸ちゃんが……寂しさを……感じてる……理由……とか……!」
「は、はぁ? もしかして美晴ちゃん、知らないの?」
「何を……ですか……?」
「あの子のお母さん、今病院にいるのよ。子どもが産まれるから」
「……!!」
(そうか! 藤丸は、もうすぐお姉ちゃんになるんだ……!)
藤丸という女の子の、“背景”が、やっと見えてきた。長くなりそうなおばさんの話を軽く聞き流しながら、風太は藤丸のいる広場へと戻るタイミングを伺った。
* *
一方、広場では藤丸が、一人で寂しそうにベンチに座っていた。指を咥えたくなる気持ちを我慢しながら、「みはるねえさん」の帰りを待っていると、そこへ小さな男の子が二人やってきた。
「あ、ふじまるだ!」
「ほんとだ! あかちゃんおんなの、ふじまるだ!」
藤丸は、その二人が誰だか知っていた。
「コウタロウくんと、ケルベロスくん……!」
個性が強めの名前。彼らの年齢は5歳で、フズリナ保育園では藤丸と同じ組に所属している。一言で言い表すと、男子のいじめっ子たちだ。
「おまえ、あのときはよくもやってくれたなっ!」
「あのとき?」
「とぼけんなよっ! おれたちを、すべりだいからつきおとしやがって!」
「あれは、コウタロウくんたちが、せあらちゃんにいじわるしたからでしょ? じゅんばんぬかし
「いや、あれはもとはといえば、せあらがのろまだったのがわるいんだよ……!」
「むっ……! せあらちゃんのわるぐちは、ゆるさないからっ!」
「な、なんだとぉ……!? おい、ケルベロス。『きのぼう』もってこい『きのぼう』」
コウタロウくんにそう言われたケルベロスくんは、広場の草むらの辺りを探し回り、固くて太い『木の棒』を二つ拾った。そして彼らは一本ずつ装備し、体の前に構えた。
「おらっ! きょうこそやっつけてやる!」
「いいよ。まる、まけないもん」
藤丸は、腰に提げた新聞紙の剣を静かに抜いた。
* *
案の定、おばさんのどうでもいい身内の話にまで付き合わされ、風太は今やっと広場まで戻ってきた。
(こうなったら、藤丸にもアレをやるしかないか……)
対処法は見つからなかったが、奥の手を使うことした。自分なりに藤丸にしてやれることを考えながら、風太はその子が待つベンチを目指した。すると、道中……。
「くそっ! おぼえてろよ、ふじまるのばかうんちやろうっ!」
と言いながら、駆けていく男の子たちとすれ違った。よく見ると、頭に一つずつたんこぶを作りながら、泣きそうな声で捨て台詞を吐いている。
(えっ……!? 藤丸の身に、何かあったのか!?)
少し心配になりながら、藤丸がいるはずのベンチへ近づくと……いた。藤丸はベンチに座っておらず、新聞紙の剣を右手に持ったまま、こちらに背を向けて立っていた。足元には、へし折れた木の棒が二本転がっている。
「藤丸……ちゃん……?」
「!!」
振り向いた藤丸の頬には、痛々しい擦り傷があった。服装も先ほどとは違い、ヨレヨレに乱れている。どこからどう見ても、一悶着あった後だ。
「み、みはるねえさんっ!」
「どうしたの……? その……傷……」
「……!」
その子は、言葉に詰まっていた。おそらく、ケンカという行為があまり褒められたものじゃないと、分かっているのだろう。臆病で穏やかな「みはるねえさん」に叱られる、もしくは嫌われる……と、思っているのだろう。
風太は、そんな彼女を少しだけ試した。
「転んだの……?」
「えっ……?」
「転んで……できた……傷なの……? それは……」
「そ、そうなんですっ! まる、どじだから、その……」
予想通り、風太の誘導に従ってウソをついた。
藤丸は、さっきの男の子たちとケンカしたことを隠している。
「はぁ……」
「こ、ころんじゃったんです。あ、あはは」
「ウソ……ついてる……だろ……。お前……」
「えぇっ!?」
途端に、藤丸の眉はハの字になり、瞳は潤みだした。ひどく取り乱し、必死に何か言い訳をしようとしている。
「え、えっと、これはっ! あっちから、しかけてきてっ……!」
「藤丸……ちゃん……」
「やられたから、やりかえしただけっ! まる、ひとりだったし!」
「藤丸……ちゃん……!!」
「は、はいっ!?」
風太はため息をつき、覚悟を決めた。そして、『美晴』が出せる中で最も甘くて優しい声を、喉の奥から引っ張り出した。
「おいで」
「えっ……? な、なんですか? そのぽーず……」
動揺する藤丸をよそに、風太はその場に両膝を突いて、左右の腕をバッと広げた。
(美晴の……『なけなしの母性フルパワー』、か……)
二瀬守利。風太の母親。おせっかい焼きの、いい年したおばさん。
そのおばさんに抱きしめられた時のことを思い出しながら、風太は言葉を続けた。
「ケンカ……、強いんだね……。藤丸ちゃんは……」
「えっ? えっ、ええっ?」
「すごいね……。よく……頑張ったね……」
「み、みはるっ、ねえさっ、うぅ……うわぁあああああんっ!!」
かなりの勢いで抱きついてくる藤丸を、風太はなけなしの母性でしっかりと受け止めた。「泣いている子には、たくさんの愛を込めて」という、母の教えの通りに。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒やしのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる