おれはお前なんかになりたくなかった

倉入ミキサ

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第二章:6年2組の女子生徒

会いたい人と会いたくない人

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 (風太くんっ……!)
 
 グラウンドでは、『風太』が6年1組のドッジボールに参加していた。
 図書室にいる『美晴』は、窓からグラウンドの『風太』を見て、一喜いっき一憂いちゆうしている。

 (今日は、あっちのチームなんだ)
 
 (がんばって! 風太くんっ!)
 
 (ああっ、当たっちゃう……)

 グラウンドの『風太ミハル』は、肉体にくたいは活発な少年になったが、精神せいしんは運動とは無縁むえんな少女のままだ。身体能力が上昇しているおかげで、ボールを身軽にけることはできても、遠くへボールを投げるすべやボールをキャッチする勇気はない。
 ポコッと軽く当てられ、『風太』はあっさりとアウトになってしまった。ドッジボールのルールにより、アウトになった者は外野に行かなければならない。

 「……!」

 『風太』と同じく外野にいた一人の女の子が、敵チームの男子にボールを当てた。
 明るく短い髪の、見るからに元気いっぱいな女の子だ。その子は、となりでボサッと立っている『風太』に、勝利のハイタッチをせがんだ。

 (あっ……)

 『風太』は少し迷った後、ぎこちなくハイタッチをした。
 『美晴』はそれを見届けると、窓から離れ、静かに図書室のイスに座った。
 
 (やっぱり、風太くんは……友達が多いね)
 
 手に持った本の表紙をじっと見つめ、物思ものおもいにふけった。
 そしてフラッシュバックのように、さっきのハイタッチを思い出すたびに、胸の奥に小さな痛みを感じていた。

 *
 
 「世界のベルギーワッフル図鑑」を読み終えた後、『美晴』が次に選んだのは「よくわかる100ノートの使い方」という本だった。そこには、不思議なノートの存在とその使用方法について、小学生向けに分かりやすく書かれていた。
 
 (100日後ってことは、3ヶ月と一週間くらい? 本当に、どんなお願いも叶えてくれるのかな……?)
 
 『美晴』は夢のような存在に想いをせ、メルヘンでファンタジーな想像を膨らませていた。
 すると突然、ガラガラと図書室の扉が開く音がして、女子の二人組が入ってきた。

 「学級委員ってさー、面倒くさいことばっかり押し付けられて、すっごく損じゃない?」
 「ふふっ、確かにそうかもしれないわね。でも、損なことばっかりってわけでもないのよ? メリットもちゃんとあるの」
 「メリット?」
 「ええ。例えば……大人からめられることが多いわね。このポジションは」
 「えー? 何それー?」

 二人の会話を聞いて、『美晴』はドキッとした。
 
 (真実香マミカちゃんと、学級委員の五十鈴イスズちゃんだ……!)
 
 関わりたくない二人だ。『美晴』はすぐに、読んでいた本でさりげなく顔を隠した。もちろん完璧にかくれられるハズがなく、頭だけがひょっこり見えている。
 
 「今回だって雑用ざつようでしょ? 誰かに押し付けてもよかったのに。ほら、美晴とかにさ」
 「図書室にある教材を、先生のところへ持っていく大事な仕事よ。あの子はドブくさいから、教材に悪臭あくしゅうが移っちゃうわ」
 「あはっ。五十鈴って、美晴のことめっちゃ嫌いだよねー」

 二人は『美晴』に気付かないまま、こちらへと近づいてくる。
 
 (見つかったら、また何かされる……!)
 
 小さな体をさらに小さくして、必死に気配けはいを消した。
 
 (お願いっ! わたしに気付かず、そのまま行って!)
 
 そして、二人は『美晴』の席の真後まうしろを通った。
 
 (!!!)
 
 緊張で背中に流れる汗が、とても気持ち悪い。
 『美晴』は息すら止め、両目をぎゅっとつぶって、運を天に任せた。

 「そういえば、蘇夜花ソヨカは今何をやってるんだっけ?」
 「教室で原稿げんこうを書いてるわ」
 「原稿? 明日の全校集会で発表するための?」
 「ええ。蘇夜花にしては珍しく悩んでたわよ。もうちょっとハデな演出が必要なんだって」

 ……。
 …………。
 ………………通り過ぎた。

 (やった……!)
 
 全身の力が抜け、溜め込んだ空気が一気に口から出た。
 
 (怖かったぁ……)

 キンコーン!
 
 「ひゃっ……!?」
 
 安心とほぼ同時に、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
 『美晴』は突然のチャイムにビクッとしたが、すぐに落ち着いて、読んでいた本を本棚へ片付けに行った。

 *

 日はかたむき、月野内小学校は放課後の時間となった。
 『美晴フウタ』は未だに、自分は美晴なんだと信じて疑わなかった。いつも美晴がやっているように過ごし、いつもの美晴として6年2組から扱われ、いつもの美晴と同様に存在感そんざいかんを消した。
 自分の身を守るためには、ただ目立たないようにするしかないと、分かっていた。
 
 「おいキモムタァ。ドロップキックするからそこに立ってろ」
 「えぇっ!? い、痛いのはやめてよぉ、界くぅん」
 「痛くねェようにするから大丈夫だ。ほら行くぞ」
 
 教室ではキモムタが、界や冬哉に「プロレスごっこ」を喰らっていた。
 『美晴』はそれを特にめることなく、赤いランドセルを背負って教室から出た。

 (やっと帰れる……)

 学校の正門から出ると、『美晴』の足取あしどりは軽くなった。
 家に帰れば、もう誰かにおびえる必要はない。蘇夜花にも、五十鈴にも、界にも。今日はもう他人の目を気にする必要はないと思うと、『美晴』は重いかせが外れたような気分になった。

 「……」
 
 マンションまでのいつもの帰り道を、いつもの速度で歩いた。そして、最後の曲がり角をいつものように曲がったところに、その人物はいた。

 「!!?」

 心臓が止まりそうになった。
 止まったかもしれない。

 (え、えっ、えええっ!?)
 
 身体は硬直こうちょくし、声も出ない。目は大きく見開いたままだ。
 
 (ウソ……だよね。そんなわけないっ!)
 
 マンションまではもう目と鼻の先だ。
 それでも『美晴』の両脚は、一歩も動こうとしなかった。
 
 (なんで、風太くんがここにっ!?)

 マンションの前に立っていたのは『風太』。そしてあいつこそが、本物の美晴だ。
 しかしこちらの『美晴』も、99%同化している。だとすると、心と身体の美晴らしさならこちらの方が上かもしれない。
 
 (い、息が詰まるっ……! まずは、冷静れいせいにっ! 冷、静、に……!)
 
 すぅー……はぁー……と、大きく深呼吸をする。
 よくよく考えたら、「風太くん」が「わたし」なんかに用なんて、あるはずがないのだ。そもそも、あの人とは一度も話したことがないハズ。
 『美晴』はポジティブな自分をさっさと殺して、ネガティブな自分を呼んできた。

 (何を期待してるんだろう。きっと風太くんは、わたしじゃない他の誰かに用があるのに)
 
 (住む世界が違う人だよ……。向こうは、わたしのことなんて知らないだろうし)
 
 (帰ろう……)
 
 ネガティブな『美晴』は、足取あしどり重く、マンションへと向かって歩き出した。わる目立めだちだけはしないように、ごく自然に、さりげなく。
 しかし『風太』の方は、『美晴』に用があってここに来ている。

 「あっ! あのっ……!」

 『風太』は『美晴』を見つけ、声をかけた。

 「!!!?」

 そして、声をかけられた方の頭の中は、真っ白になった。

 「えっ、えっと……!」
 「……」
 「あなたと、話したいことがあって……! わたしたい物もあって」
 「…」
 「落ち着いて話せる時間を作ろうとは思ってたんですけど……! なかなかその機会がなくてっ」
 「」

 『美晴』は全力で走り出した。

 「えぇっ!? ふ、風太くんっ!?」
 
 後ろから『風太』が追いかけてくる。
 しかし、今の『美晴』はもう止まれない。
 
 「待って! あ、あのっ、ブラウスっ……!」
 
 『風太』は『美晴』に、折りたたんだ白いブラウスを渡そうとしたが、『美晴』の目にそれは入らなかった。
 『美晴』は急いでエレベーターに乗り込むと、すぐにエレベーターの「閉」ボタンを高速でカチカチ押して、『風太』の言葉と存在をさえぎった。そして間一髪かんいっぱつ、エレベーターの中に自分だけの空間を作り出すことに成功した。

 「はぁー……! はぁー……!」

 少女は閉まった扉にもたれかかって、吸えるだけの空気を吸った。
  
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